「ダメな科学」を見分けるための大まかな指針」のポスター解説 (1)扇情的な見出し・結果の曲解

このポスターの翻訳版を作成した時に、「この内容が理解できるならそもそも騙されない」「言葉が難しすぎる」などの批判をたくさん頂きました。その時はクリエイティブ・コモンズの制約もあったので、「そのまま訳したポスターを、原版通りのレイアウトのポスターにする」ことをまず目標としたのですが、今回、田口たつみさん@tag_tatsumiとの夢のコラボレーションが実現し*1、非情にわかりやすいイラスト付きの解説記事を作成することにしました。なお、この解説は何回かの連載になります。気長にお付き合い、よろしくお願いします。
  

0. 「ダメな科学(Bad Science)」とはなんなのか?

日本にはニセ科学」(科学のふりをしているが科学でないもの)という言葉がありますが、それとは少し違うようです。「Bad Science」という言葉はBen Goldacreという人の書いた本から来ていると思われます。この本は、主要メディアにおける健康や科学に関する報道を批判しています。

厳密な定義はともかく、このポスターは「科学の伝え方や研究の質がちゃんとしたものかどうか、考えるためのヒント」になるでしょう。ここにある項目に気をつけてメディア報道などを見る習慣をつけることで、ニセ科学のようなおかしな理論を見抜ける可能性が高まっていくと思います。


なお、独断と偏見で難易度と対処法を設定してみました。こちらはあくまでも参考に。


はじめの2つの項目では、新聞や雑誌やネット上での、研究に関する報道を見る際にまず気をつけるべきことが書かれています。そこで、実例を2つ、研究紹介記事とその根拠を紹介している俺のソースさんか取り上げさせていただくことにします。元論文などは英語で難しいですが、まずは新聞記事とプレスリリースだけでも目を通していただけると、理解しやすいと思います。


<例1>犬と飼い主の絆形成の研究


研究内容の非常にざっくりした要約

実験により、ヒトとイヌとの間には視線とオキシトシンという名前のホルモンを介した正のループ(見つめあう→お互いにオキシトシン分泌量が増える→さらにお互いを見るようになる)が存在し、それにより生物学的な絆が形成されることが示唆された。

見つめ合い、鳴き声、乳を飲むなどの「アタッチメント行動」とオキシトシンを介した関係性は、哺乳類の母子関係のあいだに一般的に見られると考えられている。例えば、マウスの母子間では、仔マウスが鳴いたり乳を飲んだりうする→母親のオキシトシン分泌→母親の母性行動が上昇し、仔マウスへの庇護濃密に→母性行動を受容した仔マウスのオキシトシン上昇→仔マウスはさらに身体的な接触を求める…というようなループが存在する。


<例2>乳児期の栄養と脂質代謝に冠する研究

研究内容の非常にざっくりした要約

胎児期〜乳児期の栄養状態は成人期の生活習慣病の罹りやすさに関連することが指摘されていたが、具体的なことはよく分かっていなかった。肝臓には「脂質センサー」として働く PPARαという分子がある。今回、マウスを用いた実験で、乳児期にPPARαが反応する脂質を与えると、PPARαが活性化され、それによってDNAの脱メチル化が起こった結果、肝臓において脂質代謝に関わる遺伝子が活性化されることが示された。

1. 扇情的な見出し (難易度☆)

記事の見出しは往々にして、読者に「クリックしたい」「読みたい」と思わせるように作られています。研究結果が単純化されすぎているのはまだマシな方で、ひどい場合には、内容が誇張されていたり、歪められていたりします。

対処法の例:見出しだけで内容を判断せず、まず内容を読んでみる(特に他人に記事を紹介する場合には)。また、人の心をかき乱す(怒りや混乱、恐怖、焦りetc)表現を見たら慎重になる。



