日本脳炎ワクチンの成分について

少し前、日本脳炎ワクチン「ジェービックV」の添付文書の内容がTwitterに掲載され、90回近くRTされていました。「製法の概要」部分の抜粋ですが、単なる添付文書(誰にでも簡単に見られるもので、秘密の内容でもなんでもない)の抜粋がこれほど多くRTされていること、またそれに対し「怖すぎ」という反応があることに違和感を感じました。日本脳炎ワクチンについては、先日接種後死亡の報道があり、まだ死因は明らかになっていないということで(死因については、ワクチン自体とは無関係と考えられるようです。続報 日本脳炎ワクチン接種後の死亡例報道その後 感染症診療の原則 参照。2012.10.31追記)、社会の関心の高さを表しているのかもしれません。しかし、抜粋された部分を見て「意味はよくわからないけど、なんとなく怖い」と漠然とした不安を感じている方もおられるかと思います。添付文書は医師や薬剤師など、薬の専門知識を持った人が見ることを前提に書かれていますから、一般の人が見るにはかなり説明不足なのです。そこで、拡散されている添付文書が具体的に何を言っているのか、自分なりに調べたことをメモしておきます。

日本脳炎ワクチン「ジェービックV」添付文書の内容

twitterで拡散していたのは以下の文です。日本脳炎ワクチン「ジェービックV」添付文書の「製法の概要」からの抜粋です。

「本剤はアフリカミドリザル腎臓由来株化細胞)で増殖させ、ホルマリンで不活化した後、硫酸プロタミンで処理し凍結乾燥。なおウシの血液由来成分、ウシ及びヒツジの胆汁由来成分、ブタの膵臓由来成分を使用。」

ウシの血液由来成分、ウシ及びヒツジの胆汁由来成分、ブタの膵臓由来成分…そのようなものがワクチンに含まれているのでしょうか?しかも、アフリカミドリザル腎臓由来細胞…なんとなく不気味に感じる人もいると思います。

ところで、上記の引用は(一部略)であり、たぶん140文字に収めるためにだと思いますが、かなり内容が削られています。もとの添付文書の内容をそのまま引用したのが以下になります。

製法の概要

本剤は日本脳炎ウイルス北京株をVero細胞(アフリカミドリザル腎臓由来株化細胞)で増殖させ、得られたウイルスを採取し、ホルマリンで不活化した後、硫酸プロタミンで処理し、超遠心法で精製し、安定剤を加え充填した後、凍結乾燥したものである。
なお、本剤は製造工程で、ウシの血液由来成分(血清)、乳由来成分(エリスロマイシンラクトビオン酸塩)、ウシ及びヒツジの胆汁由来成分(デオキシコール酸ナトリウム)、ブタの膵臓由来成分(トリプシン)を使用している。
ジェービックV添付文書(2012年7月改定 第8版)、製造販売元 阪大微生物病研究会 より抜粋*1

先ほどの文章より具体的になりました(実は、細胞培養の経験がある方なら、これだけで「あ、これはあれに使うのね」と、ほぼ納得いただけてしまうような内容でした)。これらの成分がなぜワクチンを作る時にどのような働きをするのか、そして安全性は?という点について考えてみたいと思います。


細胞培養日本脳炎ワクチン開発の経緯と製造方法

その前にまず、「細胞培養日本脳炎ワクチン」とはなんなのか、なぜ細胞培養でワクチンを作るのか、またその製造方法を調べてみました。


一般財団法人大阪防疫協会の機関誌「makoto」平成21年10月号に、ジェービックVの製造販売元である(財)阪大微生物病研究会理事で大阪大学名誉教授(掲載当時)である上田重晴氏による「細胞培養日本脳炎ワクチン(ジェービックV®)の開発」という記事が掲載されています。本記事によれば、日本脳炎ワクチンはわが国で1954年から使用されていました。生きたマウスの脳で増殖させたウイルスをワクチン材料としていたようですが、改良に改良を重ねて「因果関係がはっきりしないADEMを除いては、ほとんど副反応がない、免疫効果の優れた完成品に近い」ワクチンであったそうです。しかし、ADEM(急性散在性脳脊髄炎)という非常にまれ(90万回接種当たり1件以下)な中枢神経系の疾患との関係が否定しきれないために2005年、「日本脳炎の定期予防接種について積極的勧奨を差し控えるという厚生労働省健康局結核感染症課長勧告が出された。以後、日本脳炎の定期予防接種は接種率が低迷し、ほぼ中止状態に至った」そうです。その時、「たまたま開発中であった」のが細胞培養ワクチンでした。

しかし、私どもがマウス脳から細胞培養にウイルスを増殖させる細胞を変えようと考えたのは、動物を使用していると動物が持っている微生物の除去をはじめ、いかに動物の飼育環境をクリーンにしても、ワクチンの品質管理が大変な作業になること、マウスの使用量が年間何百万匹という大量になるので、1年前に製造量を決めてマウスを発注をしなければならないため、急な製造量の変更ができないこと、マウスの脳内にウイルスを接種し、発症寸前のマウスから脳を採取する作業が動物愛護に逆行すること、などの理由からで、私どもが細胞培養日本脳炎ワクチンの開発を始めたのは1995年であった。もちろん、脳を使用しないことから脳物質の混入については心配する必要はなくなった。
細胞培養日本脳炎ワクチン(ジェービックVR)の開発 上田重晴 より

日本脳炎ワクチンは不活化ワクチンと言って、ウイルスそのものをホルマリンなどで不活化(感染性をなくすこと)して作ります。ウイルスは、細菌などとは違って、栄養を与えておけば勝手に増えてくれる微生物ではなく、その増殖には必ず生きた細胞が必要なのです。その「生きた細胞」を「マウスの脳」から「培養細胞」に変えた、ということになります。生きた動物より、培養細胞のほうが感染性物質等の混入の危険性も少なく、扱いやすく、脳物質の混入の心配もないということで、細胞培養ワクチンが開発されたようです。



細胞培養によるワクチンの製造方法は、まずVero細胞を増殖させ、そこに日本脳炎ウイルスを加えて細胞内でウイルスを増やします。何日かすると培養上清(上澄み)の中にウイルスが増えているので、それを回収して濃縮後、ホルマリンで不活化し、精製、ろ過滅菌します(乾燥細胞培養日本脳炎ワクチン(販売名ジェービックV)審査結果報告書【暫定版】p.6-8)


Vero細胞(アフリカミドリザル腎臓由来株化細胞)とは?

では、Vero細胞とはいったいどのようなものなのでしょうか?

