酵素を食べて健康になれる?酵素健康法と酵素栄養学
酵素について書くシリーズ、第三弾です。
最近、「酵素不足を補うため」や「ダイエットのため」として、酵素を食べることが推奨する記事などをよく見かけます。また、そのためのサプリや「酵素ドリンク」なども販売されています。本エントリは、酵素を食べる健康法について考えてみます。ここでは、「酵素ってなに?」という基本的な知識と、酵素が発見されるまでの歴史的な流れをご理解いただいた上で読むことをおすすめします。ていうか、わかってる前提で話を進めます。ですから、これらのことをまとめた過去エントリに目を通していただけるとうれしいです。いちおう、内容のまとめを載せておきます。
- 人類は長い間、しくみをしらないまま発酵を利用してきた。
- 19世紀、「生命現象には物理・化学の法則だけでは説明できない、生命に独自の「活力(vital force)」が働いている」とする生気説と、それに反対する化学者の間で大論争となっていた。
- 生気説的には、アルコールなどの有機物は生命がなければ作られないとされ、アルコール発酵にも生物が必要不可欠と考えた。
- 1857年、パスツールが発酵にはそれぞれ特定の微生物が必要であることを発見。生気説が勝利したかに見えたが…
- 1897年、ブフナーは酵母をすりつぶした無細胞抽出液でアルコール発酵が起こることを発見。必要なのは酵母そのものではなくて、酵母の中の酵素だということが明らかになった(ノーベル賞)。
- その後、酵素の実体はタンパク質であること、その情報が遺伝子にコードされていることなどが次々と明らかになり、酵素に関する研究はこの50年間でめざましい発展を遂げた。
酵素を食べることは健康にいいの?
酵素の実体はタンパク質です。ですから、口から摂取した酵素は、ほかのタンパク質(肉や魚など)と同様に、消化によって、バラバラに分解されてから体内に吸収されます。ですから、消化管内で働くもの(消化酵素)を除けば、口から入った酵素が、そのままの形で必要とされる場所にたどり着くことはできません。酵素は基本一つの仕事しかしない職人なので、その酵素が必要とされる場所に行けなければ働けません。よく、「生の酵素」とか「生きた酵素」と言った表現がありますが、いくら生の酵素を食べても、その酵素が私たちの体内で働くことは困難なのです。
で、単純に「酵素を食べたらそれが体内で働く」という話は、比較的誤りがわかりやすいのですが、酵素健康法にはもう一段階理屈があったります。「酵素を食物から摂らないことで不健康になる、寿命が縮む」とする、「酵素栄養学」という理論です。酵素栄養学はエドワード・ハウエル氏が提唱した理論で、「潜在酵素」という、酵素の元のようなものが体内にあって、その量に限りがあるり、それが尽きると寿命も尽きる。そこで、消化酵素を食物から摂取(食物酵素)して節約し、それ以外の代謝酵素*1をつくるのに回そう、という話です。
ところが実は、「酵素栄養学」は、まったくの独自理論であり、科学的な研究が行なわれたものではないのです。「潜在酵素」というものも、ハウエル氏が独自に考えだしたものに過ぎず、現実に生物はいつでも必要な酵素を作れることが明らかになっています。
日本では「キラー・フード あなたの寿命は「酵素」で決まる」(川喜田昭夫*2訳、現代書林)というタイトルで翻訳書が出版されています。この本を読んでみると、現代生物学の常識とはかけ離れた内容が書かれています。文中、他の研究者によるいろいろな実験結果が引用されている*3のですが、結果の解釈はかなり飛躍しています。
