「子宮頸がんワクチンで不妊」はやっぱりデマ

こちらの記事で、「子宮頸がんワクチン(HPVワクチン)で不妊になることを示すデータはない、逆に妊娠に影響しないというデータがある」と紹介したのですが、「製薬会社の出したデータなんかじゃ無意味だ」というコメントをいただきました。確かに、製薬会社が資金提供している論文にはバイアスがかかっているのではないかという疑問はあると思います。実際、医師や研究者の間でも、「論文のお金の出どころには注意が必要」という視点はあるようです。しかし、今回の場合、承認申請のためのデータであること(後からデータが辿れるよう厳密に管理されます)、二重盲検(接種する医師も接種される患者もワクチンかプラセボかわからない)試験であること、非常に多くの医療関係者&被験者が関与するため全員の口を塞ぐのは難しいこと、またなにより重大な副作用を隠して承認を取得しても、市販後に副作用がモニターされているため必ず明らかになると考えられ、それにより治験での不正が発覚して製薬企業として致命的な事態に発展するリスクが高いことなどから、この「不妊」のデータを製薬会社が隠蔽することは考えにくいと思います。


しかし、一応、製薬企業の関与しないデータもありますよということで、ワクチン市販後に発表された子宮頸がんワクチンと妊娠についての論文をいくつか紹介しておきます。

こちらは米国のワクチン有害事象報告システム(VAERS)のデータベースを解析した論文です。4価ワクチンなので、ガーダシルについての話になります。VAERSは、こちらのエントリでも紹介したとおり、ワクチン接種後の問題(有害事象)について、ワクチン接種との因果関係の有無に関わらず、また接種後何年経過していても、医師・製造業者・被接種者やその家族の誰でも報告できるデータベースで、FDAとCDCが出資しているものです。因果関係問わずあらゆる報告を収集した上で、統計的な解析を行って、そのワクチンの副反応(ワクチン接種と因果関係がある副作用)の存在のシグナルを見つけ出すものです。この論文では、2006年6月1日〜2008年12月31日にVEARSに寄せられた有害事象レポートを解析しています。ガーダシルで特異的に多かった有害事象として、失神(100,000回接種分出荷あたり8.2例)とVTE(静脈血栓塞栓症、100,000回接種分出荷あたり0.2例)を挙げています*1


この論文では、「重篤な有害事象」を、FDAの定義に基づき、「生命を脅かすもの、死に至るもの、永続的な障害が残るもの、先天異常をきたすもの、治療のための入院または入院期間の延長が必要であるもの、これらの転帰を防止するために医学的または外科的介入が必要となるもの」としています。もしワクチン接種後に永久不妊になった場合には「永続的な障害が残るもの」に当たると考えられますが、報告された重篤な有害事象に「不妊」は含まれていませんでした。詳しく知りたい場合は、リンク先のp.753 table 2にまとめられています。VAERSは自発的に報告されたものに限られるという欠点はありますが、もしガーダシルが確実に不妊を招くようなものだとしたら、それなりに多くの報告が寄せられているはずです。


この論文には、妊娠関係の報告をまとめた項目もあります。妊娠直前または妊娠中にガーダシルの接種を受けたVAERSレポートは236例、うち重篤に分類されたのが12例。143例が自然流産の報告でした。報告のうち、97%(228例)がMerck Pregnancy Registryを通じた製造業者からの報告だったそうです(p.755。繰り返しますが、これはワクチン接種との因果関係は考慮せず報告されたものです)。VAERSの制度では、自発的に報告されたものだけが登録されるので、すべての事例をキャッチすることは不可能です。さらに、正常な妊娠出産の数との比較はVAERSのデータだけでは不明です。そこで、製薬会社はワクチンと妊娠についての調査を行う体制を作っています。それが、ここに出てくるMerck Pregnancy Registryで、前のエントリでも紹介しています。ガーダシルの製造販売元Merckが、米国・カナダ・フランスで設置した妊娠登録制度です(接種後1ヶ月以内に妊娠した人及び妊娠中に接種してしまった人について、お医者さんが自分の患者さんを登録する仕組み)。妊娠に関する有害事象報告の97%はこの制度を通じたものとのことです。この登録制度によるデータのまとめ論文は前のエントリで紹介していて、ワクチンの影響は特になし、でした。


