竹信三恵子 「家事労働ハラスメント-生きづらさの根にあるもの」

「妻が病気になったために、家事・育児・仕事をすべてこなさなければならなくなり、大変なことになった」というあるサラリーマンの記事に、「この例を出せば、現代の働く女性が求められている大変さが少しは伝わるのではないか」とブコメしたところ、「そんなの誰も求めてないのに」というコメントがついたことがあります(このコメントにはそこそこスターがついてました)。「誰も求めてない」というのは、決して、「世の中のほとんどの家庭では家事は当たり前に分担されているから(女性だけが背負うことは求めてない)」ではありませんよね。「女性が社会に進出するのは女性の勝手。誰もお願いしたわけじゃない」ということなのでしょう。「女性が社会進出したいというなら、そちらが社会に合わせるべきだ。社会や俺達が変わる必要はない」という気持ちがうかがえます。一方、「女なら家事をするべき」については、誰かがお願いするまでもないような、「あたりまえ」と考えられがちです。男が仕事をすること、女が家事をしてそれを支えることは「あたりまえ」であり、特に誰が望んでそうなっているのかとか、なぜそうなのかについて考えない人も多いのでしょう。

しかし、女性であっても、仕事をして成果を得たいと考える人は当然いるし、経済的な理由から働く必要がある女性もたくさんいます。その中で「家事は女がするもの」に変化がなければ、女性は二重の負担を負ったり、「仕事と家庭」の間で悩むことになります。また、家事や育児、介護のために職を手放し、再び仕事を持とうとしても困難で、経済的に自立できなくなっていまう女性もいます。そして逆に、「子育てにもっと関わりたい」という男性には、選択肢がさらに少ないように思えます。

安部内閣のキーワードだった、「すべての女性が輝く社会」。けっこうなお話ですが、なんとなく警戒心を抱いてしまう、キラキラワードでもあります。人口減少で女性の力を「活用」しなければならないのはわかるのですが、重要な視点がすっぽり抜けていて、このままでは女性が背負わなければならないものが多くなりすぎ、とても生きづらい社会になっていくように思えます。

本書は、現在の「女性活用」においてほとんど見て見ぬふりをされている、「家事労働を誰が、どう負担してくのか」という問題について正面から問いただしている本です。「働く女性の支援=子育て支援、家事・育児・介護と仕事の両立支援」として語られがちですが、そもそもそれらが女性に(ほとんど無意識に)丸投げされていること自体が、生きづらさを産んでいることを指摘しています。そして、なぜこの問題が「見てみぬふり」されてきたか、そして、その結果何がもたらされているかについて、「家事の価値」をキーワードとして、取材とデータを元に考察したものです。

本書の構成-竹信三恵子 「家事労働ハラスメント-生きづらさの根にあるもの」
序章 被災地の百物語
第1章 元祖ワーキングプア
第2章 「専業主婦回帰」の罠
第3章 法と政治が「労働を消す」時
第4章 男性はなぜ家事をしないのか
第5章 ブラック化するケア労働
第6章 家事労働が経済を動かす
終章 公正な家事分配を求めて

「家事」ほど相反する評価につきまとわれ続けてきた労働はない。「家事はお金では測れない神聖なものだ」「家事は肉体労働の汚れ仕事とは異なり、女性向きの軽くてきれいな仕事だ」。こんなふうに、妙に持ち上げる声があるかと思うと、「家事は創造性のいらない単純労働」「家事は産業化が進めば家庭内から消えていく存在」といった評価が聞こえてくる。
(中略)
ただ、持ち上げようが、貶めようが、その後に必ずついてくるのは、「だから、家事に対価はいらない」という言葉だ。
(中略)
しかし、人間の一日は、どんな人でも平等に二四時間しかない。そのうちの多くを、対価のない労働に費やせば、その人は生活していけない。だから家事労働は、扱いを間違えれば、これに携わる人を貧困と生きづらさの中へと落とし込みかねない。一方で、家事労働は、幼い子どもを育て上げて社会へ送り出し、弱ったお年寄りを日々支え、働き盛りの人々が英気を養って再び職場へ出かけていくための基礎を作る重要な仕事でもある。
(中略)
この本では、だれもが必要とする「癒しの営み」のはずの家事が、その不公正な分配によってどのようにして苦しい労働に変わるのか、どのように人々の生きづらさや貧困を招き寄せていくのかをたどっていきたい。見えない働きの公正な分配なしに、私たちは直面する困難から抜け出すことはできないという事実が、そこから浮かんでくるはずだ。


竹信三恵子「家事労働ハラスメント」 「はじめに」より引用

本書が指摘する、家事労働が生きづらさを招くシステムを簡単にまとめると以下のようになるでしょう。

家事の「見えない化」(人は家事なしでは生活を営めないのに、その労働の存在を無視)

労働者から「家事のための時間」が奪われる-「家事をやってくれる人」のサポートを前提とした働き方を前提とする

家事労働の担い手が労働市場で排除される(家事があるから『普通に』働けない)→経済力・意思決定力のなさ/貧困
ひとり親世帯の困難
家事労働の担い手の社会的な発言力の弱さ
社会的な力のある人の目に家事の存在が見えない/価値が分からないため正当に評価されない→家事っぽい労働の軽視(介護など)

家事の「見えない化」の強化(はじめに戻る)…

本書では、近代以降、どのように家事労働の「見えない化」がなされ、家事の担い手が職場から排除されてきたか、高度経済成長、バブル経済リーマンショックなどの経済の動向がどう影響してきたかなどが解説されています。例えば、男女雇用均等法のスタート時に、家事・育児時間が考慮されず、「妻をあてにできる男性」の、「家族を養うことを第一目標とする働き方」を基準にした働き方、ライフスタイル(通勤時間など)が固定化されてしまった。そして企業は正社員に、長時間労働や全国転勤に応えることを「踏み絵」としている…などです。

そして、「家事の見えない化」の背景には、女性の労働力をいくらでもタダで使える資源として活用したい、男性の身体を管理し抑圧することで生産性の高さを確保したいという国家や社会の要請があると、指摘しています。

そのころの私は、家事と育児と会社の長時間労働のはざまで、なぜこんなに働きにくいのかと悩み続けていた。悩んだ挙句、私はその苦しさの根に、家事労働という仕事を、労働時間でも社会政策でもまったく考慮せず、とにかく家庭や女性に丸投げさえしておけば収まると思い込んでいる日本企業の労務管理や政府の社会政策が思い当たった。
(p.233)


日本では、家事や育児に対する「ねばならない」も強固です。「子どもは三歳までは母親が見るべきだ」「できるだけ手料理がよい」「家事は手抜きしてはいけない」「家事・育児は女性がするべきだ」etc. この「ねばならない」は家事労働の担い手としての女性を労働市場から排除するシステムを強化しています。いったん弱まりかけていたかに見えたこのようなプレッシャーの「バックラッシュ」、特に日本会議を中心とした動きが本書では触れられていました。


一方、男性に対しても強固な「ねばならない」があり、横並びに規制されて生きづらさを増しています。

たとえば、女性と対等に付き合える自然体で等身大の人生を目指す新し男性像を「草食系男子」の言葉で表現した深澤真紀さんは、「本来プラスの意味で使ったこの言葉が、マスメディアで流布される過程で、気力がない男、恋愛もできない男、といったマイナスイメージにゆがめられてしまった」と指摘する。
(略)
産業構造の変化の中で、すでに「妻を養え」なくなり、女性と協力して家庭を維持することが必要になっている若い男性たちは、こうしたからかいと歪曲によって、変化に見合った男性像への道をもふさがれつつある。
(p.137-138)


