「和牛ですから安全です」

最近、外食で「食の安全」について不安になることが立て続けにありました。まずひとつは、居酒屋で
「手作り酵素ジュース使用 こうそサワー」
というメニューを発見したことです。

手作り酵素ジュースというのは、「酵素」と名乗る、その実は発酵食品である系統の健康食品*1の中でも、塩濃度やpH、材料の加熱による殺菌など、伝統的な発酵食品で用いられているような、雑菌のコントロールをほとんどなしで作ってしまうという、ハイリスクなものです。

「手作り酵素(ジュース)」というものもあるようで、クックパッドにもたくさんのレシピが掲載されています。こちらは、家庭で果物や野菜と砂糖をビンに入れ、時々手で混ぜながら放置して発酵させるそうです。このような作り方では、手や野菜やビンについていた菌を増やすことになります。酵素ドリンクづくりは雑菌を増やす作業をしているようなものです。このような製法での酵素ジュースに何が増えているか調べたまとめがあります。

こちらによると、カビがすごく、大腸菌群やブドウ球菌もいたりした、とあります。


酵素ジュースは、たぶん、果物表面に存在する野生の酵母(いわゆる天然酵母)を増やそう、というものだと思います。ぬか漬けや味噌など、家庭で発酵食品を作ることは日本で伝統的に行われてきましたし、パン作りでも野生の酵母を利用することはあります。しかし、昔から家庭で作られてきた発酵食品は、雑菌が増えにくいような、色々な工夫(発酵前に原材料を加熱することで殺菌したり、乳酸菌によって酸性に保ったり、塩分濃度を高くしたり、保存方法を工夫したり)によって、家庭でも雑菌の増殖を抑えて有用な微生物だけを増やす方法が確立されてきたものです。手作り酵素ジュースはその辺がかなり適当で、なにができるかは運次第、というものになってしまっているようです。

正直、プロとしてコレを客に提供する店があるというのは結構恐ろしいな、と思いました。もしかしたら、何か独自の工夫によって雑菌のコントロールをしているのかもしれませんけども…。



次に遭遇したのは、「和牛ハンバーガー」を扱うお店でのこんな張り紙。

まれにパテの中心部がピンク色の場合がありますが、当店では和牛を使用していますので安心してお召し上がりください。

えっ、「和牛だから安心」できるんですか?私の中の常識では「ひき肉はなんであれ中まで火を通さないとヤバイ」なんですけど…。このハンバーガーは結構な人気店で、わざわざ食べに行ったので、リスクを感じながらも注文してみたところ、ちゃんと中まで火が通っていたのでホッとしました

帰ってから牛肉生食の食中毒について調べてみました。

Q1お肉は生では食べられないの?
私たちの手の平や食べ物等には、様々な種類の細菌やウイルスが存在しています。なかでも、牛、豚などの家畜の腸内には、食中毒の原因となる腸管出血性大腸菌サルモネラ属菌などの食中毒菌が存在し、と畜場でお肉にする過程で、お肉やレバーに付着してしまうことがあるため、生で食べるのは食中毒のリスクを伴います。また、豚やイノシシの多くは、E型肝炎ウイルスに感染していることがわかっています。このウイルスは、豚の血液や肝臓からも見つかっており、生で食べることで人にも感染し、肝炎を発症し重症化することがあります。また、寄生虫についても注意が必要です。

Q4ハンバーグを焼くときに注意すべきことは?
ハンバーグは挽肉から作るので、動物の種類に関わらず、挽肉に付着している病原体が中心部まで入ってしまいます(表2参照)。多くの病原体は、75℃で1分間以上の加熱で死滅するので、中心部まで、火を通すことが重要です。ハンバーグでは、外側が焼けていても、中は生焼けになっていることがあるので、フライパンにふたをして、中火で中心部までじっくり火を通すことが大切です。ハンバーグ・つくねなどの挽肉料理は、中心部まで十分に火が通り、肉汁が透明になって中心部の色が変わるまで加熱すれば、食中毒の原因となる病原体は死滅し、おいしく安全に食べられます。

ひき肉料理に中まで加熱が重要な理由は表面に付着している病原体が中心部まで入ってしまっているから、なので、和牛かどうかは関係ないわけです。新鮮ならばいい、というものでもない。汚染率を見れば、ひき肉を生食するのはくじ引きみたいなものだと思えます。

生肉流通の基準について、調べてみました。

  • 牛(内蔵を除く)…生食用の基準がある。ただし加工時に以下のように表面を加熱する

枝肉から衛生的に切り出された肉塊を、速やかに気密性のある容器包装に入れ、密封し、肉塊の表面から深さ1cm以上の部分までを60℃で2分間以上加熱する方法又はこれと同等以上の方法で加熱殺菌後、速やかに4℃以下に冷却すること。また、加熱殺菌に係る温度及び時間の記録を1年間保管すること。
生食用食肉の規格基準について, 東京都福祉保健局

牛肉のユッケの食中毒事件(平成23年)後、生食用の牛肉については、表面から深さ1cm以上の加熱(60℃2分間)などを義務づける規格基準を設定しました。しかし、基準を満たしていても完全に腸管出血性大腸菌を除去することは難しいので、子どもや高齢者など食中毒に対する抵抗力の弱い方はお肉の生食を控えて下さい。

