子宮頸がんワクチンで不妊になるというのは根も葉もないデマ

注意
このエントリーは子宮頸がんワクチンの妊婦への接種を推奨するものではありません。「子宮頸がんワクチンを接種すると不妊になる」というデマについて検証しています。今のところ、妊婦への接種については(とくに危険だというデータはありませんが)、安全性データが十分に蓄積していないとされています。


「子宮頸がんワクチンで不妊になる」「アジュバンド(正しくはアジュバントです)で不妊になる」という噂が一向になくならないようです。このような噂の中には、「裏でビル・ゲイツが糸を引いているのだ」とか「民族浄化や人口削減が目的なのだ」と言ったような、「え、それ本当に信じてるんですか?」と問いただしたくなるようなものも多いのですが、それでも信じられているようです。ここでは、「ワクチンで不妊になるのかならないのか」を、そのメカニズムには一切触れずに、「じゃあ、実際接種した人は不妊になったのかどうか」という事実のみに注目して情報を集めました(メカニズムからの検証は「サーバリックスで不妊になるのか?」 cervarix@ウィキ等を御覧ください)。なお、「子宮頸がんワクチン」は本来「HPVワクチン」と呼ぶべきとは思いますが、ここでは分かりやすさを優先して「子宮頸がんワクチン」で統一します。

動物実験

子宮頸がんワクチンは出産可能な年齢の女性に適用されますから、当然、承認申請のための非臨床試験で生殖発生毒性試験(ラットにワクチンを投与して、妊娠出産への影響を見る)は重要な試験としてちゃんと行われています。承認申請時に提出される書類をインターネット上で閲覧することができますので見てみましょう。

雌の Sprague Dawley ラットを用いた GLP 試験において、V501の胚・胎児発生に対する影響を 試験した [2.6.7.5項]。本試験は、V501の筋肉内投与スケジュールとして、交配前抗原刺激ありの F0 雌ラットには、交配の5週間前及び2週間前並びに妊娠6日及び授乳7日にワクチンを投与し、交配前抗原刺激なしの F0 雌ラットには、妊娠6日及び授乳7日にワクチンを投与して、その F1 世代の発生、成長、行動、生殖能及び受胎能に対する影響を評価し、また F0雌及び F1世代における 抗HPV抗体を測定することを目的として実施した。(p.8)

文中のV501=ガーダシルのことです(以下の資料でも同様)。この試験は、F0(母親)ラットに、妊娠させる前に2回、妊娠中に1回、授乳中に1回ガーダシルを接種して、F1(子)への影響を見る試験です。さらに、対照群(ワクチン接種した群と比較するためのラット)として、「リン酸緩衝生理食塩液*1」群の他に、「アルミニウムアジュバント群」も設定しています(p.8)。接種量については、現在販売されているヒト用ガーダシルの2倍の抗原量をそのままラットに用いています。(ガーダシル添付文書

ワクチン製剤として、HPV 6、11、16及び18型L1 VLPを、それぞれ40、80、80及び40μg/mL含有するものを用いた [2.6.7.2項]。体重換算で比較すると、ラットへのワクチン投与量はヒトへの予定投与量の約300倍に相当した。(p.8)

その結果の一部が以下の表になります。なお、帝王切開については、胎児の様子等の観察のために予め何匹は帝王切開すると決めてあったものです。



p.17-18

妊娠動物あたりの着床前胚死亡率、着床後胚死亡率、並びに平均着床数及び生存胎児数により、 胚及び胎児の生存を評価したところ、ワクチン投与の影響は認められなかった。また、F1 胎児の雌雄比、肉眼的胎盤形状及び平均胎児体重に、投与に関連する影響は認められなかった。さらに、 胎児の外表、内臓、頭部及び骨格に、投与に関連する影響は認められなかった。(p.10)

表を見ればわかりますが、体重換算でヒトの300倍の量のアジュバント又はワクチンを投与したラットも交配させた44匹中41匹が妊娠してますし、胎児にも特に影響はありませんでした。


もう一つの子宮頸がんワクチン、サーバリックスについても同様の試験は行われています。

サーバリックスでは、体重換算でヒト投与量の25〜50倍を投与しています(p.9)。

本ワクチンまたはアジュバントの交配前投与による雌受胎能(妊娠動物数および着床数)に対する悪影響は認められず、ワクチン群では全例で交尾が成立し、妊娠した。本ワクチンおよびアジュバントは、性周期に影響を及ぼさず、交尾成立時間、膣栓数(雄許容の指標)および膣洗浄液中の推定精子数は全群で同程度であったことから、交尾能にも影響を及ぼさないと考えられた。試験期間中に、一般状態、体重および摂餌量に悪影響は認められなかった。胚・胎児発生にワクチンの影響はみられなかった。妊娠動物はすべて生存児を出産し、いずれの群においても生後?*2日までの出生児の発育、発達および生存率に影響は認められなかった。(P.9-10)

臨床試験

動物(ラット)においては、妊娠出産への影響はありませんでした。ではヒトではどうでしょうか。

子宮頸がんワクチンの臨床試験においても、妊娠した人はたくさん確認されています。海外での臨床試験については以下のように記載されています。

V501の第III相試験*3を通じて、2,832例の女性(V501群:1,396例、プラセボ群:1,436例)に3,225 件の妊娠が認められた[表2.7.4B: 19]。このうち2,652例の胎児及び乳児については転帰*4が判明した (転帰が判明しなかった妊娠の大部分は、海外適応拡大申請のための治験データベース最終固定時に妊娠継続中であった)。妊娠(人工妊娠中絶を除く)に対する自然流産・死産(自然流産又は後期胎児死亡)の割合は、V501群([288+13]/[1315-146]、25.7%)とプラセボ群([311+11]/[1337-167]、 27.5%)において同程度であった。(中略)以上より、V501の接種により、受胎能、妊娠及び乳児 の転帰に有害な影響が及ぼされることはないと考えられる。(p.168〜169)