では、この「悪循環」から抜け出すにはどうしたらよいのでしょうか。本書では、「企業や男性は手付かずにしておきたい」と、繰り返される「仕組みをかえなくてもなんとかなるはず」という提案のあやしさを見破り、その上で、家庭、社会を含めた家事労働の再分配の道を考えるべきだ、としています。

まず、男女の有償労働と無償労働にかける時間や分担の度合を調整し、見えにくい無償労働の正確な見取り図を描くことを基礎にします。そして、税金を投入して家事・育児の負担を社会で分担したり、企業が労働時間を短縮して働き手に家事時間を返し、夫もその時間の一部を使って女性の家庭内労働を分担するという道です。「男性一人がめいっぱい働いて世帯を支える」社会から、女性の経済力向上による新しい豊かさを目指すのです。家事労働負担の男女比や、保育所不足など、日本と似た状況にあったオランダの例を挙げ、パート労働の質を上げることによるワークシェアなどを紹介しています。オランダでは、女性が経済力を持つことによって男性が長時間働かなくても生活できるようになり、パート労働に転換して生活を楽しみたいという人が増え始めた、とあります。

また、女性の家事労働の分担に税金を投入することに社会的合意が得られない場合に、家事労働の受け皿として「社会の外」の存在であり、「安くても当然とされる理由を持つ人々」である移民等が搾取されることになると予想され、そのリスクについても述べています。


現代の日本では、意思決定の場に女性が極端に少なくなっています。

2014年の報告では、142カ国を対象とし、日本は104位でした。前年は136カ国中105位でした。健康的な寿命、識字率中等教育への進学率に関する順位は1位でしたが、経済参加は全体で102位、政治参加は全体で129位となっていました。

一般財団法人アジア・太平洋人権情報センター ジェンダーギャップ指数(2014)

それと同時に、家事・育児が極端に女性に偏っています*1。そして、家事や育児に足を取られていては出世できない社会です。なので、家事についてほとんど経験のない人たち、家事と仕事の両立について考えたり悩んだりした経験のない人たちによって政策決定がなされていきます。そのような中で、「家事労働どうするの」という問題を正面から捉えた議論は圧倒的に不足していると思います。

女性の労働力は「活用」したい、しかし女は「家を守る」存在のままでいさせたい、現代の日本社会に存在するアンビバレンスを覆い隠そうとする「女性が輝く」みたいなキラキラワード。女性がいろいろなことにチャレンジすることを持ち上げる(○○ジョなど)風潮の裏にある、何かを始めても「仕事か家庭(子ども)か」などの選択を迫られて足を取られる現状。これらに息苦しさを感じている方が本書をお読みになれば、非常に共感できると思います。また、女性の「仕事と家事の両立」を他人ごとだと感じている男性にも是非一読していただきたい本です。決して、「家事をしない男が悪い!」と非難するような内容ではありません。男性もまた、人生を捧げるような働き方で奪われているものがあると、気づくきっかけになるかもしれません。

「manufactroversy=でっち上げられた論争(エア論争)」

本ブログでは医療・医学に関するデマを取り扱っています。以下のようなものです。

これらの記事で取り上げている話題は、専門家の間で論争になるようなことではありません。むしろ、「は?なにそれww」と一笑に付されるようなものでしょう*1。しかし、ネット上やテレビ、雑誌などのメディアで、あたかも「賛否両論」であるかのように取り上げられることがあります。それによって、専門家から見れば突拍子もないような「幻の争点」が、社会的(時には政治的)に力を持つことになります。

英語には、こういった現象を表す言葉があります。
Manufactured controversy 」 省略して、「Manufactroversy」

"Manufactured controversy"は、直訳すると「でっちあげられた論争」です。もうちょっとこなれた表現で、「エア論争」くらいでどうかなと思います。


The Skeptic's dictionary(懐疑主義の辞典)の解説を引用します。

manufactroversy はデマの一種で、大衆を混乱させる目的で論争をでっちあげることである。 manufactroversy は、議論になっていないような論点について、重大な異論が存在していると見せかけようとする。典型的な例は、「喫煙は肺がんの原因にならない」という意見を広めようとするタバコ業界のロビー活動など。

原文
A manufactroversy is a type of disinformation in which one manufactures a controversy to confuse the public. A manufactroversy tries to make an issue that is not in dispute appear to be one over which there is significant disagreement. Classic examples include: The Tobacco Lobby's campaign to spread the notion that cigarette smoking does not cause lung cancer

manufactroversy, the skeptics dictionaryより、うさじま訳

他の例として、以下のようなものが挙げられています。


これらのキャンペーンは、日本にも輸入されていますので、きいたことがある方も多いのではないでしょうか。「ニセ科学」の例として取り上げられているものもあります。記事によれば、修辞学教授のLeah Ceccarelli氏いわく、 これらの主張を行う人々の動機は、「金銭的な利得か、極端な思想」だそうです。そして、実際には論争になっていない「問題点」について、大衆の混乱を意図的に引き起こすのです。彼らは陰謀論や、「科学の神聖なる教義に挑戦したために迫害されいてる」という主張を好みます。「エア論争」クリエーターには、医師や学者などの肩書を持つ人が少なくありません。架空の論争をでっち上げるにはこれらの肩書は非常に有効でしょう。記事中の、懐疑主義者の医師、Dr. Harriet Hallの文章を引用します。

反ワクチンの『エア論争』を)創りだすのは、ダメな科学(junk science)、不誠実な研究者、職業上の非行、完全な詐欺、虚偽、故意に歪めて伝えること、不適切*2な報道、嘆かわしい広報、お粗末な判断、医学のすべてより自分たちが賢いと考える有名人、そして、少数の無分別な独自路線の医師である。  


原文
created by junk science, dishonest researchers, professional misconduct, outright fraud, lies, misrepresentations, irresponsible reporting, unfortunate media publicity, poor judgment, celebrities who think they are wiser than the whole of medical science, and a few maverick doctors who ought to know better.

manufactroversy, the skeptics dictionaryより、うさじま訳

日本で最近話題になっている例といえば、「がんは放置していい」だとか「輸血は不要」だとかがありますね。ワクチン危険論は色々と、根強くあります。


「エア論争」を作り出す人々に加えて、世間に拡散する人々もいます。Skeptic's dictionary の記事では、「科学に疎いジャーナリストが、まともな専門家に話を聞かずに、「エア論争」クリエーター(反ワクチン論者など)を専門家のように取り上げて、その主張を拡めるのに一役買っている」と指摘しています。日本でもこれはよくあることです。また、政治家が絡んでくるとさらにやっかいです。政治家は、現実の世の中を動かす力(自分の意見を政策に反映させる力)を持っています。つまり実行力があります。パワフルな実行力を持つ人が、間違った信念に基づいて行動することで、社会ぐるみで見当違いな努力がなされることになります。もちろん、税金を使って…。「エア論争」キャンペーンに身を投じるジャーナリストや政治家たちの中には、利得のためだけでなく、ある種のヒロイズムに酔っている人もいるようです。「科学」や「医学」という権威に立ち向かい、真実を暴き、大衆を良き方向に導くというような…(もちろん、『エア論争』の拡散自体にも利得はあります。例えばデトックスやサプリの販売に気軽に利用できます。また、人を脅かすような情報は「よく売れ」ます。最近では「炎上商法」と呼ばれる、論争そのものでアクセスを集めるやり方もあります)。


