日本では無痛分娩が少ない理由を制度面から考える勉強会に参加してきました

(注)この記事は、うさじまが勉強会で聞いたことを、当日配布の資料とメモを見ながらまとめたものです。できるだけ正確に伝えるよう努力していますが、医療の専門家ではないため、理解が足らなかったり、不正確な内容を含む可能性があります。その点ご留意の上でご覧頂きますよう、お願いします。

2014. 9. 27 講師 大西 香世 (国立生育医療研究センター研究所・政策科学部研究員)


上記に参加させていただきました。勉強会は、「性と健康を考える女性専門家の会」の会員でなくても参加できるとのことでしたが、参加されている方はやはり医師や看護師、助産師など医療系のお仕事の方が多いようでした。かなりアウェイな状況でビビりつつ参加してきました。2時間のうち、講師の大西先生のプレゼンが約1時間、休憩を挟んで質疑応答が1時間でした。


大西先生のお話は、日本にある「お腹を痛めてこそ子どもに愛情がわく」といった社会規範だけでなく、制度的な要因から「なぜ日本では麻酔出産が少ないのか」について考える、というものでした。ちなみに、タイトルの「エピデュラル」とは硬膜外麻酔のことで、米国等では硬膜外麻酔を用いた出産がかなり広く行われているそうです(当日配布された資料によれば、フランス75%、アメリカ66%、イギリス23%等。イギリスではエピデュラルの他に助産師による笑気麻酔も使われ、麻酔分娩自体はもっとある。日本は2008年のデータで2.6%)。大西先生の研究では、日本における産科医療の歴史や医療機関への調査から、以下4つを「日本で麻酔分娩が普及していない理由」として挙げられています。

1. 周産期医療が分散型である(集約化されていない)こと

大きな病院と近隣の診療所が役割分担し、検診は近所のかかりつけ医、出産はかかりつけ医の立会のもと病院で、という「機能分化とオープンシステム化」がなされていない

cf.リーズ医療のゆくえ「産科オープンシステム」, 中京テレビニュース

これは、戦後の医療改革の際、政治的な理由により開業医制に有利な政策が取られることとなったため。その結果として、周産期医療体制の中に、産科麻酔部門を確立する体制が整えられていかなかった。

2. 周産期医療に麻酔科医を取り込むのが難しいこと

まず、日本全体において、麻酔科医が絶対的に不足している。そして、麻酔科医が産科医のサブに位置づけられるなど、チームワークを可能にする環境が整えられてこなかった。実際には、産科麻酔は産痛緩和のためにのみあるのではなく、緊急帝王切開など母子の安全にとっても必要なものであるが…(平成20年の総合及び地域周産期母子医療センターにおける麻酔科診療実態調査によれば、緊急帝王切開を30分以内に実施できない主要な要因は麻酔科医不足だそうです)。

3. 正常分娩が診療報酬体系から除外されている上に、麻酔管理料がさらにプラスされること

日本では産痛緩和目的の硬膜外麻酔は公的医療保険そして、正常分娩ももちろん保険外。フランスでは、医療保険金庫によって硬膜外麻酔にかかわる諸経費を100%負担するそうです。そもそも日本では「お産」は「医療のカテゴリーではない」とされてきた。そして、正常分娩が「現物給付(社会保険や公的扶助の給付のうち,医療の給付や施設の利用,サービスの提供など,金銭以外の方法で行うもの)」化されてこなかった。これらのことから、産婦の経済負担が大きく、麻酔分娩が選択されにくい。

4. 助産師と女性市民による自然分娩運動の結果、「自然なお産」志向が強いこと

戦後、欧米において過度に医療化された出産に対し「自然分娩」運動が起こる。日本では、サリドマイドなどの薬害事件の時期とこの時期が一致しており、「自然なお産」が求められるように。1980年、「ラマーズ法」が日本に紹介されると、医療行為が行えなくなっている助産婦の「職業戦略」として積極的に採用された。女性市民と助産婦による自然分娩運動が共鳴し、自然なお産志向が強まった。現在でも助産師には麻酔分娩にネガティブなイメージを持つ者が多く、産婦に影響を与える可能性がある。しかし、実際に硬膜外麻酔分娩を導入した神戸パルモア病院では、麻酔分娩導入に伴い助産師の考え方も変わっていった例がある。フランスの助産師は、硬膜外麻酔分娩以外を体験したことのない人も多い。麻酔開始のタイミングが大切で、それが助産師の大切な仕事となっている。イギリスでは、助産師が使える笑気麻酔のボンベがある。

質疑応答から

プレゼン後の質疑応答ですが、参加者の多くが医療関係者ということで、「硬膜外麻酔分娩の安全性」や「胎児への影響」に関する話題が多く、大西先生への質問というよりも参加者同士のディスカッションのような感じになっていました。この内容については、専門性が高く聞いただけで正確に理解するのが難しかったこと、個人の体験を元にしたお話も多かったことなどから、ここに詳しく書くのはやめておきます。一つ言えるのは、硬膜外麻酔分娩が「安全なのか」「積極的にやっていきたいのか」について、(日本の)産科医の間でも意見がいろいろありそうだということです。実際、行っている施設が少なく、自分で扱っていない方がほとんどだからかもしれません。しかし、そうであっても、選択肢として麻酔分娩があることには意義があると考える産婦人科医の方もいらっしゃるようでした。このへんの考え方については、下記のTogetterにまとめたことと通じるものを感じました。


