風疹とワクチンにまつわる流言(1) 風疹はなぜ流行しているの?放射能のせい?

風疹が猛威を振るっています。風しん自体の症状もつらいものですが、妊娠している人が感染した場合に胎児にもウイルスが移行し、CRS(先天性風しん症候群)を発症することから、メディアでも連日ワクチン接種が呼びかけられていますが、こんな噂があるのを目にしました。


風疹の流行は首都圏が中心で、大阪・愛知・鹿児島など全国に広がっています。放射性物質が関係しているようには見えません。


風疹発生動向調査2013年第13週 国立感染症研究所

検索してみると風疹の流行を放射能と結びつけて考えている人たちはそんなに少なくないようです。「放射性物質の飛散量と流行地に関連性が見いだせない」→「放射線被曝と無関係」と考えるのが一般的だと思うのですが、「全国的な流行→放射能は全国に広がっているのだ!」と本末転倒している人もいます。今回、この噂を検証、というよりなぜこのような風疹流行が起こっているのかをまとめてみました。


実は、この風疹の流行は日本の風しんワクチンの歴史と深く関わりがあることが分かりました。

風疹は一度罹ると二度目の感染はごく稀です。また、予防接種を受けることにより90%以上の感染を防ぐことができるといわれています。現在は乳児期から学童期にかけて「麻疹・風疹ワクチン」を定期接種することとなっています。
 ところが、この風疹ワクチンをほぼ受けていない世代が存在するのをご存じでしょうか? 風疹の集団予防接種は、1977年から女子中学生を対象に始まりましたが、その後、現在の幼児期における定期予防接種という形になりました。この制度変更の間に、風疹ワクチン接種をあまり受けていない世代が発生しました。1979年4月2日〜1987年10月1日の間に生まれた人は、集団接種による風疹ワクチン接種を受けておらず、個別での接種もあまり浸透しなかったようです。さらに、1977年〜1989年の間に中学校に通っていた男性も、集団接種の対象から外れていました。これらのことから総合して考えると、今現在20代〜40代後半くらいの人の多くは、風疹の予防接種を受けていない、ということになります


知っておきたい!「風疹の流行」について  QLife 2012/08/03 強調はうさじま

1979年4月2日〜1987年10月1日生まれというと、今現在25歳〜34歳ですね。この経緯の詳細を、「風疹の現状と今後の風疹対策について (感染症情報センター)」をの記述を元にまとめてみます。

  • 1977年 女子中学生に対する風疹ワクチン定期接種開始
  • 1989年 生後12-72ヶ月児への麻疹ワクチン定期接種時にに麻しん・おたふくかぜ・風しん混合(measles mumps rubella, MMR)ワクチンを選択してもよいことに
  • 1993年 MMRワクチン おたふくかぜワクチン株による無菌性髄膜炎の多発により中止
  • 1994年 予防接種法改正 生後12−90ヶ月未満の男女に風疹ワクチン定期接種開始
    • 以前に風疹ワクチンあるいはMMRワクチンを受けたことがない者に対する経過措置(集団接種から個別接種へ)
      • (1)1995年度に小学校1〜2年生でかつ生後90カ月未満の者
      • (2)1996〜1999年度に小学校1年生
      • (3)2003年9月30日までの間は、 1979年4月2日〜1987年10月1日に生まれた12歳以上16歳未満の男女(標準中学生)→浸透せず
  • 2001年 予防接種法一部改正 2003年9月30日までの暫定措置として1979年4月2日〜1987年10月1日生の男女全員が経過措置の対象→よく知られず

ややこしいですねー。図での説明もありました。


風疹の現状と今後の風疹対策について 図7

また、ゼクシィの風疹予防接種の記事に、生まれ年による風疹ワクチン予防接種歴のまとめがあります。「自分はどうなの?」というのが知りたい方には非常にわかりやすいですのでおすすめです。


で、このような予防接種制度の変遷の結果、日本人の風疹ワクチン接種状況がどうなったかというと…(3年前のデータです)



感染症流行予測調査 風疹予防接種状況(2010)

日本人の風疹抗体保有状況がどうなったかと言うと…(こちらも3年前のデータです)


感染症流行予測調査 風疹抗体保有状況(2010) 国立感染症研究所

このグラフの見方ですが、例えば「≧1:8」は風疹検査の結果(HI抗体価)が8倍以上の人の割合です。この中にはそれより抗体価が高い人(16倍〜1024倍の人)も含まれています。風疹の抗体検査では、16倍以下で「抗体が不十分」とされるようです(妊娠中の検査丸わかりシリーズ第8回「風疹検査」の巻、プレママタウン)。つまり、このグラフで言うと赤い線が「風疹抗体を持っている」とされる人の割合、青い線が十分な抗体を持っている人の割合を示すことになります(20歳を堺に年齢階級の幅が違うのと13歳以下では現在行われている2回めの接種を受けていないことに注意が必要です)。ご覧のように、男性の抗体保有率が全体に低いこと、2010年当時30歳以上の男性で特に抗体保有率が低いことがわかります。


そして、今年の風疹の流行がどうなっているかというと…(これは当然今年のデータ)



風疹発生動向調査2013年第13週 国立感染症研究所

みごとに、予防接種を受けていない人(特に男性)を中心に風疹が流行していると言えます。男女共に風疹ワクチンの定期接種が始まった1994年以降生まれ(2013年現在18〜19歳)あたりから、目に見えて感染者が減っています。これらのことから、現在の風しんの流行は、日本のワクチン行政の責任といえるでしょう。放射能の出る幕は特にありません。


実は、2000年台にも風疹の流行はあり、この時厚生労働科学研究費補助金新興・再興感染症研究事業分担研究班が緊急提言を出していました。この提言を紹介したブログ「感染症診療の原則」から引用します。

2004年に出た緊急提言を読んでみましょう。2004年から私たちが取り組むべき指針が書かれています。

「現在あるCRS出生の危険性を速やかに押さえ、風疹の流行規模を縮小するためには、妊婦への感染波及を抑制し、定期接種対象者について早い年齢で接種率を上げ、そして蓄積された感受性者に免疫を賦与することが重要である。
このため、風疹の流行が認められる地域に限らず、流行が発生していない地域を含めた全国を対象として、以下提言を行うものであるが、そのうち

  1. 妊婦の夫、子供及びその他の同居家族への風疹予防接種の勧奨
  2. 定期予防接種勧奨の強化
  3. 定期接種対象者以外で風疹予防接種が勧奨される者への接種強化
    1. 10代後半から40代の女性、このうちことに妊娠の希望あるいはその可能性の高い女性
    2. 産褥早期の女性 については可能なところから早急に開始し、順次速やかに実施されることが必要である。 」

このあと、公衆衛生や医療はこの提案を最大限生かせたでしょうか。


風疹対策:制度の狭間で専門家は・・・ 感染症診療の原則

生かせたでしょうか?


風疹の流行は、ワクチン接種によって排除することができるのです。こちらは、WHOの世界の風疹発生報告数の表です。


日本は、2000年台の流行のあともコンスタントに風疹が発生しています。しかし、これは世界の「当たり前」ではないのです。

海外はMMRワクチンの普及(と高い接種率)で、若いドクターが麻疹、風疹などの診断に困るほど(見たこと内から)の状況があります。
風疹は基本話題になりません。海外から持ち込まれても地域には広がらないからです。

日本でこんなに広がったことを驚いている世界。

海外のアラートと疑問:日本の風疹流行 感染症診療の原則

風疹の排除には、集団における抗体保有者の割合を高く保つこと(集団免疫)が必要です。集団免疫は、集団の中で抗体を保有している人の割合を高めることで、感染症が全体に広がるのを抑制するという考え方です。こちらのブログにわかりやすい解説の図があります。


また、麻疹風しんワクチンの2回接種についての解説にも、集団免疫の重要性が書かれています。

子どもが風疹にかかると軽く経過するため、風疹ワクチンはいらないという意見もありますが、中学生女子だけに風疹ワクチンを接種していた時代には、数年ごとに風疹が流行し、流行のたびごとにある人数のCRS児が出生していました。CRS児の出生を防ぐためには、風疹の流行を排除することが大切なのです。


<略>


さて、MRワクチン2回接種の目的は何でしょう?
定期接種の第一の目的は、病気の予防ないしはかかった時の軽症化です。しかし、予防接種により地域の免疫率を高めると、その地域の流行を排除することができます。流行の抑制・排除が定期接種の第二の目的です。
流行を抑制するための免疫率が集団免疫率です。伝染力が強い感染症ほど集団免疫率が高くなります。ウイルス感染症の中で伝染力が極めて強い感染症は麻疹で、その集団免疫率は90〜95%です。風疹の集団免疫率は80〜85%です。


麻しん・風しんワクチン2度接種について 国立病院機構三重病院院長 庵原 俊昭


実は、日本と同様、女性のみへのワクチン接種を行ったために最近まで風疹の大流行があったのですが、ワクチン接種キャンペーンによって風疹の排除に成功している*1国があります。ブラジルです。次回は、この風しんワクチンキャンペーンの取り組みと、それに対する流言について書きます。CRS(先天性風しん症候群)についても。
 

2013.6.19追記
北里大学の太田寛先生が、風疹予防接種制度の変遷と感染者数の関係がよく分かるグラフを作ってくださいました。

 