科学報道の1ジャンルとして、「大学や研究所が、自分のところの研究内容をプレスリリースなどで発表し、それをメディアが記事にする」という、最先端の研究を紹介するタイプの記事があります。往々にして、最先端の研究内容というのは「わかりにくい」です。なにせ、「これまでの研究」が膨大に存在して、その上に成り立っているわけですから、「ONE PIECE」をいきなり65巻から読むようなものです。また、一つ一つの研究から言える結論は(部外者から見れば)意外に少なく、前提条件や適用範囲が限られています。それでも、一般向けの研究紹介記事のタイトルは、研究内容を一行にまとめつつ、今まで読んだことのない人がその内容を理解できそうだと思い、興味を持つようになっていなくてはいけません。なので、専門用語はできるだけ避け、枝葉はそぎ落として単純に…その結果、正確さが犠牲になっていることが往々にしてあります。

また、ひどい場合には、記事を書いている人自身が、その研究のポイントを理解していなかったり、自らの意図に沿って誇張したり歪めたり…といったことも。ネットメディアでは、「とにかくクリックさせたい」「炎上でもいいから話題になったほうがいい」など、なりふり構わない場合も少なくありません。特に、「まとめブログ」などでは、タイトルでの煽りがひどい*3ものが多いです。

上記の例を見てみましょう。論文の方はかなり専門的なので置いておくとして、新聞記事のタイトルと、大学のプレスリリースのタイトルを比べてみてください。(例1)の新聞記事では、プレスリリースにある専門用語=ホルモンの名前(オキシトシン)や、「視線とオキシトシン」の話だという具体性がなく、「母と子のような絆」という情緒的な例え方が採用されています。なるほど、これは人々に親しみを持たせるし、犬と飼い主の間に母子の絆ってなんかステキな感じですよね。プレスリリースが「イヌとヒト」という、生物名としての書き方(カタカナ)なのに比べ、新聞では「犬と飼い主」という日常的な表現を用いているところもステキです。しかし、科学的に見ると「母と子のような絆」というのは非常に曖昧で、「視線とオキシトシンが絆形成に関与」というこの研究のキーワードを踏まえていないタイトルと言えます。でもこれは、読者やメディアの特性上、しかたがない、のかもしれません。

一方、(例2)は、「俺のソース」で「科学報道のダメ記事 of the year (2014)」のワース10に堂々選出された記事です。この論文、実際、内容的にはかなり難しいと言えるでしょう。論文では、「核内受容体」「DNA脱メチル化」「エピジェネティック」などの専門用語が飛び交っていますし、実験内容も専門的。非常に平たく言うと、「乳児期に脂肪を摂取することが、将来にわたって脂質代謝に関連する遺伝子が活性化するきっかけになるメカニズムが少しわかってきた」というような話です。「俺のソース」さんではこのように突っ込まれています。

胎児期に比べて出生後に脂肪酸代謝に関連する遺伝子の発現量が上昇するきっかけとしてミルクに含まれる脂質が関与している、というマウスでの話ですがこのタイトルでは母乳が良くて粉ミルクは良くない、というように取られかねません。母乳育児ができなくて悩んでいる方も多いなかでそういったことに思い至らない記者の能力を憂います。論文自体は、PPARaの脱メチル化の話です。医科歯科大学のプレスリリースでも「母乳」とあるので記者だけを責めるのは酷かもしれませんが。

科学報道のダメ記事 of the year (2014), 俺のソース, 2015.1.3

確かに、この論文では「粉ミルクと母乳の比較」はしていない(というより、プレスリリースを見る限り、実験にはミルクの脂肪そのものではなくて、「PPARαを活性化する薬剤」を用いています)ので、このタイトル(『母乳で育った子供は生活習慣病になりにくい!?』)はおかしいです。乳児期の脂質の摂取が問題であり、新聞本文ではちゃんとそのように書いている*4のに。

科学報道のダメ記事 of the year (2014)には、他にもダメなタイトルとそれへの突っ込みの例がたくさんあります。
  


2. 結果の曲解 (難易度☆☆☆☆)

意図的かどうかはともかく、ニュース記事では、「よくできた話」にするために、研究結果をねじ曲げたり、曲解したりしていることがあります。記事を鵜呑みにせず、できれば、研究内容の原典を読んでみましょう。