例えば、p.55に「ミジンコを高温で飼ったら低温で飼うより寿命が短かった。そして、高温で飼ってるミジンコのほうが動きが活発で心臓の鼓動のペースも速かった。」という実験の結果が示されています。「キラー・フード」によれば、この実験を行ったマッカーサーとベイル曰く「寿命は代謝の強さによっていろいろと逆になる」ということらしいですが(この文自体も変ですね。実はこの本、翻訳もどうやらちょっと怪しくて、何かの誤訳の可能性も大。とにかく、代謝が活発であるほど早く死ぬ、ということでしょう)、ハウエル氏はこの実験から以下の結論を導き出しています。
この実験から何を学ぶかというと、簡単なことです。あなたがどのような努力をするかに関係なく、酵素は消耗していき、一生懸命に働けば働くほど酵素は使われていくということです。この、酵素が短期間に消耗し、寿命を短くするという宿命を防ぐ方法はただ一つしかありません。外部から酵素を補給して消化酵素の分泌をできるだけ少なくし、体が十分な代謝酵素を作り出せるようにすることです。
「キラー・フード」p.56 より
しかし、この実験結果から、「酵素が消耗していく」とか「酵素が消耗して寿命が短くなる」などと言うことはわかりません。階段を10段くらいすっとばしている感じです。
幻の「潜在酵素」
そもそも、「潜在酵素」というものの実体は何なんでしょう?それについては、ハウエル氏は具体的に示していません。そして、現在の生物学では、このようなものの存在は知られていません。「潜在酵素」を物質的な実体のあるモノだと捉えると、かなり無理のある話になります。「キラー・フード」には「子どもはそれぞれ決められた量の潜在酵素をもって生まれ、それを節約もできるし、浪費もできるということです。早いテンポで生きて、早く使い果たしてしまうか、ゆっくり少しずつ使うかという選択であるということです。(p.50)」とあります。もし、「潜在酵素」が実在する物質であるなら、生まれた時には非常に大量に体内に存在するはずです。だって、今後の人生で作られるすべての酵素の元なんですから(もしかしたら、赤ちゃんそのものの質量より多いかも!?)。少なくとも、その存在が誰の目にも明らかなほどの量であることは間違いありません。そして、成長に従い減少していくはずです。しかし、そのような物質は見つかっていません。
ハウエル氏は、「潜在酵素」を酵素の前駆体(酵素の元)として描いていますが、細胞内で酵素がどう作られるかは、その制御のしくみも含め、世界中の科学者によって精力的に研究されてきたため、現在では、かなり詳しく明らかになってきています*4。しかし、「潜在酵素」に相当する前駆体(どの酵素にでもなれる『酵素のもと』のようなもの)は見つかっていません。強いて言うと、アミノ酸がそれに当たるかもしれませんが、これは食事から摂取したり、体内でリサイクルされて供給されます。生きていく中で、どんどん補充していくものですから、節約は無意味です。
では、「潜在酵素」は老化や寿命という現象を説明するための概念的なものと考えるとどうでしょうか。「老化や死は、酵素がうまく作れなくなるから起こるのかもしれない」という思いつき自体はそれほどおかしなものではないかもしれません。しかし、それならば、「酵素が作れなくなって老化する/死ぬ過程や機構」の解明や、「(消化)酵素を節約することにより代謝酵素をよりたくさん作れる/そして寿命が延ばせる」という証拠が必要です。が、現在のところそのような証拠はありません。
加熱調理した食物は体に悪い?