(付録)日本における風疹流行についての情報

*1:WHOの統計では、2009年以降風疹の発生ゼロ

「それでも、不妊が不安です」というコメントへのお返事

こちらのエントリに、「あ」さんからコメントいただきました。当ブログでは、ワクチンについてのデマを検証しています。うさじまなりに、できるだけ信ぴょう性のある資料を探しているつもりですが、「あ」さんのように、不安がどうしても消えない、という方も多いかも知れないと思い、「あ」さんへのお返事をエントリとして上げておくことにしました。

「あ」さんからのコメント (見やすくなるよう、改行を追加しています)

1年前にワクチンを接種した者です。当時は不妊になるなんて噂も耳にせず、接種しました。
しかし最近友達に、子宮頸がんワクチンをうつと永遠に不妊になるんだよ?と言われて、ネットでみてみると…沢山、不妊になる。永久不妊のワクチン。といった記事を見つけて本当に不安になっています。
もちろん、不妊になるなんてデマだ。分析研究でも証明されている。という記事も見つけました。(ここの記事など)でも私は心配症でかなり疑い深いので、記事を隠蔽したのかな?とか、血液製剤事件、サリドマイドのように後から問題が沢山でてくるのではないのか…と思ってしまいます。
本当に今不安になっていて、この不安をもちながら生活しなければならないと思うと鬱になってしまいそうです。


接種した者はほぼ若年層で、不妊かどうかは10年後くらいにわかりますよね…。
厚生労働省でも国内で接種して妊娠できた人の割合などをまとめているのでしょうか?
そういった国内での論文、分析をみて、少しは安心できると思いました。国内での結果などをみるにはどうしたらいいのでしょうか?


不妊になるということは、その人の一生を変える重大な事です
ワクチン接種をした人は沢山います。なのに、ワクチンをうてば完全不妊になる。とか言って、ではもう接種してしまった自分はどうすればいいの?接種したからもう妊娠できないの?と自分を否定するしかありませんでした…。この不妊になるという記事は論文など、エビデンスのないものですが、私はどうしても、こういうのが目についてしまいます。
どうかもっと不妊にならないデータなどがしっかりした事実のもと確認されることを願っています。


うさじまの返事

コメントありがとうございます。
不安な気持ち、分かります。ネット上には本当にたくさんの「不妊になる」という脅しの情報が流れていますから。無責任な情報を流す人たちに改めて憤りを感じました。


さて、ご希望なのは、厚生労働省のまとめた国内データということですが、残念ながら、厚労省は接種者の追跡調査などはしていないと思います。このへんはホント、やればいいのにってうさじまも思います。


あさんにとって、「国内データ」とはどういう意味を持ちますか?
日本人特有のデータ?
日本語で読めて自分で隅々まで確認できるデータ?
中立的な機関がまとめたデータ?
どれでしょうか。


もし、日本語で読めるもの、日本人を対象としたものという意味でしたら、本エントリ本文の「臨床試験」の部分で引用した「CTD」という承認申請に用いる書類を読んでみて下さい。日本人のデータも載っていますし、背景の説明もあります。


専門家が書き、専門家が読むために作成された書類ですので専門用語が多く、難しいかもしれません。しかし、もし自力で「しっかりした事実」を確認したければ、この書類を理解できるだけの知識がなければ難しいと思います。言葉の内容をただ雰囲気で理解する(「劇薬」=「危険」など)ではなく、ちゃんと専門用語としての定義を知り、統計処理を理解し、薬の承認のために必要な手続きや治験がどのように行われるかを知ることです。結局、「自力で納得したい」のだとすれば、それしかないのではないかと思います。こういった勉強をすることで、「ワクチンで不妊になる」という言説の雑さ、トンデモなさ、無責任さがよく分かってくると思います。


ちょっと話がそれました。「不妊にならないデータがしっかりした事実のもと確認されれば」ということですが、本文に追記してありますように、本エントリの続編として以下のエントリを書きました。
http://d.hatena.ne.jp/usausa1975/20130228/p1
こちらに、British Medical Journalという雑誌に投稿された論文を掲載しています。この雑誌は、査読付き(論文の内容の妥当性について専門家が審査してクリアしたものだけ掲載される)であるだけでなく、医学界で有名な、代表的な雑誌です。それだけ、信頼性の高いものです。こちらに掲載される論文というのは、役所が発表する資料とはまた違いますが、信ぴょう性は高いと思います。さらに、この論文は中立的な機関の行った臨床試験の結果にもとづいています。また、こちらのエントリーの冒頭に、薬の治験データで重大な副反応をごまかすことのメリットのなさや不可能さについても述べていますのでぜひごらんください。


http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3034689/
しかし、一報では不安という気持ちはあるかもしれません。こちらはまだ紹介してないのですが、複数のHPVワクチンの臨床試験の結果をまとめたものです。メタ・アナリシスという手法で、複数の論文の結果をまとめて解析するものです。英語ですし、かなり難しいかも知れませんが、このようなデータはあります。


HPVワクチンは、現在の日本の接種対象では10代の女子ということになっていますが(本当は対象年齢に上限はないのですが)、臨床試験ではたいがい25歳くらいまでの人が対象になっていて、「妊娠による脱落(3回接種できないまま終わる)」が相当数ありました(上で紹介したCTDという文書にもこのことが書かれています)。


もともと、「動物の不妊(避妊)ワクチンに使われるアジュバントが入っているから」ということから「不妊になる」と言われ始めました。しかし、このアジュバントというのは不妊にさせる成分ではなくて、からだが効率よく免疫反応を起こすための補助として入れるものです。おしるこの甘さを引き立たせるために塩を入れますが、塩自体は甘みと関係ない、そういう感じで不妊とは特に関係ありません。そのへんはこちらの記事を見て下さい。
http://www44.atwiki.jp/cervarix/pages/13.html


また、ワクチンと不妊というのは大昔からある陰謀論のパターンで、それがどのような結果を招いたのかを書いたエントリもあります。
http://d.hatena.ne.jp/usausa1975/20111226/p1


しかし一方、残念ながら、あさんが絶対に不妊にならないという保証はありません。ワクチンを打とうと打つまいと、不妊症は一定の割合で存在します。今後の研究により、予防や治療ができるようになることを期待するしかないです。それでももし万が一(ないことを心からお祈りしておりますが)ご自分が望むように妊娠できなかった場合に、どうかご自分が予防接種を受けたということで自責の念を持たれる事のないように、と思います。これまでに得られている客観的事実は、「子宮頸がんワクチンは妊娠率・出産率に影響しない」です。「不妊になる」という言葉はまるで呪いです。なんの根拠もなくても不安になってしまうという気持ちは分かります。ネット上は特に人を脅そうとする言葉でいっぱいです。いったん「可能性はゼロではないかも」という考えにとらわれると、なかなか抜け出せなくなる気持ちはわかります。それに自ら対抗できるようにうするには…、うさじまはもともと理屈好きな方なので、自分で勉強するしかない、とおもいます。


しかし、自分で勉強し、理解するのは大変です。独学では、正しい理解に辿りつけないかもしれない。目の前の情報が本物か、偽物か、わからなくて困惑することがよくあります。ですから、どうか、ネット検索して不安になるばかりなのでしたら、身近にいる医師や薬剤師の方に相談して下さい。現在のネット上の情報は、玉石石石石…状態ですから、本当の専門家のお話を聞かれたほうが、ずっとあさんのため
になると思います。「欝になりそうです」というお気持ちをきちんと話されれば、きっと、ちゃんと説明してくださると思います。


大変長くなってしまいました。どうか、あさんが読んでくださることを願います。もし、さらに質問がおありでしたら、twitter アカウント@usausa1975までご連絡下さい。twitterやってない場合はここのコメント欄にでも書いて下さい。


うさじまは、「あ」さんを安心させること(少なくとも、ありそうにないリスクへの不安でうつになりそうな状態から抜け出させてあげること)ができたかどうか自信がありません。


不妊になる」という説はどこにもなんの根拠もない。単にアジュバントやワクチンというものへの無理解と、女性の性に関係するワクチンへの偏見が産んだ呪いだと思います。それでも、一旦その呪いが生み出され、ネットの世界に蔓延してしまうと、なかなか消えません。なんの根拠もない不安と、たくさんの人を対象にした臨床試験の結果や市販後調査の結果という裏付けのある事実が、まるで五分五分の「両論」のようになり、人々の心を惑わし続けます。「根拠はないけど、もしそうだったら困るから用心するに越したことはない」という言葉で何となく納得されてしまうこともある脅しの怖さです。


でも、「あ」さんが本当に必要なのは、「厚労省のデータ」「国内のデータ」とは別のなにかなのではないか…という思いもあります。なんなのかは、わからないのですが…。


こんなところでなんなのですが、もしこの記事をご覧くださっている医療関係者の方がいらっしゃればお願いしたいことがあります。どうか、「ワクチンで不妊になる」という不安を抱えてきた患者さんがいたら、「アホらしい」などと笑わず、きちんと、優しく否定して上げていただきたいのです。ネット上には本当に、それはひどい情報があふれています。多くの人が不安になっても、仕方がない状況があります。


そして、ネットの情報の波に翻弄されてしまい、不安を消せない方は、検索しまくるのをやめ、信頼できるお医者さんや薬剤師さんに相談していただきたいのです。健康や命に関わる問題を、非専門家(うさじまも含みます)の、得体の知れない、根拠のない意見を元に決断することのないよう、お願いしたいのです。