「エア論争」は、一度社会に広まってしまうとなかなか消えません。「エア論争」のキャンペーンでは、「『言論の自由』や『学問の自由』、『懐疑主義』といった、科学や民主主義にとって重要な概念を巧みに利用する」、とskeptic's dictionaryの記事にあります。たしかにこのフレーズが出てくると安易に切って捨ててはいけないような気がしてしまいます。しかし実際には「特に根拠を示さなかったり、事実誤認/曲解を元になされている主張」であり、「主張するならまずお前が証拠を示せ」と毅然とした態度を取るべきでしょう。どんなに誠実に「論争」に応じても、彼らは決して自分たちの主張を引っ込めたり、誤りを認めることはありません。彼らにとって、真実はどうでもよいからです。彼らの望みは問題の解決ではなく、「論争」そのもの、そしてその「論争」を利用して自分たちの考えを拡めることなのです。


ニセ科学」の問題と同様、白黒はっきり付けられないグレーな問題はもちろんあります。「エア論争」の主張の中に虚と実が巧妙に入り乱れている場合もあります。また、「かつては確かにそういった論争があったが、研究により結論がでて解決済み」なこともあります。ですから、厳密な線引きは困難でしょう。しかし、ねじ曲げられた根拠やデマに基づく「どう見てもエア」な論争に付き合うのは無駄です。それどころか、「エア論争」の存在によって、当事者が本当に困っていることや、問題の真の原因から目をそむけることになれば、問題解決からは遠のくばかりです。「エア論争」を真に受けて「エア問提議」することで存在感を示した気になる政治家やジャーナリストは、社会にとって害になるといえます。


輸血の例で言えば、「患者が○○な状態の時に、輸血をしたほうが助かる率が高いのか?」というような医学的な論争はあっても、「輸血自体が不要である」という論争はありません。感染リスク等があるので輸血はしないほうがいいに決まってますが、輸血しなきゃ死ぬ場合はしなきゃしょうがないわけです。こういう細かい(条件を限定した)議論と大きい議論の混乱、「しないほうがいい」と「絶対にするべきでない」の混同なんかは「エア議論」のトリックにありがちです。ここで「輸血不要論」を真に受けて「今まで騙されてた!よし今までやってたけどもう献血やめよう!」だとか「輸血は怖いから絶対にイヤです!」、ひいては「輸血を今すぐ禁止しろ」という人が出ると社会の損失につながります。


既存の科学や医学の常識に疑問を持つのは悪いことではないでしょう。しかし、基礎知識のないままに、「自分の頭で考え」ようとすると、「エア論争」に取り込まれてしまうことがあります。「エア論争」クリエイターたちが、そのように誘導しているからです。「科学や医学が権威としてふるまっていて、自分たちはそれに対抗するレジスタンスである」、といった気持ちのいいストーリーを構築しているのです。実際には、(捏造や曲解やデータのつまみ食いをせず)事実ベースできちんとした証拠を提示すれば、「エア論争」はまともな「議論」として、専門家により吟味されるでしょう。


「エア論争」について、専門家は、黙殺することも少なくありません。相手が説得に応じる見込みが少ないですし、あまりにも突拍子がないために逆に反論しづらかったり、無理ないいがかりでもきちんと反証しようとすると膨大な手間がかかります。また、炎上商法の片棒を担ぐはめになるのを避けたいということもあるでしょう。しかし、「エア論争」が見当違いで無意味なものであるということについては、やはり専門家に指摘していただくしかないのではないかと思います。今はSNS等で直接発信できますから、不毛な対決や「なんちゃって両論併記」にならない形で、反論することもできるのではないでしょうか。ただ、「エア論争」を商売でやっている人や、信者化してしまっている人からの嫌がらせ等が予想されるのが辛いところですが…。専門家個人というより、学会などの団体として毅然とした反論を示すことも有効ではないでしょうか。


わたしたち一般市民にできることと言うと、煽りメディアや炎上商法に「乗らない」ことでしょうか。自分が当事者であるばあいには、難しいかもしれませんが。「エア論争」クリエイターが一定数出てくるのはある意味防ぎようがないことにも思えます。こういうデタラメを拡めるかどうか、メディアの果たす役割は非常に大きいと思います。そういう情報発信は要りません、と意思表示していくこと…これも難しいですが、マスメディアを「育てる」しかないのかもしれません。

*1:過去に論争になったがデータが蓄積されて解決済みとなった問題を蒸し返し続けるパターンもあります。

*2:twitter経由でのご指摘により「無責任」から訂正しました。ありがとうございました。

クラゲファンはもちろん、深海ファンも。ナイトアクアリウム@新江ノ島水族館

特別企画「ナイトアクアリウム」新江ノ島水族館

7月20日(日)〜11月30日(日)
17:00〜20:00
[開催期間中の休催日]
10月18日(土)、24日(金)
※10月18日(土)のふじさわ江の島花火大会が順延の場合、10月19日(日)も休催

開業10周年の新江ノ島水族館の特別企画、「ナイトアクアリウム」に行ってきました。17:00からナイト営業となりますが、特に別料金などは設定されていないので、早めに行って昼と夜の違いを楽しむことができます。


えのすいの目玉、クラゲ展示

えのすいと言えばクラゲで有名です。ガイドブックによれば、「癒やし」がコンセプトで、「クラゲを美しく見せるアート的な視点で」デザインされたクラゲファンタジーホールで、「世界一尽くしいクラゲの展示を目指す」そうです。

ドームのまんなかにあるクラゲプラネット。クラゲをより美しく展示するために考案した球形の水槽です。これは本当にキレイ。こんなの家にほしい。


ミズクラゲ


アカクラゲ


パシフィックシーネットル


名前忘れた。ホイミンみたいなやつ

クラゲファンタジーホールの夜バージョンは「海月の宇宙」と題したプロジェクションマッピング

夜バージョン、怪しく照らされるミズクラゲ


クラゲ画像などのプロジェクションマッピングとクラゲ水槽の共演。このプログラムは、「クラゲを題材とした美しい映像」と、「クラゲという生物の面白さ」「江ノ島水族館のクラゲへの取組み」を比較的バランスよく盛り込んだ感じで楽しめました。


クラゲファンタジーホールの隣は「クラゲサイエンス」のコーナーとなっていて、クラゲの飼育展示に長年取り組んできた江ノ島水族館ならではの、クラゲの生物としての特徴を紹介するような展示になっています。


作り方は不明だけど、クラゲをとっておける標本があるようです。


第一著者名に姓がなく、連絡先が「皇居」の論文(二人目の著者にも注目)。皇室との関わりも深いそうで、研究を紹介したコーナーがありました。


相模湾大水槽


えのすいで一番大きいのがこの水槽。イワシの群れが圧巻です。エイなどの大きい魚が通るとイワシがサーッと避けて行くのがカッコイイ!

大水槽では、ナイト営業時に「深海世界のオアシス」というプロジェクションマッピングが行われました。大水槽を背景に、深海生物が映し出されるファンタジックな映像。これはあくまで「深海生物を題材としたキレイな映像」で、ちょっと期待はずれでした。いや、映像自体はとてもきれいでしたし、後ろの水槽のいきものたちと共演する感じも素敵でした。
 

ハオリムシやユノハナガニがいる深海コーナー

新江ノ島水族館JAMSTECとの共同研究を行っていて、生きた深海生物を多数展示しています。中でもすごいのが「化学合成生態系水槽」。これ、一見地味なのですが、硫化水素を添加し、水温やpHや溶存酸素量をコントロールすることで、「深海底の熱水噴出域と湧水域、鯨骨域の持つ3つの特徴を1つの水槽内に再現し、各所に固有に生息する化学合成生態系の生物の長期飼育法に感する研究開発を行っている世界唯一の水槽(ガイドブックより)」なのです!


