畝山智香子著 「健康食品」のことがよくわかる本
- 作者: 畝山智香子
- 出版社/メーカー: 日本評論社
- 発売日: 2016/01/12
- メディア: 単行本
- この商品を含むブログ (5件) を見る
本書を、感想をブログで書くということで寄贈いただきました。正直「健康食品」についてはあまり詳しくないのですが、「一般向けの本なので、むしろ非専門家の方に読んでもらいたい」とのことでしたので書かせていただくことにしました(こういう風に紹介してくれとか、どういう内容を書いて欲しいみたいなことは一切言われておらず、自由に書いています)。
本書は5章から成り、第一章「医薬品はどう安全なの?」第二章「食品が安全とは?」第三章「食品と医薬品の間に何があるの?」第四章「食品の機能表示とはどういうもの?」終章「食品の機能とはそもそも何?」という構成になっています。
うさじまにとって「健康食品」はほとんど縁がない存在です。広告も胡散臭く感じるし、特に必要性も感じないので買ったことはほとんどありません。また、食事については「カロリー、脂肪、塩分を過剰摂取しない。野菜をなるべく食べる。甘いものを食べ過ぎないようにする*1。食中毒に注意する」ということに気をつけているくらいで、特に「健康にいいものを食べたい」とかは思っていないタイプです。でも、読んでみると非常に興味深い内容でした
以下、「食の安全」や「食と健康」にそこまで深い興味を持っていなかったうさじまが本書を読んで「健康食品」について考えたこと、学んだことを簡単にまとめてみます。
「健康食品」を考える上で大切なこと(1)「食べて健康になるとはどういうことなのか」
食事が私たちに大きな影響を及ぼすのは間違いないです。しかし、実は「食の影響」と言った時に二つの意味合いがあるのです。
- 普通の食品をどう食べるかの影響。食べる量や調理法、野菜の摂取量、塩分の摂取量など。明確で大きな影響を持ち、栄養学などの既存の学問でよく研究されている。
- 特定の食品や成分について、医薬品のような影響を期待するもの。
2番目の「食品の機能」について、本書の第三章、第四章で法的規制や例を挙げながら、丁寧に説明されています。いわゆる健康食品を扱う企業などは、この2番目の、いわば医薬品ライクな機能をウリにしていることが多いのです。そのため、食品の機能性表示については国によっていろいろな規制が設けられていて、基本的には、表示には科学的根拠が求められます。しかし、その科学的根拠は医薬品とは比較にならないほど弱く、特に国内のトクホなどでは海外の機能表示の審査で根拠不十分として却下されたものが通っていたり(p.133)、査読のない詐欺的なオープンジャーナルに掲載された論文が根拠とされていたりするそうです(p.177)。
食品の健康への影響を考えるとき、実際には1番目の「普通の食品をどう食べるか」の方が明らかに大きな影響があり、そのためよく研究もされています。本書では例として、血圧が気になるなら「血圧が高めの方へ」という健康食品よりも、ナトリウムとカリウム(塩)の血圧への影響の方が、比べ物にならないほどの質と量のデータがあり、そっちをまず気にするべきだ、ということが書かれていて(p.202)、なるほどと思いました。
また、マルチビタミンなどのサプリメントについても、効果はあくまで「足りないものを補うこと」であり、米国での研究で、「マルチビタミンサプリメントを使用している人はそもそもビタミンが不足していない(十分な栄養を採っている)/食生活が問題で栄養不良となっている集団ではマルチビタミンサプリメントを使用していない」という結果になり、実際公衆衛生対策としてビタミンやミネラルの添加を行う場合には、パンに添加するなど特に意識しなくても必要な人たちに届くようにするとあり(p.81)、考えさせられました。
食品で健康を維持するには、普通の食品を「健康的に食べる」こと。つまり「健康な食」とは、身体が必要とする栄養素を過不足なく摂取することであり、何か特別な付加価値を求めるというのはちょっと違うんだな、ということを改めて思いました。
「健康食品」を考える上で大切なこと(2)「食の安全とはなんなのか」
「食の安全」と言うと、普通「食品添加物」「残留農薬」「中国産」「偽装」などと言ったトピックが浮かびがちなのですが、実はこういった問題は食品の安全性全体の中では大きい問題ではないそうです。こういったものにたいしては、リスクの研究が詳細に行われていて、監視もされています。(p.31)。
実は食品そのものが、未知の、膨大なリスクの塊であることが、食品のリスク分析の出発点となります。私たちが日常食べているコメなどの食品の成分もすべてわかっているわけではないのです。さらに、調理によってどういう化学変化が起き、どういう物質ができるのかについても、知られていない部分はたくさんあります。けど、今まで食べてきた実績があるし、私たちは自分たちが食べる普通の食物について知り尽くすことはまだ当分できませんから、「完全にわかるまで食べない」というわけにはいかない。なので、私たちは「普通に」食べているのです。でも、未知のリスクは常に残っている。
だから、「わかっているリスクには十分考慮し、わからない部分によるリスクを最小限にするために、リスクを分散する=いろいろなものを食べる」ことが、食の安全にとってベストな方法となります(p.38)。
そして、「健康食品」として一つの食物を大量に食べたり、今までやってなかったような食べ方(加熱して食べられてきたものを生で食べたり、今まで食べていなかった部位を食べる等)で食べたりするのは相当リスキーな行為と言えるのです。しかし、多くの消費者はこのリスクを把握していないのが現状です。
第二章では、こういう「健康食品」として偏った食べ方をしたことによって起こった健康被害の実例がいろいろ挙げられていました。その中にはうさじまも雑誌などで「話題の食品」として見かけたことがあるものもありました。