酵素栄養学では、食物の酵素(食物酵素)を生で摂ることで消化酵素が節約できるが、加熱調理した食べ物では酵素が壊れているため酵素の不足を招くと言います。
しかし、上で述べたように、「潜在酵素」というものは架空の存在であり、酵素を「節約」することがからだによいという証拠はありません。また、食物中の酵素が、食べたあとどうなるかについても、「キラーフード」では独自の見解を示しています。確かに植物や動物の身体である食物の中にも消化酵素は入っていますが、胃の中の胃酸やペプシンで壊されてしまえば、ほとんど働くことはできません。これに対してハウエル氏は、「胃が生理学的に上部と下部に分かれてい」て、「上部では、蠕動運動や酸とペプシンの分泌もない」ので、そこで食物に入っている酵素による消化がおこる、と主張しています(p.92)。しかし、実際には胃の上部から胃酸とペプシンが分泌されることが分かっています(胃の構造と役割, 役に立つ薬の情報・胃って?, いのうえ内科HP)。食事の後に嘔吐した経験があれば分かると思いますが(汚い話でごめんなさい)、胃に入った食べ物はすぐに胃液と混ざっていますよね。
食物に入っている酵素による自己消化を利用して、お肉をよりおいしくしたり、果物を甘くしたりするは人間の知恵の一つです。しかし、食物に含まれる酵素が働くのは食品を食べる前であって、食べた後胃の中で働くものではありません。
実際のところは、逆に、加熱調理によって食べ物は消化しやすくなります。
食品の加工・調理操作で最もよく用いられるものは加熱である。人類が火を利用するようになって以来、摂取した食物の構造や成分の状態は大きく変わった。まず、捕獲した動物や採集した植物が噛み砕きやすくなり、食物の消化率が上がった。さらに、吸水した米の炊飯や魚や肉を火であぶることにより、高分子のデンプンやたん白質が水の存在下で加熱されると、生(未加熱)の堅い構造からやわらかい構造に変化する。これら高分子がヒトの腸管で吸収されるには、高分子を小さな分子に消化する必要があり、加熱は高分子が消化酵素と接触しやすい構造に変化させる。このような高分子成分の構造の変化を、デンプンでは糊化、たん白質では変性という。
「食品の加熱、その得失。」,食品安全委員会委員 本間 清一
特にでんぷん(コメや小麦など)はヒトの持つ酵素では生のまま分解できませんから、加熱しないと食べることができません。生米食べたら胃の中でコメの中の酵素により消化できる…わけありませんよね。人類は、経験的に、加熱した方が消化によく食べやすいことを知っているはずです。さらに、加熱調理は、食物に含まれる菌を殺菌し、食中毒を防ぐという役割、そしてもちろん、食物をよりおいしくするという役割もあります。せっかく人類が獲得してきた偉大な知恵「加熱調理」を全否定して、時計の針を逆さまに回そうとする必要はありません。
「キラー・フード」にはこんなことが書かれています。
このような例はいくらでもありますが、重要なのは次の点です。つまり、自然はすべての生の食べ物のなかに、人間が消化しやすいように、最終的には人間の体外でも分解できるように、正しく、バランスのとれた大量の食物酵素を入れてくれている、ということです。(p.69)
これはあまりに人間に都合のいい考えではないでしょうか。食物の中にある酵素は、その生物自身が生きるために必要なものです。
なお、「潜在酵素」「食物酵素」という言葉は、酵素栄養学でしか使われることがありません*5。これらのワードが使用されている酵素関係の解説は、酵素栄養学にもとづいていると考えていいでしょう。
酵素は必要に応じて作られる
「キラー・フード」では、外部から酵素を摂取することの重要性の証拠として、「消化酵素の適応分泌の法則」を挙げています。これは、3つの主な消化酵素(デンプンを分解するアミラーゼ、タンパク質を分解するプロテアーゼ、脂質を分解するリパーゼ)が常に並行して分泌されるという1904年に発表された説(並行分泌の理論)に対して、必要な酵素が必要なだけ必要なところで分泌される、というものです。ハウエル氏は、「この並行分泌の理論が、酵素は消費してもよいもので、身体はそれらを浪費しても問題なく、そしてそれらが全く不必要なものであるという考えを打ち出したために、酵素栄養学の考え方が五十年遅れたと言っても過言ではないのです。(p.101)」と述べています。しかし、消化酵素だけでなく、身体中であらゆる酵素が必要なときに必要な分だけ作られるというのは、現代生物学では常識となっています。
