「クジラが語る、海と生命の進化」@神奈川県立生命の星・地球博物館 2015.2.28
- 「クジラが語る、海と生命の進化」, 神奈川県立生命の星・地球博物館&JAMSTEC 第三回海と命をめぐる公開講演会, 2015. 2. 28
-
- 「残ったクジラと残したクジラ 〜化石記録を理解する方法〜」 樽 創(神奈川県立生命の星・地球博物館)
- 「鯨が育む深海のオアシス」藤原 義弘(JAMSTEC)
JAMSTECの藤原先生は、深海生物のフォトグラファーとしても有名な方です。そして、先生の鯨骨生物群集の研究にも非常に興味があり、参加してきました。藤原先生についてはこちらの記事で詳しく紹介されています。
以下、メモを元にまとめた藤原先生の講演会内容です。
「鯨が育む深海のオアシス」藤原 義弘(JAMSTEC)
深海の3つのオアシス
- 深海はとても生物量が少ない。海底の泥を集めて生物量を測ると、サンゴ礁では1平方メートルあたり10kgを超えることもあるが、深海では数g程度。
- 有機物の流れ:植物プランクトン(光合成)→動物プランクトン→大きい生物→死骸、フン、脱皮殻がマリンスノーとして深海へ。表層光合成産物のうち深海に届くのは1-3%程度。
- そんな深海の中で、オアシスのようにたくさんの生物がいる場所が3つある。(1)熱水噴出孔生物群集…チムニー(地熱で熱せられた水が噴出する割れ目。重金属や硫化水素を豊富に含む数百度の熱水が湧き出ている)(2)湧水生物群集…プレート同士が衝突する沈み込み域で、活断層などに沿ってメタンリッチな水がしみ出してくる場所(3)鯨骨生物群集。
- これらは、硫化水素やメタンを利用する生態系であり、太陽エネルギーを基として生態系とは別の世界。この発見は生物の常識を覆すものだった。1平方メートルあたり数十kgのバイオマス。
- 共生している化学合成細菌が栄養供給している生物が多い。
- cf.海底温泉で暮らす生物, JAMSTEC
- 硫化水素は、通常、生物にとって猛毒である。
鯨骨生物群集
- 鯨骨生物群集とは、海底に沈んたクジラの死骸の形成される生物群集のこと。
- 1987年に発見された。
- 生物量は多く、多様性に富む。また、固有種も多い。
- 腐肉食期→骨侵食期→化学合成期→懸濁物食期 の4つのフェイズを遷移する。
- 化学合成期:長い。クジラの骨は巨大で、重量の60%が脂質でできている。その脂質が腐るときに、長期間に渡って硫化水素が作られる。この期間に、生物が流れ着いて、子孫を残すことが可能。
- 懸濁物食期は、骨の脂質が分解されてしまったあと、生物が固着する基質として残っている状態。実際には見つかっていない。
- トータルで、数十年〜百年程度、クジラの死骸は海底に残っていると考えられる。
飛び石(ステッピング・ストーン)仮説
- チムニーから出る熱水には、硫化物と金属が含まれるため、冷えて硫化物が析出し、数年でふさがってしまう。
- 熱水噴出孔にいる生物は、自分で泳いで移動できるものは少ない。そのため、移動可能な幼生を飛ばして移動させる。
- しかし、チムニー間の距離は数千kmある→中継ポイントが必要。この中継ポイント=飛び石(ステッピング・ストーン)として、クジラの死骸が利用されているのでは?