熱水噴出域や鯨骨域の模型。


化学合成生態系を再現するための装置の展示。


ハオリムシの殻?と、硫化水素濃度を調べるための装置だそうです。

この水槽の他にも、色々な深海生物が。

名前忘れた…


ウミエラの一種


ダイオウグソクムシ先生(なぜかこいつだけ名前シールが)


ユノハナガニ


触れるダイオウグソクムシの殻。見た目はダンゴムシみたいですが、手触りはカニに近い感じでザラザラしてとても硬かったです。


メンダコ標本
 
 

もう一つの深海展示「しんかい2000

深海探査船「しんかい2000」の実機が展示されています。

しんかい2000実機。1982年から2002年までの20年間、1411回の航行をしたそうです(えのすいガイドブックより)。


サンプリングのためのロボットアームとスラープガン。


深海探査のための防寒服。


この展示コーナーでも、ナイト営業時に「しんかい2000の冒険」というプロジェクションマッピングが行われました。しんかい2000本体にマッピングされるのは、20年間におこなってきた数々の探査とその成果、そして、引退後、クルーや研究者に見送られ、えのすいにやってくるまでの思い出の映像でした。引退した実機にその活躍の映像を投影するという演出が胸熱で、思わずほろりとしてしまいました。マッピングの規模などは小さく短いですが、内容的には一番これが印象深かったです。深海探査に興味がある方にはおすすめです。


しんかい2000の展示には他にもコックピットの実物大模型や深海高圧環境水槽の実物、深海探査の歴史がよくわかる年表などもあり、なかなか充実していました。

 

そのほか


ウミガメコーナーではえのすいトリーターによるトークがありました。カメは、夜なので寝ています。寝てるカメを見ながら、トリーターさんがウミガメに噛まれて大怪我をし、「カメに噛まれた人」として病院の看護師さんの間で話題になった話などを伺いました。ウミガメの中でもアカウミガメはかなり獰猛で、仕切りがないと骨肉の縄張り争いになり、甲羅も噛み砕く勢いだそう。また、ビニールが落ちているとあっという間に食べてしまうそうで、ゴミがプールに入るのを交代で見張っているそうです。海でも、ビニール食べちゃって死んでしまうカメが多いそうです。


イルカコーナーでは、暗闇で泳ぐイルカ(よく見えない)を見ながら、アニサキス海獣類の餌であるサバなどにいる寄生虫。これを殺すために必ず冷凍した餌を与えるそうです)のお話など。


館内は青色LEDの灯籠に照らされ、きれいでした。水族館のすぐ外がビーチで、夜の砂浜や江ノ島のタワーが見えるロケーションもよかったです。売店では、カクテルも。


見上げる水槽も、夜バージョン。



最近ナイトアクアリウムが流行のようです。葛西にも行きましたが、それぞれ工夫を凝らしていて楽しめました。それにしても、プロジェクションマッピングは外せない!って感じですね。えのすいは、美しく見せることと、生き物自体の魅力を伝えること、海洋生物を知り、飼育することの難しさや楽しさを伝えることバランスがよく、色々な人が楽しめると感じました。昼間よりも夜のほうが人が多く、人気の企画のようです。11月末までやっているので、興味のあるかたはぜひ。

 

おまけ


おみやげはこれ。


ダイオウグソクムシフウセンウナギが当たりました。右側は裏返すと跳ねるやつ。こちらもガチャポン、100円。

あと、今回の記事を書くのに非常に役立ったガイドブックは2014年10月1日初版発行とあります。オールカラー95ページで1500円(税抜き)。


江ノ島に来たからには…ということで近くのお店(「しらすや」)の生しらす釜揚げしらす、しめ鯖の三色丼と、しらすかき揚げ。

しらす自体の味は…淡白ですね。でも薬味とのハーモニーはおいしかった。


bills七里ヶ浜のパンケーキとホットサンド。表参道よりかなり空いてました!

日本では無痛分娩が少ない理由を制度面から考える勉強会に参加してきました

(注)この記事は、うさじまが勉強会で聞いたことを、当日配布の資料とメモを見ながらまとめたものです。できるだけ正確に伝えるよう努力していますが、医療の専門家ではないため、理解が足らなかったり、不正確な内容を含む可能性があります。その点ご留意の上でご覧頂きますよう、お願いします。

2014. 9. 27 講師 大西 香世 (国立生育医療研究センター研究所・政策科学部研究員)


上記に参加させていただきました。勉強会は、「性と健康を考える女性専門家の会」の会員でなくても参加できるとのことでしたが、参加されている方はやはり医師や看護師、助産師など医療系のお仕事の方が多いようでした。かなりアウェイな状況でビビりつつ参加してきました。2時間のうち、講師の大西先生のプレゼンが約1時間、休憩を挟んで質疑応答が1時間でした。


大西先生のお話は、日本にある「お腹を痛めてこそ子どもに愛情がわく」といった社会規範だけでなく、制度的な要因から「なぜ日本では麻酔出産が少ないのか」について考える、というものでした。ちなみに、タイトルの「エピデュラル」とは硬膜外麻酔のことで、米国等では硬膜外麻酔を用いた出産がかなり広く行われているそうです(当日配布された資料によれば、フランス75%、アメリカ66%、イギリス23%等。イギリスではエピデュラルの他に助産師による笑気麻酔も使われ、麻酔分娩自体はもっとある。日本は2008年のデータで2.6%)。大西先生の研究では、日本における産科医療の歴史や医療機関への調査から、以下4つを「日本で麻酔分娩が普及していない理由」として挙げられています。

1. 周産期医療が分散型である(集約化されていない)こと

大きな病院と近隣の診療所が役割分担し、検診は近所のかかりつけ医、出産はかかりつけ医の立会のもと病院で、という「機能分化とオープンシステム化」がなされていない

cf.リーズ医療のゆくえ「産科オープンシステム」, 中京テレビニュース

これは、戦後の医療改革の際、政治的な理由により開業医制に有利な政策が取られることとなったため。その結果として、周産期医療体制の中に、産科麻酔部門を確立する体制が整えられていかなかった。

2. 周産期医療に麻酔科医を取り込むのが難しいこと

まず、日本全体において、麻酔科医が絶対的に不足している。そして、麻酔科医が産科医のサブに位置づけられるなど、チームワークを可能にする環境が整えられてこなかった。実際には、産科麻酔は産痛緩和のためにのみあるのではなく、緊急帝王切開など母子の安全にとっても必要なものであるが…(平成20年の総合及び地域周産期母子医療センターにおける麻酔科診療実態調査によれば、緊急帝王切開を30分以内に実施できない主要な要因は麻酔科医不足だそうです)。

3. 正常分娩が診療報酬体系から除外されている上に、麻酔管理料がさらにプラスされること

日本では産痛緩和目的の硬膜外麻酔は公的医療保険そして、正常分娩ももちろん保険外。フランスでは、医療保険金庫によって硬膜外麻酔にかかわる諸経費を100%負担するそうです。そもそも日本では「お産」は「医療のカテゴリーではない」とされてきた。そして、正常分娩が「現物給付(社会保険や公的扶助の給付のうち,医療の給付や施設の利用,サービスの提供など,金銭以外の方法で行うもの)」化されてこなかった。これらのことから、産婦の経済負担が大きく、麻酔分娩が選択されにくい。

