予防接種した子どもよりしていない子どもの方が健康?

ワクチンが子どもの健康を害している」「予防接種をしていない子どもの方が健康」という記事を数年前から見かけます。その根拠の一つとして、「KiGGSという調査」と「VaccineInjury. Infoの調査」の数値を比較しているものがあります。前者からワクチン接種者、後者からワクチン非接種者の健康に関するデータを引用し、比較するのです。以下がその例です(魚拓)。

これらはたぶん同じ記事を元ネタにしたものと思われます。で、その元ネタはこちらのようです。

(タイトル訳)大規模調査:予防接種を受けた子どもは、受けていない子どもに比べて2〜5倍病気になりやすい

論文っぽいタイトルですが、論文ではありません。「health freedom aliance」というサイトの記事です。「health freedom」というのは、製薬企業批判&もっと自由に代替医療を使わせろというのをテーマにした、代替医療系の人達によるムーブメントだそうです*1


この記事中のグラフで、「KIGGS」と「Survey Unvaccinated children(予防接種を受けていない子どもの調査)」が比較されています。項目はアレルギー、喘息、ヘルペス、花粉症など。すべての項目で、予防接種を受けていない子どものほうが割合が低くなっています。本文を見ると、「KIGGS」の方はドイツ国民調査、「Survey Unvaccinated children」は、Vaccineinjury. Infoによるインターネット調査とあります。異なる調査の値を一つのグラフにまとめているわけです。これらの調査の値は、直接比較できるでしょうか?

KiGGSとは?

KiGGS studyは、ドイツ連邦保健省の下にあるロベルト・コッホ研究所*2により2003年から行われている調査で、正式名称を“German Health Interview and Examination Survey for Children and Adolescents”といいます。2003〜2006年に「KiGGS baseline study」と呼ばれる調査が行われ、0〜17歳の17,641人が参加。面接及び血液・尿の検査により、健康状態が調べられました。こちらで詳しい方法などを見ることができます。KiGGSは、ドイツ全土の子ども・青年の健康状態を包括的に調べることを目的としています。しかし、予算等の限界があるので、全員を調査することはできません。そのため、できるだけ全体を代表するような個人を抽出できるよう、気をつけてデザインされています。

調査方法

  1. 167ヶ所のサンプリング・ポイントを定める。
  2. 調査対象を地域住民の公式登録簿からランダムに選ぶ。
  3. アンケートは両親に書いてもらう。11歳以上の子どもには同じ質問に本人も答える。
  4. 健康診断、医師による面接、血液検査・尿検査。
  5. 男子8985人、女子8656人、計17641人が参加。

The challenge of comprehensively mapping children's health in a nation-wide health survey: Design of the German KiGGS-Studyより

この集団に対して、2006年以降も調査が続けられています(KiGGS wave1)。このような、ある集団に対する追跡調査を、コホート調査と呼びます。日本でも、現在、東北メディカル・メガバンクの三世代コホート調査が行われています


KiGGSは、かなりの予算と年月を費やして行われているドイツの国家事業であることがわかります。ドイツの子どもたちがいろいろな病気にかかる割合を、よりよく推定できることが、KiGGSの特徴として挙げられています

 
 

Vaccineinjury.Infoの調査とは?

一方、「ワクチン未接種」のデータの出どころであるVaccineinjury.Infoの調査は、どうでしょう。KiGGSと比較するため、以下の概要から、調査方法を抜き出してみます。

  1. 13,673人が参加。
  2. インターネットのアンケートによる調査。
  3. 0−2歳児が多数を占める(ここを見ると約4割が0−2歳児で、年齢が上がるごとに減っていき13歳以上はかなり少ない)。

データ収集のためのアンケートは、VaccineInjury.Infoのサイトにあります。VaccineInjury.Infoは、サイト名からも分かるとおりの、露骨な反ワクチンサイトです。主催者のAndreas Bachmair氏は、ドイツの「古典的ホメオパシー医」だそうです。アンケートの項目にも「あなたが好む治療法はなんですか」の選択肢が「ホメオパシー 自然療法 伝統医学(自然療法などに対して、通常の医師が行う医療を指す)」とあります。このサイトをわざわざ訪れて、「ワクチン非接種の子どもたちの健康調査アンケート」に回答する人は、どんな人でしょうか。「ワクチンなんか打たなくても、うちの子は健康」と確信している親が多いのではないでしょうか。KiGGSと比較して、かなり偏っていることが予想されるのです。


さらに、対象の子どもたちの年齢分布が異なること、VacineInjury.Infoの健康調査が親へのアンケートのみであること、重複して回答する人を除いていない可能性があることなどから、この調査とKiGGSのデータを直接比較するのは無理があると思います。

 

KiGGS版、ワクチン接種者と未接種者の比較

実は、KiGGSのレポートとして、「ワクチン接種した人としてない人の比較」の論文が出ていました

この論文は、ベースライン・スタディ参加者のうち、移民以外の1−17歳(13,454人)について、予防接種を受けたかどうかと、健康状態について調査したものです。年齢構成は1−5歳、6−10歳、11−17歳でざっくり4千人、4千人、5千人。で、ワクチンを一度も接種したいないにはこのうち94人(0.7%)です。

