風疹とワクチンにまつわる流言(1) 風疹はなぜ流行しているの?放射能のせい?

風疹が猛威を振るっています。風しん自体の症状もつらいものですが、妊娠している人が感染した場合に胎児にもウイルスが移行し、CRS(先天性風しん症候群)を発症することから、メディアでも連日ワクチン接種が呼びかけられていますが、こんな噂があるのを目にしました。


風疹の流行は首都圏が中心で、大阪・愛知・鹿児島など全国に広がっています。放射性物質が関係しているようには見えません。


風疹発生動向調査2013年第13週 国立感染症研究所

検索してみると風疹の流行を放射能と結びつけて考えている人たちはそんなに少なくないようです。「放射性物質の飛散量と流行地に関連性が見いだせない」→「放射線被曝と無関係」と考えるのが一般的だと思うのですが、「全国的な流行→放射能は全国に広がっているのだ!」と本末転倒している人もいます。今回、この噂を検証、というよりなぜこのような風疹流行が起こっているのかをまとめてみました。


実は、この風疹の流行は日本の風しんワクチンの歴史と深く関わりがあることが分かりました。

風疹は一度罹ると二度目の感染はごく稀です。また、予防接種を受けることにより90%以上の感染を防ぐことができるといわれています。現在は乳児期から学童期にかけて「麻疹・風疹ワクチン」を定期接種することとなっています。
 ところが、この風疹ワクチンをほぼ受けていない世代が存在するのをご存じでしょうか? 風疹の集団予防接種は、1977年から女子中学生を対象に始まりましたが、その後、現在の幼児期における定期予防接種という形になりました。この制度変更の間に、風疹ワクチン接種をあまり受けていない世代が発生しました。1979年4月2日〜1987年10月1日の間に生まれた人は、集団接種による風疹ワクチン接種を受けておらず、個別での接種もあまり浸透しなかったようです。さらに、1977年〜1989年の間に中学校に通っていた男性も、集団接種の対象から外れていました。これらのことから総合して考えると、今現在20代〜40代後半くらいの人の多くは、風疹の予防接種を受けていない、ということになります


知っておきたい!「風疹の流行」について  QLife 2012/08/03 強調はうさじま

1979年4月2日〜1987年10月1日生まれというと、今現在25歳〜34歳ですね。この経緯の詳細を、「風疹の現状と今後の風疹対策について (感染症情報センター)」をの記述を元にまとめてみます。

  • 1977年 女子中学生に対する風疹ワクチン定期接種開始
  • 1989年 生後12-72ヶ月児への麻疹ワクチン定期接種時にに麻しん・おたふくかぜ・風しん混合(measles mumps rubella, MMR)ワクチンを選択してもよいことに
  • 1993年 MMRワクチン おたふくかぜワクチン株による無菌性髄膜炎の多発により中止
  • 1994年 予防接種法改正 生後12−90ヶ月未満の男女に風疹ワクチン定期接種開始
    • 以前に風疹ワクチンあるいはMMRワクチンを受けたことがない者に対する経過措置(集団接種から個別接種へ)
      • (1)1995年度に小学校1〜2年生でかつ生後90カ月未満の者
      • (2)1996〜1999年度に小学校1年生
      • (3)2003年9月30日までの間は、 1979年4月2日〜1987年10月1日に生まれた12歳以上16歳未満の男女(標準中学生)→浸透せず
  • 2001年 予防接種法一部改正 2003年9月30日までの暫定措置として1979年4月2日〜1987年10月1日生の男女全員が経過措置の対象→よく知られず

ややこしいですねー。図での説明もありました。


風疹の現状と今後の風疹対策について 図7

また、ゼクシィの風疹予防接種の記事に、生まれ年による風疹ワクチン予防接種歴のまとめがあります。「自分はどうなの?」というのが知りたい方には非常にわかりやすいですのでおすすめです。


で、このような予防接種制度の変遷の結果、日本人の風疹ワクチン接種状況がどうなったかというと…(3年前のデータです)



感染症流行予測調査 風疹予防接種状況(2010)

日本人の風疹抗体保有状況がどうなったかと言うと…(こちらも3年前のデータです)


感染症流行予測調査 風疹抗体保有状況(2010) 国立感染症研究所

このグラフの見方ですが、例えば「≧1:8」は風疹検査の結果(HI抗体価)が8倍以上の人の割合です。この中にはそれより抗体価が高い人(16倍〜1024倍の人)も含まれています。風疹の抗体検査では、16倍以下で「抗体が不十分」とされるようです(妊娠中の検査丸わかりシリーズ第8回「風疹検査」の巻、プレママタウン)。つまり、このグラフで言うと赤い線が「風疹抗体を持っている」とされる人の割合、青い線が十分な抗体を持っている人の割合を示すことになります(20歳を堺に年齢階級の幅が違うのと13歳以下では現在行われている2回めの接種を受けていないことに注意が必要です)。ご覧のように、男性の抗体保有率が全体に低いこと、2010年当時30歳以上の男性で特に抗体保有率が低いことがわかります。