この論文のFunding(資金提供)の欄を載せておきます。

資金提供/支援 本研究は米国疾病予防センター(CDC)及び米国医薬品局(FDA)により実施された。資金はCDCとFDAの予算のみによる。本研究には外部出資者は存在しない。


原文
Funding/Support: The study was implemented by the Centers for Disease Control and Prevention (CDC) and Food and Drug Administration (FDA). The only funds used were from CDC and FDA budgets. This study had no external sponsors.

こちらは、2価ワクチンのサーバリックス臨床試験の論文です。コスタリカのGuanacasteという地方で、米国立がん研究所(National Cancer Institute)により2000年から行われた二重盲検無作為化対照試験について書かれています。イントロダクションによれば、この地は伝統的に子宮頸がんの発症率が高く、NIHが20年間に渡るHPVの疫学調査を行なってきたという背景があるそうです。試験の内容を以下にまとめます。本人が希望し、かつ参加資格に合致した18〜25歳の女性をランダムにサーバリックス接種群とA型肝炎ワクチン接種群(対照群)に割付けた後、0、1、6ヶ月にそれぞれのワクチンを接種します。接種前には毎回妊娠テストをし、陽性の場合は接種を延期します。臨床試験参加者は7,466人(サーバリックスA型肝炎ワクチンの詳細な割付人数が書かれていませんが、1:1とありますので約3730人ずつとなります)。そのうち、2回目以降の接種時の妊娠テストで陽性となった人は合わせて465人となっています(どちらのワクチン接種群かは記載なし)。この論文は試験開始時のデータをまとめたものであり、接種後、最低4年間は追跡調査を行うとしています。で、この臨床試験で2007年までに得られたデータを用い、妊娠・出産への影響を調べたの次の論文になります。

こちらは、British Medical Journalという、国際的に権威のある代表的な医学雑誌に掲載されたものです。研究の目的は、サーバリックスの接種が流産のリスクに影響するかどうかを調べる、というもの。先ほどのコスタリカにおける試験(CVT)と、サーバリックスの製造販売業者であるGSKが行った臨床試験(PATRICIA)の結果を合わせて解析しています。


この記事の検証ターゲットは「不妊」ですので、妊娠のデータを見てみます。さらに、コスタリカの試験の方(CVT)のみに注目します。表2に「全妊娠数」が記載されており、CVTではHPVワクチン接種群が736人、A型肝炎ワクチンが737人となっています(ちなみに流産の割合はそれぞれ12.8%、11.8%で差はありません)。1つ目の文献に比べ人数が増えているのは、3回の接種終了後に妊娠した人も含まれるためです*2。1つ目の論文から、HPVワクチン、A型肝炎ワクチンに1:1で割付けられていますので、各ワクチン接種群で妊娠した割合にも差がないことが分かります。


">Risk of miscarriage with bivalent vaccine against human papillomavirus (HPV) types 16 and 18: pooled analysis of two randomised controlled trials Sholom Wacholderら, BMJ, 2010 Mar 2;340:c712 より抜粋。日本語はうさじまが追記。

また、Webに掲載されたこの論文の追加データでは、1回めの接種から受胎までの推定日数と妊娠率のグラフが掲載されていました。ご覧のように、サーバリックスと型肝炎ワクチンとで、違いはありません。


Risk of miscarriage with bivalent vaccine against human papillomavirus (HPV) types 16 and 18: pooled analysis of two randomised controlled trials Sholom Wacholderら, BMJ, 2010 Mar 2;340:c712, Data suppliment 5より抜粋。日本語はうさじまが追記。