女性自身の「“危険すぎる副反応”の実態」という記事について

という記事がYahoo!ニュースにアップされています。ワクチンに反対の立場をとる医師の話を聞いているものです。以下抜粋。

現在、日本で承認されている子宮頸がんワクチンは、『ガーダシル』と『サーバリックス』のふたつ。アメリカのワクチン有害事象報告制度『VAERS』によると、『ガーダシル』『サーバリックス』の両ワクチンによる副反応被害者数は全世界で2万8千661人。死亡者数は130人にのぼっている。

「しかし、これは報告された件数だけ。実際にはこの10倍以上の被害者がいると予想されています。脳機能障害による意識低下で通知表のオールAだった少女の成績がガタ落ちしたり、月経のような出血、直腸からの出血も。なかには発熱、全身倦怠感などの症状が出だり、日本で難病に指定されているSLE(全身性エリテマトーデス)にかかり、寝たきりになった症例もあります」(佐藤院長)

上記には、大きな事実誤認があります。VAERSは米国有害事象報告制度で、ワクチンとの因果関係を問わず、接種後に健康上の問題が起きた場合にいつでも、医師・被接種者などが報告するという制度で、いち早くワクチンと因果関係のある副反応を察知するためのものです。VAERSデータベースに関しては以前本ブログで取り上げたことがあります。

VAERSデータベースのトップページにある注意書きを和訳したものを再掲しておきます。

VAERS症例報告情報を解釈するために

VAERSのデータを評価する際に重要なことは、報告された事象はどれも因果関係が証明されたものではないことに留意することです。ワクチンが有害事象に関与している可能性のある、あらゆる報告(副反応の可能性)がVAERSに提出されます。VAERSはワクチン接種後のあらゆる有害事象に関するデータを収集しており、その事象が偶然ワクチン接種と同時期に起きたのか、真にワクチンによるものかは問いません。VAERSに寄せられた有害事象の報告は、ワクチンがその有害事象の原因であることの証拠書類ではありません。


<原文>
When evaluating data from VAERS, it is important to note that for any reported event, no cause-and-effect relationship has been established. Reports of all possible associations between vaccines and adverse events (possible side effects) are filed in VAERS. Therefore, VAERS collects data on any adverse event following vaccination, be it coincidental or truly caused by a vaccine. The report of an adverse event to VAERS is not documentation that a vaccine caused the event.

また、別のエントリから、CDC(米国疾病予防管理センター)のワクチン安全性Q&Aの、VAERSに関する部分を抜粋します。

Vaccine Adverse Event Reporting System(ワクチン有害事象報告システム、VAERS)は、ワクチン接種後の健康上の問題(『有害事象』と呼ばれます)の報告を受理します。VAERS報告はインターネット、郵送、FAXにより受け付けています。 VAERS報告を行うのは、医師、保護者もしくは家族、ワクチン被接種者、又は製造業者です。報告は、ワクチン接種後、いつでも提出できます。つまり、ワクチン接種の数ヶ月、数年後に起こった健康上の問題も報告できるのです。報告はすべて、FDA及びCDCの訓練を受けたスタッフによりレビューされます。VAERSにより、ワクチンがその有害事象の原因であるかもしれない(副反応の可能性)ことを示す報告のパターンを見つけることができます。ただし、ワクチンがある有害事象の原因だと断定するのには利用できません。


原文はこちら
Frequently Asked Questions about HPV Vaccine Safety

以上のように、この記事は事実誤認に基づいています。


さらに続く「その10倍の数が…」云々についてはなんの証拠もない話です。誰も取りまとめてない、誰にも報告されていない数をどうやって知ったのでしょうか?この先生は、VAERS以上の情報網で、有害事象情報をまとめたんでしょうか?


記事後半には「厚生労働省はこの『サーバリックス』の国内での副反応の重篤症状を公開している。60ページ以上に及ぶ報告書には、09年12月に国内での販売が開始されてから’12年の8月末まで、のべ1千628件の副反応報告が綴られている。」との記述が見られますが、その元資料はこれだと思われます。

「のべ1628件」は、「製造販売業者からの報告」672例と「医療機関からの報告」956例の合計数なのですが、この表の下部には以下の様な注意書きがあります。

※ 製造販売業者からの副反応報告は、薬事法第77 条の4 の2 に基づき「重篤」と判断された症例について報告されたものである。なお、製造販売業者からの報告には、医療機関から報告された症例と重複している症例が含まれている可能性がある。また、その後の調査等によって、報告対象でないことが確認され、報告が取り下げられた症例が含まれる可能性がある。

また、次のページの医療機関からの報告のまとめの下には以下のような注意書きがあります。

今回の接種事業では、接種との因果関係の有無に関わらず、「接種後の死亡、臨床症状の重篤なもの、後遺症を残す可能性のあるもの」に該当すると判断されるものを報告対象としている。

つまり、医療機関と製造販売業者が重複して報告している数を足している上、ワクチン接種と因果関係がないと考えられるものも含まれいてるのが「1628」例、なのです。ちなみに厚生労働省の表ではこの合計数は記載されていません。重複があるため、合計しても意味がない数字だからです。上記の資料から、報告全体の表と医療機関によってワクチンとの因果関係ありと評価された報告数の表を引用しておきます。ただし、この報告は医療機関からのものに限られているためVAERSほど網羅していないと思われます。

報告全体



残念ながら、副反応のないワクチンはありません。接種するかどうかの判断に、副反応の起こる頻度は重要な情報となります。このような誤まった情報を、たとえ女性週刊誌と言えども大勢の人が読む雑誌に掲載する無責任さに呆れるばかりです。


子宮頸がんワクチンの接種の可否の判断について、こちらのまとめが参考になると思います。


また、子宮頸がんそのものについて、がん情報サービスのページです。年間どのくらいの人が罹患するのかや治療法など、いろいろな情報が掲載されています。科学的事実や統計に基づいてまとめられており、信頼出来る情報です。

「子宮頸がんワクチンで不妊」はやっぱりデマ

こちらの記事で、「子宮頸がんワクチン(HPVワクチン)で不妊になることを示すデータはない、逆に妊娠に影響しないというデータがある」と紹介したのですが、「製薬会社の出したデータなんかじゃ無意味だ」というコメントをいただきました。確かに、製薬会社が資金提供している論文にはバイアスがかかっているのではないかという疑問はあると思います。実際、医師や研究者の間でも、「論文のお金の出どころには注意が必要」という視点はあるようです。しかし、今回の場合、承認申請のためのデータであること(後からデータが辿れるよう厳密に管理されます)、二重盲検(接種する医師も接種される患者もワクチンかプラセボかわからない)試験であること、非常に多くの医療関係者&被験者が関与するため全員の口を塞ぐのは難しいこと、またなにより重大な副作用を隠して承認を取得しても、市販後に副作用がモニターされているため必ず明らかになると考えられ、それにより治験での不正が発覚して製薬企業として致命的な事態に発展するリスクが高いことなどから、この「不妊」のデータを製薬会社が隠蔽することは考えにくいと思います。


しかし、一応、製薬企業の関与しないデータもありますよということで、ワクチン市販後に発表された子宮頸がんワクチンと妊娠についての論文をいくつか紹介しておきます。

こちらは米国のワクチン有害事象報告システム(VAERS)のデータベースを解析した論文です。4価ワクチンなので、ガーダシルについての話になります。VAERSは、こちらのエントリでも紹介したとおり、ワクチン接種後の問題(有害事象)について、ワクチン接種との因果関係の有無に関わらず、また接種後何年経過していても、医師・製造業者・被接種者やその家族の誰でも報告できるデータベースで、FDAとCDCが出資しているものです。因果関係問わずあらゆる報告を収集した上で、統計的な解析を行って、そのワクチンの副反応(ワクチン接種と因果関係がある副作用)の存在のシグナルを見つけ出すものです。この論文では、2006年6月1日〜2008年12月31日にVEARSに寄せられた有害事象レポートを解析しています。ガーダシルで特異的に多かった有害事象として、失神(100,000回接種分出荷あたり8.2例)とVTE(静脈血栓塞栓症、100,000回接種分出荷あたり0.2例)を挙げています*1


この論文では、「重篤な有害事象」を、FDAの定義に基づき、「生命を脅かすもの、死に至るもの、永続的な障害が残るもの、先天異常をきたすもの、治療のための入院または入院期間の延長が必要であるもの、これらの転帰を防止するために医学的または外科的介入が必要となるもの」としています。もしワクチン接種後に永久不妊になった場合には「永続的な障害が残るもの」に当たると考えられますが、報告された重篤な有害事象に「不妊」は含まれていませんでした。詳しく知りたい場合は、リンク先のp.753 table 2にまとめられています。VAERSは自発的に報告されたものに限られるという欠点はありますが、もしガーダシルが確実に不妊を招くようなものだとしたら、それなりに多くの報告が寄せられているはずです。


この論文には、妊娠関係の報告をまとめた項目もあります。妊娠直前または妊娠中にガーダシルの接種を受けたVAERSレポートは236例、うち重篤に分類されたのが12例。143例が自然流産の報告でした。報告のうち、97%(228例)がMerck Pregnancy Registryを通じた製造業者からの報告だったそうです(p.755。繰り返しますが、これはワクチン接種との因果関係は考慮せず報告されたものです)。VAERSの制度では、自発的に報告されたものだけが登録されるので、すべての事例をキャッチすることは不可能です。さらに、正常な妊娠出産の数との比較はVAERSのデータだけでは不明です。そこで、製薬会社はワクチンと妊娠についての調査を行う体制を作っています。それが、ここに出てくるMerck Pregnancy Registryで、前のエントリでも紹介しています。ガーダシルの製造販売元Merckが、米国・カナダ・フランスで設置した妊娠登録制度です(接種後1ヶ月以内に妊娠した人及び妊娠中に接種してしまった人について、お医者さんが自分の患者さんを登録する仕組み)。妊娠に関する有害事象報告の97%はこの制度を通じたものとのことです。この登録制度によるデータのまとめ論文は前のエントリで紹介していて、ワクチンの影響は特になし、でした。


この論文のFunding(資金提供)の欄を載せておきます。

資金提供/支援 本研究は米国疾病予防センター(CDC)及び米国医薬品局(FDA)により実施された。資金はCDCとFDAの予算のみによる。本研究には外部出資者は存在しない。


原文
Funding/Support: The study was implemented by the Centers for Disease Control and Prevention (CDC) and Food and Drug Administration (FDA). The only funds used were from CDC and FDA budgets. This study had no external sponsors.