また、国内臨床試験については被験者数は少ないですが、詳細な転帰が記載されています。


p.208

[2.5.5付録: 15]に示すように出産に至った妊娠の割合や流産・死産の割合はいずれも両群間で大きな差違はなかった。異常が認められた乳幼児の割合も両群間で同様であった。該当症例が少数であるため、結論付けることは難しいが、027試験の結果からは、V501接種が妊娠の転帰に悪影響を及ぼす兆候は認められないと考えられる。(p.179)

サーバリックスでは、複数の臨床試験の結果をあわせて、サーバリックス(HPV)、アジュバント(ALU)、A型肝炎ワクチン(HAV360及びHAV720)をそれぞれ接種した人についての妊娠の転帰を比較しています。


p.285

安全性の併合解析の対象試験において、2006 年 9 月 30 日までに計 1737 件の妊娠が報告された(表2.5.5-32)。妊娠および妊娠の転帰のほとんどは 15-25 歳の集団において報告された。 この年齢集団は、現在実施中の最大規模の臨床試験である HPV-008 試験において 18500 例 を超える被験者が登録されている集団である。これら 1737 件の妊娠のうち、503 件(29%)が妊娠継続中であり、769 件(44.3%)が正常児を出産し、210件(12.1%)が選択的妊娠中絶に至り、155 件(8.9%)が自然流産に至った。(中略)妊娠の転帰を群間で比較したところ、本ワクチン群と対照群との間に大きな差は認められ なかった(表 2.5.5-32)。異常児(先天異常を含む)の発現率は、本ワクチン群で 0.7%であり、 水酸化アルミニウムプラセボ群である ALU 群(2.3%)および HAV720 群(1.2%)に比べ低かった。 なお、HAV360 群では異常児(先天異常を含む)は報告されなかった。(p.284)

市販後調査

ガーダシルは2006年に米国で、サーバリックスは2007年にオーストラリアで承認されてから、世界各国で販売されています。ガーダシルの製造販売元Merckでは、市販後の安全性調査のため、米国・カナダ・フランスにおいて妊娠した場合の登録制度を設置し、妊娠のその後についてのフォローアップを行なっています(接種後1ヶ月以内に妊娠した人及び妊娠中に接種してしまった人について、お医者さんが自分の患者さんを登録する仕組み)。

この調査の年次レポートは、申し込まないと見られないようなのですが、論文としてまとめられたものがあります。

Dana Adrianら Obstetrical & Gynecological Survey: 2010;65:169-170
(訳)ヒトパピローマウイルス6/11/16/18型ワクチン*5の妊娠登録制度における妊娠の転帰


この論文の内容については、「感染症診療の原則 HPVワクチン接種後の妊娠・出産」に要約されていますので引用させて頂きます。

最初の2年間の市販後調査での報告では、接種した群ではアウトカムの把握されている517の妊娠がありました。451例(87.2%)が出産となり(3組の双子を含む)、454の児が誕生しました。96%以上の新生児は異常がありませんでした。全体の中絶は6.9/100(95%CI:4.8-9.6)*6となっていました。先天異常は2.2/100(95% CI, 1.05−4.05)で、454例中7例の死亡があり、1.5 /100 (95% CI, 0.60−3.09)でした。市販後調査2年の結果からは、ワクチンと妊娠・胎児の異常に関連性はみられませんでした。


以上、動物実験でも、臨床試験でも、市販後調査でも、子宮頸がんワクチンを接種した人(ラット)の多数が問題なく妊娠、出産しています。不妊を疑うべきデータは今のところありません。「この成分がこういう問題を起こすかもしれない」という疑惑がいかにあろうとも(その疑惑自体、この件に関しては理にかなったものではないのですが)、実際に接種した人にその問題が起こっていないという事実があれば、「その疑惑は間違いだった」と考えるべきです。世界で子宮頸がんワクチンが使われだしてからすでに6年経過しています。その前には数年間をかけた臨床試験も行われています。妊娠可能な女性に接種するワクチンですから、妊娠・出産への影響は当然調べられていてるのです。現実に起こっていることを無視した陰謀論に耳を傾けるべきではありません*7

参考記事

感染症診療の原則「HPVワクチン接種後の妊娠・出産
うさうさメモ「HPVワクチン(子宮頸がん予防ワクチン)のよくある「疑惑」について


2013.3.4追記
製薬企業と独立に行われた研究結果についてまとめました。やはり子宮頸がんワクチンと不妊には関連がないというものです。
「子宮頸がんワクチンで不妊」はやっぱりデマ うさうさメモ

*1:生体に対してほとんど影響しない

*2:非公開のため黒塗りされています

*3:薬の承認を受けるための大規模臨床試験

*4:転帰=アウトカム。疾患や有害事象が発生した後、ある時点までに至った結果のこと(森口理恵「まずはこれから!医薬翻訳者のための英語」より)。今回は「妊娠」なので疾患や有害事象とはいえませんが、要は妊娠した人がその後どうなったかということ。

*5:ガーダシルのこと

*6:CI=95%信頼区間。統計的に見積もられるバラツキの範囲を示すもので、対照群と比較するときなどに用います。

*7:なお、今回紹介したデータは製薬会社が提供しているものです。製薬会社の言うことは一切信用ならないという人には反論にならないかも知れません。けれど、妊娠したかどうかという、誰の目にも明らかな現象について、ここまでの規模で捏造を行い、それを隠蔽するのが可能かどうか、よく考えてみれば分かると思います。臨床試験には、非常に多くの医療関係者、一般人である被験者が関与しています。