図2. 過去12ヶ月に感染症にかかった回数(左:ワクチン未接種 右:一度以上ワクチン接種あり。年齢別。)

図3. 少なくとも一つのアトピー性疾患と診断された人の割合(左:ワクチン未接種 右:一度以上ワクチン接種あり。年齢別。)

棒グラフの先にある「I」のような線は「エラーバー」と言い、「95%信頼区間」を示しています。これについては、下記の説明が分かりやすいと思います。

…わかりやすいとは言っても難しいですね。非常にざっくり説明してみます。こういう調査では、コストや手間の関係で全員を調べることができませんから、一部の人を調査する(サンプリングと言います)ことで全体の値を推定します。サンプリングする際に、できるだけ偏らないように気をつけますが、それでも全員を調べた場合の「真の値」とはズレがある可能性があります。「95%信頼区間(エラーバーの範囲)」は、その範囲に「真の値」が入る確率が95%であることを示します(実際に調べた人数が多いほど、この範囲は狭くなります)。このような調査結果を見る場合には、サンプリングによるズレを考えても、「真の値」はまあほぼこの中にあるだろう、ということで、95%信頼区間の範囲を考慮します


また、グラフの下に書かれている「p=0.009」等の値(p値)も重要です。この値はまたざっくり言うと、小さいほど、「ワクチン接種者と未接種者の値の差が偶然(サンプリングによってたまたま差がついたように見える)とは考えられない」と言えます。一般的にp<0.05の場合に、「偶然ではない(有意差がある)」と考えます。


これらを踏まえてグラフをみてみましょう。棒グラフの値だけを見ると差があるように見えますが、95%信頼区間とp値を考えると、ワクチン接種者と未接種者で、感染症にかかった回数、アトピー性疾患になる割合に差があるとはいえません。この他、アレルギー性鼻結膜炎、アトピー性湿疹、気管支喘息について調べましたが、どれもワクチン接種との関連は見られませんでした(表2)。


ただし、ワクチン未接種者の数が非常にすくないため、小さな差は見えなくなっています(このことは、論文の「限界」として、本文にも書かれています)。


一方、予防接種した子どもたちとしていない子どもたちで差がついた項目がありました。

図1. 調査までにそれぞれの病気にかかったことがある割合(左:ワクチン未接種 右:それぞれの病気のワクチンを十分に接種済み
左から「百日咳」「麻疹(はしか)」「おたふくかぜ」「風疹」

非接種者の少なさにくわえ、「ワクチン接種者」の方には、ワクチン接種前の感染の数も含まれているために、さらに差が見えにくくなっていますが、それでも風疹以外はp<0.05で有意にワクチン接種者の感染率が低くなりました。それだけはっきりした差があるということです。この論文のまとめ部分を要約しておきます。

  • KiGGSのデータでは、1−17歳の青年・子どもの0.7%がワクチンをまったく接種していなかった。
  • ワクチン接種した子どもとしていない子どもで著しく差があったのは、ワクチンで予防可能な病気(VPD)に罹った割合のみだった。つまり、予想通り、これらの病気については、ワクチン接種した子どもで明らかに感染リスクが低かった
  • しばしば予想されるワクチン接種者と未接種者の健康上の違い(アレルギーや、感染症に罹った回数)については、差がみられなかった


この論文は未接種者の数が少ない、親や子どもへのインタビューで情報収集したデータを含むために正確さを欠く等の限界はありますが、青年・子どもを対象とした包括的な健康調査としては最大規模のものです。また、本論文に引用されていましたが、他の論文でも、これまでにワクチン接種とアレルギー疾患についての関係を調べたものがありますが、やはり関連は見られなかったそうです*3


まとめ

  • KiGGSのデータとVaccineInjury.Infoのデータは、サンプリング方法や年齢分布がまったく異なるため、これらを比較して「ワクチン未接種の子供のほうが健康」という結論を出すのは無理がある。
  • KiGGSのデータでは、感染症にかかる割合、アレルギー疾患(アトピー性疾患や気管支炎など)になる割合に差はなかった。
  • KiGGSの他の調査でも、ワクチン接種とアレルギー疾患に関連性はないと報告されている。

*1:wikipedia "Health freedom movement"

*2:結核菌やコレラ菌を発見し、『細菌学の祖』と呼ばれるコッホが設立した研究所

*3:Bernsen RMD et al. Early life circumstances and atopic disorders in childhood. Clinical and Experimental Allergy. 2006;36:858–865., Gr〓ber C, Warner J et al. the EPAAC Study Group Early atopic disease and early childhood immunization - is there a link? Allergy. 2008;63:1464–1472., Muche-Borowski C et al. Klinische Leitlinie: Allergiepr〓vention: Allergiepr〓vention. Dtsch Arztebl Int. 2009;106:625–631.