子宮頸がん予防ワクチン(HPVワクチン)に関するインターネット上の情報検証記事 MRIC by 医療ガバナンス学会

医療ガバナンス学会のメルマガで、インターネット上の子宮頸がん予防ワクチン(HPVワクチン)に関するインターネット上の情報についての検証記事が連載されていました。産婦人科医による記事であり、根拠となる一次資料も提示されている丁寧な検証で、どんどん込み入ってくる本ワクチンをめぐる情報を読み解くのに非常に有用であると感じたので、紹介させていただきます。記事で扱われているのは、最近インターネットで(時に他のメディアでも)見かける子宮頸がんワクチン危険・不要・無効などの主張の根拠としてよく引用されている内容です。ここではその「根拠」とそれに対する検証の結論を簡単にまとめておきます。元記事の詳細な検証を是非ごらんください。

Vol.210 HPVワクチンのリスク・メリット―インターネット情報の真偽(1), 尼崎医療生協病院 産婦人科 衣笠万里

NPO法人・医薬ビジランスセンター理事長の浜六郎氏によるHPVワクチンのリスクに関する記事の検証です。

  • サーバリックス臨床試験でワクチン注射後4年足らずで、30 人に1人が慢性の病気になり、100人に1人が自己免疫疾患になり、800 人に1人が死亡」→対照群であるA型肝炎ワクチン接種群とさがなかった。
  • サーバリックスA型肝炎ワクチンに含まれるアルミニウム化合物自体が慢性疾患や自己免疫疾患を引き起こす」→多くの疫学的調査から、アルミニウム含有ワクチンと神経疾患や自己免疫性疾患との因果関係は否定されている。WHOの諮問委員会(GACVS)はアルミニウム含有ワクチンによって重大な健康被害が生じることを裏づける科学的な根拠(エビデンス)はないと結論している。

臨床試験だけでなく市販後の大規模な疫学的調査でもHPVワクチンの安全性を支持する報告が出てきている。昨年ブリティッシュ・メディカルジャーナル誌に発表された北欧からの論文では、ガーダシル接種者約30万人と非接種者約70万人との間で各種自己免疫疾患・神経疾患・静脈血栓塞栓症の発生頻度を比較したところ、両群間で明らかな差がなかったことが報告されている[9]。同様に米国・英国・フランス・オーストラリアの市販後調査でもHPVワクチンによって特に問題となる健康被害は出ていないことが報告されている。

Vol.210 HPVワクチンのリスク・メリット―インターネット情報の真偽(1), 尼崎医療生協病院 産婦人科 衣笠万里  より。強調はうさじまによる

Vol.211 HPVワクチンのリスク・メリット―インターネット情報の真偽(2), 尼崎医療生協病院 産婦人科 衣笠万里

トムルジェノビック(Tomljenovic, L)氏およびショー(Shaw,CA)氏による、「ガーダシル接種後に突然死した2人の女性の検死によってられた脳の標本に免疫組織化学を施し、ワクチンに含まれるHPV16型の蛋白抗原が脳血管壁に認められたことから、ワクチンに起因する脳血管炎によって急死した」とする論文の検証。具体的な内容は本文をご覧ください。結論として、「HPVワクチンによって脳内で血管炎が起こっているという彼らの主張には信じるに足る証拠がない。」としています。

現在までに全世界ですでに1億数千万本ものHPVワクチンが出荷されているので、接種者の中にはワクチンとは無関係に重病を患ったり突然死したりする人々も相当数含まれることになる。したがってワクチン接種とその後の容体の悪化との因果関係の有無については十分な疫学的調査に基づいて評価すべきである。

Vol.210 HPVワクチンのリスク・メリット―インターネット情報の真偽(1), 尼崎医療生協病院 産婦人科 衣笠万里  より。強調はうさじまによる


また、国内で報告されている、接種の慢性疼痛についても解説されています。

  • 浜六郎氏はそれらの症状を抗リン脂質抗体による自己免疫疾患の徴候ではないかと推測している→その根拠となるデータが示されていない。

厚労省の「心身の反応あるいは機能性身体症状」という評価についても解説しています。

実際、身体所見や臨床検査・画像診断などで特に器質的病変が認められないのに長期間にわたって繰り返し激しい疼痛を訴える患者に遭遇することは日常診療において珍しくない。それらの症状は生活環境の変化で自然に軽快する場合もあれば、心理療法抗うつ薬抗不安薬などの薬物療法によって次第に改善される場合もある。しかし最初に精神神経科あるいは心療内科への紹介を打診したときには、あからさまに拒否されないまでも受診をしぶる患者が多い。「こんなに痛くて苦しいのに、どうして先生は“気の病”のように言うのか?」と。しかしそのような心身の症状はもちろん仮病でもなければ“気の病”と呼ぶべきものでもなく、他の身体疾患と同様に専門的な知識と経験、ときに集学的な治療を要する一つの疾患群であると心を込めて丁寧に説明すれば、理解していただけることも多い。

ワクチン接種後の女性を苦しめている多彩な症状についてはあらゆる可能性を視野に入れながら治療法が解明されていくことが望ましく、心身の反応あるいは機能性身体症状という学説に対しても最初から門前払いするのではなく、考慮しうる一つの可能性として前向きに治療に取り組んでいただきたいと願っている。

(同上)

Vol.212 HPVワクチンのリスク・メリット―インターネット情報の真偽(3), 尼崎医療生協病院 産婦人科 衣笠万里

HPVワクチンの効果について。

  • 「ワクチンが実際にがんの発生を抑えたというデータは存在せず、ワクチンを接種したグループに子宮頸がんになる前の異形成(前がん病変)が少なかったという臨床試験のデータがあるにすぎない。」→HPVに感染してから発がんまでは10〜20年の期間がある。また、臨床試験ではワクチン接種群も対照群も詳しくフォローするので、がんになる前の段階で見つかり治療することが多いとかんがえられる。これらのことから、臨床試験では「がん自体を予防する効果」は見えない可能性がある。