こちらは、2価ワクチンのサーバリックス臨床試験の論文です。コスタリカのGuanacasteという地方で、米国立がん研究所(National Cancer Institute)により2000年から行われた二重盲検無作為化対照試験について書かれています。イントロダクションによれば、この地は伝統的に子宮頸がんの発症率が高く、NIHが20年間に渡るHPVの疫学調査を行なってきたという背景があるそうです。試験の内容を以下にまとめます。本人が希望し、かつ参加資格に合致した18〜25歳の女性をランダムにサーバリックス接種群とA型肝炎ワクチン接種群(対照群)に割付けた後、0、1、6ヶ月にそれぞれのワクチンを接種します。接種前には毎回妊娠テストをし、陽性の場合は接種を延期します。臨床試験参加者は7,466人(サーバリックスA型肝炎ワクチンの詳細な割付人数が書かれていませんが、1:1とありますので約3730人ずつとなります)。そのうち、2回目以降の接種時の妊娠テストで陽性となった人は合わせて465人となっています(どちらのワクチン接種群かは記載なし)。この論文は試験開始時のデータをまとめたものであり、接種後、最低4年間は追跡調査を行うとしています。で、この臨床試験で2007年までに得られたデータを用い、妊娠・出産への影響を調べたの次の論文になります。

こちらは、British Medical Journalという、国際的に権威のある代表的な医学雑誌に掲載されたものです。研究の目的は、サーバリックスの接種が流産のリスクに影響するかどうかを調べる、というもの。先ほどのコスタリカにおける試験(CVT)と、サーバリックスの製造販売業者であるGSKが行った臨床試験(PATRICIA)の結果を合わせて解析しています。


この記事の検証ターゲットは「不妊」ですので、妊娠のデータを見てみます。さらに、コスタリカの試験の方(CVT)のみに注目します。表2に「全妊娠数」が記載されており、CVTではHPVワクチン接種群が736人、A型肝炎ワクチンが737人となっています(ちなみに流産の割合はそれぞれ12.8%、11.8%で差はありません)。1つ目の文献に比べ人数が増えているのは、3回の接種終了後に妊娠した人も含まれるためです*2。1つ目の論文から、HPVワクチン、A型肝炎ワクチンに1:1で割付けられていますので、各ワクチン接種群で妊娠した割合にも差がないことが分かります。


">Risk of miscarriage with bivalent vaccine against human papillomavirus (HPV) types 16 and 18: pooled analysis of two randomised controlled trials Sholom Wacholderら, BMJ, 2010 Mar 2;340:c712 より抜粋。日本語はうさじまが追記。

また、Webに掲載されたこの論文の追加データでは、1回めの接種から受胎までの推定日数と妊娠率のグラフが掲載されていました。ご覧のように、サーバリックスと型肝炎ワクチンとで、違いはありません。


Risk of miscarriage with bivalent vaccine against human papillomavirus (HPV) types 16 and 18: pooled analysis of two randomised controlled trials Sholom Wacholderら, BMJ, 2010 Mar 2;340:c712, Data suppliment 5より抜粋。日本語はうさじまが追記。


CVT及び本文献の資金提供についての部分を抜粋しておきます。

資金提供:臨床試験CVT」は米国立がん研究所(NCI)が治験依頼者及び資金提供者であり、米国立衛生研究所(NIH)の Office of Research on Women’s Healthの支援を受け、コスタリカ保健省の同意を得て実施された。(略)

<原文>
Funding: The CVT trial is sponsored and funded by the National Cancer Institute (N01-CP-11005) with support from the NIH Office for Research on Women’s Health and conducted in agreement with the Ministry of Health of Costa Rica

この他、GSK Biologicals(GSKのワクチン研究部門)がCVTの研究デザイン、データ収集、解析、解釈、及び本論文の執筆に関与していないこと、本論文の出版の決定に関与していないことが記載されています。CVTに関してGSKが関与したのは、いくつかのコメントと助言をしたことと、NCIとの合意に基づき臨床試験に用いるワクチンを提供したこと、また法的規制関係の支援を行ったことです。論文の著者らには企業との金銭的関係はありません(p.7)。


この論文が書かれた背景は、GSKの行った臨床試験PATRICIAの中間報告において、サーバリックス接種群と対照ワクチン接種群において流産率に差があったため*3。、CVTのデータ安全性モニタリング委員会が2つの臨床試験のデータを解析するよう命じた、というものです。論文の結論部分を要約しておきます。

  • HPVワクチン接種を受けた女性において、対照ワクチンであるA型肝炎ワクチン接種を受けた女性と比較して、流産率の有意な増加は見られなかった。
  • 総新規妊娠数及び生児出生に至った新規妊娠数について、いずれもHPVワクチン群での減少は見られなかった。よって、HPVワクチンが未検出の妊娠損失*4に影響した証拠は得られなかった。
  • サブグループ解析で、統計的に有意ではないものの、直近の接種から3ヶ月以内に妊娠した場合の推定流産率の上昇が見られた。接種後3ヶ月以降では、流産率に対する影響は見られなかった。

最後の一つは、偶然である可能性も高いものの、接種後3ヶ月以内の妊娠で流産率が上昇する可能性が否定しきれなかったということで、今後同様の解析をもっと行う必要があるだろうとしています*5


以上のように、特に製薬企業と関連のない論文においても、子宮頸がんワクチン接種と不妊の間には影響がないという結果が出ています。やはり、「子宮頸がんワクチンにより不妊になる」というのはデマです。


「でも、FDAもCDCも米国立がん研究所コスタリカ政府も全員製薬会社とグルなんだ、信用できない」と考える人もいるかも知れません。そういう人を説得することはうさじまには不可能だと思います。これらの組織はどれもかなり大きなものですし、全員がグルで悪事を行い続け、その秘密を守り通すのが可能かどうかとか、そこまで広範囲に買収してどれだけ薬を売れば元がとれるのかとか、想像してみてくださいとしか言いようがありません。


また、今回示した資料でも、完璧な証明にはならない、気に入らないという人がきっといらっしゃるでしょう。けど、逆に、ワクチンで不妊になる!と言っている人が「実際何%の人が不妊になりました」とか、せめて「マウスで不妊になるというデータがあります」といっているのを見たことがあるでしょうか。どこにも根拠がない話は信じるのに、根拠が提示されている話には、「その根拠じゃ気に入らない」と、信じないというのは、おかしな話だと思います*6

*1:この数値は因果関係の有無を問わないものなので、ワクチンが原因ではないものも含まれています。また出荷量あたりなのは分母として出荷数量が用いられているためです。

*2:こちらでは、人工妊娠中絶をした人を0.5人として数えています

*3:少なくともこの試験では有害事象の隠蔽はしていないようですね。

*4:妊娠に気づく前に流産してしまうなど

*5:これは、もしあったとしても、偶然かどうか判断が難しいような稀な事象だということです。非常に多くの人に接種する場合には社会全体としては問題となるため、調べる必要があります。

*6:もちろん、提示された根拠の不備を客観的に評価し、どの程度信用に足るか考えるというのは大切なことだと思います。しかし、「自分の信じたい話は信じ、信じたくない話は信じない」では意味ありません。

「予防接種を受けた人を中心にインフルエンザが大流行」は事実無根

ここ数日、ネット上を駆け巡った情報に「予防接種を受けた人を中心にインフルエンザが大流行」というものがあります。どこが出処なのか正確にはわかりませんが、同じような文章が出回っていますので、検索で一番上にきたサイトのテキストを紹介します。ただし、リンクはさせないので、確認されたい方はURLコピペして、頭にhを足して下さい。

  • 米 予防接種を受けた人を中心にインフルエンザが大流行  世界の裏側ニュース(ttp://ameblo.jp/wake-up-japan/entry-11452145095.html)

なお、このニュースの参照先はまたしてもNatural News(2013年1月11日付"Flu epidemic strikes millions of Americans already vaccinated against the flu")のようです。


今回は、記事の前半の以下の部分についてのみ検証します。

しかし、ワクチン業界としては知られたくない外聞の悪い秘密がある。それは、現在インフルエンザにかかっている人のほとんどがインフルエンザの予防接種を受けた人である、という事実である。


CDCはこの件に関する統計を一切、公開することを拒否している。もちろんそうすればインフルエンザ予防接種に関することが完全なでっちあげであることが暴露されてしまうからである。私は友人や専門家らの広範なネットワークに電話をかけまくっているが、皆が口を揃えて同じことを言っている。そのネットワークの知人で病気になっている人の内、3分の2が定期的にインフルエンザの予防接種を受けているのだ!