ウイルスを培養する細胞はVero細胞にした。Vero細胞は、安村美博博士(現独協医科大学名誉教授)が千葉大学医学部に在籍しておられたときに、アフリカミドリサルの腎臓細胞から樹立された細胞株である。インターフェロン*2を作らないので、種々のウイルスの培養に適している。WHOは自然資源保護の目的から、この細胞を使用してのワクチン製造を推奨しており、外国ではすでに不活化インフルエンザワクチンや不活化ポリオワクチンの製造に使用されている。私どもはこの細胞を米国のATCC(American Type Culture Collection)から購入し、WHOの基準に決められたテストを済ませた上で、マスターセルバンク*3を作製し、製造に備えた。
細胞培養日本脳炎ワクチン(ジェービックVR)の開発 」上田重晴 より

Vero細胞については、FDAの会議資料「History and Characterization of the Vero Cell Line」にその歴史と特徴がまとめられています。1962年に安村博士らにより樹立され、1980年代には仏国で不活化ポリオワクチン(IPV)、経口ポリオ生ワクチン、不活化狂犬病ワクチンの生産に使用、1990年には米国でのIPV生産に使用されるようになりました。WHOの資料(Recommendations for the Evaluation of Animal Cell Cultures as Substrates for the Manufacture of Biological Medicinal Products and for the Characterization of Cell banks. Proposed replacement of TRS, 878, Annex 1 - ECBS 18 to 22 October 2010)によれば、ポリオウイルスワクチン、ロタウイルスワクチン、狂犬病ワクチン、日本脳炎ワクチンの製造に使用されている旨の記載があります(p.37 table1)。日本で樹立され、世界でワクチン製造や研究に使用されている実績のある細胞なのです。「バイオダイレクトメール vol.62 細胞夜話 <第24回:ウイルスがクセモノ? - アフリカミドリザル腎細胞>」にも逸話が掲載されています。



乾燥細胞培養日本脳炎ワクチン(販売名ジェービックV)審査結果報告書【暫定版】p.6によれば、ジェービックVの製造に用いるマスターセルバンクについて、形態観察試験、無菌試験、結核菌培養否定試験、マイコプラズマ否定試験、細胞やマウス・モルモット・ウサギ等への摂取試験、造腫瘍性試験、レトロウイルス否定試験、細胞同定試験等を行い、細菌やウイルスが混入していないこと、培養期間中に安定であることを確認しています。


その他の成分について

  • ウシの血液由来成分・血清は、細胞培養の培地に添加します。血清は、血液を凝固させてその上清をとったものです。細胞の増殖に必要ないろいろな成分が含まれており、血清なしで細胞を培養するのは一般的に困難です。
  • ブタの膵臓由来成分・トリプシンは酵素の一種で、細胞同士や細胞と培養容器の間の接着を剥がすのに使用します。トリプシンは培養中ずっと使い続けるのではなく、細胞が容器にいっぱいになるなどで、細胞を植え継ぐ*4際に使用するものです。
  • ウシの乳由来成分・エリスロマイシンラクトビオン酸塩、ウシ及びヒツジの胆汁由来成分・デオキシコール酸ナトリウムは、細胞培養中に細菌やカビが混入しないようにするために培地に添加する抗生物質と抗菌剤です(デオキシコール酸ナトリウムはアムホテリシンBという抗菌剤の添加物として含まれています)。この2つの薬剤に関しては、「注射用」との記載がありますので、医薬品グレードのものを使用しているようです。(乾燥細胞培養日本脳炎ワクチン(販売名ジェービックV)審査結果報告書【暫定版】p. 48)。


Vero細胞及びこれらの動物由来成分は、培養した日本脳炎ウイルスを回収・不活化した後、精製工程で除去されます。ワクチンに動物由来成分そのものが含まれるわけではありません。精製工程のバリデーションでは、異種たん白質含量試験では、検出限界以下か、検出された場合でも他の細胞培養ワクチンの生物基準(最終バルク中の含量が50ng/dose*5)に適合する範囲であること、Vero細胞由来DNAの含有量がWHOで定められた細胞由来DNAが由来の基準値(10ng/dose以下)を大きく下回ることが確認されています。また、精製後のワクチン原液について、無菌試験、異種血清たん白質含量試験*6、Vero細胞由来DNA含量試験等が規格として設定されています(乾燥細胞培養日本脳炎ワクチン(販売名ジェービックV)審査結果報告書【暫定版】p.9)。


動物由来の成分を使うリスクとは何か

動物由来の成分をワクチン製造に使用するリスクとは、具体的にいったいなんなのでしょうか?まずは、ウイルスや細菌、マイコプラズマ等の病原体が混入している危険性が考えられます。ジェービックVの製造においては、細胞培養時に細菌・ウイルス・マイコプラズマ等が混入していないことを確認、さらにウイルス回収後に細菌・マイコプラズマが混入していないことを確認しています(乾燥細胞培養日本脳炎ワクチン(販売名ジェービックV)審査結果報告書【暫定版】p.6〜7)。また、ウシ等の反芻動物に関しては、BSE感染の恐れがあります。ジェービックVの製造工程で問題となるのは、細胞の大元のストックであるマスターセルバンク、またウイルスの大元のストックであるマスターシード作成時で、作られたのが昔(BSEのリスクが問題にされるより前)であることから、米国産、日本産等のウシ由来製品を使用していたり、動物種、原産国の情報が不明になっているものがあるようです。しかし、ウシ血清はBSE感染牛が確認される前のウシ血液由来であること、エリスロマイシンラクトビオン酸は、イギリス・ポルトガル*7以外の国を原産国とするウシの乳由来である可能性が高いこと、デオキシコール酸ナトリウムについてはその製造過程にプリオンが不活化されるアルカリ処理が含まれていることなどから、リスク評価の結果、「本剤の接種によりBSEに感染するリスクは極めて低い」と考えられています(乾燥細胞培養日本脳炎ワクチン(販売名ジェービックV)審査結果報告書【暫定版】.47-48)*8。トリプシンに関しては、ブタ由来で反芻動物ではないため、BSEのリスクには関係ありません。


ジェービックV承認時の、「09/01/29 平成21年1月29日薬事・食品衛生審議会医薬品第二部会議事録」には以下のような発言の記録があります。

機構*9 規格の中に、異種血清たん白質を測っている試験があります。審査報告書の52ページには具体的な数値を示していませんが、異種血清たん白質含有試験というものを製剤の規格試験に設定していまして、こちらについて確実に低レベルに管理されることを確認しています。精製工程のバリデーションからも恒常的に異種血清たん白質は除去されるということを確認しています。
新井委員*10 それを確認したのですが、ほかにBSEに感染していないと思われる血清、あるいは牛を使うこともされていると思いますが、この異種血清たん白質の検出だけでよろしいのかというのが少し気になりましたので、安全性という観点から、それについて、大体それでよろしいということであれば納得できますが。
早川委員*11 どこのページに存在しているかは忘れましたが、今のBSEの問題に関してはいろいろな角度から検討されていて、現在のところ厚生労働省が、こういう値をクリアすれば大丈夫だという「−3」という値がありますが、「−11」ぐらいの値が、いろいろな生物由来原料の中に出ているということで、その点は十分に検討されていると思います。付け加えますが、マウス脳から作ることに対して、不特定多数のマウスを使うわけですから、そういう意味での危険性も逆に考えられるわけですが、これはよく管理されたVero細胞から出発するということで、そういう意味での安全性はより高いのではないかと思います。