「健康食品」を考える上で大切なこと(3)「健康食品」と「医薬品」の違い
本書は、まず医薬品の有効性・安全性の試験についての詳しい解説から始まるので、「健康食品の話は?」という感じになるかもしれません。が、健康食品というものを理解する上で、医薬品がいかに「安全性、有効性を科学的に証明すること」を本気でやっているのか、時間とお金をかけているのか、を知ることがキモになると、この本を最後まで読むとよくわかります。
健康食品と医薬品の最大の違いが、この「安全性、有効性に関するデータ」の有無にあるからです。 医薬品の価格は、高価ですが、原材料費の問題ではなく、主にこの安全性、有効性を担保するための膨大な情報や制度の対価なのです。だから、薬はどれくらいの量を飲めば効果があって、どれくらいの量を飲んだら危険があるのかわかっているし、薬を飲んで身体に異変があれば医師や薬剤師に相談することで適切な対応が取られる可能性が高いのです*2。
また、もう一つ重要なことは、医薬品開発ではそれぞれのステップで「効果がない」とか「許容できない副作用がある」ことがわかり、この薬はダメだとなったら容赦なく開発中止になるということです。それまでにどんなに開発費用もお金もかけていても、です*3。
これに対して「健康食品」は、その機能をうたいながらも、医薬品並の有効性の根拠はありません。また、健康被害があっても、データがないので医師も対応しきれないことが多いのです。ですから、健康食品はハイリスクなのに、メリットが得られる見込みが少ないと言えます。
「終章」では、「健康食品」についてかなりバッサリ斬られています*4。多くの場合、「医薬品はちょっと怖いから、健康食品でなんとかならないか」と考えがちです。しかし、食品であっても医薬品であっても、身体に何らかの効果があるならば、必ず副作用もあります。「健康食品」は効果についても副作用についても、よく分かっていないから、都合よく「効果はある、副作用はない」ということになってしまっているだけなのです。
また、特になんの(プラス面もマイナス面も)効果もない健康食品であっても、「これを食べてるから大丈夫」と思って本来必要な投薬や食事制限などを怠ってしまうことも、健康食品のデメリットの一つとして挙げられていました。
科学と情報、そして産業
上記(1)(2)で紹介したように、食品のリスクについても機能についても、現実に大きな意味を持つことと、多くの一般市民が気にしていることがズレている、という問題があります。
<食品の機能について>
- 本当に気にするべきこと:普通の食品をどう食べるか。
- 過剰に気にされていること:特定の食品や成分の持つ特別な効果に期待する。
<食品の安全性について>
- 本当に気にするべきこと:どんな食品にもリスクがある。既知のリスクは減らすように努力し、未知のリスクは分散することでできるだけ回避する。
- 過剰に気にされていること:食品添加物、残留農薬などの特定の化学物質(実際には十分低減され、監視されている)。
このような状況の背景には、食品に付加価値を付けて売ろうとする企業と、人々が読みたがる話題を提供するために不正確だったり先走った報道をしているメディアがあることを、本書では指摘しています。そのため、私たち消費者が受け取ることができる情報が非常に偏ったものになっています。
また、科学研究はすぐに白黒答えが出るものではなく、一旦有力に見えた仮説でも研究の結果覆されるということがよくあります。しかし、「○○が身体にいい」などの情報がいったん広まり、それを元に「健康食品」が作られてしまうと、後の研究でその効果が否定されても、製品やその宣伝は残り続けてしまうという問題もあります。医薬品の場合は、効果がなければ開発を続けることができないというしくみ(効果が証明できなければ開発の次のステップに進めないため、承認を得て販売することができない)があるのですが、食品にはそれがないためです。
科学研究と情報を扱うメディア、そして健康食品産業の関係については本書の第四章、終章で取り上げられています。当ブログで扱っている話題にも通じるところがあり、勉強になりました。
- 関連記事:うさうさメモの『ダメな科学』を見分ける話
まとめ
本書を読んで理解した、「健康で安全な食」とは、結局、「いろいろなものをバランスよく食べる」ことのようです。これは、栄養面でも、リスク分散の面でも有効です。逆に、「健康に良いから」と、一つのものを大量に食べるのは、これの真逆であり、食品安全の考え方に反するものです。
雑誌やテレビなどのメディアでは、次から次へと、「話題の食品」が取り上げられ、それがスーパーに並びます。「○○にいいから買ってみよう」と手に取るとき、もしかすると、人々は「おまじない程度」の期待で、半分は娯楽として、新しい何かを買ってしまうのかもしれません。それはそれで、「いけないことだ」とまでは言えないと思います。しかし、もし重大な病気になるなどシリアスな状況になった時に、「おまじない程度」の藁にすがってなんとかしようとするのは危険です。人は、苦しい状況や、恐怖に追い詰められれば、合理的な判断がなかなか難しくなってしまうものです。そういう状況になる前に、「健康食品」の背景について知っておくのは悪くないと思いました。
本書は豊富な事例を交えて、「健康食品」とはどういうものなのか、「健康食品」に関する情報がどう作られるのか、そして、食品のリスクと機能についてを示してくれます。法律やシステムの仕組みの解説が多いので少し読みにくいところもありますが、「健康食品」をよく利用する人や、雑誌やテレビなどに次々と出てくる「話題の食品」が気になる人、身の回りに「健康食品」好きがいる人が一読するととても役に立つと思います。また、うさじまのように特に「健康食品」に興味がなくても、食品の安全と機能についての基本的な情報を得るのにいい本だと思いました。