「風疹ワクチンを打つ必要がない理由」の誤解

最近、風疹ワクチンの話ばかりですみません。感染症が流行すれば、ワクチンが推奨される。それに伴い、色々なことをいう人が出てきます。

  • 不妊治療中です 風疹ワクチンを打っても良いですか?(ttp://www.nozaki-kanpou.com/blog/archives/3245) (リンクしてません。コピペで頭にhを加えて飛んでください。)


「私はワクチンを打ちたくない前提でお話しさせて頂きます。」から始まってます。なぜ打たなくていいか、その論拠を要約すると、以下の3点になります。

  1. ワクチンに使われている風疹ウイルスの型と現在流行しているウイルスの型が違うから、効果があるかないか分からない。
  2. 風疹ワクチンを接種したら3週間以内に、接種をうけた人ののど(咽頭)から一過性にワクチンウイルスの排泄が認められることがあるから、よけい感染者が増える。
  3. ワクチンを打っている年代で、実は感染者が多い。

では、一つずつ検証してみたいと思います。なお、上記のブログ記事を以降は「風疹ワクチンを打っても良いですか?」と表記します。

 

風疹ウイルスの型について

現在流行している風疹の型は遺伝子型2Bです(2012年 国立感染症研究所より)。もともと日本に流行していなかった型のウィルスです。そして現在日本で流通しておりますワクチンは1960年代後半に遺伝子型1aウイルスが流行していましたが、この型のウイルスが弱毒化され、現在日本におけるワクチン株として使用されている。
つまり昔流行していた型のワクチンを今打っていると言う事です。現在流行している風疹ウイルスとは異なる形なのです。販売元に問い合わせましたら、型が異なっていても同一の抗体を作ると認識していると回答がありました。しかし、それを証明することは出来ない。


「風疹ワクチンを打っても良いですか?」より引用

記事ではこのあとに、お医者さんの解説を引用しています。

_効くのです。遺伝子型が違うとはいえ、風疹は風疹です。白人を見つけたいときに、それがスラブ系でも、ラテン系でも、白人は白人であるように、風疹のワクチンは風疹という大きなグループに反応するように作られているわけです。現実として、風疹を根絶している国があり、有効だという結果がすでにあります。それを無視して「効くのでしょうか?」はおかしいです。効くのです!
_________とコメント頂きました。効いたとして、リスクはどれほどあるのでしょうか。


同上


風疹について、ワクチンと流行しているウイルスの遺伝子型が違うことで、ワクチンの有効性を疑問視する言説は、このサイト以外でも見かけることがあります。ではそもそも、風疹ウイルスの遺伝子型とはなんでしょう。国立遺伝学研究所のサイトを見ると、以下のように書かれています。

風疹ウイルスの遺伝子型分類法
構造蛋白質全領域(3,192塩基)のヌクレオチド配列解析により遺伝子型分類が行われ、現在のところ風疹ウイルスは二つのCladeに大きく分けられることが判明している2)。さらにClade1には10の遺伝子型(1a、1B、1C、1D、1E、1F、1G、1h、1i、1j)が、Clade2には3つの遺伝子型(2A、2B、2C)が存在する。Clade内のヌクレオチド変異率は5%以下であるが、Clade間では8〜10%に達する。なお、このような差があっても風疹ウイルスの血清型は単一であり、ワクチンによる免疫を回避するウイルスの存在は知られていない。