ジェービックVのBSE感染リスクについては、まったく危険がないと断定することはできないですが、医薬品として十分安全であることが確認されているようです。


動物由来成分を使用して製造するワクチン等については、確かに感染症等のリスクがあります。しかし、Vero細胞は使用実績も十分にあり、無菌的に培養して維持されることからマウスの脳による培養よりも安全性は高いと考えられます。また、他の動物由来成分も含め、ワクチン製造の工程で精製により除去されており、ワクチンにこのような成分自体が含まれるわけではありません。そして、リスク評価の結果、医薬品として十分安全なレベルであることが確認されているのです。


ワクチンを含め、医薬品の安全性については必ず「その医薬品のもたらすメリット」とセットで考える必要があります。添付文書は、医師や薬剤師といった医薬の知識をじゅうぶんに持った人が見ることを前提に書かれています。専門家が必要な情報をさっと得られるよう、コンパクトにまとめられており、用語の使い方などに独特のルールがあります。添付文書を見ること自体は誰にでもできます(「PMDA 添付文書」で検索すれば、データベース検索ページにたどり着けます)し、見るのは悪いことではないでしょう。しかし、使用されている用語や記載内容を正確に理解するのはかなり難しいと思います。まして、一部を抜き出して、センセーショナルに「暴露」することになんの意味があるのでしょうか?こういったよくわからない情報発信は有害無益だと思います。


ブログにさんざんワクチンの記事を書きながら矛盾しているとは思いますが、ワクチンに関してはネット上の情報よりも、主治医の先生、薬剤師さんにご相談されることを強くお勧めします。


<謝辞>
本エントリを書くにあたり、むすか(@go_over_Neumann)先生に色々とご教示いただきました。ありがとうございました。

*1:ジェービックVは、阪大微生物病研究会が製造販売元で、田辺三菱と武田より販売されています。販売元が異なっても添付文書はほぼ同一の内容と思われますが、本エントリでは田辺三菱版の添付文書をテキストとしています。

*2:細胞が分泌する、ウイルス増殖を阻止する物質

*3:ワクチン製造に使う細胞のおおもとのストック

*4:一旦培養容器から回収し、薄めて蒔き直すこと

*5:dose=一回に投与する量

*6:ウシ血清タンパク質の混入量を測定

*7:反芻動物の乳由来製品の使用を禁止されている国

*8:また、今後新たにマスターセルバンク、マスターシードを調整する際には、米国産等の反芻動物由来原材料を使用しないものに変更するとしています

*9:医薬品医療機器総合機構

*10:新井洋由氏(東京大学教授)

*11:早川堯夫氏(近畿大学教授)

CDC(米国疾病予防管理センター)の子宮頸がんワクチンに関するFAQ

ブログの更新をかなりサボってしまいました。twitterはやっていたのですが、転居の準備と転居後のインターネットできない環境でなかなか落ち着いて調べ物ができずにいました。やっと多少落ち着いたのでまた更新していきます。



今回は、CDC(米国疾病予防管理センター)のサイト内のワクチン安全性のページから、子宮頸がんワクチン(HPVワクチン)に関するFAQを翻訳してみました。日本でもしばしば疑問を持たれる内容だと思います。ただし、あくまで素人の訳ですので、参考程度にお願いします。誤訳等、お気づきの点がございましたら、ご指摘を頂けると非常にありがたいです。


元記事
Frequently Asked Questions about HPV Vaccine Safety, CDC (Page last updated: June 19, 2012)
[訳]HPVワクチンの安全性に関するよくある質問

米国内で使用できるヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチン*1にはどのようなものがありますか?
2種類のHPVワクチンがFDAにより認可され、CDCにより推奨されています。それはサーバリックス(GlaxoSmithKline)とガーダシル(Merck)です*2


HPVワクチンによる既知の副反応にはどのようなものがありますか?
最も一般的な副反応は、接種部位(腕)の疼痛と発赤です。10人に1人に微熱(38℃未満)が見られます。30人に1人に接種部位のそう痒[かゆみ]が見られます。60人に1人に中等度の発熱(38℃以下〜39℃未満)が見られます。これらの症状は長びくことはなく、自然に治ります。


有害事象とはなんですか?
有害事象とは、ワクチン接種または服薬の後に起こる健康上の問題のことです。そのワクチン又は医薬品に関係している場合もあれば、無関係の場合もあります。たとえば、ある人がワクチン接種後に頭痛を起こす場合があります。これは、ワクチンが原因かもしれないし、他の原因によるかも知れません。


認可前に、HPVワクチンの安全性はどのように確認されたのですか?
HPVワクチンについては、認可前に臨床試験を実施し、安全性を確認しました。ガーダシルでは、29,000人を超える男女がこれらの臨床試験に参加しました。サーバリックスについては、世界中で30,000人以上の女性が参加する、いくつかの臨床試験が行われました。臨床試験の詳細な情報については、添付文書をご覧ください。
ガーダシルの添付文書(米国)
サーバリックスの添付文書(米国)


米国内では誰がワクチンの安全性を監視しているのですか?
米国中の医療提供者と共に、2つの政府機関、FDA(食品医薬品局及び疾病予防管理センター)及びCDC(疾病管理予防センター)がワクチンの安全性を監視しています。ワクチン製造業者も、製品が承認され上市された後にも、頻繁にワクチンの安全性を監視しています。


FDAとCDCは認可後どのようにワクチンの安全性を監視しているのですか?
米国内で認可を受け、使用されているワクチンの安全性は、3つのシステムにより監視されています。これらのシステムにより、ワクチンによる既知の副反応を監視する他に、臨床試験では見つからなかったまれな有害事象を発見することも可能です。

  • Vaccine Adverse Event Reporting System(ワクチン有害事象報告システム、VAERS)は、ワクチン接種後の健康上の問題(『有害事象』と呼ばれます)の報告を受理します。VAERS報告はインターネット、郵送、FAXにより受け付けています。 VAERS報告を行うのは、医師、保護者もしくは家族、ワクチン被接種者、又は製造業者です。報告は、ワクチン接種後、いつでも提出できます。つまり、ワクチン接種の数ヶ月、数年後に起こった健康上の問題も報告できるのです。報告はすべて、FDA及びCDCの訓練を受けたスタッフによりレビューされます。VAERSにより、ワクチンがその有害事象の原因であるかもしれない(副反応の可能性)ことを示す報告のパターンを見つけることができます。ただし、ワクチンがある有害事象の原因だと断定するのには利用できません。
  • Vaccine Safety Datalink(ワクチン安全性データリンク、VSD)は、CDCと、高度な電子診療録を持ついくつかのマネジドケア組織との共同事業です。VSDは、ワクチン接種後に起こりうるまれかつ重篤な有害事象に関する知識の格差に対処するのに役立ちます。VSDは、VAERSによって検知された健康上の事象に関して、あるワクチンがその有害事象の原因であるか否かを確定するのを助けるための詳細な調査に利用できます。
  • Clinical Immunization Safety Assessment (CISA) Network (予防接種の安全性評価に関する臨床ネットワーク、CISAネットワーク)は、CDCと、ワクチンにより引き起こされる可能性がある有害事象に関する研究を行っている米国内のいくつかのアカメディックメディカルセンターによるプロジェクトです。


