狂犬病ワクチンの副作用発現率は1%?

某医師が「狂犬病ワクチンはいらない」と発言したとしてtwitter上を賑わせていました。その発言の根拠となったのがあるブログです。


ttp://plaza.rakuten.co.jp/aikentotozan/diary/201211170000/
(リンクは貼りませんので、頭にhをつけて飛んでください)
「混合ワクチンで健康な犬毎年1500匹死亡 狂犬病注射で三千匹!悪魔の獣医の所業だ!」


さて、このブログには色々書いてありますが、その根拠とされているのが以下の論文です(ブログのリンク先は海外の反ワクチンサイトになっています。そっちにはリンクは貼りません。そこに引用されているのが以下の論文です。)。

(タイトル訳 byうさじま:安全性及び有効性の評価のための犬用狂犬病ワクチンの市販後調査)


この論文は、Center for Veterinary Biologics(動物用生物学的製剤センター, CVB)が2004年から2007年に行った狂犬病ワクチン(米国で流通している14種類)の市販後調査(Postmarketing surveillance)のまとめです。方法は、「主に市民、獣医師及びペットオーナーからCVBへの自発的な有害事象(Adverse event)報告の収集」です。「有害事象」とは、ワクチン接種後に動物に起こったあらゆる好ましくない、または意図しない事象を指し、ワクチンとの因果関係は問いません。たとえば、ワクチン接種後にたまたま転んで怪我をしたとか、たまたま風邪をひいたとかも含まれます。有害事象の報告は、無料電話とウェブサイトで受け付けました。ここで注意が必要なのは、まず、(1)自発的な報告の数なので、これが起こった有害事象の全てではないということです。(2)次に、有害事象のすべてがワクチンが原因というわけではないということです。


その結果、3年間で 246例の有害事象報告がありました。それらについて、あるアルゴリズム(「ABON-systemに似たもの」とありましたがどのようなものかわかりませんでした)により、ワクチンとの関連性を調べ、217例が関連がある可能性があったとしています。その217例の内訳が表1です。

赤字はうさじまによる書き込み

上位3つは、Vomiting(嘔吐)28.1%、Facial swelling(顔の腫れ)26.3%、Injection site swelling or lump(接種部位の腫れまたはしこり)19.4%です。Death(死亡)は217例のうち12例で、5.5%です。これは、報告された有害事象に占める割合です。報告数を見ればそれは明らかです。ブログでは、合計が100%にならないことを理由に、「狂犬病注射をした犬のうち、その病気になる犬がどれほどいるかを示した数値だ。」としていますが、複数のカテゴリを含む報告があったと書かれており、合計が100%を超えても不思議ではありません。


ちなみに、論文には、この有害事象報告の7割以上で、同時に他のワクチンや薬剤が投与されており、どれが原因かの特定は困難、と書かれていました。


CVBは、ワクチンメーカーに同時期の有害事象報告をまとめるようにも指示しました。その数は約10,000例で、そのうちおよそ65%が犬に関するものでした(狂犬病ワクチンは犬以外にも使用されます)。こちらについては、原因がワクチンにありそうかどうかは調べていません。さらに、症状を表す表現(上の表の「Death」とか)がメーカー間で統一されていないため、上の表のようにまとめることはできませんでした。しかし、パターンはおおむね他の犬用ワクチンと大きな違いがなかったそうです。

狂犬病ワクチンにおける全体の有害事象報告率は供給された100,000回接種分あたり8.3例と算出された。多くのワクチンが複数の種について承認されているため、犬特異的な有害事象報告率は算出できなかった。


原文
The overall adverse report rate for rabies vaccines was determined to be 8.3 reports/100,000 doses sold. A specific adverse report rate for dogs could not be determined because many products are licensed for multiple species.

要約すると、本報告に示した結果の範囲では、動物用医薬品の狂犬病ワクチンの使用に関連する有害事象について、高頻度または予期しないパターンは示唆されなかった。3年間に1億2千万回接種分近くの狂犬病ワクチンが米国内で供給された。


原文
In summary, findings within this report do not suggest a high frequency or unexpected pattern of adverse events associated with the use of rabies vaccines in veterinary medicine. Nearly 120 million doses of rabies vaccine were distributed within the United States during the 3-year period.

副作用発現率は1%?

さて、論文では有害事象報告率は8.5/100,000回接種分で、犬についてだけの計算はできない、としているのですが、上記ブログの別の記事では、「狂犬病ワクチンの副作用の発生率は約1%」という数字を出しています。その計算はリンクされた別の記事(「犬用ワクチンは人用よりも100倍も危険! しかも重篤な副作用や死亡も多い! 」)にあります。


1%の計算の根拠として挙げられているのは、犬へのワクチン接種に反対する立場を取る英国の団体が行った調査と、英文のチャウチャウ(犬の種類)コミュニティーサイトの掲示板への書き込み*1です。英国の団体の調査の方は、論文として発表されているものでもなさそうで、どういう調査なのかもよくわからず、評価しようがないので、ここでは触れません。英文のチャウチャウコミュニティの書き込みには、1993年の論文(新しい有害事象報告システムの紹介記事)*2が引用されています。その論文に「重篤な有害事象の1%しかFDAに報告されていない」という記述があるのです。さらにその引用元は、1987年に書かれたロードアイランドの医師の有害事象報告に関する論文です。