風疹ウイルスの遺伝子解析(Vol. 32 p. 260-262: 2011年9月号), 国立遺伝学研究所

遺伝子になじみのない方にはちょっとむずかしいかもしれません。「遺伝子型」とは何かというと、「ウイルスが持つ遺伝子の配列の違いにより分類された型」です*1。ウイルスの遺伝子は絶えず変異をしていて、少しずつ変化していきます。その遺伝的な近さ(どれくらい似ているか)によって、グループ分けしたのが「遺伝子型」です。それに対して、ウイルスの抗原の性質、抗原性による分類を「血清型」と言います。ウイルスの遺伝子に変異が起きると、その結果として、抗原性にも変化が起こることがあります。ワクチンの効果への影響を考える場合、遺伝子変異そのものより、その結果、どの程度抗原性に違いが出てくるか(=血清型が変化するか)が問題となります。風しんウイルスでは、様々な遺伝子型はあるものの、抗原性には違いが少ない、つまり、ある遺伝子型を持つウイルスに対する抗体が、他の遺伝子型を持つウイルスにも「効く」ことが知られているのです。というか、もともと、風しんウイルスは一種類とされていたところに、ウイルスが世界中でどう広まるかなどをモニターするために、遺伝子の型をわざわざ調べるようになった、と考えた方が良いかもしれません。風疹ウイルスの血清型がひとつであることは、風しんウイルスについての解説には必ず書かれており、常識といえるようです。例えば、WHOの風しんワクチンに関する文書にも、こう書かれています。

風疹ウイルスは、トガウイルス科ルビウイルス属に属する、エンベロープを有する一本鎖RNAウイルスで、血清型は一種類である。他のトガウイルスとの交差反応はない。


<原文>
The rubella virus, a togavirus of the genus Rubivirus,is an enveloped single-stranded RNA virus with a single serotype that does not cross-react with other togaviruses.


Rubella vaccines: WHO position paper, Weekly epidemiological record, No. 29, 2011, 86, 301–316より抜粋。うさじま訳

日本でも、風しんウイルスの型はモニターされています(風疹ウイルス分離・検出速報(国立感染症研究所))から、ワクチン接種者の間で特定の型の感染が広まっていれば(つまり、ワクチンの効果を逃れる型が出現したとすれば)、ちゃんとわかります。今のところ、そのような報告はありません。


以下は、遺伝子型と血清型についての説明です。詳しく知りたい人だけ読んでください。興味のない人、元々詳しい人は次の段落まで飛ばしてもらってかまいません。


風疹ウイルスはRNAウイルスで、DNAではなくRNAのゲノムを持っています。その情報を元に、ウイルスの転写複製に必要なタンパク質や、ウイルスそのものの部品となるタンパク質等を宿主細胞に作らせ、増殖していきます。RNAには、A(アデニン)、U(ウラシル)、C(シトシン)、G(グアニン)の4種類の塩基があり、3つの塩基が1つのアミノ酸を表します(詳しくはこちらのサイトなどが参考になります)。例えると、ウイルスゲノムは注文書のようなもので、そこに3文字で1アミノ酸を表す注文番号が書かれているような感じです。「遺伝子型」というのは、このRNAの遺伝子配列の違いによる分類です*2。ウイルスの「注文書」は、宿主(ヒト)の細胞に「発注」され、注文どおりのアミノ酸が作られます。アミノ酸が注文書通りに作られて多数連なると、タンパク質になります。ウイルスは、宿主細胞を利用して自分の作って欲しいタンパク質を作らせるのです。


風疹ウイルスは、その部品となるタンパク質を5個持っています。そのうち、抗原性に関わる(=血清型を決める)のは、ウイルスを包み込む膜である「エンベロープ(英語で封筒とか外皮、包み込むものという意味)」にある「E1タンパク質」です。このタンパク質はウイルスの外側に露出しているので、抗原として認識されるわけです。E1タンパク質も、風疹ウイルスゲノムの遺伝子配列にもとづいて「発注」され、作られます。しかし、遺伝子配列の違いが、即E1タンパク質の違いになるわけではありません。遺伝子は、3塩基で一つのアミノ酸に対応することは先ほど述べました。ところが、アミノ酸は全部で20種類なのに、4種類の塩基を3つ並べる組み合わせは、4×4×4で64通りあります。つまり、同じアミノ酸に対応する塩基の組み合わせは、複数あるのです。先ほどの例えで言うと、同じアミノ酸に対応する注文番号が複数あると言えます。ですから、一塩基の変化では、アミノ酸配列に変化がないこともあります。また、ワクチン接種時に、抗原のどこか一箇所、ピンポイントではなくて、色々な部分を認識して免疫が獲得されるので、アミノ酸配列の多少の変化があっても、すぐにワクチンに効果がなくなるわけではありません。ウイルスの変異によってワクチンの効果がどう変化するかは、「実際やってみないと分からない」ことではありますが、前述のように、風しんワクチンに関しては、今のところワクチンの効果がない変異株は出現していないようです。