そして、今年の風疹の流行がどうなっているかというと…(これは当然今年のデータ)



風疹発生動向調査2013年第13週 国立感染症研究所

みごとに、予防接種を受けていない人(特に男性)を中心に風疹が流行していると言えます。男女共に風疹ワクチンの定期接種が始まった1994年以降生まれ(2013年現在18〜19歳)あたりから、目に見えて感染者が減っています。これらのことから、現在の風しんの流行は、日本のワクチン行政の責任といえるでしょう。放射能の出る幕は特にありません。


実は、2000年台にも風疹の流行はあり、この時厚生労働科学研究費補助金新興・再興感染症研究事業分担研究班が緊急提言を出していました。この提言を紹介したブログ「感染症診療の原則」から引用します。

2004年に出た緊急提言を読んでみましょう。2004年から私たちが取り組むべき指針が書かれています。

「現在あるCRS出生の危険性を速やかに押さえ、風疹の流行規模を縮小するためには、妊婦への感染波及を抑制し、定期接種対象者について早い年齢で接種率を上げ、そして蓄積された感受性者に免疫を賦与することが重要である。
このため、風疹の流行が認められる地域に限らず、流行が発生していない地域を含めた全国を対象として、以下提言を行うものであるが、そのうち

  1. 妊婦の夫、子供及びその他の同居家族への風疹予防接種の勧奨
  2. 定期予防接種勧奨の強化
  3. 定期接種対象者以外で風疹予防接種が勧奨される者への接種強化
    1. 10代後半から40代の女性、このうちことに妊娠の希望あるいはその可能性の高い女性
    2. 産褥早期の女性 については可能なところから早急に開始し、順次速やかに実施されることが必要である。 」

このあと、公衆衛生や医療はこの提案を最大限生かせたでしょうか。


風疹対策:制度の狭間で専門家は・・・ 感染症診療の原則

生かせたでしょうか?


風疹の流行は、ワクチン接種によって排除することができるのです。こちらは、WHOの世界の風疹発生報告数の表です。


日本は、2000年台の流行のあともコンスタントに風疹が発生しています。しかし、これは世界の「当たり前」ではないのです。

海外はMMRワクチンの普及(と高い接種率)で、若いドクターが麻疹、風疹などの診断に困るほど(見たこと内から)の状況があります。
風疹は基本話題になりません。海外から持ち込まれても地域には広がらないからです。

日本でこんなに広がったことを驚いている世界。

海外のアラートと疑問:日本の風疹流行 感染症診療の原則

風疹の排除には、集団における抗体保有者の割合を高く保つこと(集団免疫)が必要です。集団免疫は、集団の中で抗体を保有している人の割合を高めることで、感染症が全体に広がるのを抑制するという考え方です。こちらのブログにわかりやすい解説の図があります。


また、麻疹風しんワクチンの2回接種についての解説にも、集団免疫の重要性が書かれています。

子どもが風疹にかかると軽く経過するため、風疹ワクチンはいらないという意見もありますが、中学生女子だけに風疹ワクチンを接種していた時代には、数年ごとに風疹が流行し、流行のたびごとにある人数のCRS児が出生していました。CRS児の出生を防ぐためには、風疹の流行を排除することが大切なのです。


<略>


さて、MRワクチン2回接種の目的は何でしょう?
定期接種の第一の目的は、病気の予防ないしはかかった時の軽症化です。しかし、予防接種により地域の免疫率を高めると、その地域の流行を排除することができます。流行の抑制・排除が定期接種の第二の目的です。
流行を抑制するための免疫率が集団免疫率です。伝染力が強い感染症ほど集団免疫率が高くなります。ウイルス感染症の中で伝染力が極めて強い感染症は麻疹で、その集団免疫率は90〜95%です。風疹の集団免疫率は80〜85%です。


麻しん・風しんワクチン2度接種について 国立病院機構三重病院院長 庵原 俊昭


実は、日本と同様、女性のみへのワクチン接種を行ったために最近まで風疹の大流行があったのですが、ワクチン接種キャンペーンによって風疹の排除に成功している*1国があります。ブラジルです。次回は、この風しんワクチンキャンペーンの取り組みと、それに対する流言について書きます。CRS(先天性風しん症候群)についても。
 

2013.6.19追記
北里大学の太田寛先生が、風疹予防接種制度の変遷と感染者数の関係がよく分かるグラフを作ってくださいました。

 

(付録)日本における風疹流行についての情報

*1:WHOの統計では、2009年以降風疹の発生ゼロ