生物の体の中では、食事として摂取したものを原料として、さまざまな化学物質が作られたり分解されたりしています。この反応は酵素によって触媒されますので、どの酵素がどれだけ働くかによって、体内でどんな化学物質を作るのか、分解するのかが制御されることになります。ですから、酵素は「必要な場所で必要なものが働く」ことが大切です。酵素を作るための情報は遺伝子に書かれていますが、そのスイッチのオン・オフは、非常に巧妙に制御されています。また、存在する酵素の活性を強くしたりなくしたりするようなしくみもあります。個々の酵素のはたらきを制御するメカニズムは精力的に研究されています。これらを知ることは、人体の機能や病気の解明に非常に重要だからです。こういった詳しい研究からも、「潜在酵素」に相当するものは見つかっていませんし、何かの酵素を「節約」したからと言って他の酵素がいっぱい作れるなどといった大雑把な話ではないことが明らかになっているのです。
前回のエントリで、酵素は「現象から「こういうモノがあるはず」と予想され、そのモノを探して見つかるパターン」で発見されたと書きました。具体的にはなにかは分からないが、アルコール発酵を起こさせる因子として、触媒=酵素の存在が想定され、多くの研究者によって調べられることで、その実在が明らかになり、実体の解明が進んでいったのが酵素です。対して「潜在酵素」は、「こういうものがあるに違いない」という考えだけで、具体的にどういうものなのかまったく示されていない上に、他の数々の生物学的事実とも矛盾するものなのです。
酵素栄養学に興味がある方は、以下のエントリもぜひお読みください。
- 巷に流行る「酵素栄養学」、なんか変です, warblerの日記
- やさしいバイオテクノロジー たくさんの酵素関連の本などを読んで紹介されています。すごい!
- 2012-10-11酵素栄養学ってどこまで正しいの?, とらねこ日誌
- 作者: ASIOS
- 出版社/メーカー: 彩図社
- 発売日: 2013/10/24
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
- この商品を含むブログ (3件) を見る
↑とらねこ日誌の管理人さんが酵素栄養学を解説されています。
日本の酵素健康食品
やっと本題です。健康食品としての「酵素」について見てみましょう。国内では「○○酵素」というような名前の、健康食品が販売されています。こういったものの中で古いのは「万田酵素」や「大高酵素」でしょう。HPを見ると、万田酵素は1984年に瓶入り製品の販売を開始したとありますが、それより以前から量り売りの製品は売られていたそうです。また、「大高酵素」は大正15年(1926年)創立とあります。これらの商品は、「酵素」という名称ですが、商品の説明としては、発酵食品であるとしています。
一方、最近販売されるようになった、ダイエット効果があるなど触れ込みの「酵素ドリンク」類もあります。酵素ダイエットのやり方としては、一食を酵素ドリンクに置き換えるとか、プチ断食で酵素ドリンクを飲む(酵素ファスティング)、というものが多いようです。これらも、中身は発酵食品が多いようです。そして、商品説明に酵素栄養学の理論を用いていることが少なくありません。
「手作り酵素(ジュース)」というものもあるようで、クックパッドにもたくさんのレシピが掲載されています。こちらは、家庭で果物や野菜と砂糖をビンに入れ、時々手で混ぜながら放置して発酵させるそうです。このような作り方では、手や野菜やビンについていた菌を増やすことになります。酵素ドリンクづくりは雑菌を増やす作業をしているようなものです。このような製法での酵素ジュースに何が増えているか調べたまとめがあります。
- スズメ8さんが酵素ジュースで実験してみた, Togetter
こちらによると、カビがすごく、大腸菌群やブドウ球菌もいたりした、とあります。
酵素ジュースは、たぶん、果物表面に存在する野生の酵母(いわゆる天然酵母)を増やそう、というものだと思います。ぬか漬けや味噌など、家庭で発酵食品を作ることは日本で伝統的に行われてきましたし、パン作りでも野生の酵母を利用することはあります。しかし、昔から家庭で作られてきた発酵食品は、雑菌が増えにくいような、色々な工夫(発酵前に原材料を加熱することで殺菌したり、乳酸菌によって酸性に保ったり、塩分濃度を高くしたり、保存方法を工夫したり)によって、家庭でも雑菌の増殖を抑えて有用な微生物だけを増やす方法が確立されてきたものです。手作り酵素ジュースはその辺がかなり適当で、なにができるかは運次第、というものになってしまっているようです。
酵素ドリンクに酵素は入っているのか?
