WHOは2015年4月現在も、抗がん剤を「禁止」していない

下記のような噂を教えて頂きました。

    • WHOが、2014年5月の理事会で「抗ガン剤を用いるガン化学療法は、極めて危険性が高く、加盟国政府に全面禁止を勧告する」と決議した。
    • 大量の抗ガン剤の在庫を抱える日本厚生省*1は、WHOの抗ガン剤禁止ニュースの配信を差し止めた。

ブログ→FB→Twitterなどの間で流通しているようです(上記のフレーズで検索すると出てきます)。出どころは、船瀬俊介氏の「新医学宣言「いのちのガイドブック」」という著書だと、ブログの一つにありました。*2。この話について、検証してみました。

注:以下、翻訳はすべてうさじまによります。医療・医学の専門家ではないので、訳は参考程度にごらんください。

で、まずWHOのHealth Topicで「Cancer」を検索してみると、トップページの解説がこうです。

がんは、細胞の制御されない増殖と拡散です。がんは、からだじゅうのほとんどすべての部分を侵します。がんはしばしば周囲の組織に侵入し、離れた部位に転移することもあります。がんの多くは、喫煙のような一般的なリスク因子への曝露を避けることで予防できます。加えて、がんはかなりの割合で、特に早期に発見された場合には、手術、放射線治療、化学療法などにより治癒可能です。


Cancer is the uncontrolled growth and spread of cells. It can affect almost any part of the body. The growths often invade surrounding tissue and can metastasize to distant sites. Many cancers can be prevented by avoiding exposure to common risk factors, such as tobacco smoke. In addition, a significant proportion of cancers can be cured, by surgery, radiotherapy or chemotherapy, especially if they are detected early.

Health topics, Cancer, WHO, 2015. 4.24取得

Chemotherapy=化学療法、つまり抗がん剤による治療、普通に出てきました。
そして、「がん」のファクトシートを見ると…

治療

適切で効果的な治療には、正確ながんの診断が不可欠である。がんの種類によって、それぞれ異なる治療計画が必要であるからだ。治療計画には、手術、放射線治療、化学療法などのうち一つまたはそれ以上の治療法が含まれる。第一目的はがんの治癒または大幅な延命である。患者の生活の質を向上させることも重要な目的である。これは、支持的療法または緩和ケア、そして心理的な支援により達成されうる。


Treatment
A correct cancer diagnosis is essential for adequate and effective treatment because every cancer type requires a specific treatment regimen which encompasses one or more modalities such as surgery, and/or radiotherapy, and/or chemotherapy. The primary goal is to cure cancer or to considerably prolong life. Improving the patient's quality of life is also an important goal. It can be achieved by supportive or palliative care and psychological support.

Fact Sheet, Cancer, WHO, Feb 2015

ふつうに化学療法推してます。

あと、Statements(声明)のページを探しても、

ニュースリリースのページを探しても、

該当するような「勧告」は見当たりません。

つまり、

  • WHOは「抗がん剤を禁止する勧告」は出していないし、2015年4月現在、化学療法をがんの治療法の一つに推している。

で、FAでいいみたいです。

この噂の真偽が知りたいだけの方は、ここまでお読みいただければ十分だと思います。

「2014年のWHOの理事会」について調べてみた

さて、船瀬氏の本は読んでいないので、この話がどこから出てきたのか今ひとつよくわからないのですが、ここからは自由研究として、「WHOの理事会」についてもう少し調べてみました。外務省にWHOのことが掲載されています。

(1) 世界保健総会(World Health Assembly)
WHOの最高意思決定機関であり、全加盟国(2009年1月現在193カ国・地域と2準加盟地域)で構成され、毎年1回5月にジュネーブにて開催される。事業計画の決定、予算の決定、執行理事国の選出、事務局長の任命等を行う。


(2) 執行理事会(Executive Board)
総会で選出された34ヶ国が推薦する執行理事により構成される。執行理事会の任務は、世界保健総会の決定及び政策の実施、世界保健総会への助言及び提案など。毎年2回(1月及び総会開催時)行われる。


世界保健機関(WHO)(概要), 外務省

この情報を見ると、どうも「理事会(Executive Board)」というのは、「世界保健総会(World Health Assembly)」と関連が深いようです。WHOのサイトには、これら2つの議事録がちゃんとの掲載されています(5月に総会と執行理事会があったのは本当のようです)。

ここから、世界保健総会と執行理事会の「Resolutions and decisions(決議と決定)」を見てみます。

さて、まず執行理事会のほうです。ここに掲載されている決議事項(p.3)を見ると、「Confirmation of amendments to the Staff Rules(職員規定改正の確認)」とあります。また、決定事項は主に委員会の人選や、次回の保健総会の日時などです。やはり執行理事会というのは、実際の保険施策を話しあうための会議ではないようです。なので、もう一つの「世界保健総会」の方の決議事項を見てみました。

「Resolutions(決議事項)」は25項目。一つ目は結核の予防や治療に関する世界戦略の話です。あとは自閉症、ウイルス性肝炎、疥癬、水銀、女性や子どもへの暴力、伝統医療(Traditional Medicine)、抗生物質耐性菌など、幅広い項目がありますが、抗がん剤に直接関連しそうな項目はありません。「Decisions(決定事項)」は16項目ありますが、こちらもがん関連の項目はありませんでした。

この文書、200ページ以上あって全部を読むのは大変なので、「cancer」で検索して、拾い読みしてみました。すると、下記の項目にがんについての言及がありました。

  • WHA67.6 Viral hepatitis(ウイルス性肝炎についての決議 p.8)
  • WHA67.19 Strengthening of palliative care as a component of comprehensive care throughout the life course(緩和ケアの強化についての決議 p.37)
  • WHO global disability action plan 2014–2021: better health for all people with disability (障がいを持つ人の健康に関するアクションプラン p.90)

他、予算関連など

1つ目は、ウイルス性肝炎からの肝臓がんになるという話で、抗がん剤については言及されていません。2つ目は、緩和ケアの重要性と、緩和ケアに使用する麻薬や向精神薬についての話で、これにも抗がん剤は出てきません。3つ目の項目では、統合失調症を発症している人が糖尿病と大腸がんになりやすいという話が一言出てくるだけです。

というわけで、やはり、2014年のWHOの理事会にも世界保健総会にも、抗がん剤の使用についての決議はないようです。


「WHOがなんたらかんたら」というのは医療デマの定番ではあるのですが、WHOはオフィシャルサイトに情報をたくさん載せてくれますので、検証しやすいのは不幸中の幸いと言えます。この手のデマには、たいてい「ああ、これを曲解したのか」という「元ネタ」が見つかることが多いのですが、今回それが見つけられずちょっとモヤっとしています。しかし、とりあえず「WHOが抗がん剤を禁止した」という事実はないことはわかりました。

*1:発信源でこう書かれていたためか、そのまま流通していますが、「厚労省」ですよね。

*2:この本の目次をAmazonで見ると、確かに「WHOが抗がん剤を全面禁止の衝撃」という項目があります。