4. 助産師と女性市民による自然分娩運動の結果、「自然なお産」志向が強いこと

戦後、欧米において過度に医療化された出産に対し「自然分娩」運動が起こる。日本では、サリドマイドなどの薬害事件の時期とこの時期が一致しており、「自然なお産」が求められるように。1980年、「ラマーズ法」が日本に紹介されると、医療行為が行えなくなっている助産婦の「職業戦略」として積極的に採用された。女性市民と助産婦による自然分娩運動が共鳴し、自然なお産志向が強まった。現在でも助産師には麻酔分娩にネガティブなイメージを持つ者が多く、産婦に影響を与える可能性がある。しかし、実際に硬膜外麻酔分娩を導入した神戸パルモア病院では、麻酔分娩導入に伴い助産師の考え方も変わっていった例がある。フランスの助産師は、硬膜外麻酔分娩以外を体験したことのない人も多い。麻酔開始のタイミングが大切で、それが助産師の大切な仕事となっている。イギリスでは、助産師が使える笑気麻酔のボンベがある。

質疑応答から

プレゼン後の質疑応答ですが、参加者の多くが医療関係者ということで、「硬膜外麻酔分娩の安全性」や「胎児への影響」に関する話題が多く、大西先生への質問というよりも参加者同士のディスカッションのような感じになっていました。この内容については、専門性が高く聞いただけで正確に理解するのが難しかったこと、個人の体験を元にしたお話も多かったことなどから、ここに詳しく書くのはやめておきます。一つ言えるのは、硬膜外麻酔分娩が「安全なのか」「積極的にやっていきたいのか」について、(日本の)産科医の間でも意見がいろいろありそうだということです。実際、行っている施設が少なく、自分で扱っていない方がほとんどだからかもしれません。しかし、そうであっても、選択肢として麻酔分娩があることには意義があると考える産婦人科医の方もいらっしゃるようでした。このへんの考え方については、下記のTogetterにまとめたことと通じるものを感じました。


個人的に印象的だった話をメモしておきます。

  • 助産師教育をされている方のお話。「助産師は麻酔分娩に消極的とあったが、学生を見ていると、三日三晩苦しむ高齢出産の産婦などを見て『自分は無痛分娩にしたい』という人もいる。『痛みを乗り越えることで成長できる』という考え方がある反面、『もうやだ、やめたい!!』という叫びを聞いている。そう考えると、『この痛みを味わうことが本当に女性の尊厳につながるのか』と考える学生もいる。
  • 産婦人科のご意見。「麻酔分娩があったほうがいい人は、痛みに耐えられないと思い込んでいる人。メンタルが不安定で、子育てへの不安が大きい人。こういった不安は人生で構築されてきたものなので、簡単には変えられない。最悪、『なにかあったらすぐに帝王切開にしてあげる』という約束をすることで、そのまま産めてしまう人もいる。痛みを乗り越えることで、自分の知らない自分に会えるという肯定的な考え方をすれば乗り越えやすい。
  • 日本では、お産が「医療」とみなされず、結果、自己負担が多い。また、何もなく、無事に生まれると、産科医の報酬は少なくなる。「無事産まれた・産ませた」ことへの評価がない
  • 今一番問題なのは、「産む場所」や産科医、助産師が少ない、「産むことが保証されてない」こと。

感想

この勉強会で、日本で麻酔分娩が普及しなかった背景・現状の困難が理解できました。一方、今後普及する見込みも少なそうなこと(それどころか産む場所すら、なくなりつつある…)、医療関係者にもそれほど積極的でない人が少なくなさそうなこと、生む側も同じであることもわかりました。

大西先生が挙げられた4つの理由のうち、1と3は政治的なものでした。戦後、周産期医療のシステムが構築されていった際の権力闘争の結果、とでも言えそうです。この2つに大きく関わっていたのが、「日本母性保護医協会」だそうです。この協会は現在では「日本産婦人科医会」に変わっています。もちろん、医師の団体が政治の場で発言力を持つことがいけないとか、無意味であるとは思いません。また、現在、麻酔分娩を導入する場合にもっとも問題となるのは麻酔医(産科医も)の不足であるだろうとも思います。それでも、釈然としない気持ちが残りました。

思えば、(やはり日本で普及が遅かった)ピルなどは「これが必要だ」と声を上げた女性たちがいました。しかし麻酔分娩については「女性からの要望」もあまり表に出ていないのではないでしょうか(調査したわけではないですが…)。この背景にはやはり「痛みに耐えること」に意義を見出す文化的な背景や、大西先生が指摘された自然なお産志向は大きいかなと思います。(素人のブログなどは別として)「お産は痛いからイヤ」とはっきり書いたのは、私は酒井順子さんの本しか見たことがありません。実際、本当に需要がないのか、言わないだけなのかは、わかりません。

また、麻酔のリスクについて、もし生まれる赤ちゃんに影響が多少なりともあったとして、そのリスクを、わたしたちの社会は、どこまで受け入れるのだろうか、ということも考えてしまいました。ただでさえ「母親は自分を犠牲にせよ」な世の中で、「産痛の緩和」というメリットは、「ただのワガママ」ではなく、メリットとして、認められるでしょうか。助産学生の言葉にあった「女性の尊厳」という考え方も大切だなと思いました。

麻酔分娩があったほうがいい人として挙げられた「痛みに耐えられないと思い込んでいる人。メンタルが不安定で、子育てへの不安が大きい人」というのは、まさに自分に当てはまります。たぶん、そんな人は他にもたくさんいると思います。それでも、現状硬膜外麻酔分娩を選択することは難しい。「いざとなったら帝王切開してあげる」という言葉には、かなり衝撃を受けました。硬膜外麻酔分娩という方法が、なぜ、選べないの*1?…いや、「なぜ」については、聞いたばかりです。それでもやはり、先進国であるはずの日本で、麻酔分娩という選択肢が普通に選べないことは、納得できない気持ちがこみ上げてきました。

お産は死と同様、人の自然な営みの一つです。しかし、現代では病や死の苦痛も、ある程度コントロールできるし、多くの人が、しています。昔に比べれば歯医者も注射も痛くなくなっています。そんな中でお産の痛みだけを聖域として残す必要があるでしょうか。いや、もちろん、それを体験したい人は体験すればいいのですが、体験したくない場合の選択肢がもう少し広がればな、と思わずにいられません。
 
 

*1:今考えると、帝王切開でも麻酔は必要なのに…かかる時間の問題でしょうか?

子宮頸がん予防ワクチン(HPVワクチン)に関するインターネット上の情報検証記事 MRIC by 医療ガバナンス学会

医療ガバナンス学会のメルマガで、インターネット上の子宮頸がん予防ワクチン(HPVワクチン)に関するインターネット上の情報についての検証記事が連載されていました。産婦人科医による記事であり、根拠となる一次資料も提示されている丁寧な検証で、どんどん込み入ってくる本ワクチンをめぐる情報を読み解くのに非常に有用であると感じたので、紹介させていただきます。記事で扱われているのは、最近インターネットで(時に他のメディアでも)見かける子宮頸がんワクチン危険・不要・無効などの主張の根拠としてよく引用されている内容です。ここではその「根拠」とそれに対する検証の結論を簡単にまとめておきます。元記事の詳細な検証を是非ごらんください。

Vol.210 HPVワクチンのリスク・メリット―インターネット情報の真偽(1), 尼崎医療生協病院 産婦人科 衣笠万里

NPO法人・医薬ビジランスセンター理事長の浜六郎氏によるHPVワクチンのリスクに関する記事の検証です。

  • サーバリックス臨床試験でワクチン注射後4年足らずで、30 人に1人が慢性の病気になり、100人に1人が自己免疫疾患になり、800 人に1人が死亡」→対照群であるA型肝炎ワクチン接種群とさがなかった。
  • サーバリックスA型肝炎ワクチンに含まれるアルミニウム化合物自体が慢性疾患や自己免疫疾患を引き起こす」→多くの疫学的調査から、アルミニウム含有ワクチンと神経疾患や自己免疫性疾患との因果関係は否定されている。WHOの諮問委員会(GACVS)はアルミニウム含有ワクチンによって重大な健康被害が生じることを裏づける科学的な根拠(エビデンス)はないと結論している。