しかしHPV感染から異形成を経て子宮頸がん発病に至るプロセスはこの数十年間の医学研究によってほぼ確立された定説となっている。たとえば高度異形成あるいは上皮内がん・上皮内腺がんと呼ばれる前がん病変を長期にわたってそのまま放置して浸潤癌になるまで見届けるということはもはや倫理上大きな問題となる。がん検診を受けていればワクチンは必要ないと主張する人々も、実際には検診で上記病変が見つかれば浸潤がんになる前に治療できることを前提にしている。すなわちワクチンで前がん病変を予防できるのなら、その先の頸がんもほとんど予防できるという予測には妥当性がある。

Vol.212 HPVワクチンのリスク・メリット―インターネット情報の真偽(3), 尼崎医療生協病院 産婦人科 衣笠万里より。 強調うさじま

  • 「HPVワクチンの添付文書にはいずれも「本剤の予防効果の持続期間は確立していない」と記載されている」→下記引用

認可されてから10年に満たないため、有効期間がいつまで続くのか現時点で明らかではないからである。しかしHPV16/18型由来の病変に対する両ワクチンの予防効果は接種後8〜9年間減弱することなく持続している[20][21]。ワクチンの効果はある日突然消えてなくなるというものではなく、減衰するとしても年月を経て緩徐に低下していくと考えられる。ガーダシルと同成分のアルミニウム化合物をアジュバントとして含んでいるB型肝炎ワクチンの感染予防効果は20年以上続くことが確認されており、製薬会社の試算ではHPVワクチンも同様に20年以上にわたって有効であろうと予測されている。しかしその真否については今後長期のフォローアップが必要である。ネット上で「ワクチンの効果は数年間しか続かない」といった書き込みを見かけることがあるが、少なくともそれは誤りである。

同上


 

Vol.213 HPVワクチンのリスク・メリット―インターネット情報の真偽(最終回), 尼崎医療生協病院 産婦人科 衣笠万里

リスクとメリットのバランスについて。

  • 「子宮頸がんによる死亡率を低下させる最大効果に対する重篤害反応の頻度は、海外で3.5 倍から約10 倍、日本では6〜9 倍(ガーダシル)ないし17〜23倍(サーバリックス)」→その計算に用いた子宮頸がんによる死亡率は1年間のもので、生涯のリスクはその数十倍である。

国立がん研究センターのがん情報サービスによれば、子宮頸がんの生涯罹患率は76人に1人、生涯死亡率は332人に1人と推計されている[27]。これを人口10万人当たりに換算すると、生涯罹患率は約1300人、生涯死亡率は約300人となる。既述のごとく頸がんと体がんとに区別されていない「子宮がん」としての届け出件数も多いので、実際にはさらに多いことになる。ワクチンで予防できるのがその半数であったとしても、ガーダシルおよびサーバリックス投与後の重大な有害事象(因果関係不明のものを含む)のそれぞれ60〜70倍、20〜25倍の数の女性が子宮頸がん発症を免れ、それぞれ14〜16倍、5〜6倍の女性の命が守られることになる。すなわちリスクとメリットのバランスは完全に逆転し、ワクチンのもたらす恩恵は副反応のリスクをはるかに上回る。ワクチンの有効期間が不確定であることを考慮に入れてもこのリスク・メリット比が逆転することはないだろう。

リスクとメリットのバランスについて。

  • 「きちんと子宮頸がん検診を受けていればワクチンは必要ない」→検診のみの予防には限界がある。

しかし検診のみで子宮頸がんの発症やそれによる死亡を防止することには限界がある。検診受診率がすでに80%に達している英国でも若年女性の頸がんによる死亡率はこの10年間さほど減少していない[28]。そのため英国では積極的にワクチン接種を進めており、2012〜13年にかけて12〜13歳の女児の86%が3回のワクチン接種を完了したことが報告されている[29]。
検診の有効性は確立されているとはいえ、その精度には限界があり、実際には検診で異常なしと判定された女性に翌年進行がんが発見されることもある。たとえ検診によって発見された前がん病変に対して子宮頸部の部分切除(円錐切除術など)をおこなうことで子宮を温存できたとしても、妊娠時には流産・早産のリスクがいくぶん高くなる。さらに前がん病変の切除手術を受けた女性はその後も生涯にわたって子宮頸がん発症やそれによる死亡のリスクが一般女性よりも高いことが報告されている[30]。つまり予防に勝る治療はないのである。従ってワクチンによる発がん予防(一次予防)と検診による早期発見治療(二次予防)とを上手に組み合わせて女性の子宮と命を守っていくことが望ましい。

(同上)

おわりに

国政や地方行政に携わる方々、世論に大きな影響力をもつメディアの方々、そしてワクチン接種対象年齢の方々やその保護者のみなさまには、ワクチンの副反応のリスクだけではなく子宮頸がんの脅威や期待されるワクチンの効果についても、まずは信頼に値する情報をしっかりと収集した上で意思決定をおこなっていただきたい。くれぐれも科学的根拠に基づかないネット情報や意図的にワクチンのリスクを強調して恐怖をあおる団体のキャンペーンに惑わされて判断を誤ることがないように願っている。もちろんわれわれ産婦人科医としても今後さらに正確で分かりやすい情報を積極的に提供していきたい。

(同上)

ここ1,2年で、ネット上で手に入る子宮頸がんワクチン関連の情報は、玉石混交の「石」の比率が圧倒的に高まっているように思われます。専門家によるこういった情報整理は非常に有用で、意思決定の際に参考になると思います。