チメロサールに関する情報まとめ

ワクチンの保存料として使用され、今なお、さまざまな噂の飛び交う物質「チメロサール」について調べたことをまとめました。

チメロサールとはなにか?

チメロサール(thimerosal)は、殺菌作用のある水銀化合物です。別名はエチル水銀チオサリチル酸ナトリウム。化学式はNaOCOC6H4SHgC2H2です。チメロサールは体内で有機水銀の「エチル水銀」と「チオサリチレート」に分解するので、有機水銀である「エチル水銀」の部分で人体への影響が心配されています。「エチル水銀」は水俣病の原因となった「メチル水銀」と名前が似ており、構造も似ているのですが、別物です。後述しますが、「メチル水銀」よりも水に溶けやすく、その分人体から排出されやすい性質を持っています。チメロサールは、微量でも強い抗菌作用があるためワクチンの保存剤(防腐剤)として約60 年以上にわたり世界各国で使用されてきました。ワクチンは1つのバイアルを数人に分割して使用することがありますので、その場合の混入微生物の殺菌又増殖抑制を主な目的として添加されています。ワクチンすべてに含まれているわけではなく、生ワクチン以外の不活化ワクチンやトキソイドに添加されています*1

なぜワクチンにチメロサール(防腐剤)を入れるの?

横浜市衛生研究所「チメロサールとワクチンについて」には以下のような記述があります。

1928年1月にオーストラリアでジフテリアの予防接種の注射薬に病原体が混入して注射を受けた多数のこどもが死亡する事件が起こっています。注射薬は、10mlの薬液がゴムでキャップされたビンに入ったものでした。このビンから多数のこどもに分けて接種されました。1月17日から24日にかけて接種した21人には悪影響はありませんでした。27日にさらに21人のこどもに接種したところこの21人の中から多数の死者が出ました。王立委員会がこの事件の調査にあたりました。ゴムでキャップされたビンから何回も薬液を採るうちに薬液がブドウ球菌で汚染し、このブドウ球菌で汚染された薬液を注射されたことにより死者が出たと考えられました。細菌の増殖を抑えるのに十分な殺菌剤を含むものでなければ、細菌が増殖可能な生物製剤は多人数用の容器に入った製品としてはいけないという勧告を王立委員会は出しました。
チメロサール( thimerosal )は、水銀を含む有機化合物(有機水銀)です。その殺菌作用は、昔から知られていて、1930年台から、種種の薬剤に保存剤として使われてきました。薬剤に病原体が混入して薬剤の使用で感染症となってしまうのを防ぐためなどの目的で使われてきたのです。上記のオーストラリアでの事件のような悲劇を防ぐためにチメロサール( thimerosal )は、1940年ころからワクチンの保存剤として使われ始めました。

チメロサールはどんなワクチンに入っているの?

国内では、三種混合ワクチン、B型肝炎ワクチン、インフルエンザワクチン等に含まれています。ただし、これらのワクチンでもメーカーや製品ごとにチメロサールの有無は異なりますので、医師や薬剤師に確認する必要があります。医薬品医療機器総合(PMDA)の添付文書検索で調べることも可能です。平成21年度第3回 薬事・食品衛生審議会 医薬品等安全対策部会 安全対策調査会 配布資料「資料2 インフルエンザワクチンに含有されるチメロサールの安全性に関する調査結果についてによると、平成21年当時、国内で承認されているワクチンのチメロサール含有量は1990年代の約十分の一で、0.004mg/ml〜0.008mg/mLだそうです。

チメロサールの毒性は?

筑波学園病院薬剤部医薬品情報室発行のくすりばこ「ワクチン中の有機水銀化合物ついて」には以下のように書かれています。

微量の「エチル水銀」の毒性についてはまだ研究途上で、“まれに過敏症を起こすことがある”以外ははっきりとわかっていないのが現状です。
水俣病の原因となった同じ有機水銀である「メチル水銀」の毒性は研究されていろいろとわかっています。「メチル水銀」は脳に移行しやすく、運動失調や感覚異常などの多様な中枢神経障害が現れます。発達中の胎児は大人より影響 を受けやすいため、摂取した母親は無症状であっても、胎児の段階から影響を受け生まれた子供に強い症状が出た例な どが知られています。血中濃度半減期は 44~80 日と推定されており、一度体内に取り込まれると長期間残存することになります。これに対して「エチル水銀」の血中濃度半減期は1週間未満とされており、「メチル水銀」より6~10 倍早く体内から排出されることになります。