ここから、アクロバティックな計算がなされます。

  1. 英文のチャウチャウコミュニティの書き込みで、前述の狂犬病ワクチンの市販後調査の論文の、「メーカーによる有害事象報告数10,000のうち65%が犬関係=6,500例」に(報告率が1%なので)100を掛けて650,000(例)という計算をしています。
  2. (1)より、日本のブログの方で、米国内の犬の数は66,271,000頭であるとして、650,000/66,271,000=1%としているのです。

ややこしいです*3


でも、上記の重篤な有害事象の1%しかFDAに報告されていない」というのは1980年代の話です。そして1993年の論文は、「今まで有害事象の報告率が低かったから、新しい有害事象報告システムを導入しますよ」という記事なのです。犬の狂犬病ワクチンは動物用医薬品ですから、有害事象の捕捉率がどれくらいなのかはちょっとわかりません。しかし、この数字を元に計算して「何匹に被害が出ている」と計算するのは無理があります。30年も前の、ごく限られた調査データでしかなく、現在の狂犬病ワクチンの状況とあまりに無関係の調査だからです。


そもそも、市販後の有害事象等の収集(市販後調査)は、薬の承認取得までに行われる臨床試験で確認できない点(治験対象とならない集団に対する安全性や、稀な副反応など)を補い、予期していなかった副作用等に対して素早く対応するために行うものです。有害事象報告は、前述のとおりすべての情報を含まない、逆に、ワクチンが原因ではないものも含まれるといった限界があるため、同種のワクチンと比較するなど、使い方には注意が必要なのです。

  
 

国内のワクチン

さて、せっかく論文を読んだのですが上記はアメリカの話。現在、日本では国産ワクチンを使用していますので、実はこの話はそもそも国内の犬には関係ないわけです。で、国内はどうなのでしょうか。以下の論文から引用します。

現在わが国で使用されている動物用狂犬病組織培養不活化ワクチンは,昭和60年に承認され,現在5製造所によって製造されている.製造用株RC. HL株はパスツール株に由来し,乳のみマウスおよび乳のみハムスターに脳内接種した場合にのみ病原性を示す非常に安全な株である.これをハムスターの肺細胞由来のHmLu細胞に接種し培養後,ポリエチ レングリコールで精製濃縮しβ-プロピオラクトンで不活化したものから原液を調整し製造する.なお,本ワクチンは,水酸化アルミニウムゲル等のアジュバントを含んでいない.

ブログでは「犬用ワクチンの副作用の主犯はアジュバンド」(←アジュバン「ト」の間違いですね)と書かれていますが、国産狂犬病ワクチンにはアジュバントは含まれていません

動物用狂犬病ワクチンは,狂犬病予防法(昭和 25年法律第247号)に基づき毎年犬に接種される.このように法律で接種を義務化しているワクチンは他にはない.このため,年間 450 万~500 万ドーズが使用されており,わが国のほ乳類を対象とするワクチンの中で最も多く使用されているワクチンである.平成 15年7月に改正薬事法(平成 14年法律第96号)の一部が施行され,製造販売業者等のみならず,獣医師等からも動物用医薬品の重大な副作用等を農林水産大臣に報告することになった.
そこで著者らは平成 15年度から17年度にかけて農林水産大臣に提出された動物用狂犬病ワクチンの副作用報告を分析し,その傾向,特徴等を調査したので報告する.

上記論文からの引用で、副作用報告数を製造販売数量(狂犬病ワクチンのみ接種頭数)で割った値です。指数で書かれていますが、「10万頭接種あたり」と同じ意味になります。比較しているワクチンA〜Dは、他の犬用混合ワクチンです。狂犬病ワクチンの副作用報告数は、10万頭接種あたり0.6で、他の混合ワクチン(10万頭接種あたり1.4〜4.5)より有意に低かった(Z検定,P<0.01)、とあります。この論文では、「副作用」という語を用いていること、薬事法に基づく報告を元に計算していることから、ワクチン接種と関係がある可能性があったものだけをカウントしていると考えられます。また、分母は米国が出荷数であるのに対し、こちらは接種した犬の数になっています。なので、米国の市販後調査の有害事象報告数と比較することはできません。

本文献の結論から引用しておきます。

今回の調査結果から狂犬病ワクチンは他の犬用混合ワクチンと比較してより安全なワクチンであることが確認された.ただし,接種当日に副作用が発現しやすいこと, 1歳未満と 10歳以上 12歳以下に副作用が多いことが明らかとなった. 1歳未満の犬の副作用発現率が高いのは体重との関連が考えられる.

ブログには「混合ワクチンよりも狂犬病ワクチンのほうが安全だと、ネット上にも記述が多いが、信頼できる科学的な根拠を示してない。」とありますが、この論文がその「科学的な根拠」といえるのではないでしょうか。


ワクチンの評価には、副作用が少ないこと(デメリットの少なさ)も重要ですが、接種によって予防できる病気の重大さや数も重要となります。狂犬病という病気や、ワクチンの必要性については、また別の記事にまとめる予定です。

*1:アメリカ獣医師協会ジャーナルがネットに公表してある」という文章からリンクされていますが、リンク先はチャウチャウコミュニティーサイトなのです。

*2:Introducing MEDWatch A New Approach to Reporting Medication and Device Adverse Effects and Product Problems, David A. Kessler,

*3:素直に8.5/100,000に100を掛けないのが不思議です。