英国ピルユーザーの健康に関する約40年間の調査報告
先月、「ピルを飲むと長生きできる」研究で判明した驚きの結果
という記事がネットに掲載されました。ピルと健康の関係については興味がある方も多いと思います。もちろんうさうさも1ピルユーザーとして気になるところですので、この記事の元となった論文を読んでみました。
(訳:避妊ピル使用者の死亡率:英国王立家庭医協会の経口避妊薬に関するコホート研究によるエビデンス)
英国王立家庭医協会が行った、1968年から2007年までのピル使用者と非使用者についての健康調査の報告で、46,112例の女性を最長39年間にわたり追跡したものです。このような調査では、1人の人を1年追跡すると「1人年」と数えるのですが、ピル使用者(一度でもピルを使用した記録があれば使用者となります)819,175人年、非使用者378,006人年のデータを集めて解析しています。データは1400ヵ所の家庭医の診療データと国民健康保険サービスの情報を用いたもので、信頼性は高そうです。この調査に関してはこれまでに何度か中間報告が行われており、今回、調査開始から長期間が経過し、死亡率に及ぼす影響のデータが出てきたということのようです*1。
さて、今回の報告のメインは、ピル使用者(一度でも使ったことのある人)と非使用者(使ったことのない人)とで、死因別の死亡率に差があるのか、ということを調べたものです。死亡率は、年齢、出産回数、喫煙歴、社会的階級による調整を行ない、これらの要因が及ぼす影響を除いてから比較しています*2。ピル使用者と、非使用者の死因別の相対死亡率を以下に示します。
表は"Mortality among contraceptive pill users: cohort evidence from Royal College of General Practitioners’ Oral Contraception Study" Table2 より抜粋し、翻訳しました。
表の見かた:「相対危険度」が1ならばピル使用者と非使用者のあいだに死亡率の差がないことを表し、「0.8」ならピル使用者の死亡率が非使用者の0.8倍であることを示します。カッコ内の数字は「95%信頼区間』で、統計学的に想定されるバラツキの範囲を示した値です。この中に1が含まれる場合には、統計的には差があるとは言えないと考えます。
ごらんのように、ピル使用者では非使用者にくらべ、様々ながん、循環器疾患による死亡率は低くなっています。また、暴力による死亡率が高くなっています*3。
本調査の限界については、論文中に以下のようなことが挙げられていました。
- 調査対象には、登録時点で慢性疾患があった人は含まれないので、比較的健康な集団での調査結果。
- ピルのホルモン量との関係は調査していない(昔のピルは今よりホルモン含量が多いものだったが、途中でより低用量に切り替えている人も多い。その影響は不明)。
- 最近使われ始めたピルの影響は反映されていない。
また、その他のデータとして、30歳未満のピル使用者では、非使用者にくらべ全死亡率が約3倍となること(約10/10万人年→30/10万人年)、45歳以下のピル使用者では、循環器疾患による死亡のリスクが非使用者に比べ高まるが、それ以外の死亡リスクは低下すること、全死亡率とピル使用期間には相関がないことなども報告されています。
今回の調査の結果とこれまでの中間報告を踏まえてこの論文の結論として書かれている部分を、翻訳してみました。
本件に関するこれまでの知見
経口避妊薬に関連する死亡リスクのほとんどは、服用中止後10年以内になくなると考えられる。
経口避妊薬使用者ではがん罹患の全リスクが低下する。しかしこれにより、死亡率がどれほど低下するかは不明である。
本研究により判明したこと
現在、最近、またはそれ以前の経口避妊薬の使用についての安全性が、評価されつつある。
経口避妊薬は、本英国コホートにおいて長期的な死亡リスクの増大に関与していなかった。さらには、
純便益(net benefit)をもたらす可能性もある(経口避妊薬使用群における絶対リスクの減少は52/10万人年である)。
しかし、リスクとベネフィットのバランスは、世界各国で、経口避妊薬の利用形態や他の疾患の罹患率によって大きく異なるだろう。
そのまま訳したので言葉が少し難しいですが、ピルを使用した経験がある人が年をとってからがん等の疾患で死亡するリスクが減少した。若い人ではピル使用により死亡率が高まるが、減少した分との差し引きで、減少分のほうが多かった(52/10万人年)、ということです*4。これまでに報告されている血栓リスクの上昇について否定するものではありません(45歳以下で、ピル使用中止から10年未満では循環器疾患による死亡率の上昇が報告されています)。
血栓リスクについては、本ブログでこれまでに取り上げた記事もありますので、参考までにご紹介しておきます。
第4世代ピル(ヤスミン、ヤーズなど)の血栓塞栓症について英国医薬品庁(MHRA)が出した情報-うさうさメモ(メインは第4世代ピルですが、日本における第2世代ピルの血栓リスクのデータについても触れています)
論文の結果や考察で強調されているのは、リスクとメリットが個人のピルの使い方やその他の要因(喫煙や肥満などの要因や、他の疾患)によって大きく異なってくるということです。実際、北米での同様の調査では、ピル使用者と非使用者で全死亡率、がんによる死亡率に差はなかったそうです*5また、命にかかわるようなものではないマイナートラブル(吐き気など)についても個人差は大きいと思います。リスクとメリットについては、それぞれが主治医と相談することが大切でしょう。
最後に、本題から少し外れて、この論文の中で個人的に興味深いと感じたのが、子宮頸がんによる死亡率についてピル使用者と非使用者で差がないということです。「ピルの使用によりHPV感染が広がり、子宮頸がん罹患率が上昇する」という噂を耳にしたことがありますが、少なくともこの調査ではそのようなことはありませんでした。