毒性を考えるときに大切なのは「量の問題」です。どんな毒性物質でも、量が少なければ人体への影響も少なくなり、「これ以下なら無視できる」というレベルがあります*2横浜市衛生研究所「チメロサールとワクチンについて」によれば、エチル水銀の毒性がよく分かっていないため、人が微量のエチル水銀を摂取する場合の安全基準については、同じく有機水銀であり、化学構造も近いメチル水銀の基準を用いているそうです。先述のとおり、エチル水銀の方が体内から排出されやすいので、これは厳しめの基準であると言えるでしょう。その具体的な数値は、基準を決めた機関により異なるのですが、「水銀重量として基準値で一番低いのがアメリカ合衆国EPAで0.7マイクログラム*3/kg体重/週(0.1マイクログラム/kg体重/日)、」だそうです。一番高いのはWHOの1.6μg/kg体重/週のようです(横浜市衛生研究所「チメロサールとワクチンについて」)。


ここで、実際ワクチンを接種することによりどれほどチメロサールを摂取することになるのか計算してみましょう。1mLあたり0.008mgのチメロサールを含有するインフルエンザワクチン「ビケンHA」を例にとります。0.008mgは8μgに相当します。[2012.11.28追記・訂正 チメロサールのうち、水銀の占める重量が約50%ですので、水銀摂取量をチメロサール摂取量の半分として計算しました。]添付文書の用法および用量によれば「6ヶ月以上3歳未満のものには0.25mLを皮下に、3歳以上13歳未満のものには0.5mLを皮下におよそ2〜4週間の間隔をおいて2回注射する。13歳以上のものについては、0.5mLを皮下に、1回又はおよそ1〜4週間の間隔をおいて2回注射する。」とのことですのです。ワクチン0.25mLにはチメロサール2μg[水銀量として1μg]、0.5mLにはチメロサール4μg[水銀2μg]が含まれます。体重60kgの大人が接種間隔1週間で2回接種したとすると、0.07 0.035μg/kg体重/週となり、もっとも厳しいEPAの基準値、0.7μg/kg/週(EPAのサイトによれば、この値は「一生の間経口摂取し続けても感知できる影響を及ぼさないと考えられる推定値」だそうです)の10 5%程度の摂取量となります。また、ワクチン接種は継続的に行うものではありませんので、大人については、「接種した週に限って、基準値の最大10 5%程度の水銀摂取量が加算される」という計算になります。子供については、体重7kgの子供に2週間間隔で0.25mLずつ接種したとすると0.14 0.07μg/kg/週となり、やはりEPAの基準より低くなります*4

チメロサール自閉症になるってきいたけど…

ネット上などでもっとも心配されているチメロサールの害は「自閉症になる」というものでしょう。1990年代、Bernardらによりワクチンに含まれるチメロサール自閉症の関係が指摘されました。

この十数年*5の間に、アメリカ合衆国では、乳幼児が接種すべきワクチンの種類や本数が増え、また、より月齢が低い段階で接種を受けるように成って来ていること、またその中にはチメロサール( thimerosal ) が添加されているワクチンもあり、1999年の段階では、乳児期の内に定期の予防接種を受けることでアメリカ合衆国EPAの基準を超える水銀の暴露を受ける可能性があることを指摘しています。さらに、自閉症の症状と水銀中毒の症状の類似性を指摘し、水銀中毒の結果として自閉症になると考えました。そして、この十数年の間に、アメリカ合衆国では乳幼児に対する予防接種による水銀の暴露が増加することで自閉症となる者が増えていると考えました。また、重金属を体から排除する働きのある酵素に欠陥があるというような、遺伝的に水銀の暴露に弱く自閉症となりやすい人たちがいると考えました。
横浜市衛生研究所「チメロサールとワクチンについて」)より