ワクチンによる免疫の獲得については、以下の資料が参考になりました。獣医さん向けですが、ヒトでも機序は共通です。



風疹ワクチンで風疹の感染者が増えるのか

風疹ワクチンを接種したら3週間以内に、接種をうけた人ののど(咽頭)から一過性にワクチンウイルスの排泄が認められることがあるとのことです。つまりワクチンを打てば打つほど感染者を増やす事になります。半年間は他人との接触を避けてくださいと言われても困ります。だから妊活中の方はご主人もって言われるのでしょうね。そもそも奥様が抗体を持っていたらご主人が感染しても安心なはずです。そうあるべきなのがワクチンです。そして発症はしないが感染者を増やすということはそれで必要な免疫が出来ないのでしょうか?
__お医者様から解説を頂きました。_______
たしかに風疹ウイルスが検出されることはあります。しかし、その量は少なく、他人への感染を成立させることはできないのです。感染者を増やす、と書いてあることは単なる憶測です。妊婦の夫にワクチンを勧めるのは、せめて妊婦の周囲での感染を防ぐためです。流行を止めるにはもっと多くの人にワクチンを打ってもらう必要があります。また、例え自分の奥さんが抗体を持っていたとしても、他人に感染させて良いのでしょうか?先天性風疹症候群のお子さんを産んだ母親とお話ししましたが、いったいどこから感染したか、全く心当たりがないそうです。流行していると、どこでうつるかわかりません。先天性風疹症候群を減らすには流行を止めるしかないのです。
_________お医者様よりコメントを頂きました。ありがとうございます。ご指導感謝です。先天性風疹症候群を減らすためには流行を止めるしかないというのは良くわかります。


「風疹ワクチンを打っても良いですか?」より引用

えっと、納得してますよね?じゃあ、「風疹ワクチンから風疹が広まることはない」でいいですよね。おしまい。


…ではあんまりですが(笑)、実際、今現在流行している型はワクチンの型とは異なるのです。つまり、ワクチンの型のウイルスは流行していないんです。ということは、ワクチン接種者から流行が広まることはないのではないでしょうか。前の段落で紹介した風疹ウイルス分離・検出速報(国立感染症研究所)」にも、風疹感染者の全員を調べたわけではないものの「ワクチンの型である1A型については、MRワクチン*3接種者からのみ検出されている」旨記載されています。また、ワクチン接種者の女性から生まれた子どもが、先天性風疹症候群(CRS)に感染したことはこれまでにありません(「妊娠中に風疹含有ワクチン(麻しん風しん混合ワクチン、風しんワクチン)を誤って接種した場合の対応について」参照)。しかし、原理上、ワクチンウイルスにより先天性風疹症候群が発症する可能性はゼロとは言い切れないため、一旦妊娠するとワクチン接種はできません。また、一度のワクチン接種では免疫が成立しない場合もあります。そのため、妊娠予定の女性の夫にも接種が推奨されているようです。


北里第一三共ワクチンの風疹ワクチンQ&Aサイトには以下のように書かれています。

一部の人でワクチン接種によって、風疹ウイルス(ワクチン株)が出ることがあります。しかし、期間も短く、量も自然風疹の場合の100分の1以下ですし、毒性も弱いままです。試験接種で周囲の人に感染しないこと、市販ワクチンでの多数の接種でも感染しないことは判明しています。


Q&A集 風疹, 第一三共ワクチン株式会社より

 

風しんの予防接種をしても感染するのか?