酵素ドリンクの原材料として、多数の植物などが挙げられています。なんとなく、「じゃあ、色々な種類の酵素が入っていそう!」と思いそうなところです。しかし、発酵が進むとき、増殖していくものは酵素そのものではなく、微生物です。酵素自体が増殖することはありません。酵素は生きた細胞にしか作れません(詳しくは、前のエントリをごらん下さい)。原料を発酵させたり、色々な加工をすれば、原料に含まれる酵素はどんどん壊れてしまいます。手作り酵素ドリンクの説明でも、「果物に含まれる酵素が増える」としているものがありますが、これも間違いです。
でも、微生物が増えれば、結果的に、その微生物が作る酵素が増える可能性はあります。市販の酵素ドリンクなどの中に、原料由来、または微生物由来の酵素がどのくらいの量含まれるのかはわかりません。昔からの酵素健康食品では、説明として、「酵素そのものは含まれず、酵素によってつくられるものが、豊富に含まれていることが重要」としているものもあります。
なんで、これが「酵素」なの?の謎
さて、ここで紹介した「酵素」健康食品の数々、生物に詳しい方、そして本ブログのこれまでの酵素エントリをお読みいただいた方ならば「それ、酵素ちゃうやん」というツッコミを入れたくなってしまうと思います。場合によっては、その説明に「酵素」「発酵」「酵母」がごちゃごちゃになっていることもあります*6。
酵素発見の歴史と、酵素健康食品の歴史を重ねてみると、なんとなくこのネーミングの元が見えてくる気がします。
酵素発見の詳しい歴史は前回のエントリをごらんください。大雑把な年表を掲載しておきます。「大高酵素」が創業した1926年は、サムナーが酵素の結晶化に初めて成功したころ。彼は後にこの研究でノーベル賞を受賞しています。つまり、「酵素」が科学の最先端だった時代です。「酵素」は、今で言うなら「iPS細胞」くらい目新しくホットなものだったと思われます。ですから、発酵自体は、日本で昔から盛んであり、「酵素」が発酵の研究から発見された経緯を考えると、その頃に「酵素」の名を冠した発酵健康食品が誕生していても不思議はありません。
実は、日本でも、「酵素栄養学」以前にも酵素健康法ブームが何度かあったようです。
- 食べた酵素は働いてくれるのか? その02 そもそも酵素栄養学とは何なのか, やさしいバイオテクノロジー
これらは現在、すっかり廃れてしまっていますが…。
「酵素栄養学」と酵素ドリンク
wikipediaによると、1946年に酵素栄養学の専門書「The status of food enzymes in digestion and metabolism」が、その後1980年と1985年に一般向けの本が出版されています。日本で手に入る「キラー・フード」は1985年の本の翻訳です。これを元ネタとして、酵素栄養学関連の色々な書籍が発行されています。
こちらに、酵素栄養学の考案者、ハウエル氏の経歴があります。1898年生まれでlimited medical license(制限付きの医師免許?)を取得して1930年までサナトリウムに勤めたあと、進行した疾患を治療するための診療所を開業し、そこで栄養療法を行ったとあります。また、1932年にNational Enzyme Companyという会社を創立し「Food enzyme nutrition(食物酵素栄養学)」の研究と、独自のサプリメントの提供を行ったそうです。その後は「酵素栄養学」の本を出したり、サプリ会社をどんどん発展させて行ったりしました。というわけで、「酵素栄養学」も、大高酵素と同時期に考えだされた、当時話題になっていた「酵素」にフォーカスした健康法なのかもしれません。
おもしろいことに、ハウエル氏の酵素サプリは、日本の「酵素ドリンク」は全然違うものなのです。ハウエル氏の酵素サプリは発酵食品ではなく、精製した消化酵素をミックスしたサプリメントです。サイトには、どの酵素がどれだけ入っているか明記されています。
「酵素の摂取」に発酵を絡めるのは、日本独自なのです。