CVT及び本文献の資金提供についての部分を抜粋しておきます。

資金提供:臨床試験CVT」は米国立がん研究所(NCI)が治験依頼者及び資金提供者であり、米国立衛生研究所(NIH)の Office of Research on Women’s Healthの支援を受け、コスタリカ保健省の同意を得て実施された。(略)

<原文>
Funding: The CVT trial is sponsored and funded by the National Cancer Institute (N01-CP-11005) with support from the NIH Office for Research on Women’s Health and conducted in agreement with the Ministry of Health of Costa Rica

この他、GSK Biologicals(GSKのワクチン研究部門)がCVTの研究デザイン、データ収集、解析、解釈、及び本論文の執筆に関与していないこと、本論文の出版の決定に関与していないことが記載されています。CVTに関してGSKが関与したのは、いくつかのコメントと助言をしたことと、NCIとの合意に基づき臨床試験に用いるワクチンを提供したこと、また法的規制関係の支援を行ったことです。論文の著者らには企業との金銭的関係はありません(p.7)。


この論文が書かれた背景は、GSKの行った臨床試験PATRICIAの中間報告において、サーバリックス接種群と対照ワクチン接種群において流産率に差があったため*3。、CVTのデータ安全性モニタリング委員会が2つの臨床試験のデータを解析するよう命じた、というものです。論文の結論部分を要約しておきます。

  • HPVワクチン接種を受けた女性において、対照ワクチンであるA型肝炎ワクチン接種を受けた女性と比較して、流産率の有意な増加は見られなかった。
  • 総新規妊娠数及び生児出生に至った新規妊娠数について、いずれもHPVワクチン群での減少は見られなかった。よって、HPVワクチンが未検出の妊娠損失*4に影響した証拠は得られなかった。
  • サブグループ解析で、統計的に有意ではないものの、直近の接種から3ヶ月以内に妊娠した場合の推定流産率の上昇が見られた。接種後3ヶ月以降では、流産率に対する影響は見られなかった。

最後の一つは、偶然である可能性も高いものの、接種後3ヶ月以内の妊娠で流産率が上昇する可能性が否定しきれなかったということで、今後同様の解析をもっと行う必要があるだろうとしています*5


以上のように、特に製薬企業と関連のない論文においても、子宮頸がんワクチン接種と不妊の間には影響がないという結果が出ています。やはり、「子宮頸がんワクチンにより不妊になる」というのはデマです。


「でも、FDAもCDCも米国立がん研究所コスタリカ政府も全員製薬会社とグルなんだ、信用できない」と考える人もいるかも知れません。そういう人を説得することはうさじまには不可能だと思います。これらの組織はどれもかなり大きなものですし、全員がグルで悪事を行い続け、その秘密を守り通すのが可能かどうかとか、そこまで広範囲に買収してどれだけ薬を売れば元がとれるのかとか、想像してみてくださいとしか言いようがありません。


また、今回示した資料でも、完璧な証明にはならない、気に入らないという人がきっといらっしゃるでしょう。けど、逆に、ワクチンで不妊になる!と言っている人が「実際何%の人が不妊になりました」とか、せめて「マウスで不妊になるというデータがあります」といっているのを見たことがあるでしょうか。どこにも根拠がない話は信じるのに、根拠が提示されている話には、「その根拠じゃ気に入らない」と、信じないというのは、おかしな話だと思います*6

*1:この数値は因果関係の有無を問わないものなので、ワクチンが原因ではないものも含まれています。また出荷量あたりなのは分母として出荷数量が用いられているためです。

*2:こちらでは、人工妊娠中絶をした人を0.5人として数えています

*3:少なくともこの試験では有害事象の隠蔽はしていないようですね。

*4:妊娠に気づく前に流産してしまうなど

*5:これは、もしあったとしても、偶然かどうか判断が難しいような稀な事象だということです。非常に多くの人に接種する場合には社会全体としては問題となるため、調べる必要があります。

*6:もちろん、提示された根拠の不備を客観的に評価し、どの程度信用に足るか考えるというのは大切なことだと思います。しかし、「自分の信じたい話は信じ、信じたくない話は信じない」では意味ありません。