これまでに報告された軽度から中等度の有害事象はどのようなものですか?
HPVワクチン接種後に報告された有害事象の大部分が軽度とみなされました。報告には、接種部位の疼痛と腫脹、発熱、めまい、悪心等がありました。また、「失神も報告されています。


失神は注射の後によく見られ、特にプレティーン(13歳未満の子ども)およびティーンではよく起こります。失神による転倒は、頭部外傷等の重傷を招く恐れがあります。怪我を避けるため、CDC及びFDAはワクチン接種後15分間は座るか横になることを推奨しています*3


これまでに報告された重篤な有害事象*はどのようなものですか?
筋力低下を起こすまれな疾患であるギラン・バレー症候群(GBS)が報告されています。現在のところ、ガーダシルがGBSの原因であるというエビデンスはありません。


ガーダシル接種後の血栓が報告されています。この血栓は心臓、肺及び下肢に見られました。ほとんど(90%超)は、喫煙、肥満、経口避妊薬(避妊ピル)服用など、血栓のリスクがある人でした。


VAERSにはいくつかの死亡例も報告されています。死亡報告はすべてCDCまたはFDAの医師によりレビューされています。死亡報告には、ワクチンが原因であることを示唆するパターンは見られていません。


重篤な有害事象の原因がワクチンであるかどうか、どのように見分けるのですか?
VAERSのスタッフは、ワクチン接種後に起こるさまざまな事象についての報告を受け取ります。これらの事象には、偶然ワクチン接種後に起こるものもあり、ワクチン接種が原因であるものもあります。VAERSのスタッフメンバーは個々の事例の詳細を検討すること、また報告に存在するパターンを探すことの訓練を受けています*4。そのようなパターンには、VSDのような他のデータを用いたさらなる検証を必要とするものもあります。


FDA及びCDCは、安全性監視情報に基づきHPVワクチン使用推奨について変更しましたか?
リスクのまったくないワクチンや薬は存在しません。CDC及びFDAサーバリックス及びガーダシルについての利用可能な安全性情報をすべてレビューしています。CDC及びFDAは、ガーダシルを6、11、16、18型HPVの予防に使用すること、またサーバリックスを16、18型HPVの予防に使用することは安全であると判断しています。


CDCは引き続き11及び12歳の女児に対し、子宮頸がん及び性器疣贅(性器のいぼ)の最も一般的な原因である型のHPVを予防するために、3回のワクチン接種を推奨しています。これらのワクチンはまた、13〜26歳の女性のうち、それまでにまったく接種を受けていない、又は2回以下しか接種を受けていない人に対しても、接種が推奨されています*5


加えて、ガーダシルは男性の性器疣贅も予防することができます。このワクチンは、9歳〜26歳の男児及び男性に対しても推奨されており、使用できます*6


FDAはガーダシルの添付文書について、接種後の失神による転倒の防止に関する情報を掲載するよう変更しました。CDCは医師及び看護師に対して、この件に関する同様の情報を認識させるための対策を講じています。


*有害事象のうち、以下のようなものは重篤であるとCode of Federal Regulations(連邦規則集)により定義されている。生命を脅かすもの、死に至るもの、長期的又は重大な障害/無能力に至るもの、先天奇形/異常を来たすもの、ならびに入院または入院期間の延長が必要になるもの。


最終更新 2012年6月19日

(注)原文「How do you know if a serious adverse event was caused by the vaccine?」の項がほぼ同内容で2回書かれていたので1回に省略してあります。


こういったFAQコーナーを厚生労働省のHPにも作って欲しいですね。とは言え、CDCでもFAQがあるのはワクチンの中でHPVワクチンだけのようなので、米国内でもこのワクチンが「問題になって」いるということかもしれません。

*1:日本では子宮頸がん予防ワクチン、一般的に子宮頸がんワクチンと呼ばれています。

*2:日本でもこの2種類が販売されています。

*3:日本では接種後30分間安静にすることを推奨しています。

*4:他の様々なワクチン接種後の有害事象報告とパターンを比較することで、そのワクチンで特異的に多い有害事象があるかどうかを見極める等の手法を使うようです。

*5:日本での推奨についてはかかりつけ医に相談してください

*6:日本での推奨についてはかかりつけ医に相談してください

子宮頸がんワクチンで不妊になるというのは根も葉もないデマ

注意
このエントリーは子宮頸がんワクチンの妊婦への接種を推奨するものではありません。「子宮頸がんワクチンを接種すると不妊になる」というデマについて検証しています。今のところ、妊婦への接種については(とくに危険だというデータはありませんが)、安全性データが十分に蓄積していないとされています。


「子宮頸がんワクチンで不妊になる」「アジュバンド(正しくはアジュバントです)で不妊になる」という噂が一向になくならないようです。このような噂の中には、「裏でビル・ゲイツが糸を引いているのだ」とか「民族浄化や人口削減が目的なのだ」と言ったような、「え、それ本当に信じてるんですか?」と問いただしたくなるようなものも多いのですが、それでも信じられているようです。ここでは、「ワクチンで不妊になるのかならないのか」を、そのメカニズムには一切触れずに、「じゃあ、実際接種した人は不妊になったのかどうか」という事実のみに注目して情報を集めました(メカニズムからの検証は「サーバリックスで不妊になるのか?」 cervarix@ウィキ等を御覧ください)。なお、「子宮頸がんワクチン」は本来「HPVワクチン」と呼ぶべきとは思いますが、ここでは分かりやすさを優先して「子宮頸がんワクチン」で統一します。

動物実験

子宮頸がんワクチンは出産可能な年齢の女性に適用されますから、当然、承認申請のための非臨床試験で生殖発生毒性試験(ラットにワクチンを投与して、妊娠出産への影響を見る)は重要な試験としてちゃんと行われています。承認申請時に提出される書類をインターネット上で閲覧することができますので見てみましょう。

雌の Sprague Dawley ラットを用いた GLP 試験において、V501の胚・胎児発生に対する影響を 試験した [2.6.7.5項]。本試験は、V501の筋肉内投与スケジュールとして、交配前抗原刺激ありの F0 雌ラットには、交配の5週間前及び2週間前並びに妊娠6日及び授乳7日にワクチンを投与し、交配前抗原刺激なしの F0 雌ラットには、妊娠6日及び授乳7日にワクチンを投与して、その F1 世代の発生、成長、行動、生殖能及び受胎能に対する影響を評価し、また F0雌及び F1世代における 抗HPV抗体を測定することを目的として実施した。(p.8)

文中のV501=ガーダシルのことです(以下の資料でも同様)。この試験は、F0(母親)ラットに、妊娠させる前に2回、妊娠中に1回、授乳中に1回ガーダシルを接種して、F1(子)への影響を見る試験です。さらに、対照群(ワクチン接種した群と比較するためのラット)として、「リン酸緩衝生理食塩液*1」群の他に、「アルミニウムアジュバント群」も設定しています(p.8)。接種量については、現在販売されているヒト用ガーダシルの2倍の抗原量をそのままラットに用いています。(ガーダシル添付文書

