宋美玄 「女のカラダ、悩みの9割は眉唾」
- 作者: 宋美玄
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2014/02/21
- メディア: 新書
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帯には、「セックスできれいになる?そんなアホな! 女性誌にケンカ売ります!」の文字。雑誌をよく読む(よく読まなくても、美容院などで女性誌を読んだことがある)女性の皆さんなら、「ほんまかいなw」な情報が結構載っていることはご存知だと思います。本書は、そのような眉唾情報を産婦人科医がバッサリ斬る!という内容なのです。
取り上げているのは、帯の「セックスできれいになる」(恋愛とホルモンに関係はない)のほか、「オス化」「ピル」「冷え」「不妊」「卵子老化」「更年期」「自然なお産」などなど、女性を取り巻く「都市伝説」。産婦人科の先生なので妊娠や出産にまつわるお話が多い、という面もあると思うのですが、やはり、女性の周りには妊娠・出産・子育てに関連した怪しい情報がものすごく多いのですよね。(それにくわえて、美容関連)。
宋先生は、こういった怪しい「都市伝説」について、本書で以下のように指摘されています。
私は医師ですから、美容や健康に関する正しい情報を提供する立場です。ところが、女性誌の記事の中には、美容や健康と結びつけて間違った知識を平気で載せているものもあります。科学的根拠が一切ないネタを、キャッチーな言葉で煽り、女性たちを不安に陥れているフシがあるのです。
しかも、そいういう「うさんくさい情報」ほど拡散が非常に速い!広くあまねく知れ渡り、いつの間にか一般論や定説となっていることも多々あります。一度、あるネタについて「ホンマかいな!?」と思ってインターネット検索をしてみたら、「うさんくさい」コラムが出るわ出るわ!これだけ流布してしまったら、「ちょっと眉唾だと思っていたけど、本当なのかも……」と思ってしまう人もいるでしょう。
誰が言い出したのかよくわからない俗説、科学的根拠が一切ない情報も、多数の人が見聞きすることで、真実となってしまうようなのです(おもいっきり嘘やデマなのにもかかわらず)。
さらに問題だなと思うのは、こうした嘘やデマを真に受けて、苦しんだり悩んだりする女性が多いこと。実際に患者さんの中には、「女性誌に書いてあったんですけど、私もそうなんでしょうか?」という方も少なくありません。イメージ先行で生み出されたキャッチーな煽り文句に彩られた女性誌は、もはや、「都市伝説」の温床だなと痛感します。
「女のカラダ、悩みの9割は眉唾」p12-13
この手の「都市伝説」はたいていビジネスに直結しています。販売部数や視聴率、アクセス数、そしてそこに関連する商品の売上をアップさせるために、女性の不安が安易に利用されているのです。
また、女性向けメディアの作り手には、全体的にどこか「オヤジ的思考」が臭うのも、私が気になるところです。女の人の行動を制限したり、罰したり、罪の意識をもたせたり、結果的に、女の人が生きづらくなるように難癖つけている感じがしませんか?
同 p.14
これは大変重要な指摘だと思います。実は、脅しによって、人の行動をコントロールしたり、製品を売りつけようとするというのは、よくある戦術なのです。
(参考記事)
- 健康情報と脅し, うさうさメモ
だれもが持つ不安につけこむ、卑怯な手です。女性誌がこういった手法を意図的に用いているかどうはわかりません。長年の経験で蓄積している、「どういう情報発信が読者にウケるか」という「技」を実践しているだけ、なのかもしれません。しかし、実際に、いい加減な情報によって不安になったり、不自由な思いをしてしまう人がいるわけです。
本書で指摘されている脅し情報・煽り情報の例です。
- 「セックスで綺麗になる」→「セックスしてないと、女として現役じゃない」/実はそんなに望んでいないのに「セックスしなければ」と焦る
- 「働きすぎると男性ホルモンが出てオス化する」→「女はあんまり働かなくてもいい/働きすぎると女じゃなくなる」
- 「冷えで不妊・逆子・難産」→不妊・逆子・難産は母親が体を冷やしたから・「冷え」を恐れる
- 「ピル=副作用が強い」→世界中で広く利用されているピル(今ある避妊方法の中で最も確実で女性自身がコントロール可能)の忌避
- 「産むことが女の証」→「産んでないと不完全」
- 出産の美化→「自分探し・自分らしさ」のための出産、「理想の出産」から外れてしまうと恨みを持ってしまう、危険な「自然出産」への固執
- 「プチ更年期」→実際にはほとんど更年期と無縁の30代が「プチ更年期→女でなくなる」恐怖を抱く
etc.
