情報発信と責任

Twitter上である方とやり取りをしました。ワクチンに大きな不信感を抱かれているようで、「ワクチンの細胞膜に何年も潜んでいるスローウイルス」「ポリオワクチンのウィルスはサルの肝臓で培養されている?!」など、怪しげな「情報」を次々とツイートされていました。また、ワクチン研究者で多くのワクチンの研究開発に貢献したモーリス・ヒルマン博士の名誉を傷つけるような内容の動画*1等も紹介していました。これに対して複数の専門家がツッコミを入れたり、違うよと言っても、ほぼスルーするか、「私にはわかりません。リンク先の人に聞いてください」という趣旨の返事をされていました。うさじまもちょっとやりとりし、真偽不明な情報は聞かされる方にとっては害悪でしかないですよと伝えたのですが、「聞かない自由ってありませんでした?」とのお返事でした。


「素人なのでわからない、ただ情報を貼っただけ(RTしただけ)」といった主張は、デマを繰り返し拡散する人にしばしば見られるもののように思います。「よくわからないけど、もし危険だったらヤバイから、とにかく警告する」というような感覚でしょうか。また、なにか大きな悪意(政府とか、製薬会社とか)に立ち向かうための対抗策として、とにかくカウンター情報を発信しなければ、という信念がある場合もありそうです。


たしかに、法的には、「デマを広めたら捕まる」ということはないでしょう(ただし、特定の人を誹謗中傷しているような場合は、名誉毀損で訴えられてしまう可能性はあるでしょう)。表現の自由との関係で、国家権力によりデマを取り締まるのは好ましくないという考えがあり、現在の日本はデマで捕まる、ということはないようです。これは、東日本大震災後、イヤというほどデマを発信してきた人たちが、今も健在でまだまだデマを飛ばし続けている現状を見れば明らかです。


しかし、法的なペナルティがないからといって、「素人だから」を免罪符に、いい加減な情報を流しても、なんの責任もないのでしょうか?うさじまは、そうは思いません。情報には力があります。他人の行動を左右する力です。特に医療など人の命にかかわる分野では、誰かの行動に影響をおよぼすということは、誰かの命を左右する可能性があると言えます。こう言うと、「そんなの、受け取る側が判断する問題じゃないの」と言われるかもしれません。確かに、情報の受け手も、でどころの怪しい情報で行動を左右されることのないよう、注意が必要です。でも、だからといって、情報発信者がすべて免責されるとは思いません。例えば、同じ情報を別の人から聞くことで信ぴょう性を感じるということがります。Aさんから聞いた噂をBさんも言ってた、どうやら本当っぽい、という具合に。わたしがなんとなく発信した情報が、誰かがなんとなく発信した情報とあいまって、信ぴょう性を高めるかもしれないのです。また、情報の受け手の中には一定数、とても素直で、疑うことを知らない人がいます。あるいは、情報検索に慣れていなくて、検索で一番上に出てきたものはとりあえず信じてしまう人もいるでしょう。


もちろん、絶対まちがったことを言ってはならないとは言いません。というか、言えません。わたしを含め、誰だって間違ってしまうことがあるでしょう。でも、情報を発信するということは、他人を動かす力を持っているということを常に念頭に置いて、間違いに気づいたり指摘されたら速やかに訂正する必要がありますし、リンク先はちゃんと読んで理解してからつぶやくことが最低限必要だと思います。自分が理解できないような話なら、それをわざわざ不確かなまま言う必要はないのではないでしょうか。もし本当に気になることなら、ちゃんと分かる人に確認して、それから発信するべきでしょう。聖路加看護大学の堀成美先生は「1次情報を見ないで不正確なことを書くのはやめてくださいというと、素人にそこまで求めるのかというパターンが多いですが、1次情報を解釈できないのに医学的なことを自ら"素人"判定しながら断定的に書く事の矛盾は気にならない人が多いらしい。このお店美味しいよ!レベルとは情報リスクが違う。」とおっしゃられていいます。


ネットで情報を発信するというのは、言ってみれば、街頭で手作りのおにぎりを配布するようなものではないでしょうか。どこのだれが作ったのかよくわからないおにぎりを受け取って、そのままなんの疑いもなく食べるのもうかつすぎるでしょうが、「素人だから」と言って、食中毒菌入りのおにぎりを配布してもかまわないというわけではないとおもいます。


逆に言えば、「真偽は分からないが、自分の気に入った情報を、とにかく発信する」というスタンスで流されてくる情報に耳を貸すのはほんとにアホらしいことだと思います。情報発信に対する責任感が「炎上するかもね」くらいなのです。専門家が、プロとしての責任感を持って発信する情報とは比較するべくもないものでしょう。プロは、経験上、自分の発した情報が誰かの行動に影響をおよぼすことの怖さを知っているものです。真偽不明の情報を拡散する人々は、現実に人の命を救っているワクチンについて、あることないこと風評を流し、それを見た人が「なんとなく不安になった」「これまで漠然と持っていた不安を補強された」ことによって、予防接種を忌避する、その結果がもたらすところにはなんの関心もないのです。本ブログでは、以前このような噂がフィリピンで招いた事態について紹介したことがあります


このようなデマについて、わたしたちに何ができるのか、ブログをはじめた時からずっと考えています。今のところ、デマの拡散に加担しないこと、そして、「信念ある」デマ拡散者本人には届かなくても、目にする誰かのために自分が気づいたデマには訂正情報を流す、くらいしか思いつかないのですが。

*1:この動画の内容については現在検証中です。後日ブログの記事にする予定です。