ワクチン製剤として、HPV 6、11、16及び18型L1 VLPを、それぞれ40、80、80及び40μg/mL含有するものを用いた [2.6.7.2項]。体重換算で比較すると、ラットへのワクチン投与量はヒトへの予定投与量の約300倍に相当した。(p.8)

その結果の一部が以下の表になります。なお、帝王切開については、胎児の様子等の観察のために予め何匹は帝王切開すると決めてあったものです。



p.17-18

妊娠動物あたりの着床前胚死亡率、着床後胚死亡率、並びに平均着床数及び生存胎児数により、 胚及び胎児の生存を評価したところ、ワクチン投与の影響は認められなかった。また、F1 胎児の雌雄比、肉眼的胎盤形状及び平均胎児体重に、投与に関連する影響は認められなかった。さらに、 胎児の外表、内臓、頭部及び骨格に、投与に関連する影響は認められなかった。(p.10)

表を見ればわかりますが、体重換算でヒトの300倍の量のアジュバント又はワクチンを投与したラットも交配させた44匹中41匹が妊娠してますし、胎児にも特に影響はありませんでした。


もう一つの子宮頸がんワクチン、サーバリックスについても同様の試験は行われています。

サーバリックスでは、体重換算でヒト投与量の25〜50倍を投与しています(p.9)。

本ワクチンまたはアジュバントの交配前投与による雌受胎能(妊娠動物数および着床数)に対する悪影響は認められず、ワクチン群では全例で交尾が成立し、妊娠した。本ワクチンおよびアジュバントは、性周期に影響を及ぼさず、交尾成立時間、膣栓数(雄許容の指標)および膣洗浄液中の推定精子数は全群で同程度であったことから、交尾能にも影響を及ぼさないと考えられた。試験期間中に、一般状態、体重および摂餌量に悪影響は認められなかった。胚・胎児発生にワクチンの影響はみられなかった。妊娠動物はすべて生存児を出産し、いずれの群においても生後?*2日までの出生児の発育、発達および生存率に影響は認められなかった。(P.9-10)

臨床試験

動物(ラット)においては、妊娠出産への影響はありませんでした。ではヒトではどうでしょうか。

子宮頸がんワクチンの臨床試験においても、妊娠した人はたくさん確認されています。海外での臨床試験については以下のように記載されています。

V501の第III相試験*3を通じて、2,832例の女性(V501群:1,396例、プラセボ群:1,436例)に3,225 件の妊娠が認められた[表2.7.4B: 19]。このうち2,652例の胎児及び乳児については転帰*4が判明した (転帰が判明しなかった妊娠の大部分は、海外適応拡大申請のための治験データベース最終固定時に妊娠継続中であった)。妊娠(人工妊娠中絶を除く)に対する自然流産・死産(自然流産又は後期胎児死亡)の割合は、V501群([288+13]/[1315-146]、25.7%)とプラセボ群([311+11]/[1337-167]、 27.5%)において同程度であった。(中略)以上より、V501の接種により、受胎能、妊娠及び乳児 の転帰に有害な影響が及ぼされることはないと考えられる。(p.168〜169)

また、国内臨床試験については被験者数は少ないですが、詳細な転帰が記載されています。


p.208

[2.5.5付録: 15]に示すように出産に至った妊娠の割合や流産・死産の割合はいずれも両群間で大きな差違はなかった。異常が認められた乳幼児の割合も両群間で同様であった。該当症例が少数であるため、結論付けることは難しいが、027試験の結果からは、V501接種が妊娠の転帰に悪影響を及ぼす兆候は認められないと考えられる。(p.179)

サーバリックスでは、複数の臨床試験の結果をあわせて、サーバリックス(HPV)、アジュバント(ALU)、A型肝炎ワクチン(HAV360及びHAV720)をそれぞれ接種した人についての妊娠の転帰を比較しています。


p.285

安全性の併合解析の対象試験において、2006 年 9 月 30 日までに計 1737 件の妊娠が報告された(表2.5.5-32)。妊娠および妊娠の転帰のほとんどは 15-25 歳の集団において報告された。 この年齢集団は、現在実施中の最大規模の臨床試験である HPV-008 試験において 18500 例 を超える被験者が登録されている集団である。これら 1737 件の妊娠のうち、503 件(29%)が妊娠継続中であり、769 件(44.3%)が正常児を出産し、210件(12.1%)が選択的妊娠中絶に至り、155 件(8.9%)が自然流産に至った。(中略)妊娠の転帰を群間で比較したところ、本ワクチン群と対照群との間に大きな差は認められ なかった(表 2.5.5-32)。異常児(先天異常を含む)の発現率は、本ワクチン群で 0.7%であり、 水酸化アルミニウムプラセボ群である ALU 群(2.3%)および HAV720 群(1.2%)に比べ低かった。 なお、HAV360 群では異常児(先天異常を含む)は報告されなかった。(p.284)

市販後調査

ガーダシルは2006年に米国で、サーバリックスは2007年にオーストラリアで承認されてから、世界各国で販売されています。ガーダシルの製造販売元Merckでは、市販後の安全性調査のため、米国・カナダ・フランスにおいて妊娠した場合の登録制度を設置し、妊娠のその後についてのフォローアップを行なっています(接種後1ヶ月以内に妊娠した人及び妊娠中に接種してしまった人について、お医者さんが自分の患者さんを登録する仕組み)。

この調査の年次レポートは、申し込まないと見られないようなのですが、論文としてまとめられたものがあります。

Dana Adrianら Obstetrical & Gynecological Survey: 2010;65:169-170
(訳)ヒトパピローマウイルス6/11/16/18型ワクチン*5の妊娠登録制度における妊娠の転帰


この論文の内容については、「感染症診療の原則 HPVワクチン接種後の妊娠・出産」に要約されていますので引用させて頂きます。

最初の2年間の市販後調査での報告では、接種した群ではアウトカムの把握されている517の妊娠がありました。451例(87.2%)が出産となり(3組の双子を含む)、454の児が誕生しました。96%以上の新生児は異常がありませんでした。全体の中絶は6.9/100(95%CI:4.8-9.6)*6となっていました。先天異常は2.2/100(95% CI, 1.05−4.05)で、454例中7例の死亡があり、1.5 /100 (95% CI, 0.60−3.09)でした。市販後調査2年の結果からは、ワクチンと妊娠・胎児の異常に関連性はみられませんでした。


以上、動物実験でも、臨床試験でも、市販後調査でも、子宮頸がんワクチンを接種した人(ラット)の多数が問題なく妊娠、出産しています。不妊を疑うべきデータは今のところありません。「この成分がこういう問題を起こすかもしれない」という疑惑がいかにあろうとも(その疑惑自体、この件に関しては理にかなったものではないのですが)、実際に接種した人にその問題が起こっていないという事実があれば、「その疑惑は間違いだった」と考えるべきです。世界で子宮頸がんワクチンが使われだしてからすでに6年経過しています。その前には数年間をかけた臨床試験も行われています。妊娠可能な女性に接種するワクチンですから、妊娠・出産への影響は当然調べられていてるのです。現実に起こっていることを無視した陰謀論に耳を傾けるべきではありません*7