この点について、あなた自身の友人や家族、または同僚について確認してみるといい。病気になった人に、インフルエンザの予防接種を受けたかどうか、聞いてみるのだ。その結果は私が受けた結果と同じだろうか。3分の2だ。


もしこれがもっと大規模なデータセットにおいて当てはまったとした場合、つまりインフルエンザの予防接種を受けると、実際にはインフルエンザに感染しやすくなるということになる。なぜならアメリカの人口のうち、インフルエンザの予防接種を受けている人は、3分の2よりもずっと少ないからである。だから、今年インフルエンザにかかっている人の3分の2の人たちが予防接種を受けたのと同じ人であったとしたら、数学的に考えると、予防接種はインフルエンザに対する脆弱性を高めるということに他ならない。


こう考えると、予防接種を受けている人達は無責任な行動を取っていると言える。なぜならインフルエンザを他人に広めるリスクを高くしているからだ。ビタミンDのような栄養物で自らの健康を管理せずに、怠慢で、公衆の健康と安全に対する非常に現実的なリスクを高めるインフルエンザの予防接種を求めているからである。


結論から言うと、この部分はデタラメです。CDCのサイトに以下のような資料があります。

これはCDCの週報のようで、2013年1月18日付ですが、1月11日にMMWRのWebsiteに「early release」版として掲載されたとあります。内容は2012年12月3日〜2013年1月3日の間に急性呼吸器感染症で受診した1155例について、インフルエンザウイルス感染の有無をRT-PCR法により確認し、陽性・陰性それぞれのグループにおけるインフルエンザワクチン接種の有無を調べたものです。その結果、インフルエンザ陽性群ではワクチン接種者の割合は32%、インフルエンザ陰性群ではワクチン接種者の割合は56%だったそうです(Table2)。


Early Estimates of Seasonal Influenza Vaccine Effectivenessより。日本語はうさじまが追記。

この結果より、ワクチンの有効率*1は62%で「moderate」である、と結論づけています。また、この結果は速報ですので調査人数は少ないのですが、無作為化対照臨床試験の結果のメタ解析(複数の調査の結果を統合して解析する方法)の結果とほぼ一致しており、最終的な調査結果も大きく変わらないだろうとしています。


というわけで、「病気になっている人の内、3分の2が定期的にインフルエンザの予防接種を受けている」とか、「CDCはこの件に関する統計を一切、公開することを拒否している」とか「予防接種を受けた人を中心にインフルエンザが大流行」というのが、無根拠な話であることがわかります*2。なお、この話を元に、特定の食品等を勧めているサイトがありますが、虚偽の情報によりワクチンの有効性に疑問を持たせ、健康食品等を勧めるのは悪質な手法であると思います。

*1:ワクチンの有効率については第46回インフルエンザワクチンは効くのか?〜有効率の意味を知ろう, 鷲崎誠 参照

*2:Natural News掲載時にはまだこのレポートはWeb 上にも掲載されていなかった可能性がありますので、「デマ」というより「誤報」または「誤解」と言うべきかもしれません。

「20世紀でもっとも多くの命を救った科学者」モーリス・ヒルマン博士の怪動画(1)エイズはワクチンから広まった?

昨年末のこのエントリでちょっと触れた、モーリス・ヒルマン博士。うさじまも、実はこの方を存じなかったのですが、調べてみると、なかなかすごい方で、なのに知名度は高くなくて、「モーリス・ヒルマン」で検索すると以下に紹介する動画関連の記事ばかり上位に来るので、どうなんだと思い、紹介&動画の内容を検証をすることにしました。

 

モーリス・ヒルマン博士とは

モーリス・ヒルマン(Maurice Hilleman)博士は、Wikipediaによれば、1919年生まれ、2005年没の、アメリカ人微生物学者です。2005年の「ニューヨーク・タイムズ」や「エコノミスト」、「インディペンデント」等の新聞に、博士の追悼記事が掲載されています。

これらの記事とwikipediaの記述を元に、ヒルマン博士の経歴と功績を簡単に紹介します。ヒルマン博士はモンタナ州に生まれ、彼を産んだ2日後に母親が亡くなったため親戚の農園で育ち、貧しくて苦労したようですが、家族の支援や奨学金によってモンタナ州立大学を主席で卒業した後、シカゴ大学で1941年に微生物学の博士号を取得。E.R. Squbb&Sonsに就職して日本脳炎ワクチンを開発、その後Walter Reed Army Medical Centerでインフルエンザウイルスの変異に関する研究を行いました。また、インフルエンザワクチンを開発し、1957年の米国でのインフルエンザ・パンデミックの防止に貢献しました。その後、メルク社において、1984年までの30年間近く、さまざまなワクチン開発に携わりました。ヒルマン博士が開発したワクチンは前述の日本脳炎、インフルエンザの他、おたふくかぜ、水痘(水ぼうそう)、風疹、A型肝炎B型肝炎髄膜炎等のワクチン、世界初の混合生ワクチンであるMMR(三種混合)ワクチン等、40種以上に及びます。現在米国で定期接種されている14種類のワクチンのうち、8種類がヒルマン博士によって開発されたものです*1。これらの功績により、1988年、レーガン大統領は、ヒルマン博士に米国の科学者としてもっとも栄誉ある賞、「National Medal of Science」を授与しました。このようにヒルマン博士は、20世紀の予防医学の発達に多大な貢献をされた方で、「20世紀で最も多くの人命を救った科学者」とも言われています。また、初期のポリオウイルスにSV40と呼ばれるサル由来のウイルスが混入していたことの発見にも貢献しました。この件に関してはあとで詳しく述べますが、まだPCRというウイルスの核酸を増幅して簡単に発見する技術が確立する前のことで、ウイルスを検出するのも容易ではありませんでした。ヒルマン博士は、研究のリーダーシップを取る能力とともに、実験も上手な人で、かつての同僚は「モーリスは、他の誰も持ち得ない(ワクチンの)大量生産の緑の親指を持っていた」と賞賛しています。

 

「モーリス・ヒルマン博士の告白」という怪動画

さて、このヒルマン博士の「告白」と称する謎の動画が、ネット上に存在し、「やっぱりワクチンって怪しいんだぁ〜」と不安を煽るのに利用されています。


この動画、いつどういう目的で博士にインタビューしたものなのか、なにかの番組なのか等、一切説明がありません。投稿者は「Thinker Movie」となっています。Thinkerというのはいろいろな陰謀論を流布しているサイトで、リンク切れしていますがたぶんこのブログ記事の中に埋め込まれている動画がこれなのだと思います。


また、さらに元をたどると、よくThinkerがネタ元にしている米国のNatural Newsというサイトの「Merck vaccine scientist Dr. Maurice Hilleman admitted presence of SV40, AIDS and cancer viruses in vaccines」という記事に、元の動画とその英文書き起こしの記事が見つかりました(日本語版は英語版を短く編集したもので、英語版にある台詞のループも除かれてています)。こちらの解説文には「(ヒルマン博士が)米国人に接種されたワクチンが白血病及びガンウイルスに汚染されていたことを公に認めた」「これは陰謀論ではない-これはメルクの主席研究員の言葉であり、彼はおそらくこの録音がインターネット上で広く検証されることを想定していなかっただろう(インターネットは、この録音を行った時には存在すらしていなかった)。」(うさじま訳)とありますが、どのようなシチュエーションで収録されたものなのかの説明はありません。Len Horowitz博士という人が、この録音を「発見した」そうです*2。動画の内容は、「医療歴史家 エドワード・ショーター博士」が「ヒルマン博士」にインタビューしている、というもので、もともとは音声のみのファイルであったものに、イメージ映像を乗せているようです。途中、複数の人の笑い声等が入っていて、二人で話しているのではないような雰囲気でもあります。本物のヒルマン博士やエドワード・ショーター博士の声がわからないこと、どういう録音物なのかまったく説明がないことなどで、これが「本物」なのかどうかよくわかりません。この動画の真贋はおいておいて、内容について検証したいと思います。この動画で「ヒルマン博士」が「告白した」内容は、まとめると以下のようになります。

  1. ウイルス製造用の細胞に野生のウイルスが混入していたため、アフリカミドリザルを輸入したところ、気づかないうちにエイズウイルスを持ち込んでしまった。
  2. ポリオワクチンに発がんウイルスSV40が混入していたことに気づいていたが、秘密にされ、今も人体実験が続けられている。

以下、検証のために引用する文章は、Thinkerの動画の日本語字幕を書き出したものです。発言者名は、英語の書き起こしを参考にうさじまが追加しています。

 

エイズウイルスはヒルマン博士によりアフリカから持ち込まれた?