臨床試験だけでなく市販後の大規模な疫学的調査でもHPVワクチンの安全性を支持する報告が出てきている。昨年ブリティッシュ・メディカルジャーナル誌に発表された北欧からの論文では、ガーダシル接種者約30万人と非接種者約70万人との間で各種自己免疫疾患・神経疾患・静脈血栓塞栓症の発生頻度を比較したところ、両群間で明らかな差がなかったことが報告されている[9]。同様に米国・英国・フランス・オーストラリアの市販後調査でもHPVワクチンによって特に問題となる健康被害は出ていないことが報告されている。

Vol.210 HPVワクチンのリスク・メリット―インターネット情報の真偽(1), 尼崎医療生協病院 産婦人科 衣笠万里  より。強調はうさじまによる

Vol.211 HPVワクチンのリスク・メリット―インターネット情報の真偽(2), 尼崎医療生協病院 産婦人科 衣笠万里

トムルジェノビック(Tomljenovic, L)氏およびショー(Shaw,CA)氏による、「ガーダシル接種後に突然死した2人の女性の検死によってられた脳の標本に免疫組織化学を施し、ワクチンに含まれるHPV16型の蛋白抗原が脳血管壁に認められたことから、ワクチンに起因する脳血管炎によって急死した」とする論文の検証。具体的な内容は本文をご覧ください。結論として、「HPVワクチンによって脳内で血管炎が起こっているという彼らの主張には信じるに足る証拠がない。」としています。

現在までに全世界ですでに1億数千万本ものHPVワクチンが出荷されているので、接種者の中にはワクチンとは無関係に重病を患ったり突然死したりする人々も相当数含まれることになる。したがってワクチン接種とその後の容体の悪化との因果関係の有無については十分な疫学的調査に基づいて評価すべきである。

Vol.210 HPVワクチンのリスク・メリット―インターネット情報の真偽(1), 尼崎医療生協病院 産婦人科 衣笠万里  より。強調はうさじまによる


また、国内で報告されている、接種の慢性疼痛についても解説されています。

  • 浜六郎氏はそれらの症状を抗リン脂質抗体による自己免疫疾患の徴候ではないかと推測している→その根拠となるデータが示されていない。

厚労省の「心身の反応あるいは機能性身体症状」という評価についても解説しています。

実際、身体所見や臨床検査・画像診断などで特に器質的病変が認められないのに長期間にわたって繰り返し激しい疼痛を訴える患者に遭遇することは日常診療において珍しくない。それらの症状は生活環境の変化で自然に軽快する場合もあれば、心理療法抗うつ薬抗不安薬などの薬物療法によって次第に改善される場合もある。しかし最初に精神神経科あるいは心療内科への紹介を打診したときには、あからさまに拒否されないまでも受診をしぶる患者が多い。「こんなに痛くて苦しいのに、どうして先生は“気の病”のように言うのか?」と。しかしそのような心身の症状はもちろん仮病でもなければ“気の病”と呼ぶべきものでもなく、他の身体疾患と同様に専門的な知識と経験、ときに集学的な治療を要する一つの疾患群であると心を込めて丁寧に説明すれば、理解していただけることも多い。

ワクチン接種後の女性を苦しめている多彩な症状についてはあらゆる可能性を視野に入れながら治療法が解明されていくことが望ましく、心身の反応あるいは機能性身体症状という学説に対しても最初から門前払いするのではなく、考慮しうる一つの可能性として前向きに治療に取り組んでいただきたいと願っている。

(同上)

Vol.212 HPVワクチンのリスク・メリット―インターネット情報の真偽(3), 尼崎医療生協病院 産婦人科 衣笠万里

HPVワクチンの効果について。

  • 「ワクチンが実際にがんの発生を抑えたというデータは存在せず、ワクチンを接種したグループに子宮頸がんになる前の異形成(前がん病変)が少なかったという臨床試験のデータがあるにすぎない。」→HPVに感染してから発がんまでは10〜20年の期間がある。また、臨床試験ではワクチン接種群も対照群も詳しくフォローするので、がんになる前の段階で見つかり治療することが多いとかんがえられる。これらのことから、臨床試験では「がん自体を予防する効果」は見えない可能性がある。

しかしHPV感染から異形成を経て子宮頸がん発病に至るプロセスはこの数十年間の医学研究によってほぼ確立された定説となっている。たとえば高度異形成あるいは上皮内がん・上皮内腺がんと呼ばれる前がん病変を長期にわたってそのまま放置して浸潤癌になるまで見届けるということはもはや倫理上大きな問題となる。がん検診を受けていればワクチンは必要ないと主張する人々も、実際には検診で上記病変が見つかれば浸潤がんになる前に治療できることを前提にしている。すなわちワクチンで前がん病変を予防できるのなら、その先の頸がんもほとんど予防できるという予測には妥当性がある。

Vol.212 HPVワクチンのリスク・メリット―インターネット情報の真偽(3), 尼崎医療生協病院 産婦人科 衣笠万里より。 強調うさじま

  • 「HPVワクチンの添付文書にはいずれも「本剤の予防効果の持続期間は確立していない」と記載されている」→下記引用

認可されてから10年に満たないため、有効期間がいつまで続くのか現時点で明らかではないからである。しかしHPV16/18型由来の病変に対する両ワクチンの予防効果は接種後8〜9年間減弱することなく持続している[20][21]。ワクチンの効果はある日突然消えてなくなるというものではなく、減衰するとしても年月を経て緩徐に低下していくと考えられる。ガーダシルと同成分のアルミニウム化合物をアジュバントとして含んでいるB型肝炎ワクチンの感染予防効果は20年以上続くことが確認されており、製薬会社の試算ではHPVワクチンも同様に20年以上にわたって有効であろうと予測されている。しかしその真否については今後長期のフォローアップが必要である。ネット上で「ワクチンの効果は数年間しか続かない」といった書き込みを見かけることがあるが、少なくともそれは誤りである。

同上


 

Vol.213 HPVワクチンのリスク・メリット―インターネット情報の真偽(最終回), 尼崎医療生協病院 産婦人科 衣笠万里

リスクとメリットのバランスについて。

  • 「子宮頸がんによる死亡率を低下させる最大効果に対する重篤害反応の頻度は、海外で3.5 倍から約10 倍、日本では6〜9 倍(ガーダシル)ないし17〜23倍(サーバリックス)」→その計算に用いた子宮頸がんによる死亡率は1年間のもので、生涯のリスクはその数十倍である。

国立がん研究センターのがん情報サービスによれば、子宮頸がんの生涯罹患率は76人に1人、生涯死亡率は332人に1人と推計されている[27]。これを人口10万人当たりに換算すると、生涯罹患率は約1300人、生涯死亡率は約300人となる。既述のごとく頸がんと体がんとに区別されていない「子宮がん」としての届け出件数も多いので、実際にはさらに多いことになる。ワクチンで予防できるのがその半数であったとしても、ガーダシルおよびサーバリックス投与後の重大な有害事象(因果関係不明のものを含む)のそれぞれ60〜70倍、20〜25倍の数の女性が子宮頸がん発症を免れ、それぞれ14〜16倍、5〜6倍の女性の命が守られることになる。すなわちリスクとメリットのバランスは完全に逆転し、ワクチンのもたらす恩恵は副反応のリスクをはるかに上回る。ワクチンの有効期間が不確定であることを考慮に入れてもこのリスク・メリット比が逆転することはないだろう。