参考記事

感染症診療の原則「HPVワクチン接種後の妊娠・出産
うさうさメモ「HPVワクチン(子宮頸がん予防ワクチン)のよくある「疑惑」について


2013.3.4追記
製薬企業と独立に行われた研究結果についてまとめました。やはり子宮頸がんワクチンと不妊には関連がないというものです。
「子宮頸がんワクチンで不妊」はやっぱりデマ うさうさメモ

*1:生体に対してほとんど影響しない

*2:非公開のため黒塗りされています

*3:薬の承認を受けるための大規模臨床試験

*4:転帰=アウトカム。疾患や有害事象が発生した後、ある時点までに至った結果のこと(森口理恵「まずはこれから!医薬翻訳者のための英語」より)。今回は「妊娠」なので疾患や有害事象とはいえませんが、要は妊娠した人がその後どうなったかということ。

*5:ガーダシルのこと

*6:CI=95%信頼区間。統計的に見積もられるバラツキの範囲を示すもので、対照群と比較するときなどに用います。

*7:なお、今回紹介したデータは製薬会社が提供しているものです。製薬会社の言うことは一切信用ならないという人には反論にならないかも知れません。けれど、妊娠したかどうかという、誰の目にも明らかな現象について、ここまでの規模で捏造を行い、それを隠蔽するのが可能かどうか、よく考えてみれば分かると思います。臨床試験には、非常に多くの医療関係者、一般人である被験者が関与しています。

ワクチンに関するネット上の情報を「格付け」する6つの質問

訳:インターネット上の予防接種の情報に関する保護者のための指針
VacciNews.net 2012.6.6より

VacciNews.netという欧州のワクチンニュースサイトのブログに、Web上のワクチンに関する情報の信頼度の評価を助ける「6つの質問」が掲載されていました。日本語の情報も含め、ネット上にはワクチンに関する様々な情報が溢れ、判断に迷う保護者の方が多いのではないかと思います。私は、現状ではワクチンに関する情報は「主治医に聞く」のが一番いいのではないかと思っていますが、それでもネット上にばら撒かれる不確かな情報に必要以上に惑わされないための参考として、翻訳してみました。

  1. 情報源はどこですか? Webサイトには以下の内容が含まれていなければなりません。
    • その情報を生み出した個人または組織が明確に特定されている。
    • 全資金源の一覧を掲載している。
    • 情報提供者への連絡方法が提供されている。
  1. 医療情報は科学の専門家により確認されていますか?
    • その専門家はその資格(学位、役職等)を含めて特定されなければなりません。
  1. その情報がWebに投稿されたおよび/または最後に更新された日付は記載されていますか?
    • それは最近ですか?
  1. その主張を裏付ける科学的証拠はありますか?
    • 科学的証拠(研究論文、報告書、統計など)があるなら、それを示すソース(有名な医学雑誌の記事等)が提供されていなければなりません。
    • 「研究論文」や「報告書」が必ずしもすべて信頼できるものではないということを念頭に置いておいてください。CPS(Canadian Paediatric Society、カナダ小児科学会) が、インターネット上の医学的主張の判定法について、さらに詳しい情報を提供しています。
  1. そのサイトはHealth On the Net Foundationにより認証されていますか?
    • Health On the Net (HON) FoundationはスイスのNPOで、インターネットユーザーが有益かつ信頼できる医療情報を見つけための支援を行っています。
    • HONは医療サイトのガイドラインを作成しており、その基準に適合するサイトはHONシールを張ることができます。
    • HONのサイトでは、あるサイトが基準に適合するかどうか、使用者が判定するためのチェックリストも提供されています。
  1. そのウェブサイトがバランス感覚に欠けるかもしれないことを示すサインはなんですか?

多くの学術論文で反ワクチン的主張を行うウェブサイトについて検証しています。これらのサイトには多くの共通点があります。

    • 反ワクチンサイトは、ワクチンに関して、共通する誤った主張をしていました。
    • 反ワクチンサイトはすべて、他の反ワクチンサイトとリンクしていました。
    • 多くが、代替医療ホメオパシー、自然療法およびカイロプラティック等)はワクチンよりも優れているとして推進していました。
    • 半数以上が、「ワクチンの被害を受けた」とされる子供の話を掲載していました。
    • そのワクチンの危険についての話の主なソースは、子供の親でした。

補足(蛇足)

2. 医療情報は科学の専門家により確認されていますか?
「専門家」と言っても色々です。専門分野がズレてる人が「専門家」として挙げられている場合もありますね。


3. その情報がWebに投稿されたおよび/または最後に更新された日付は記載されていますか?
情報が新しいものかどうかは非常に大切です。デマには、「既に否定されている情報を延々と流し続ける」ものがあります。例えば、「医学雑誌ランセットに、自閉症とMMRワクチンの関係を示す論文が掲載された」という話がありますが、とっくに取り下げられているのです。しかし、それ以降も自閉症とワクチンを結びつける噂は消えてはいません。また、医学はどんどん進歩しています。もし見つけたのが古かったり日付が不明な情報だったら、新たな続報がないか探してみる必要があるでしょう。


4. その主張を裏付ける科学的証拠はありますか*1
医学上の発見は、まともなものなら必ず学術誌(Lancet、England Journal of Medicine、British Medical Journalなど)に発表されます(日本語の学術誌もあります。各学会の学会誌など)。こういった雑誌記事が新聞記事やそのへんのブログともっとも違うところは、同業者の専門家が審査して、通ったものだけ掲載されてるところです。間違いがないとは言いませんが、他のものよりは大幅に「まし」でしょう。「学会発表した」「特許取得した」などは、「科学的な正しさ」という観点での審査は実質してませんので「科学的な証拠」とはいえません。統計に関しては、政府が出している統計情報等も参考になると思います。


「カナダ小児科学会が…」→たぶんこの文書(後日翻訳して掲載する予定)「A parent’s guide to health information on the Internet」。ざっくり要約すると、専門家によるものであっても単なる「意見」ならば重視してはならない。「エビデンス(証拠)」が重要である。エビデンスにも優劣がある(参考「「エビデンスがある」とはどういうことか?」)


5. そのサイトはHealth On the Net Foundationにより認証されていますか?
Health On the Net Foundationは欧米で広まっている医療情報の認証コードだそうです。日本のサイトでは2012年7月17日の時点でNPO 法人キャンサーネットジャパンの1つだけが認証取得。欧米のサイトを見るときには参考になりそうです。


6. そのウェブサイトがバランス感覚に欠けるかもしれないことを示すサインはなんですか?
日本の反ワクチンサイトにおいても、同じことが言えそうです。「ワクチンに関して、共通する誤った主張をしている」→例えば「アジュバント」を「アジュバンド」と誤記していたり、「副作用」と「有害事象」を区別していなかったりです。また、コピーアンドペーストのようなそっくりな内容のブログ記事が何個も出てきたりします。




原文

1. What is the source of the information? The website should:

Clearly identify the person or organization that produced it.
List all sources of funding.
Provide a way to contact the provider of information.
2. Has the medical information been reviewed by scientific experts?