これらの指摘を受けて、その後、チメロサール含有ワクチンと自閉症に関する様々な研究が行われました。それらの文献を網羅的に検討した米国IOM(Institute of Medicine)の調査をメインに、先述の薬事・食品衛生審議会(中略)配布資料「インフルエンザワクチンに含有されるチメロサールの安全性に関する調査結果について」にまとめられており、一言で言うと「チメロサール含有ワクチン接種と自閉症の関連を示すデータはない」となります。「参考資料2−3参考とした文献等の概要」に参考文献とその概要がまとめられています。例えば、2003年に発表されたHviidらの論文では、デンマークで1990年〜1996年に生まれた467,450例の子供を対象とした研究で、チメロサール含有ワクチンを接種した子供と非含有ワクチンを接種した子供での自閉症及びそのたの自閉性障害の比率を比較したところ、チメロサール含有ワクチンと自閉性障害との関連は見られなかったことが示されていますし、同じく2003年のVerstraetenらによる米国の調査では、米国の人口の約2%をカバーするVaccine Safety Databaseを用いた研究で、生後1ヶ月、3ヶ月、7ヶ月における12.5μgの水銀曝露増加による自閉症の相対危険度を調べたところ、リスクの増加は見られなかったことが示されています。一部、チメロサール自閉症の関連を支持するとする文献もありますが、わずか8例の自閉症例を元にチメロサールからの水銀曝露量と重症度が高い相関があったとするなど、信頼性の乏しいもののみであったとしています。また、国内での副作用報告を調査し、平成16年4月1日〜平成21年9月30日までに報告された副作用報告について、チメロサール含有の有無にかかわらず、自閉症発達障害と関連する副作用(副反応)報告は認められなかったそうです。


チメロサール含有ワクチンと自閉症の関係については、海外でも、先述の米国IOMをはじめ、WHO、FDA、EMEA(欧州医薬品審査庁)、豪州政府のDepartment of Health and Aging、カナダ保健省に対して予防接種に関する科学的、公衆衛生学的な観点からの助言を行うThe National Advisory Committee on Immunization (NACI)のいずれもが、否定的な見解を示しています(「インフルエンザワクチンに含有されるチメロサールの安全性に関する調査結果について厚生労働省)。また、2004年、日本小児神経学会、日本小児精神神経学会、日本小児心身医学会が連名で以下のような声明を発表しています(リンク先にはこの声明に関する解説も掲載されていますので、興味のある方はご一読ください)。

  1. 自閉症の原因が水銀中毒であるということを積極的に肯定する根拠は乏しい。
  2. 自閉症とチロメサール含有ワクチンとの間に明確な関連性は見出されていない。
  3. 自閉症に対する水銀キレート療法の有効性を支持できる根拠は乏しい。ただし、環境汚染物質や環境ホルモン発達障害との関連性については、現状では客観的なデータが不十分であり、今後、正しい方法論による研究を蓄積していくことが重要である。

日本小児神経学会ウェブサイトより


ただし、日本を含め多くの国で、予防的観点から、ワクチンのチメロサールについては除去ないし減量の方向で努力が続けられており、例えば国産のインフルエンザワクチンでは、チメロサールの含量は2000年台前半には従来の1/10以下に減量されているそうです。厚生労働省では、国民の水銀への曝露量を提言させる観点から、引き続きチメロサールの除去・低減に向けた努力を続けることが適切である、としています(「インフルエンザワクチンに含有されるチメロサールの安全性に関する調査結果について厚生労働省 より)。


WHOでは2012年6月、The Global Advisory Committee on Vaccine Safety (GACVS)において、チメロサールの安全性に関する評価を行い、その結果がウェブサイトに掲載されていました。その内容を要約すると以下の通りです。

  • チメロサール含有ワクチン接種後の短期的・長期的な血中水銀濃度及びチメロサール接種の健康への影響を調査した28の文献を包括的にレビューした。
  • チメロサールと神経発達障害の関連を示した3つの論文には、多くの方法論的欠陥があった。
  • 他の研究では、チメロサールと神経発達障害とのいかなる関連も見出すことができなかった。
  • 米国ではほとんどのワクチンがチメロサールを含まないものに変更されたにもかかわらず、自閉症の診断は増加し続けている。これは、チメロサール自閉症の原因であるという説に対する強固な反論となる。
  • ヒト乳幼児(早産児及び低出生体重児を含む)においてエチル水銀の半減期は3〜7日で、糞便中に効率良く排泄され、血液中に長期間蓄積することはなく、ワクチン接種後30日以内に血中濃度は摂取前のレベルに戻る。
  • 上記を踏まえた毒性研究により、ワクチン接種の累積によっても、血中及び脳中エチル水銀濃度は毒性量に到達することはなく、ワクチン中のチメロサールと神経毒性の関連が生物学的に信じがたいものであることが示唆された。

Global Advisory Committee on Vaccine Safety, report of meeting held 6-7 June 20122012.7.27更新 より要約

チメロサールに含まれるエチル水銀は、メチル水銀と違って体内に蓄積しないということ、はじめにチメロサール自閉症の関連が指摘され、ほとんどのワクチンからチメロサールが除去された米国で自閉症が増加し続けていることは、重要な点だと思います。