リスクとメリットのバランスについて。

  • 「きちんと子宮頸がん検診を受けていればワクチンは必要ない」→検診のみの予防には限界がある。

しかし検診のみで子宮頸がんの発症やそれによる死亡を防止することには限界がある。検診受診率がすでに80%に達している英国でも若年女性の頸がんによる死亡率はこの10年間さほど減少していない[28]。そのため英国では積極的にワクチン接種を進めており、2012〜13年にかけて12〜13歳の女児の86%が3回のワクチン接種を完了したことが報告されている[29]。
検診の有効性は確立されているとはいえ、その精度には限界があり、実際には検診で異常なしと判定された女性に翌年進行がんが発見されることもある。たとえ検診によって発見された前がん病変に対して子宮頸部の部分切除(円錐切除術など)をおこなうことで子宮を温存できたとしても、妊娠時には流産・早産のリスクがいくぶん高くなる。さらに前がん病変の切除手術を受けた女性はその後も生涯にわたって子宮頸がん発症やそれによる死亡のリスクが一般女性よりも高いことが報告されている[30]。つまり予防に勝る治療はないのである。従ってワクチンによる発がん予防(一次予防)と検診による早期発見治療(二次予防)とを上手に組み合わせて女性の子宮と命を守っていくことが望ましい。

(同上)

おわりに

国政や地方行政に携わる方々、世論に大きな影響力をもつメディアの方々、そしてワクチン接種対象年齢の方々やその保護者のみなさまには、ワクチンの副反応のリスクだけではなく子宮頸がんの脅威や期待されるワクチンの効果についても、まずは信頼に値する情報をしっかりと収集した上で意思決定をおこなっていただきたい。くれぐれも科学的根拠に基づかないネット情報や意図的にワクチンのリスクを強調して恐怖をあおる団体のキャンペーンに惑わされて判断を誤ることがないように願っている。もちろんわれわれ産婦人科医としても今後さらに正確で分かりやすい情報を積極的に提供していきたい。

(同上)

ここ1,2年で、ネット上で手に入る子宮頸がんワクチン関連の情報は、玉石混交の「石」の比率が圧倒的に高まっているように思われます。専門家によるこういった情報整理は非常に有用で、意思決定の際に参考になると思います。

宇宙博@幕張メッセ

行ってきました。三連休の中日ということもあって、ものすごーーーく混雑。当日券売り場からして長蛇の列だったので、近くのオフィスビル内のセブン-イレブンに一旦移動し、そこで当日券を購入したらスムーズに入れました。



はじめに迎えてくれるゲートが「LC-39A」なのですが、とくに解説がありません。この時点で音声ガイド借りなかったことを後悔するも、時すでに遅し。その場でスマホ検索するとKennedy Space Center Launch Complex 39のようです。それっぽい廊下を抜けて、宇宙開発史の展示が始まります。



頭上にスプートニク。これも解説なし!左右に米ソ(そう、ロシアじゃなくて、ソ連!)の宇宙開発史のボード。



ヤー・チャイカ(これは解説あり)。



月に行ったサターンVの1/10模型。



アポロの月面探査車。



こちらはソ連(そう、ロシアじゃなくてソ連)の月面探査車。不人気。



アポロの司令船。



打ち上げ施設のシールド窓。



アポロだったかジェミニだったか失念、コンピュータデスク(というか本体?)上に挟んであるメモ。昔、事務机の上にこういうメモ挟んでるのが普通でしたね。



映画で有名なアポロ13二酸化炭素除去装置。



アポロのパラシュート、実物!


ここまででもうお腹いっぱいになりかけますが、ここからが本番(?)。JAXA(一部NASA)総力を上げた、「今やってる探査・最近やった探査・これからやる探査」の展示コーナーとなります。ここまでは一本道に並ばされる展示だったのですが、ここからは自由に見てください状態となります。



「きぼう」やISS、奥にスペースシャトルなど。ちなみに「きぼう」と「スペースシャトル」はめちゃめちゃ並んでたので断念。8kシアターも同様に断念…。



火星に降り立って、土のサンプルなどを採取している探査ロボット。周囲は(たぶん)こいつが撮影した火星の映像が壁一面に貼られていて、火星に行ったふうな写真を撮れます。



頭上に輝くISS。未来だなー。



1時間半待ちだった「きぼう」。



宇宙ヨットイカロス(実際はこれが4枚)。



触れる隕石も。



これは個人的に一番びっくりした展示。成層圏まで気球で昇って、そっからフリーフォールするというチャレンジ!



混みすぎてて目玉展示が見られなかったのと、売店のレジも混みすぎてて何もおみやげを買えなかったということでかなり悔いが残りましたが、把握しきれないほどの貴重な展示がたくさんで十分楽しめました。アポロまでの宇宙開発の歴史(そして宇宙への人々の熱狂)を丁寧に見せることで、現代のある種スマートな宇宙探査の礎に多くの人々の努力と試行錯誤があるのだなということが感じとれました。



あと1周間ちょい(9/23まで)ですが、まだ行ってなくて宇宙に興味ある方はぜひ行っておくことをおすすめします!できれば平日に!

予防接種した子どもよりしていない子どもの方が健康?

ワクチンが子どもの健康を害している」「予防接種をしていない子どもの方が健康」という記事を数年前から見かけます。その根拠の一つとして、「KiGGSという調査」と「VaccineInjury. Infoの調査」の数値を比較しているものがあります。前者からワクチン接種者、後者からワクチン非接種者の健康に関するデータを引用し、比較するのです。以下がその例です(魚拓)。

これらはたぶん同じ記事を元ネタにしたものと思われます。で、その元ネタはこちらのようです。

(タイトル訳)大規模調査:予防接種を受けた子どもは、受けていない子どもに比べて2〜5倍病気になりやすい

論文っぽいタイトルですが、論文ではありません。「health freedom aliance」というサイトの記事です。「health freedom」というのは、製薬企業批判&もっと自由に代替医療を使わせろというのをテーマにした、代替医療系の人達によるムーブメントだそうです*1


この記事中のグラフで、「KIGGS」と「Survey Unvaccinated children(予防接種を受けていない子どもの調査)」が比較されています。項目はアレルギー、喘息、ヘルペス、花粉症など。すべての項目で、予防接種を受けていない子どものほうが割合が低くなっています。本文を見ると、「KIGGS」の方はドイツ国民調査、「Survey Unvaccinated children」は、Vaccineinjury. Infoによるインターネット調査とあります。異なる調査の値を一つのグラフにまとめているわけです。これらの調査の値は、直接比較できるでしょうか?

KiGGSとは?