個人的に印象的だった話をメモしておきます。

  • 助産師教育をされている方のお話。「助産師は麻酔分娩に消極的とあったが、学生を見ていると、三日三晩苦しむ高齢出産の産婦などを見て『自分は無痛分娩にしたい』という人もいる。『痛みを乗り越えることで成長できる』という考え方がある反面、『もうやだ、やめたい!!』という叫びを聞いている。そう考えると、『この痛みを味わうことが本当に女性の尊厳につながるのか』と考える学生もいる。
  • 産婦人科のご意見。「麻酔分娩があったほうがいい人は、痛みに耐えられないと思い込んでいる人。メンタルが不安定で、子育てへの不安が大きい人。こういった不安は人生で構築されてきたものなので、簡単には変えられない。最悪、『なにかあったらすぐに帝王切開にしてあげる』という約束をすることで、そのまま産めてしまう人もいる。痛みを乗り越えることで、自分の知らない自分に会えるという肯定的な考え方をすれば乗り越えやすい。
  • 日本では、お産が「医療」とみなされず、結果、自己負担が多い。また、何もなく、無事に生まれると、産科医の報酬は少なくなる。「無事産まれた・産ませた」ことへの評価がない
  • 今一番問題なのは、「産む場所」や産科医、助産師が少ない、「産むことが保証されてない」こと。

感想

この勉強会で、日本で麻酔分娩が普及しなかった背景・現状の困難が理解できました。一方、今後普及する見込みも少なそうなこと(それどころか産む場所すら、なくなりつつある…)、医療関係者にもそれほど積極的でない人が少なくなさそうなこと、生む側も同じであることもわかりました。

大西先生が挙げられた4つの理由のうち、1と3は政治的なものでした。戦後、周産期医療のシステムが構築されていった際の権力闘争の結果、とでも言えそうです。この2つに大きく関わっていたのが、「日本母性保護医協会」だそうです。この協会は現在では「日本産婦人科医会」に変わっています。もちろん、医師の団体が政治の場で発言力を持つことがいけないとか、無意味であるとは思いません。また、現在、麻酔分娩を導入する場合にもっとも問題となるのは麻酔医(産科医も)の不足であるだろうとも思います。それでも、釈然としない気持ちが残りました。

思えば、(やはり日本で普及が遅かった)ピルなどは「これが必要だ」と声を上げた女性たちがいました。しかし麻酔分娩については「女性からの要望」もあまり表に出ていないのではないでしょうか(調査したわけではないですが…)。この背景にはやはり「痛みに耐えること」に意義を見出す文化的な背景や、大西先生が指摘された自然なお産志向は大きいかなと思います。(素人のブログなどは別として)「お産は痛いからイヤ」とはっきり書いたのは、私は酒井順子さんの本しか見たことがありません。実際、本当に需要がないのか、言わないだけなのかは、わかりません。

また、麻酔のリスクについて、もし生まれる赤ちゃんに影響が多少なりともあったとして、そのリスクを、わたしたちの社会は、どこまで受け入れるのだろうか、ということも考えてしまいました。ただでさえ「母親は自分を犠牲にせよ」な世の中で、「産痛の緩和」というメリットは、「ただのワガママ」ではなく、メリットとして、認められるでしょうか。助産学生の言葉にあった「女性の尊厳」という考え方も大切だなと思いました。

麻酔分娩があったほうがいい人として挙げられた「痛みに耐えられないと思い込んでいる人。メンタルが不安定で、子育てへの不安が大きい人」というのは、まさに自分に当てはまります。たぶん、そんな人は他にもたくさんいると思います。それでも、現状硬膜外麻酔分娩を選択することは難しい。「いざとなったら帝王切開してあげる」という言葉には、かなり衝撃を受けました。硬膜外麻酔分娩という方法が、なぜ、選べないの*1?…いや、「なぜ」については、聞いたばかりです。それでもやはり、先進国であるはずの日本で、麻酔分娩という選択肢が普通に選べないことは、納得できない気持ちがこみ上げてきました。

お産は死と同様、人の自然な営みの一つです。しかし、現代では病や死の苦痛も、ある程度コントロールできるし、多くの人が、しています。昔に比べれば歯医者も注射も痛くなくなっています。そんな中でお産の痛みだけを聖域として残す必要があるでしょうか。いや、もちろん、それを体験したい人は体験すればいいのですが、体験したくない場合の選択肢がもう少し広がればな、と思わずにいられません。
 
 

*1:今考えると、帝王切開でも麻酔は必要なのに…かかる時間の問題でしょうか?