「それでも、不妊が不安です」というコメントへのお返事

こちらのエントリに、「あ」さんからコメントいただきました。当ブログでは、ワクチンについてのデマを検証しています。うさじまなりに、できるだけ信ぴょう性のある資料を探しているつもりですが、「あ」さんのように、不安がどうしても消えない、という方も多いかも知れないと思い、「あ」さんへのお返事をエントリとして上げておくことにしました。

「あ」さんからのコメント (見やすくなるよう、改行を追加しています)

1年前にワクチンを接種した者です。当時は不妊になるなんて噂も耳にせず、接種しました。
しかし最近友達に、子宮頸がんワクチンをうつと永遠に不妊になるんだよ?と言われて、ネットでみてみると…沢山、不妊になる。永久不妊のワクチン。といった記事を見つけて本当に不安になっています。
もちろん、不妊になるなんてデマだ。分析研究でも証明されている。という記事も見つけました。(ここの記事など)でも私は心配症でかなり疑い深いので、記事を隠蔽したのかな?とか、血液製剤事件、サリドマイドのように後から問題が沢山でてくるのではないのか…と思ってしまいます。
本当に今不安になっていて、この不安をもちながら生活しなければならないと思うと鬱になってしまいそうです。


接種した者はほぼ若年層で、不妊かどうかは10年後くらいにわかりますよね…。
厚生労働省でも国内で接種して妊娠できた人の割合などをまとめているのでしょうか?
そういった国内での論文、分析をみて、少しは安心できると思いました。国内での結果などをみるにはどうしたらいいのでしょうか?


不妊になるということは、その人の一生を変える重大な事です
ワクチン接種をした人は沢山います。なのに、ワクチンをうてば完全不妊になる。とか言って、ではもう接種してしまった自分はどうすればいいの?接種したからもう妊娠できないの?と自分を否定するしかありませんでした…。この不妊になるという記事は論文など、エビデンスのないものですが、私はどうしても、こういうのが目についてしまいます。
どうかもっと不妊にならないデータなどがしっかりした事実のもと確認されることを願っています。


うさじまの返事

コメントありがとうございます。
不安な気持ち、分かります。ネット上には本当にたくさんの「不妊になる」という脅しの情報が流れていますから。無責任な情報を流す人たちに改めて憤りを感じました。


さて、ご希望なのは、厚生労働省のまとめた国内データということですが、残念ながら、厚労省は接種者の追跡調査などはしていないと思います。このへんはホント、やればいいのにってうさじまも思います。


あさんにとって、「国内データ」とはどういう意味を持ちますか?
日本人特有のデータ?
日本語で読めて自分で隅々まで確認できるデータ?
中立的な機関がまとめたデータ?
どれでしょうか。


もし、日本語で読めるもの、日本人を対象としたものという意味でしたら、本エントリ本文の「臨床試験」の部分で引用した「CTD」という承認申請に用いる書類を読んでみて下さい。日本人のデータも載っていますし、背景の説明もあります。


専門家が書き、専門家が読むために作成された書類ですので専門用語が多く、難しいかもしれません。しかし、もし自力で「しっかりした事実」を確認したければ、この書類を理解できるだけの知識がなければ難しいと思います。言葉の内容をただ雰囲気で理解する(「劇薬」=「危険」など)ではなく、ちゃんと専門用語としての定義を知り、統計処理を理解し、薬の承認のために必要な手続きや治験がどのように行われるかを知ることです。結局、「自力で納得したい」のだとすれば、それしかないのではないかと思います。こういった勉強をすることで、「ワクチンで不妊になる」という言説の雑さ、トンデモなさ、無責任さがよく分かってくると思います。


ちょっと話がそれました。「不妊にならないデータがしっかりした事実のもと確認されれば」ということですが、本文に追記してありますように、本エントリの続編として以下のエントリを書きました。
http://d.hatena.ne.jp/usausa1975/20130228/p1
こちらに、British Medical Journalという雑誌に投稿された論文を掲載しています。この雑誌は、査読付き(論文の内容の妥当性について専門家が審査してクリアしたものだけ掲載される)であるだけでなく、医学界で有名な、代表的な雑誌です。それだけ、信頼性の高いものです。こちらに掲載される論文というのは、役所が発表する資料とはまた違いますが、信ぴょう性は高いと思います。さらに、この論文は中立的な機関の行った臨床試験の結果にもとづいています。また、こちらのエントリーの冒頭に、薬の治験データで重大な副反応をごまかすことのメリットのなさや不可能さについても述べていますのでぜひごらんください。


http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3034689/
しかし、一報では不安という気持ちはあるかもしれません。こちらはまだ紹介してないのですが、複数のHPVワクチンの臨床試験の結果をまとめたものです。メタ・アナリシスという手法で、複数の論文の結果をまとめて解析するものです。英語ですし、かなり難しいかも知れませんが、このようなデータはあります。