KiGGS studyは、ドイツ連邦保健省の下にあるロベルト・コッホ研究所*2により2003年から行われている調査で、正式名称を“German Health Interview and Examination Survey for Children and Adolescents”といいます。2003〜2006年に「KiGGS baseline study」と呼ばれる調査が行われ、0〜17歳の17,641人が参加。面接及び血液・尿の検査により、健康状態が調べられました。こちらで詳しい方法などを見ることができます。KiGGSは、ドイツ全土の子ども・青年の健康状態を包括的に調べることを目的としています。しかし、予算等の限界があるので、全員を調査することはできません。そのため、できるだけ全体を代表するような個人を抽出できるよう、気をつけてデザインされています。

調査方法

  1. 167ヶ所のサンプリング・ポイントを定める。
  2. 調査対象を地域住民の公式登録簿からランダムに選ぶ。
  3. アンケートは両親に書いてもらう。11歳以上の子どもには同じ質問に本人も答える。
  4. 健康診断、医師による面接、血液検査・尿検査。
  5. 男子8985人、女子8656人、計17641人が参加。

The challenge of comprehensively mapping children's health in a nation-wide health survey: Design of the German KiGGS-Studyより

この集団に対して、2006年以降も調査が続けられています(KiGGS wave1)。このような、ある集団に対する追跡調査を、コホート調査と呼びます。日本でも、現在、東北メディカル・メガバンクの三世代コホート調査が行われています


KiGGSは、かなりの予算と年月を費やして行われているドイツの国家事業であることがわかります。ドイツの子どもたちがいろいろな病気にかかる割合を、よりよく推定できることが、KiGGSの特徴として挙げられています

 
 

Vaccineinjury.Infoの調査とは?

一方、「ワクチン未接種」のデータの出どころであるVaccineinjury.Infoの調査は、どうでしょう。KiGGSと比較するため、以下の概要から、調査方法を抜き出してみます。

  1. 13,673人が参加。
  2. インターネットのアンケートによる調査。
  3. 0−2歳児が多数を占める(ここを見ると約4割が0−2歳児で、年齢が上がるごとに減っていき13歳以上はかなり少ない)。

データ収集のためのアンケートは、VaccineInjury.Infoのサイトにあります。VaccineInjury.Infoは、サイト名からも分かるとおりの、露骨な反ワクチンサイトです。主催者のAndreas Bachmair氏は、ドイツの「古典的ホメオパシー医」だそうです。アンケートの項目にも「あなたが好む治療法はなんですか」の選択肢が「ホメオパシー 自然療法 伝統医学(自然療法などに対して、通常の医師が行う医療を指す)」とあります。このサイトをわざわざ訪れて、「ワクチン非接種の子どもたちの健康調査アンケート」に回答する人は、どんな人でしょうか。「ワクチンなんか打たなくても、うちの子は健康」と確信している親が多いのではないでしょうか。KiGGSと比較して、かなり偏っていることが予想されるのです。


さらに、対象の子どもたちの年齢分布が異なること、VacineInjury.Infoの健康調査が親へのアンケートのみであること、重複して回答する人を除いていない可能性があることなどから、この調査とKiGGSのデータを直接比較するのは無理があると思います。

 

KiGGS版、ワクチン接種者と未接種者の比較

実は、KiGGSのレポートとして、「ワクチン接種した人としてない人の比較」の論文が出ていました

この論文は、ベースライン・スタディ参加者のうち、移民以外の1−17歳(13,454人)について、予防接種を受けたかどうかと、健康状態について調査したものです。年齢構成は1−5歳、6−10歳、11−17歳でざっくり4千人、4千人、5千人。で、ワクチンを一度も接種したいないにはこのうち94人(0.7%)です。

図2. 過去12ヶ月に感染症にかかった回数(左:ワクチン未接種 右:一度以上ワクチン接種あり。年齢別。)

図3. 少なくとも一つのアトピー性疾患と診断された人の割合(左:ワクチン未接種 右:一度以上ワクチン接種あり。年齢別。)

棒グラフの先にある「I」のような線は「エラーバー」と言い、「95%信頼区間」を示しています。これについては、下記の説明が分かりやすいと思います。

…わかりやすいとは言っても難しいですね。非常にざっくり説明してみます。こういう調査では、コストや手間の関係で全員を調べることができませんから、一部の人を調査する(サンプリングと言います)ことで全体の値を推定します。サンプリングする際に、できるだけ偏らないように気をつけますが、それでも全員を調べた場合の「真の値」とはズレがある可能性があります。「95%信頼区間(エラーバーの範囲)」は、その範囲に「真の値」が入る確率が95%であることを示します(実際に調べた人数が多いほど、この範囲は狭くなります)。このような調査結果を見る場合には、サンプリングによるズレを考えても、「真の値」はまあほぼこの中にあるだろう、ということで、95%信頼区間の範囲を考慮します


また、グラフの下に書かれている「p=0.009」等の値(p値)も重要です。この値はまたざっくり言うと、小さいほど、「ワクチン接種者と未接種者の値の差が偶然(サンプリングによってたまたま差がついたように見える)とは考えられない」と言えます。一般的にp<0.05の場合に、「偶然ではない(有意差がある)」と考えます。


これらを踏まえてグラフをみてみましょう。棒グラフの値だけを見ると差があるように見えますが、95%信頼区間とp値を考えると、ワクチン接種者と未接種者で、感染症にかかった回数、アトピー性疾患になる割合に差があるとはいえません。この他、アレルギー性鼻結膜炎、アトピー性湿疹、気管支喘息について調べましたが、どれもワクチン接種との関連は見られませんでした(表2)。


ただし、ワクチン未接種者の数が非常にすくないため、小さな差は見えなくなっています(このことは、論文の「限界」として、本文にも書かれています)。


一方、予防接種した子どもたちとしていない子どもたちで差がついた項目がありました。

図1. 調査までにそれぞれの病気にかかったことがある割合(左:ワクチン未接種 右:それぞれの病気のワクチンを十分に接種済み
左から「百日咳」「麻疹(はしか)」「おたふくかぜ」「風疹」

非接種者の少なさにくわえ、「ワクチン接種者」の方には、ワクチン接種前の感染の数も含まれているために、さらに差が見えにくくなっていますが、それでも風疹以外はp<0.05で有意にワクチン接種者の感染率が低くなりました。それだけはっきりした差があるということです。この論文のまとめ部分を要約しておきます。

  • KiGGSのデータでは、1−17歳の青年・子どもの0.7%がワクチンをまったく接種していなかった。
  • ワクチン接種した子どもとしていない子どもで著しく差があったのは、ワクチンで予防可能な病気(VPD)に罹った割合のみだった。つまり、予想通り、これらの病気については、ワクチン接種した子どもで明らかに感染リスクが低かった
  • しばしば予想されるワクチン接種者と未接種者の健康上の違い(アレルギーや、感染症に罹った回数)については、差がみられなかった


この論文は未接種者の数が少ない、親や子どもへのインタビューで情報収集したデータを含むために正確さを欠く等の限界はありますが、青年・子どもを対象とした包括的な健康調査としては最大規模のものです。また、本論文に引用されていましたが、他の論文でも、これまでにワクチン接種とアレルギー疾患についての関係を調べたものがありますが、やはり関連は見られなかったそうです*3


まとめ

  • KiGGSのデータとVaccineInjury.Infoのデータは、サンプリング方法や年齢分布がまったく異なるため、これらを比較して「ワクチン未接種の子供のほうが健康」という結論を出すのは無理がある。
  • KiGGSのデータでは、感染症にかかる割合、アレルギー疾患(アトピー性疾患や気管支炎など)になる割合に差はなかった。
  • KiGGSの他の調査でも、ワクチン接種とアレルギー疾患に関連性はないと報告されている。

*1:wikipedia "Health freedom movement"

*2:結核菌やコレラ菌を発見し、『細菌学の祖』と呼ばれるコッホが設立した研究所

*3:Bernsen RMD et al. Early life circumstances and atopic disorders in childhood. Clinical and Experimental Allergy. 2006;36:858–865., Gr〓ber C, Warner J et al. the EPAAC Study Group Early atopic disease and early childhood immunization - is there a link? Allergy. 2008;63:1464–1472., Muche-Borowski C et al. Klinische Leitlinie: Allergiepr〓vention: Allergiepr〓vention. Dtsch Arztebl Int. 2009;106:625–631.