  • 牛(レバー)  …生食用としての販売は禁止されている。
  • 豚(内蔵を含む)…生食用としての販売は禁止されている。
  • 馬       …生食用の基準がある。生食用食肉の衛生基準, 厚生労働省
  • 鶏       …生食用の基準がない。

[参考]

基準がないもの(豚や鶏の生食、牛レバー)は、食中毒のリスクを一定以下に減らす手段がないもの、と考えて良さそうです。

牛の生レバーが提供できなくなった後、豚の生レバーを提供する店が表れ、結局豚レバーに関しても生食用の販売が規制された、というニュースがありました。豚肉については、牛肉よりさらにハイリスクで、E型肝炎のリスクまであります*2

Q1
豚の食肉には、食肉の細部まで、ヒトへの健康影響が大きいとされるE型肝炎ウイルス(HEV)、細菌(サルモネラ属菌、カンピロバクター・ジェジュニ/コリ)、寄生虫トキソプラズマ、旋毛虫(トリヒナ)、有鉤条虫)などの食中毒の原因となる病原体(期外要因)が存在していると考えられ、また、我が国において、豚の食肉の生食又は加熱不十分な状態で食べたことが原因と推定されるE型肝炎患者及び細菌等による食中毒事例が発生していることから、豚の食肉を禁止するという規制は妥当であるとの評価を行いました。

Q3
SPF(Specific Pathogen Free:特定病原菌不在)とは、無菌ではなく、豚の発育に大きな影響を及ぼす病気(オーエスキー病、トキソプラズマ感染症マイコプラズマ性肺炎、萎縮性鼻炎など)にかかっていない健康豚であることが証明された豚のことです。ヒトの健康に影響を与える細菌やウイルスを全く保有していないという意味ではありません。なお、実験に用いられるSPFラットやSPFマウスとSPFブタでは、あらかじめ指定された病原体の範囲も異なります。
したがって、ブタの品種や育て方に関わらず、豚の食肉(内蔵を含む。)を食べる時には、ヒトの健康を考えるのであれば十分に加熱することが重要です。SPF豚であっても、血清中に抗HEV抗体が検出され、過去に感染したことを示唆する調査事例もあり、SPFブタであっても通常の豚肉と同様に生食は避けましょう。

市販の豚レバーを調べた結果、1.9%からHEV遺伝子が検出され、さらに10人のE型肝炎患者について豚レバーの摂取歴を調べたところ、発症の2〜8週間前に9人の患者が生豚レバー、あるいは加熱不十分の豚レバーを食べたことがあると答えている。

治療としては、他の急性肝炎と同様に対症療法のみである。劇症肝炎に対しては、血漿交換などによる治療が必要となる。一般的な予防としてはA型肝炎と同様に、汚染地域と考えられる地域に旅行する場合に、飲料水、食物に注意し、基本的には加熱したもののみを摂取するように心がける。ワクチンはまだ開発されていない。

「肉の生食」は、私が子どもの頃には考えられない行為でした。しかし、いつの間にか、なんか「アリ」みたいになってしまっていました。「肉質に自信がある」として生食をさせている焼肉店や、レアハンバーグが有名なお店というのもあるようです。

うさじまが個人的に違和感というか危機感を感じたのが、生肉や酵素ジュースなどを提供しているのが、必ずしも、言い方は悪いですが場末の、全てにおいてゆるい感じの店というわけではなく、むしろこだわりを持って経営している店だったりすることです。こだわりを持つ、つまり他店と差別化は大切でしょうけど、「食中毒のリスクを減らす」という基本的な部分、料理人としての土台となるはずの安全知識について不安になるような(『和牛だから安全です』というフレーズを平気で書いてしまうような)店が人気店の中にもあるということです。もちろん、流通している生食可の肉を使っているのかもしれません。しかし、もしかするとロシアン・ルーレットに知らない間に付きあわされているのかもしれません。「和牛だから安全です」とか言われると不安になります

もちろん、現在流通している他の食品と比べて、生肉のリスクはどうなのか…という議論もあるでしょう。しかし、「和牛だから安全です」「新鮮だから安全です」「いい肉だから安全です」というフレーズで、本当は避けられない生肉食のリスクを避けられるかのように説明してしまうのは問題です。もし、提供している肉が生食の基準を満たしているなら、そのことをきちんと書くべきです。

今日本で「食の安全」というと、「異物混入」「産地偽装」「食品添加物」などのキーワードが絡められがちです。実際には「食中毒」のほうが普通によく起こっている、けども、なぜか(日常的に起こっているからこそ?)そのリスクは低く見積もられているように思います。今回、特に結論というものはないのですが、「食の安全」…誰かの作ったご飯を食べるということは、その人に命を預ける側面もあるのだなあということ…を考えさせられました。命を預ける相手にはプロとして地道な勉強を怠らない人を選びたいと思いますし、「お店で出てくる食べもの」でも、警戒して食べるべきものがあると知っておかなければなとも思いました。

*1:酵素を食べて健康になれる?酵素健康法と酵素栄養学参照

*2:E型肝炎は、豚だけでなくイノシシ肉やシカ肉からの感染例も報告されているそうです