HPVワクチンは、現在の日本の接種対象では10代の女子ということになっていますが(本当は対象年齢に上限はないのですが)、臨床試験ではたいがい25歳くらいまでの人が対象になっていて、「妊娠による脱落(3回接種できないまま終わる)」が相当数ありました(上で紹介したCTDという文書にもこのことが書かれています)。


もともと、「動物の不妊(避妊)ワクチンに使われるアジュバントが入っているから」ということから「不妊になる」と言われ始めました。しかし、このアジュバントというのは不妊にさせる成分ではなくて、からだが効率よく免疫反応を起こすための補助として入れるものです。おしるこの甘さを引き立たせるために塩を入れますが、塩自体は甘みと関係ない、そういう感じで不妊とは特に関係ありません。そのへんはこちらの記事を見て下さい。
http://www44.atwiki.jp/cervarix/pages/13.html


また、ワクチンと不妊というのは大昔からある陰謀論のパターンで、それがどのような結果を招いたのかを書いたエントリもあります。
http://d.hatena.ne.jp/usausa1975/20111226/p1


しかし一方、残念ながら、あさんが絶対に不妊にならないという保証はありません。ワクチンを打とうと打つまいと、不妊症は一定の割合で存在します。今後の研究により、予防や治療ができるようになることを期待するしかないです。それでももし万が一(ないことを心からお祈りしておりますが)ご自分が望むように妊娠できなかった場合に、どうかご自分が予防接種を受けたということで自責の念を持たれる事のないように、と思います。これまでに得られている客観的事実は、「子宮頸がんワクチンは妊娠率・出産率に影響しない」です。「不妊になる」という言葉はまるで呪いです。なんの根拠もなくても不安になってしまうという気持ちは分かります。ネット上は特に人を脅そうとする言葉でいっぱいです。いったん「可能性はゼロではないかも」という考えにとらわれると、なかなか抜け出せなくなる気持ちはわかります。それに自ら対抗できるようにうするには…、うさじまはもともと理屈好きな方なので、自分で勉強するしかない、とおもいます。


しかし、自分で勉強し、理解するのは大変です。独学では、正しい理解に辿りつけないかもしれない。目の前の情報が本物か、偽物か、わからなくて困惑することがよくあります。ですから、どうか、ネット検索して不安になるばかりなのでしたら、身近にいる医師や薬剤師の方に相談して下さい。現在のネット上の情報は、玉石石石石…状態ですから、本当の専門家のお話を聞かれたほうが、ずっとあさんのため
になると思います。「欝になりそうです」というお気持ちをきちんと話されれば、きっと、ちゃんと説明してくださると思います。


大変長くなってしまいました。どうか、あさんが読んでくださることを願います。もし、さらに質問がおありでしたら、twitter アカウント@usausa1975までご連絡下さい。twitterやってない場合はここのコメント欄にでも書いて下さい。


うさじまは、「あ」さんを安心させること(少なくとも、ありそうにないリスクへの不安でうつになりそうな状態から抜け出させてあげること)ができたかどうか自信がありません。


不妊になる」という説はどこにもなんの根拠もない。単にアジュバントやワクチンというものへの無理解と、女性の性に関係するワクチンへの偏見が産んだ呪いだと思います。それでも、一旦その呪いが生み出され、ネットの世界に蔓延してしまうと、なかなか消えません。なんの根拠もない不安と、たくさんの人を対象にした臨床試験の結果や市販後調査の結果という裏付けのある事実が、まるで五分五分の「両論」のようになり、人々の心を惑わし続けます。「根拠はないけど、もしそうだったら困るから用心するに越したことはない」という言葉で何となく納得されてしまうこともある脅しの怖さです。


でも、「あ」さんが本当に必要なのは、「厚労省のデータ」「国内のデータ」とは別のなにかなのではないか…という思いもあります。なんなのかは、わからないのですが…。


こんなところでなんなのですが、もしこの記事をご覧くださっている医療関係者の方がいらっしゃればお願いしたいことがあります。どうか、「ワクチンで不妊になる」という不安を抱えてきた患者さんがいたら、「アホらしい」などと笑わず、きちんと、優しく否定して上げていただきたいのです。ネット上には本当に、それはひどい情報があふれています。多くの人が不安になっても、仕方がない状況があります。


そして、ネットの情報の波に翻弄されてしまい、不安を消せない方は、検索しまくるのをやめ、信頼できるお医者さんや薬剤師さんに相談していただきたいのです。健康や命に関わる問題を、非専門家(うさじまも含みます)の、得体の知れない、根拠のない意見を元に決断することのないよう、お願いしたいのです。