- クジラは年間約8万頭死亡すると考えられている。死骸の残存期間を10年として見積もっても、海底には最短10kmくらいの距離でクジラの死骸があることになる。
飛び石仮説の検証…クジラの死骸を沈めて観察する
- 2002−2010年、座礁したクジラの遺骸を九州沖に沈め、近くの湧水域にすむサツマハオリムシという生物が群集を作るかどうかを調べた。しかし、サツマハオリムシの群集は形成されなかった…
- 2005−2012年、湧水域のもっと近くに鯨骨を設置。今度は、さつまハオリムシがついていた!DNAを確認したところ、確かに近くの湧水域のものと同一だった。さらに、水槽で飼育し、産卵、繁殖を確認した。条件が整えば、鯨骨がステッピング・ストーンとなりうることがわかった。
これらの実験についての記事はこちらにも。講演会のスライドにあった写真も掲載されています。
骨侵食期の生物
- ホネクイハナムシ(こちらに写真があります)…ゴカイの仲間
- 口、肛門、消化管はない。クジラの死骸の骨の中にいっぱい「根」をはやして、そこから栄養を吸収する。オスは極端に小さく、生殖のみを行う。
- Osedax japonicus…2006年、日本から新種記録。ゼラチン質の繭の中に産卵する性質があり、この繭をとって骨と一緒に飼うことで継代に成功。また、共生細菌の培養にも成功している。世界位で唯一、完全飼育に成功しているホネクイハナムシ。
腐肉食期
NHK特番
- 2008年、赤ちゃんマッコウクジラ(5m)が座礁した遺骸を冷凍保存。冷凍庫を占領して不評を買いながらも、2012年まで保存していた。
- NHKとDiscovery Channelの「深海の巨大生物を追う」という番組*1で、「クジラを沈めれば巨大なサメが来る」として、赤ちゃんクジラを沈めることに。
- 複数の船と空撮を用いた大規模な撮影。
- 3人乗りの潜水調査船Tritonで直接観察&タイムラプスビデオ撮影
- 沈めてから4時間後に、海底のクジラ遺骸発見→浮いている!→サメが食らいついていた!…しかし、サメが撮影できたのはこの一度だけ。ログを見ると、どうやらサメは潜水艇の音で気づいて避けている。NHKには申し訳なかった。
- 相模湾、500mでは、腐肉食期が2ヶ月で終了することがわかった。
質疑応答
Q1:クジラが沈んでいる場所に偏り(クジラの墓場のような)はある?
A1:クジラはいろんな場所にいるが、回遊コースがある。そのコース沿いに沈んでいることは考えられる。Q2:はじめの実験で、サツマハオリムシが来なかったのはなぜ?
A2:サツマハオリムシ以外の化学合成依存生物はきていた(貝など)。理由はよくわからない。サツマハオリムシがいる場所が、近いと思ったが、水の出入りのせいで、幼生が来れなかったのかもしれない。また、鯨骨周辺の潮流が速かったのかもしれない。Q3:クジラの骨のあぶらは炭化水素。S(硫黄)はどこからくるの?
A3:海水中には硫酸塩が溶けている。骨には、コラーゲンも含まれる。Q4:ホネクイハナムシはどうやって骨を溶かすの?
A4:メカニズムはまだわからない。現在、遺伝子解析を行っている。コラーゲンを溶かすコラゲナーゼは多く発現している。Q5:クジラの祖先は海→陸→海と戻ってきた。クジラの進化と飛び石仮説に関連は?
A5:クジラの進化とは少し異なるが、クジラの死骸が、進化的な飛び石になっているという別の仮説もある。熱水噴出孔などにいる生物はもともと浅いところにいた。そこからクジラ死骸などのマイルドな硫化水素の環境に慣れ、熱水噴出孔で生存できるようになったのではないかという説。
スライドがとても美しく、見やすかったのは、さすがです。もちろん、お話も大変興味深いものでした。貴重な写真や動画もたくさんありました。ちょっと遠かったですが、行ってよかったと思います。海底に沈んだクジラの死骸の上で繰り広げられる生命の営み。ロマンがありますねー!神奈川県立生命の星・地球博物館とJAMSTECの合同企画は今年で三回目、また来年もやる予定とのことでした。
神奈川県立生命の星・地球博物館常設展示
この博物館のHPによれば「地球と生命・自然と人間がともに生きることをテーマに活動する自然史博物館として、地球全体の過去から現在にわたって幅広く、また、神奈川を中心に、自然科学に関する資料を収集・収蔵管理」とあります。常設展示には、3階まで吹き抜けのホールに、石の壁や鉱物標本、化石、そして生物の剥製が大量に展示されていて圧巻でした。
アンモナイトの壁
イケメンタイリクオオカミさんあり…