「風疹ワクチンを打っても良いですか?」では、年齢階級別の感染者数のグラフと、ワクチン行政の歴史を比較して、「昭和54年4月2日(1979年)〜昭和62年10月1日(1987年)に産まれた方は集団での予防接種をしていません。/ということは、2013年現在25歳から34歳の女性は抗体が十分でないことになります。その上で上のグラフを見てください。/抗体を十分持っていないと思われる25歳-29歳女性と抗体を持っていると思われる20歳-24歳女性の患者数では抗体を十分持っているはずの20歳から24歳の患者数が多い。/ということは、予防接種をしていても感染をするということです。」としています。確かに、女性では20−24歳の感染者数が多くなっています。現在20−24歳ということは、1988〜1993年生まれということになりますね。さて、この世代の人は、「抗体を十分に持っている」のでしょうか?実は、そうでもなさそうなのです。


年齢/年齢群別の風疹予防接種状況, 2012年, 国立感染症研究所より

こちらは、去年のデータですが、20−24歳は、その上の世代と比べればましですが、その下の世代と比べると、予防接種歴不明者が多く、また2回接種者が少ないことが特徴となっています。これは、やはり予防接種制度の変遷が原因で、1989年にMMRワクチンが導入されたものの、副作用が多発して1993年に接種中止になったこと*4、2回めのワクチン接種導入のタイミング*5によるものです。以前のエントリで紹介した、抗体保有率も、この年代の女性がその上の年代の女性に比べて、特に高いということはなさそうです*6。この下の、2回接種をしている世代では明らかに風疹患者数は少なくなっています。


というか、「風疹ワクチンを打っても良いですか?」はなぜか女性にのみ着目しているのですが、現在の風疹の流行は、予防接種を受けていなくて、抗体保有率の低い、20−40代の男性中心なのです。前のエントリを書いた時に、生まれ年と予防接種制度の変遷と、抗体保有率、感染者数などが、辻褄合いすぎて、笑ってしまったくらいです(風疹とワクチンにまつわる流言(1) 風疹はなぜ流行しているの?放射能のせい?)。20-24歳の女性で広まってるのは、大学での流行なんて現象があるんじゃないかなーと思います(これは、勝手な想像です)。


それから、風疹ワクチンを一回接種したとして、すべての人に十分な免疫ができるわけではありません。また、一度上がった抗体価が、年月とともに下がることがあります。ここには、注意が必要です。これらは、風疹ワクチンを2回行うようになった根拠にもなっています*7


最後に、「予防接種歴不明者」を「未接種」にカウントするのはどうなの?というツッコミがあります。これは、確かに一理あります。日本では、予防接種歴をちゃんと記録していないというのは、おかしなことです。ちゃんとしたデータがあってこそ、感染症対策もできるというものではないでしょうか。

 

まとめ

  1. 現在流行している風疹ウイルスの型は予防接種に使われている風疹ウイルスの型と異なる→遺伝子型が違っても血清型は同じ。ワクチンの効果も期待できるし、実際ワクチンの効果がない風疹ウイルスは今まで報告されていない。
  2. ワクチン接種後にワクチン由来風疹ウイルスをまき散らす危険性がある→1であるように、ワクチン由来の風疹ウイルスは流行していない。また、接種した母から胎児に感染した例もない。
  3. ワクチンを接種したからと言って感染しないという保証は誰もしてくれない→確かに、ワクチンを1回接種しても、免疫ができない人はいる。そのため、現在では2回接種が行われている。しかし、ワクチン接種率が低い集団で風疹が流行しているのは事実である。集団免疫のためにも、接種率を高く保つ必要がある。

というわけで、「風疹ワクチンを打っても良いですか?」に出てくる「風疹ワクチンを打たなくてもよい理由」は、すべて誤解に基づくものであることがわかりました。といか、ほぼ元のブログ内でお医者さんが説明されているのですよね。風疹ワクチンについて疑問や不安がある場合は、こういったブログではなく、かかりつけのお医者さんに相談されることを、おすすめします。



*1:遺伝子配列の調べ方などの詳細は「国立感染症研究所 病原体検出マニュアル「風疹」第2版」で見ることができます。

*2:実際には、RNAゲノムをDNAに逆転写してから配列を読みますので、「U」ではなく、「T(チミン)」の表記になっています。

*3:麻しん風しんワクチン

*4:風疹の現状と今後の風疹対策について国立感染症研究所

*5:ゼクシィネット「結婚を考えるならしておきたいこと」

*6:風疹とワクチンにまつわる流言(1) 風疹はなぜ流行しているの?放射能のせい?, うさうさメモ

*7:風疹の予防接種、1回受ければ大丈夫?, NHKかぶんブログ