動画は、ヒルマン博士の経歴を「地元の大手デパートチェーンに就職する予定でしたが/実際の彼は製薬業界に入りアメリカにおけるワクチンの研究開発分野で最も優れた技術者として功績を築き上げました。」と紹介した後、「医療歴史家 エドワード・ショーター博士」とされるインタビュワーの最初の質問から始まります。

ショーター博士「あなたはどうやってポリオワクチン中のSV40ウイルスを発見したのですか」

後述しますが、ポリオワクチンにSV40が混入していたというのは1960年ごろにあった実際のできごとです。この件についての質問だろうと思われます。この質問に対し、「ヒルマン博士」の回答は次のようなものです。

ヒルマン博士「そうだね/その件に関してはメルク社の内部事情が関係している/私はメルク社に就職して/ワクチンの開発技術者になった/その当時、いろんな野生のウイルスが氾濫していたものさ/たとえば野生のサルの腎臓中のウイルスなどだね/だから半年間、研究した後にあきらめてこう言ったのさ/『この忌々しいサル達からワクチンなんて作れたものじゃない!/もう何もできることはない 開発は中止だ/もちろん、努力はしてみるがね』とね」

ヒルマン博士」は、ワシントンDCの動物園のビル・マン氏を訪ね、

「実験用のサル達に手を焼いているんだ/サル達は輸送中に空港で保管されたり/積込みと積み下ろしを繰り返すうちに/シラミだらけになってしまうんだ」

と質問したそうです(ワクチン製造の話なのに、「実験用のサル」という言葉に違和感を感じましたが、英語の書き起こしでは「実験用」という言葉はありませんでした)。マン氏のアドバイスは、以下のようなものでした。

「そんなこと簡単さ/西アフリカからサルを持ち込めばいい/アフリカの野生ザルをマドリード経由で空輸するのさ/マドリード空港なら他の動物達と交わる心配もない/そこからフィラデルフィアに輸送して国内に持ち込めばいい/他にもニューヨークから持ち込むという手もあるね」

ところがここで、話は急展開します。

ヒルマン博士「とまあ、こういう感じでアフリカの野生ザルをアメリカに持ち込んだわけだが/当時、我々にはエイズウイルスを持ち込んでいたという自覚がなかった」
(複数の人の笑い声)
「あなたがエイズウイルスを持ち込んだ張本人だったのですね」
「これは、本当の話なんだ」
「だからメルク社はエイズワクチンを開発しないのですね」
(女性の爆笑)
ヒルマン博士「まあ、そういうわけで/彼というか、、、我々が野生のサルを持ち込んだのさ/新しいサルが手に入り問題は解決した/彼らは野生のウイルスを持っていなかったからね/しかし、、、」
ショーター博士「ちょっと待って下さい/野生ザルはアフリカから来たのに危険なウイルスを持っていなかったのですか」
ヒルマン博士「実際にこれらのサルは他のサルにみられた40種の様々なウイルス群には感染していなかった」
ショーター博士「その一方で、彼らはジャングルから例のウイルスを持ち込んでしまった」
ヒルマン博士「そのとおり/しかし当初、感染は比較的広まっていなかった/その後、サル達を狭い檻に閉じ込めたために感染が広まったんだ」

SV40の話のはずなのに、なぜか突然「エイズウイルス」が出てきました(この部分、「エイズウイルスを持ち込んだ」と言う話題で爆笑している声が入っており、うさじまは非常に不愉快になりました)。この唐突な「告白」の後、話はSV40に戻っているのですが、とりあえずここまでの内容を検証してみたいと思います。なお、字幕では「アフリカの野生ザル」と訳されていますが、英語では「african green」つまり「アフリカミドリザル」と言っています。これは検証において重要なキーワードとなります。


 

エイズウイルスの起源

HIV(ヒト免疫不全ウイルス)は、エイズの原因となるウイルスで、サルに感染する引き起こすSIV(サル免疫不全ウイルス。ただし、サルでは感染してもエイズの症状を引き起こさない場合もあります)がヒトに感染するよう進化したものであると考えられています(参考:wikipediaのHIVの項)。HIVが発見されたのはwikipediaによると1983年ですが、CDCのHIVに関するQ&Aのページによれば、1959年にコンゴの男性から採取された血液サンプルから、最古のHIVが検出されているそうです。


HIVがワクチン起源だという説は、1999年に出版されたエドワード・フーパーが「The river」という書籍で提唱し、広まりました*3。日本語版はないようですが、内容をまとめてくださった方(「エイズの起源をめぐる争い」こちらは気になる科学探検隊)がいらっしゃいました。エドワード・フーパーの主張では、1950年台にアフリカでSIVに感染したチンパンジーの細胞を用いて製造されたポリオワクチンによりSIVがヒトの体内に入り、ヒトに感染性のあるHIVに進化したのではないかということです。この説は、その後、エイズウイルスの感染源とされたワクチンロットの現存サンプルの解析により、チンパンジー細胞ではなくサルの細胞を用いて製造されたことが判明したこと、またSIV/HIVの混入が見られなかったことや、分子系統学的な研究*4により、アフリカでのポリオワクチン接種キャンペーンが行われる少なくとも10年以上前からHIVの分化が起こっていたと考えられること等から、現在では妥当性はほぼないとされています*5


しかしこの動画では、問題はチンパンジーではなく「アフリカミドリザル」ですから、上のHIVポリオワクチン起源説とはまた別の話のようです。実は、HIVの起源は、過去にはアフリカミドリザルだと考えられていました。しかし、前述の分子系統学的解析により、現在ではHIV-1(HIVの種類のひとつ)はチンパンジーから、HIV-2はスーティーマンガベイと呼ばれるサルからヒトに伝搬したと考えられています*6


また、細かいことですが、「ヒルマン博士」は西アフリカからアフリカミドリザルを輸入したと発言しています。しかし、西アフリカ起源とされているのはHIV-2の方で、アフリカミドリザル起源とされていたHIV-1は中央アフリカが起源と考えられています*7から、辻褄があっていません。


というわけで、「ヒルマン博士がアフリカミドリザルを持ち込んだことで、エイズが流行した」という説には無理があることがわかりました。ただし、このインタビューが1988年以前に行われたものであれば、ヒルマン博士とされる発言者が、「アフリカミドリザルによりエイズウイルスが持ち込まれた」と考えていた可能性はあります。1988年にアフリカミドリザル由来のSIVゲノム解析が行われるまで、先に述べたように、HIV-1はアフリカミドリザル由来であると考えられていたからです(HIV-1が中央アフリカ起源であるという知見がこの頃あったかどうかはわかりません)*8。しかし、1988年以前と言えば、ヒルマン博士はメルク社の研究員であったか、退職して間もないころです。いくら「インターネットがなかった」からと言って、聞かれてもいないのに、録音されていると知ってて、このようなことを軽々しく発言するものでしょうか?疑問に思います。


どちらにせよ、「エイズウイルスがアフリカミドリザルからメルク社のワクチンを経由して広まった」というのは、最近の知見からは、ほぼ完全に否定されるシナリオであることは確かです。というか、(この動画を除いては)今までに「そうかもしれない」という疑惑すら浮上していない説です。
  
 

メルク社がエイズワクチンを開発しないわけ

動画では、ヒルマン博士によってエイズウイルスが持ち込まれたから、メルクはワクチンを開発しないのですね、と笑っています。これは冗談のつもりなのかもしれません。しかし、エイズワクチンがこれまで実用化されていないのは、HIVの性質のためなのです。HIVRNAをゲノムとして持ち逆転写(RNAを鋳型としてDNAを合成する)を行うレトロウイルスの仲間です。この逆転写では、通常のDNAからDNAを複製する反応よりずっとエラー(変異)が起きやすく、DNAをゲノムとして持つ通常の生物の100万倍の速度で進化するそうです。そのために多様性が非常に高くワクチンの開発も難しいのです*9。ちなみに、メルクは一日一回投与の「アイセントレス」を始めとして、複数の抗HIV薬を発売しています。また、こちらの臨床試験情報検索サイトで検索すると、現在もHIVワクチンの開発中であることがわかります(例えばこちら*10


この動画、実は2007年にも同じ物がYoutubeに投稿されていたようです(英語版)。当時書かれた「WIRED」の検証記事(「Did Merck Bring AIDS to America? No.」)が出てきました。動画のリンクは切れていますが、文章の内容からこの動画に間違いないと思います。WIREDの見解では、笑い声を上げているのはメルク社の他の研究員で、この会話はブラックジョーク(Sick joke)だと言っています。2007年当時、この動画は米国内で「Science Watch Dog(科学の見張り番)」のメーリングリストによって出回っていたそうです。なんにしても、いつなんのために語られた話なのか不明で、勝手に「イメージ映像」を乗せされたこの動画は、「怪動画」としか言いようがありません。


次回、ポリオワクチンとSV40の話に続きます。

*1:ヒルマン博士が開発したおたふく風邪ワクチンは、娘さんが5歳の時におたふく風邪にかかった際に採取したウイルスが元になっており、現在もそのウイルス株が使用されているそうです

*2:skeptic's wikiによれば、Len Horowitz博士=Leonard Horowitz博士は、反ワクチン論者及び種々の「自然療法」の推進者で、AIDSやエボラは米国政府により意図的に流行させられたと主張する書籍やパンフレットを多数自費出版しており、ワクチンプログラムのボイコットしているグループのリーダーに影響を与えている人物だそうです。

*3:それ以前にローリング・ストーン誌でも類似の主張した記事が掲載されましたが、訴訟沙汰になり、後日「科学的証拠がなかった」という趣旨の釈明記事を掲載したことがあるそうです

*4:HIVSIV塩基配列を調べて、いつどのように進化したかを推定する方法。やや専門的ですが、京大ウイルス研究所のこちらの資料が参考になります。「エイズウイルスの起源・進化

*5:Debunked: The Polio Vaccine and HIV Link, The College of Physicians of Philadelphia, The History of vaccines

*6:HIV types, groups, subtypes and recombinant forms: errors in replication, selection pressure and quasispecies., Eberle J, Gürtler L.,2012、一般向けにはHIV/エイズについて考えたことがありますか? セーフティジャパン, 日本エイズ学会理事長へのインタビュー

*7:エイズウイルスの起源・進化

*8:Sequence of simian immunodeficiency virus from African green monkey, a new member of the HIV/SIV group., Fukasawa Mら, Nature

*9:エイズ研究の歴史, エイズワクチン開発協会

*10:と言うか、もしメルクがエイズワクチンを開発していたとしたら、たぶん「だからメルクはエイズワクチンを開発したのですね」と言っていたでしょう。

チメロサールに関する情報まとめ

ワクチンの保存料として使用され、今なお、さまざまな噂の飛び交う物質「チメロサール」について調べたことをまとめました。

チメロサールとはなにか?