If yes, the experts should be identified, including their credentials (degrees, positions, etc.).
3. Is there a date showing when the information was posted on online and/or last revised?

If yes, is it current?
4. Is there scientific evidence to back up the claims?

If yes, the site should provide sources (e.g., articles from respected medical journals) for the scientific evidence (e.g., studies, reports, statistics).
Keep in mind that not all “studies” or “reports” are necessarily reliable. The CPS (Canadian Paediatric Society) has more detailed information on how to judge medical claims on the Internet.
5. Is the site certified by the Health On the Net Foundation?

Health On the Net (HON) Foundation is a Swiss not-for-profit organization that helps Internet users find useful and reliable online medical information. HON has developed guidelines for health sites, and those that meet the criteria can use the HON seal. The HON site also has a checklist to help users judge whether a given site would meet the criteria.
6. What are some signs that a website might not have a balanced point of view? A number of published studies have reviewed websites with anti-vaccine messages. These sites have many things in common:

They made the same false claims about vaccines.
They all had links to other anti-vaccination sites.
Many promoted alternative therapies―such as homeopathy, naturopathy and chiropractic―as being better than vaccination.
More than half provided stories about children who had reportedly been hurt by vaccines.
Parents were the main source for stories about the alleged dangers of vaccines.

*1:この基準、日本の新聞社のニュース記事には満たしてないものが多いです。ソースを貼るようにしてほしい!

発言小町に「子宮頸がんワクチンを受けるかどうか」というトピ

中学生の娘がいます。
私は子宮頸がんの予防接種を受けさせたいのですが、夫が大反対してます。


ネットでいろいろ調べても何が本当なのか、ますますわからなくなってきてます。


皆さんは受けさせますか?


twitter聖路加看護大学助教の堀先生(twitter感染症予防に関する情報発信をされている方です)がこのトピを紹介したツイートへの返信として、ある方が「子宮頸がんワクチンは受けたほうがいいかどうか教えて下さい」と質問されました。その回答をTogetterにまとめさせて頂きました。


堀先生の解答は、「絶対受けろ」でも「受けるな」でもなく、ワクチンのメリットと考えうる副反応についての詳しい解説と、受けるか受けないかの判断の根拠として考慮すべきこと、受けない選択をした場合の注意点など、「受けたくない」派の方にも役に立つ内容で、本件について悩まれている方には非常に参考になるのではないかと思います。


発端の小町のトピでは、冷静な解答もありますが、やはりというかなんというか、デマ情報を真に受けた方々が「絶対に受けさせません!」と語気荒く回答されております。やはり、デマは広く浸透しているなぁとうんざりするとともに、デマ情報の脅しパワーを痛感しました。こういう場で「実はこうなんですよ!怖いでしょ、私は絶対受けさせません!」なんて言われると、「え?ホントかなぁ…」と感じても「そんな話があるなら念のため避けておくか」なんて思っちゃいますよね。


うさうさもデマの一次情報を自分で調べてみたりしていますが、これはものすごく手間がかかるし、やっぱり多少の専門知識は必要だな、という巧妙なネタもありした。それから、アメリカで広まったデマを輸入してる場合が多いので、資料が英語のものが多い。ソースとして示されているものが英語だったら、例え英語が読めるとしても、面倒くささというハードルはグッと上がりますから、確認する人の数は劇的に減るでしょう。


子宮頸がんワクチンに関するネット上の情報が悲惨な状態です。google検索しても、まともな情報:デマ=1:10くらいじゃないかと思えます。これらの信頼度を選別して必要な情報にたどり着くなんて、ふつうの(特にネットデマなどに興味がなく、仕事や家事や育児に忙しく、生物学や医療の知識の特別なバックグラウンドを持たない*1)保護者にはもう不可能なんじゃないかな、とおもいます。トピ主さんも「ネットで調べてもますますわからなくなる」と言っていますが、これはもう当然としか言えません。ですから、現状では、堀先生がおっしゃるように、信頼できるかかりつけ医に相談するのが一番なんじゃないでしょうか。

*1:実際には生物学の知識がある人でもころっと騙されてしまう例がありますが…

子宮頸がんワクチン副作用者数一覧?有害事象と副反応

twitterで出回っていたツイートにこんなのがありました。
(アカウントは消してあります)

子宮頸がんのワクチン打って、副作用の報告に「Cervical Cancer」子宮頸がんって@xxxxxxxx: このページ http://t.co/N0xa7vMA の右側の表に子宮頸がんワクチンの副作用者数一覧がありますHPV VACCINE VAERS REPORT

さてこれは、アメリカの反ワクチン団体 Sane Vax Inc.のトップページ右下の「HPV VACCINE VAERS REPORTS AS OF MARCH」のことのようです。こちらを見ると、
米国の Vaccine Adverse Event Reporting System (VAERS, ワクチン有害事象報告システム)のデータを元に作られたデータベース(ただし作ったのはNational Vaccine Information Centerという民間組織です。名称が紛らわしいですが政府とは無関係です)を検索して得た、2006年からの累積数のようです。
VAERSの元データはこちら、そして同様の検索がCDCのデータベースでできます。2つのデータベースで同じ検索をすると結果が異なることが気になるのですが、含まれるデータは同じものであると主張しています。集計方法の違いでしょうか…?


さて、このデータの出所である米国ワクチン有害事象報告システム(VAERS)は、FDAとCDCの出資による機関で、医療従事者、製造業者、被接種者などからの報告により有害事象を収集するシステムです。重要なことは、ここに報告された有害事象とは、「ワクチン接種後に起こった不都合な出来事」であり、接種との因果関係のない、偶然起こったものも含まれているということです。「有害事象」と「副作用」の違いについてはこちらを参考にして下さい。VAERSデータのページには、まず以下のようなことが書かれています。

VAERS症例報告情報を解釈するために

VAERSのデータを評価する際に重要なことは、報告された事象はどれも因果関係が証明されたものではないことに留意することです。ワクチンが有害事象に関与している可能性のある、あらゆる報告(副反応の可能性)がVAERSに提出されます。VAERSはワクチン接種後のあらゆる有害事象に関するデータを収集しており、その事象が偶然ワクチン接種と同時期に起きたのか、真にワクチンによるものかは問いません。VAERSに寄せられた有害事象の報告は、ワクチンがその有害事象の原因であることの証拠書類ではありません。

つまり、Sane Vax Inc.のトップページの表は「副作用者数」ではなく有害事象の数であり、それにはワクチンに無関係なものもたくさん含まれているのです。

HPVワクチン(子宮頸がん予防ワクチン)の名称が引き起こす情報ラグ

先日、以下のようなつぶやきをしました。

昨日検索してみたんだけど「子宮頸がんワクチン」で出てくるのはデマとメーカー、行政の接種補助の情報。「HPVワクチン」では、上記の情報に加え専門家による解説も上位に。「子宮頸がんワクチン」というオフィシャル名と、世界標準の「HPV vaccine」との乖離があるからこうなる