2012.12.10 以下の項は、チメロサールと関係ありませんでした。すみません。
**医学雑誌「Lancet」に掲載された自閉症MMRワクチンの関連を示す論文について
チメロサール自閉症になる」説にお墨付きを与えていたと考えられる論文があります。これは1998年に Andrew Wakefieldが有名な医学雑誌「Lancet」に掲載したもので、その後大々的に報道されたこともあり、かなりのインパクトを与えたようですが、その後、論文の内容が捏造であったことが報道されました。さらに、研究方法に倫理的な問題があったとして、最終的にこの論文はLancet編集部によって撤回されています。現時点でもし、この論文を元に「チメロサール自閉症の原因である」と主張するサイト等がありましたら、情報が古いと考えられますので信じないほうがよいでしょう。この論文をめぐる想像について「週刊医学会新聞」の連載記事及びブログ「忘却からの帰還」で詳しくまとめられています。

以上、「忘却からの帰還」

医学書院「週刊医学会新聞」

水銀と食物

チメロサールでは随分恐れられている水銀ですが、実はわたしたちは日常的に水銀(しかも蓄積性のあるメチル水銀)を摂取しています。それは、食物、主に魚からです。農林水産省の「食品の安全性に関するサーベイランス・モニタリングの結果【有害化学物質】」というページにある、「有害化学物質含有実態調査結果データ集(平成15〜22年度)」という資料のp.168−170の表108、109に魚類に含まれるメチル水銀・総水銀の量が掲載されています。メチル水銀含量の中央値を見ますと、クロマグロ(天然)で0.55mg/kg、メカジキは1.0mg/kg、キンメダイ0.58mg/kg等となっています。これらを50g食べると、それぞれ27.5μg、100μg、29μgのメチル水銀を摂取することになります。ワクチンには1回接種量あたり最大8μgのエチル水銀ですので、お寿司でも食べに行けばそれとは桁違いの量の水銀を摂取していることになります。かと言って、「魚は怖いから食べてはいけない」というのではありません。魚には水銀の摂取というデメリットを上回るメリットがあるでしょう。ただし、妊婦に関しては別で、厚生労働省では「妊婦への魚介類の摂取と水銀に関する注意事項及びQ&A」を公表して注意を呼びかけています。同ページには「厚生労働省が実施している調査によれば、平均的な日本人の水銀摂取量は健康への影響が懸念されるようなレベルではありません。特に水銀含有量の高い魚介類を偏って多量に食べることを避けて水銀摂取量を減らしつつ、魚食のメリットを活かしていくことが望まれます」との記載もあります。食物と水銀の話は、横浜市衛生研究所「チメロサールとワクチンについて」)にも詳しく書かれています。

その他 参考になる記事

今回引用した記事の他に、お医者さんがわかりやすくチメロサールについて解説してくださっている記事です。

まとめ

最後に、ワクチン関連の記事では毎回書いていますが、ワクチンの安全性について不安を感じる場合は、主治医の先生や薬剤師さんにご相談されることをおすすめします。ワクチンに関するネット上の情報は怪しいものが多すぎると思います。今回のエントリでは、公的機関の出している情報、なるべく新しい情報を確認して書きました。以下に、調べてわかったことをまとめておきます。

  • チメロサールは体内で分解してエチル水銀になる。
  • エチル水銀は有機水銀だが、水俣病の原因となったメチル水銀とは異なり、体内に蓄積しない。
  • これまでに自閉症とワクチンに含まれるチメロサールの関連を示すちゃんとしたデータはない。
  • 日本人は魚から水銀を摂取する機会が多い。その量はワクチン中のチメロサールからの摂取量よりかなり多いと考えられる。


2012.11.28訂正 どらねこ@doramao さんからご指摘頂いた水銀摂取量の計算を訂正しました。

*1:ワクチン中の有機水銀化合物ついて.くすりばこ2005年9月.筑波学園病院薬剤部医薬品情報室

*2:発がん性物質に関しては別です。

*3:マイクログラム=μg

*4:ただし、EPAの基準値はもともと一日あたり・体重1kgあたりの摂取量(0.1μg/kg/日)であり、これを1週間あたりに換算するのが妥当なのかどうかはわかりません。ただ、継続的に摂取し続けることを考えての値ですので、一日その基準を超えた日があったらただちにどうという問題ではないとは思います(WHOの基準では一週間あたりの値になっています)。

*5:1999年当時。現在では、アメリカではほとんどのワクチンからチメロサールが除去されています。