チメロサール(thimerosal)は、殺菌作用のある水銀化合物です。別名はエチル水銀チオサリチル酸ナトリウム。化学式はNaOCOC6H4SHgC2H2です。チメロサールは体内で有機水銀の「エチル水銀」と「チオサリチレート」に分解するので、有機水銀である「エチル水銀」の部分で人体への影響が心配されています。「エチル水銀」は水俣病の原因となった「メチル水銀」と名前が似ており、構造も似ているのですが、別物です。後述しますが、「メチル水銀」よりも水に溶けやすく、その分人体から排出されやすい性質を持っています。チメロサールは、微量でも強い抗菌作用があるためワクチンの保存剤(防腐剤)として約60 年以上にわたり世界各国で使用されてきました。ワクチンは1つのバイアルを数人に分割して使用することがありますので、その場合の混入微生物の殺菌又増殖抑制を主な目的として添加されています。ワクチンすべてに含まれているわけではなく、生ワクチン以外の不活化ワクチンやトキソイドに添加されています*1

なぜワクチンにチメロサール(防腐剤)を入れるの?

横浜市衛生研究所「チメロサールとワクチンについて」には以下のような記述があります。

1928年1月にオーストラリアでジフテリアの予防接種の注射薬に病原体が混入して注射を受けた多数のこどもが死亡する事件が起こっています。注射薬は、10mlの薬液がゴムでキャップされたビンに入ったものでした。このビンから多数のこどもに分けて接種されました。1月17日から24日にかけて接種した21人には悪影響はありませんでした。27日にさらに21人のこどもに接種したところこの21人の中から多数の死者が出ました。王立委員会がこの事件の調査にあたりました。ゴムでキャップされたビンから何回も薬液を採るうちに薬液がブドウ球菌で汚染し、このブドウ球菌で汚染された薬液を注射されたことにより死者が出たと考えられました。細菌の増殖を抑えるのに十分な殺菌剤を含むものでなければ、細菌が増殖可能な生物製剤は多人数用の容器に入った製品としてはいけないという勧告を王立委員会は出しました。
チメロサール( thimerosal )は、水銀を含む有機化合物(有機水銀)です。その殺菌作用は、昔から知られていて、1930年台から、種種の薬剤に保存剤として使われてきました。薬剤に病原体が混入して薬剤の使用で感染症となってしまうのを防ぐためなどの目的で使われてきたのです。上記のオーストラリアでの事件のような悲劇を防ぐためにチメロサール( thimerosal )は、1940年ころからワクチンの保存剤として使われ始めました。

チメロサールはどんなワクチンに入っているの?

国内では、三種混合ワクチン、B型肝炎ワクチン、インフルエンザワクチン等に含まれています。ただし、これらのワクチンでもメーカーや製品ごとにチメロサールの有無は異なりますので、医師や薬剤師に確認する必要があります。医薬品医療機器総合(PMDA)の添付文書検索で調べることも可能です。平成21年度第3回 薬事・食品衛生審議会 医薬品等安全対策部会 安全対策調査会 配布資料「資料2 インフルエンザワクチンに含有されるチメロサールの安全性に関する調査結果についてによると、平成21年当時、国内で承認されているワクチンのチメロサール含有量は1990年代の約十分の一で、0.004mg/ml〜0.008mg/mLだそうです。

チメロサールの毒性は?

筑波学園病院薬剤部医薬品情報室発行のくすりばこ「ワクチン中の有機水銀化合物ついて」には以下のように書かれています。

微量の「エチル水銀」の毒性についてはまだ研究途上で、“まれに過敏症を起こすことがある”以外ははっきりとわかっていないのが現状です。
水俣病の原因となった同じ有機水銀である「メチル水銀」の毒性は研究されていろいろとわかっています。「メチル水銀」は脳に移行しやすく、運動失調や感覚異常などの多様な中枢神経障害が現れます。発達中の胎児は大人より影響 を受けやすいため、摂取した母親は無症状であっても、胎児の段階から影響を受け生まれた子供に強い症状が出た例な どが知られています。血中濃度半減期は 44~80 日と推定されており、一度体内に取り込まれると長期間残存することになります。これに対して「エチル水銀」の血中濃度半減期は1週間未満とされており、「メチル水銀」より6~10 倍早く体内から排出されることになります。

毒性を考えるときに大切なのは「量の問題」です。どんな毒性物質でも、量が少なければ人体への影響も少なくなり、「これ以下なら無視できる」というレベルがあります*2横浜市衛生研究所「チメロサールとワクチンについて」によれば、エチル水銀の毒性がよく分かっていないため、人が微量のエチル水銀を摂取する場合の安全基準については、同じく有機水銀であり、化学構造も近いメチル水銀の基準を用いているそうです。先述のとおり、エチル水銀の方が体内から排出されやすいので、これは厳しめの基準であると言えるでしょう。その具体的な数値は、基準を決めた機関により異なるのですが、「水銀重量として基準値で一番低いのがアメリカ合衆国EPAで0.7マイクログラム*3/kg体重/週(0.1マイクログラム/kg体重/日)、」だそうです。一番高いのはWHOの1.6μg/kg体重/週のようです(横浜市衛生研究所「チメロサールとワクチンについて」)。


ここで、実際ワクチンを接種することによりどれほどチメロサールを摂取することになるのか計算してみましょう。1mLあたり0.008mgのチメロサールを含有するインフルエンザワクチン「ビケンHA」を例にとります。0.008mgは8μgに相当します。[2012.11.28追記・訂正 チメロサールのうち、水銀の占める重量が約50%ですので、水銀摂取量をチメロサール摂取量の半分として計算しました。]添付文書の用法および用量によれば「6ヶ月以上3歳未満のものには0.25mLを皮下に、3歳以上13歳未満のものには0.5mLを皮下におよそ2〜4週間の間隔をおいて2回注射する。13歳以上のものについては、0.5mLを皮下に、1回又はおよそ1〜4週間の間隔をおいて2回注射する。」とのことですのです。ワクチン0.25mLにはチメロサール2μg[水銀量として1μg]、0.5mLにはチメロサール4μg[水銀2μg]が含まれます。体重60kgの大人が接種間隔1週間で2回接種したとすると、0.07 0.035μg/kg体重/週となり、もっとも厳しいEPAの基準値、0.7μg/kg/週(EPAのサイトによれば、この値は「一生の間経口摂取し続けても感知できる影響を及ぼさないと考えられる推定値」だそうです)の10 5%程度の摂取量となります。また、ワクチン接種は継続的に行うものではありませんので、大人については、「接種した週に限って、基準値の最大10 5%程度の水銀摂取量が加算される」という計算になります。子供については、体重7kgの子供に2週間間隔で0.25mLずつ接種したとすると0.14 0.07μg/kg/週となり、やはりEPAの基準より低くなります*4

チメロサール自閉症になるってきいたけど…

ネット上などでもっとも心配されているチメロサールの害は「自閉症になる」というものでしょう。1990年代、Bernardらによりワクチンに含まれるチメロサール自閉症の関係が指摘されました。

この十数年*5の間に、アメリカ合衆国では、乳幼児が接種すべきワクチンの種類や本数が増え、また、より月齢が低い段階で接種を受けるように成って来ていること、またその中にはチメロサール( thimerosal ) が添加されているワクチンもあり、1999年の段階では、乳児期の内に定期の予防接種を受けることでアメリカ合衆国EPAの基準を超える水銀の暴露を受ける可能性があることを指摘しています。さらに、自閉症の症状と水銀中毒の症状の類似性を指摘し、水銀中毒の結果として自閉症になると考えました。そして、この十数年の間に、アメリカ合衆国では乳幼児に対する予防接種による水銀の暴露が増加することで自閉症となる者が増えていると考えました。また、重金属を体から排除する働きのある酵素に欠陥があるというような、遺伝的に水銀の暴露に弱く自閉症となりやすい人たちがいると考えました。
横浜市衛生研究所「チメロサールとワクチンについて」)より