これは一部間違っていて、厚生労働省やメーカーが用いているオフィシャル名称は「子宮頸がん予防ワクチン」でした。お詫びして訂正します。


で、本題なのですが、普通ワクチンの名称というのは「感染予防できる病原体名」か「予防できる疾病の名前」+「ワクチン」なんですよね。日本ワクチン産業協会の「国内で販売されているワクチン等と取り扱い会社(平成23年11月現在)」を見ていただければ分かると思います。この中で、HPVワクチンは「子宮頸がんワクチン(HPVワクチン)」となっております。なぜこんな書き方をしているかというと、たぶん国際的なスタンダード、または学術的にはHPVワクチンは「HPVワクチン」と呼ばれているから、だと思います。googleで、「"cercvical cancer vaccine"」で検索すると391,000件ですが「HPV vaccine"」で検索すると4,680,000 件ですし、CDCの米国ワクチン一覧でも「HPV vaccine」のみが記載されています。これは当然といえば当然で、HPVは子宮頸がん以外の病気(尖圭コンジローマや肛門がん等)の原因でもありますし、ガーダシル(4価HPVワクチン)の効能または効果にはちゃんと尖圭コンジローマの予防も含まれています。ところがなぜか、厚生労働省やメーカーは「子宮頸がん予防ワクチン」という言葉を使っています。 で、一般的には「子宮頸がんワクチン」と呼ばれることが多いようです。また、「子宮頸がんの予防接種」という言葉も使われているようです。


実はこの、お役所の正式名称と、学術的に使われている言葉のずれにより、google検索した際に困ったことが起こっているのです。「子宮頸がんワクチン」「子宮頸がん 予防接種」「HPVワクチン」それぞれで検索した場合の上位30サイト(検索で出る3ページ目まで)を以下にまとめてみました(2012年3月31日現在)*1


検索語「子宮頸がんワクチン」

順位 記事タイトル 内容
1 しきゅうのお知らせ GSK(サーバリックスを製造販売)のサイト
2 子宮頸がんワクチンの危険性 デマ
3 警告!子宮頸がんワクチンの接種は危険 デマ
4 子宮頸がんワクチン - Wikipedia 百科事典
5 ワクチン接種緊急促進事業について 厚労省の、pdfファイルが
並んでいるページ
6 子宮頸がんワクチン怖過ぎワロタ
wwwwwwwwwwwwwwww
デマ(2ちゃんねるまとめ)
7 きくちゆみのブログとポッドキャスト デマ
8 子宮頸がん予防情報サイト
もっと守ろう.jp
MSD(ガーダシルを製造販売)のサイト
9 子宮頸がん予防ワクチン接種費用の
助成制度について
神戸市の助成案内
10 子宮頸がん予防ワクチンのご案内 病院のサイト。解説あり
11〜30 デマ 5
自治体の助成案内 9
解説・デマ批判 4
その他 2

検索語「子宮頸がん 予防接種」

順位 記事タイトル 内容
1 しきゅうのお知らせ GSK(サーバリックスを製造販売)のサイト
2 子宮頸がんワクチンの危険性 デマ
3 警告!子宮頸がんワクチンの接種は危険 デマ
4 ワクチン接種緊急促進事業について 厚労省の、pdfファイルが
並んでいるページ
5 子宮頸がん予防ワクチンのご案内 病院のサイト。解説あり
6 子宮頸がんワクチン - Wikipedia 百科事典
7 きくちゆみのブログとポッドキャスト デマ
8 子宮頸がん予防情報サイト
もっと守ろう.jp
MSD(ガーダシルを製造販売)のサイト
9 子宮頸がんワクチン怖過ぎワロタwwwwwwwwwwwwwwww デマ(2ちゃんねるまとめ)
10 子宮頸がん予防ワクチン接種費用の
助成制度について
神戸市の助成案内
11〜30 デマ 5
自治体の助成案内 12
解説・デマ批判 2
その他 1

検索語「HPVワクチン」

順位 記事タイトル 内容
1 HPVワクチンを巡る米政治家の発言 陰謀論をめぐる考察
(個人ブログ)
2 ヒトパピローマウイルス(HPV)
ワクチンについて
ワクチン開発者の紹介記事
(個人ブログ)
3 著名科学者が警告するHPVワクチンの危険性 デマ
4 子宮頸がんワクチン接種事業 横浜市の助成案内
5 ヒトパピローマウイルス(HPV)
ワクチンに関する…
HPVワクチンに関する
ファクトシート
6 HPVワクチン 病院の解説サイト
7 HPVワクチンの有効性と限界 専門誌掲載の論文の紹介
8 子宮頸がんとヒトパピローマウイルス(HPV) 病院の解説サイト
9 HPVワクチン接種後に13歳女児が死亡 ワクチン反対(陰謀寄り)
10 木村盛世のメディカル・ジオポリティクス カフェ ワクチン反対
11〜30 デマ 0
自治体の助成案内 3
解説・デマ批判 8
その他 9(病院の接種案内等)

このように、「子宮頸がんワクチン」「子宮頸がん 予防接種」では自治体からの助成の情報と、メーカーサイト、後はデマの嵐です。2ちゃんねるまとめブログの「子宮頸がんワクチン怖過ぎワロタwwwwwwwwwwwwwwww」のクローンが複数回登場するのも困ったものです。逆に、専門家による解説や、学術誌(和文)の記事などでは「HPVワクチン」という用語が使われているために、多くの人が検索に用いるであろう「子宮頸がんワクチン」等の検索語では、少なくとも上位にはヒットしなくなっています。


こんな状態だと、「子宮頸がんワクチン」や「子宮頸がん 予防接種」で検索した人は、メーカーや行政による接種推進情報と、非常に怪しいデマ情報が入り乱れる検索結果を目の前に、「どちらを信じていいか分かんない…(涙)」とならざるを得ません。両極の情報を元に判断を迫られる保護者に必要な、専門家による解説や、デマを検証して「えー、疑わしいけどほんとなの…?」に答えてくれる記事が、言葉の問題によって遠ざけられているのです(これを逆手にとれば「HPVワクチン」の語を使えば、比較的まともな情報がヒットしやすい…とも言えるかもしれませんが、その言葉を知らなければどうしようもありません)。


こういったことを避けるためにも、厚生労働省などがオフィシャルな情報として、Q&Aのようなわかりやすい形で、デマ(流言)に対するカウンター情報を発信していく必要があるのではないかと思います。そしてもちろん、この情報はアクセスしやすい場所においてもらわなければ困ります。これは、「子宮頚がん予防ワクチン」という奇妙な語を採用したものの責任でもあるのではないでしょうか(笑)*2

*1:「完全なデマ」と(あるていどの)根拠のあるHPVワクチン反対論を分けています。「解説」には開業医による解説、論文、メディア記事、解説目的の個人ブログを含みます。病院のサイトで、解説より接種案内が主なものは「その他」に。

*2:現状、デマによる接種忌避がどの程度あるのかはわかりませんが…。