こうしてみると、とにかく「女じゃなくなる」ことの恐怖が現代女性の一大テーマなんだな、と思えます。現代では、女性の生き方が多様化し、「こうしていれば安心」はありません。女の人生は、選択の連続です。斎藤美奈子著「モダンガール論」の帯に「社長になるか、社長夫人になるか。それが問題だ。」とあったように、「女として」の幸せ(愛される・結婚する・子どもを産んで育てる・家族の世話をするetc.)と「社会人としての幸せ」(仕事で成功する)、どれをどれだけ重視するか、すべて自分で選択していかなければならない*1。異なる選択をした人たちの動向が気になり、攻撃してくる人たちもいるし、異なる選択をした女同士を戦わせようとする人たちもいる。そんな中で、やはり「それじゃ女として失格」という言葉は脅しとしてとてもとても有効に作用するだろうな、と思います。そして、正解のない選択の連続の中で、女性誌に示されるキラキラしたロールモデルについつい振り回せれて、焦ってしまう気持ちはとてもよくわかります。ですから、メディアで発言する場を持ち、実際女性誌の取材を多く受けられている宋先生のような方が、「ケンカ売ったるで!」と啖呵を切ってくださることを、心強く思いました。特に、最近、三砂ちづる氏の本を2冊読んで非常に息苦しくなっていたものですから、下記のような部分には、「あ、息していいんだった」と思い出したような気持になりました。
女に生まれたからには女です。誰がなんと言おうと女です。もっと自信を持って、自分が女であると思ってほしいのです。でも大半の女の人は、「女である証」にこだわり、いろんな呪縛から逃れられなくなってしまうのです。
「女のカラダ、悩みの9割は眉唾」 p.168
最近では、雑誌の影響力が衰えつつあると言われていますが、女性向けのネットメディアは女性誌よりさらにひどいものも多いと感じます。例えば女性誌では一応医師に取材したりしてますが、ライターが一人で低予算・短い執筆時間で仕上げていく「女性向け健康情報」のクオリティは目も当てられないものだったりします。こういう記事の場合、アクセスを稼ぐために、さらに過剰な脅しや煽りが使われ、結果、センセーショナルなものほどどんどん広まる、という悪循環も…。
本書は、一つ一つの「都市伝説」について、反証データを持ちだして細かく検討するような内容ではありませんので、そういった方向を求める方にはちょっと物足りないかもしれません。でも、本書で取り上げられている「都市伝説」はそれだけ医学的に「非常識」(根拠なさすぎ)なものなのでしょう。また、医学的な内容以外の部分ではちょっと言い過ぎというか、少ない例を一般化しすぎているのではないかと感じる部分もありました。そのへんはちょっと差し引く必要があるかもしれませんが、以下のような姿勢には非常に共感できるし、とても読みやすいので、広く読まれてほしいと思いました。
世間体や慣習、他人の意見や極論、根拠のない噂話にトンデモ都市伝説……女の人が今立ち向かうべきことはこれらの眉唾、「実体のない、イメージだけの言葉」だと思います。女の人同士がいがみ合うのはおしまいにして、どうしたらもっと「女」を快適に楽しめるようになるのか、みんなで一緒に考えていきませんか?
「女のカラダ、悩みの9割は眉唾」 p183-184
*1:翻って男性にはほとんど選択肢がないことも大きな問題だと思います。男女ともに、生き方の枠組みを見直して、本当の意味で自分らしい選択ができる社会になればいいな、と思います。