これらを考え合わせての推測ですが、日本で最近流行している酵素ドリンクは、昔からあった健康食品(発酵食品に「酵素」の名前をつけたもの)に、酵素栄養学の理論をくっつけて売り出されているものと考えられます。酵素ドリンクの売り文句は、「色々な野菜や野草を原料に・発酵させた・酵素たっぷり」というようなものが多く、「酵素栄養学」を元にしたローフード健康法(生の野菜ジュースで酵素を摂取)のイメージと、発酵食品の酵素が多そうなイメージとを融合させたような感じです。
このへんの「事情」のヒントになりそうな話が、「キラー・フード」の監訳者解説にありました。
日本で酵素が注目されてこなかった理由は、いくつかあります。
まずその一つは、酵素製品が医薬品であることです。
(略)
二つ目に、アメリカのようにさまざまな酵素の健康・栄養補助食品がないことです。日本では液体状の酵素製品などがありますが、医薬品としての規制があるために、アメリカのように手軽に使用できるものが多くありません。(p.223)
つまり、日本では精製した酵素を食品として売ることができず、アメリカのような精製酵素サプリメントがなく、代わりに昔からある「酵素」の名を持つ発酵食品が「酵素ドリンク」として売られているのかもしれません(日本にも、「酵素サプリ」といわれるものはありますが、発酵食品を濃縮しカプセル状にしたものを指すようです)。
酵素栄養学は「生気説」のかほり
「キラー・フード」の冒頭はこんなフレーズで始まります。
私は、生命体を構成する有機物とそれらが作り出す酵素には、カロリー的なエネルギーとは異なる「生命エネルギー」とでも言うべきものが存在する、と考えています。
あれ、これ、「生気説」っぽくないですか?ハウエル氏は1989年生まれで、これはブフナーによる「生気説」を完全に否定した実験の翌年です。ハウエル氏が医学を学んだ頃には「生気説」はもう時代遅れだったと思いますが、それをまた持ちだして独自の理論を打ち立てて行ったのかもしれません。代替医療ではよくある手法です。もちろん、ハウエル氏が生気説的理論を独自に「再発見」した可能性もありますが。
「キラー・エンザイム」は1985年に書かれたそうですが、話に出てくる論文は新しくてせいぜい1970年代のもので、ほとんどが1940年代とか古いものばかりです(1940年代に発表した本が元になっているためでしょう)。ここ数十年で生物、酵素への理解は大きく深まりました。しかし、「酵素栄養学」を支持する新たな発見や、分子生物学的な裏付けは、得られていません。「科学的である」ことの価値は、客観的な証拠があること、それがたくさんの研究者により追試されることでより確からしさが高まっていくことにあります。そういった確認がなされていない「酵素栄養学」は、提唱者の肩書がなんであろうと、科学的に検証されているとは言えません。
現代では、酵素は以前ほどなぞめいた存在ではなくなっています。しかし、義務教育では消化酵素について軽く習うだけで、酵素が生命活動において果たしている根幹的な役割について、またその機構について教わることはないため、かつての謎のファクターXとしての姿がいつまでも流布し続けているという側面があるのかもしれません。「酵素」が、これ以上、「うさん臭いワード」になってほしくないと、心から願います。
さて、本項は3回シリーズのつもりだったのですが、次回、「働く酵素(実際に利用されている酵素の姿)」について、軽く紹介したいと思います。
*1:実はこの「消化酵素」・「代謝酵素」・「食物酵素」という分け方もハウエル氏独自の考え方です。
*2:著者略歴によると、アメリカン・ホリスティック・カレッジ・オブ・ヌートリションで栄養学博士号を取得した方だそうです。
*3:その内容が本当かどうかは調べていません。正確な引用元が示されておらず、あまりに手間が掛かりそうだから。
*4:こちらのサイトに、タンパク質合成の基本的なしくみが解説されています。
*5:日本の論文検索サイトであるCiNiiで「食物酵素」または「潜在酵素」で検索すると、ヒット件数はゼロです。
*6:だから、この一連のエントリを書くにあたり、まずこの3つの区別を明確にしなければならないなあと思ったわけです。