これらの指摘を受けて、その後、チメロサール含有ワクチンと自閉症に関する様々な研究が行われました。それらの文献を網羅的に検討した米国IOM(Institute of Medicine)の調査をメインに、先述の薬事・食品衛生審議会(中略)配布資料「インフルエンザワクチンに含有されるチメロサールの安全性に関する調査結果について」にまとめられており、一言で言うと「チメロサール含有ワクチン接種と自閉症の関連を示すデータはない」となります。「参考資料2−3参考とした文献等の概要」に参考文献とその概要がまとめられています。例えば、2003年に発表されたHviidらの論文では、デンマークで1990年〜1996年に生まれた467,450例の子供を対象とした研究で、チメロサール含有ワクチンを接種した子供と非含有ワクチンを接種した子供での自閉症及びそのたの自閉性障害の比率を比較したところ、チメロサール含有ワクチンと自閉性障害との関連は見られなかったことが示されていますし、同じく2003年のVerstraetenらによる米国の調査では、米国の人口の約2%をカバーするVaccine Safety Databaseを用いた研究で、生後1ヶ月、3ヶ月、7ヶ月における12.5μgの水銀曝露増加による自閉症の相対危険度を調べたところ、リスクの増加は見られなかったことが示されています。一部、チメロサール自閉症の関連を支持するとする文献もありますが、わずか8例の自閉症例を元にチメロサールからの水銀曝露量と重症度が高い相関があったとするなど、信頼性の乏しいもののみであったとしています。また、国内での副作用報告を調査し、平成16年4月1日〜平成21年9月30日までに報告された副作用報告について、チメロサール含有の有無にかかわらず、自閉症発達障害と関連する副作用(副反応)報告は認められなかったそうです。


チメロサール含有ワクチンと自閉症の関係については、海外でも、先述の米国IOMをはじめ、WHO、FDA、EMEA(欧州医薬品審査庁)、豪州政府のDepartment of Health and Aging、カナダ保健省に対して予防接種に関する科学的、公衆衛生学的な観点からの助言を行うThe National Advisory Committee on Immunization (NACI)のいずれもが、否定的な見解を示しています(「インフルエンザワクチンに含有されるチメロサールの安全性に関する調査結果について厚生労働省)。また、2004年、日本小児神経学会、日本小児精神神経学会、日本小児心身医学会が連名で以下のような声明を発表しています(リンク先にはこの声明に関する解説も掲載されていますので、興味のある方はご一読ください)。

  1. 自閉症の原因が水銀中毒であるということを積極的に肯定する根拠は乏しい。
  2. 自閉症とチロメサール含有ワクチンとの間に明確な関連性は見出されていない。
  3. 自閉症に対する水銀キレート療法の有効性を支持できる根拠は乏しい。ただし、環境汚染物質や環境ホルモン発達障害との関連性については、現状では客観的なデータが不十分であり、今後、正しい方法論による研究を蓄積していくことが重要である。

日本小児神経学会ウェブサイトより


ただし、日本を含め多くの国で、予防的観点から、ワクチンのチメロサールについては除去ないし減量の方向で努力が続けられており、例えば国産のインフルエンザワクチンでは、チメロサールの含量は2000年台前半には従来の1/10以下に減量されているそうです。厚生労働省では、国民の水銀への曝露量を提言させる観点から、引き続きチメロサールの除去・低減に向けた努力を続けることが適切である、としています(「インフルエンザワクチンに含有されるチメロサールの安全性に関する調査結果について厚生労働省 より)。


WHOでは2012年6月、The Global Advisory Committee on Vaccine Safety (GACVS)において、チメロサールの安全性に関する評価を行い、その結果がウェブサイトに掲載されていました。その内容を要約すると以下の通りです。

  • チメロサール含有ワクチン接種後の短期的・長期的な血中水銀濃度及びチメロサール接種の健康への影響を調査した28の文献を包括的にレビューした。
  • チメロサールと神経発達障害の関連を示した3つの論文には、多くの方法論的欠陥があった。
  • 他の研究では、チメロサールと神経発達障害とのいかなる関連も見出すことができなかった。
  • 米国ではほとんどのワクチンがチメロサールを含まないものに変更されたにもかかわらず、自閉症の診断は増加し続けている。これは、チメロサール自閉症の原因であるという説に対する強固な反論となる。
  • ヒト乳幼児(早産児及び低出生体重児を含む)においてエチル水銀の半減期は3〜7日で、糞便中に効率良く排泄され、血液中に長期間蓄積することはなく、ワクチン接種後30日以内に血中濃度は摂取前のレベルに戻る。
  • 上記を踏まえた毒性研究により、ワクチン接種の累積によっても、血中及び脳中エチル水銀濃度は毒性量に到達することはなく、ワクチン中のチメロサールと神経毒性の関連が生物学的に信じがたいものであることが示唆された。

Global Advisory Committee on Vaccine Safety, report of meeting held 6-7 June 20122012.7.27更新 より要約

チメロサールに含まれるエチル水銀は、メチル水銀と違って体内に蓄積しないということ、はじめにチメロサール自閉症の関連が指摘され、ほとんどのワクチンからチメロサールが除去された米国で自閉症が増加し続けていることは、重要な点だと思います。


2012.12.10 以下の項は、チメロサールと関係ありませんでした。すみません。
**医学雑誌「Lancet」に掲載された自閉症MMRワクチンの関連を示す論文について
チメロサール自閉症になる」説にお墨付きを与えていたと考えられる論文があります。これは1998年に Andrew Wakefieldが有名な医学雑誌「Lancet」に掲載したもので、その後大々的に報道されたこともあり、かなりのインパクトを与えたようですが、その後、論文の内容が捏造であったことが報道されました。さらに、研究方法に倫理的な問題があったとして、最終的にこの論文はLancet編集部によって撤回されています。現時点でもし、この論文を元に「チメロサール自閉症の原因である」と主張するサイト等がありましたら、情報が古いと考えられますので信じないほうがよいでしょう。この論文をめぐる想像について「週刊医学会新聞」の連載記事及びブログ「忘却からの帰還」で詳しくまとめられています。

以上、「忘却からの帰還」

医学書院「週刊医学会新聞」

水銀と食物

チメロサールでは随分恐れられている水銀ですが、実はわたしたちは日常的に水銀(しかも蓄積性のあるメチル水銀)を摂取しています。それは、食物、主に魚からです。農林水産省の「食品の安全性に関するサーベイランス・モニタリングの結果【有害化学物質】」というページにある、「有害化学物質含有実態調査結果データ集(平成15〜22年度)」という資料のp.168−170の表108、109に魚類に含まれるメチル水銀・総水銀の量が掲載されています。メチル水銀含量の中央値を見ますと、クロマグロ(天然)で0.55mg/kg、メカジキは1.0mg/kg、キンメダイ0.58mg/kg等となっています。これらを50g食べると、それぞれ27.5μg、100μg、29μgのメチル水銀を摂取することになります。ワクチンには1回接種量あたり最大8μgのエチル水銀ですので、お寿司でも食べに行けばそれとは桁違いの量の水銀を摂取していることになります。かと言って、「魚は怖いから食べてはいけない」というのではありません。魚には水銀の摂取というデメリットを上回るメリットがあるでしょう。ただし、妊婦に関しては別で、厚生労働省では「妊婦への魚介類の摂取と水銀に関する注意事項及びQ&A」を公表して注意を呼びかけています。同ページには「厚生労働省が実施している調査によれば、平均的な日本人の水銀摂取量は健康への影響が懸念されるようなレベルではありません。特に水銀含有量の高い魚介類を偏って多量に食べることを避けて水銀摂取量を減らしつつ、魚食のメリットを活かしていくことが望まれます」との記載もあります。食物と水銀の話は、横浜市衛生研究所「チメロサールとワクチンについて」)にも詳しく書かれています。

その他 参考になる記事

今回引用した記事の他に、お医者さんがわかりやすくチメロサールについて解説してくださっている記事です。

まとめ

最後に、ワクチン関連の記事では毎回書いていますが、ワクチンの安全性について不安を感じる場合は、主治医の先生や薬剤師さんにご相談されることをおすすめします。ワクチンに関するネット上の情報は怪しいものが多すぎると思います。今回のエントリでは、公的機関の出している情報、なるべく新しい情報を確認して書きました。以下に、調べてわかったことをまとめておきます。

  • チメロサールは体内で分解してエチル水銀になる。
  • エチル水銀は有機水銀だが、水俣病の原因となったメチル水銀とは異なり、体内に蓄積しない。
  • これまでに自閉症とワクチンに含まれるチメロサールの関連を示すちゃんとしたデータはない。
  • 日本人は魚から水銀を摂取する機会が多い。その量はワクチン中のチメロサールからの摂取量よりかなり多いと考えられる。


2012.11.28訂正 どらねこ@doramao さんからご指摘頂いた水銀摂取量の計算を訂正しました。

*1:ワクチン中の有機水銀化合物ついて.くすりばこ2005年9月.筑波学園病院薬剤部医薬品情報室

*2:発がん性物質に関しては別です。

*3:マイクログラム=μg

*4:ただし、EPAの基準値はもともと一日あたり・体重1kgあたりの摂取量(0.1μg/kg/日)であり、これを1週間あたりに換算するのが妥当なのかどうかはわかりません。ただ、継続的に摂取し続けることを考えての値ですので、一日その基準を超えた日があったらただちにどうという問題ではないとは思います(WHOの基準では一週間あたりの値になっています)。

*5:1999年当時。現在では、アメリカではほとんどのワクチンからチメロサールが除去されています。