対処法の例:情緒的な表現や、誰かの願望を満たすような結論に注意する。できるだけ詳しい複数の人の解説を読む。


例1、2の、うさじまによるまとめは、論文の内容をできるだけそのまま、専門用語は少し減らして、思い切り簡潔にまとめたものです。文章力の問題はあるとしても、多くの人はこのまとめ方では「なんのことかよくわからない」「自分には無縁の世界の話」と感じるのではないでしょうか。特に例2はわかりにくいと思います。この研究の内容を理解するには、かなり専門的な知識が必要だからです。

専門的な内容の研究をそのまま伝えても、その背景知識のない多くの人には、「だから何?」が伝わりません。そして、科学の言葉をそのまま用いて背景を説明しても、読んでもらうことは難しいでしょう。なので、一般向けの記事にするには、背景をできるだけ簡潔にわかりやすく説明するとか、身近な話題に引き寄せる、「この研究から結局何が言えるのか」をざっくりまとめる、などの工夫が必要になるでしょう。

しかしその「工夫」が、故意か力不足かは別として、間違った方向に行ってしまうことがあるのです。

例2のプレス・リリースには、結論として

本研究は、これまで全く不明であった乳児期の栄養状態による脂肪燃焼の発達の仕組みの解明につながるものです。今後、母乳や人工乳の脂質組成の詳細な検討により、乳児の健康な発育のための母親の栄養管理法や人工乳の開発が期待されます。乳児期の栄養状態が脂肪燃焼に関わる遺伝子のDNAメチル化として「記憶」され、成人期の生活習慣病の罹りやすさに関連する可能性があり、乳児期の栄養状態に介入する「先制医療」の新しい手掛かりになることが期待されます。

とまとめています。これでもちょっとわかりにくいかもしれないので、これをもっと砕けた感じでまとめてみると、以下のようになると思います。

乳児期の脂肪の摂取が将来の脂質代謝に影響するメカニズムを解明するとっかかりができた。今後、どう脂質を摂ったらいいかというのを詳しく調べれば、粉ミルクの成分や、母親の栄養管理なんかに活かして、生活習慣病予防に役立てることができる…かも。

ところが、このニュースを伝える際に、ポイントを「母乳」の方に置いてしまったために、話のキモが変わってしまったのが以下の例です。

産経新聞の方では「母乳で育った子どもは生活習慣病になりにくい!?」と「!?」がついていたのに、こちらの記事では断定口調、しかも小見出しで「母乳で育った子供は肥満や糖尿病になりにくい」と繰り返しています。本文の方はそんなにおかしくないのですが、PPARαを活性化させる脂質があたかも母乳特有のものであるかのように受け取れる内容となっています。

先ほども述べましたが、この研究では母乳vs粉ミルクの比較はしていません。元論文は要約しか(無料で)見られないのですが、研究対象はマウスであり、母マウスにPPARαを活性化する物質(『リガンド』といいます。母乳にも含まれる脂肪酸は、PPARαの天然のリガンドの一つです)を投与して、母乳経由で子マウスに影響するのを見ています。この論文のキモは「脂質を摂取したことを『記憶』する機構がPPARαとDNA脱メチル化を介したものであること」であって、母乳にもともと含まれている成分が具体的にどうか、という話ではありません。ただ、乳児期の栄養源として、母乳に含まれる脂質が大きな働きをしていることや、母親の栄養状態が子の脂質代謝に影響するということからの研究であることから、「母乳」がひとつのキーワードとなっていると思われ、そこを過剰に「拾って」しまったことでこういった記事が書かれてしまったのでしょう。

この例では、「母乳の方が粉ミルクより優れている」という、ある意味「わかりやすい」(けど、実際の研究内容とはあまり関係ない)ストーリーに沿って研究を理解し、伝えようとしたために、なんか話がすり替わっちゃった例と言えます。

こういう報道は非常に厄介です。元の研究内容が専門的であればあるほど、それをちゃんと理解して多くの人にわかりやすく伝えるのは難しくなりますし、元論文を読んで理解するのも困難になります。

こういった記事を注意して見るには、複数の報道記事を見比べる、その専門分野に近い媒体の報道を見る(健康系なら医療系の日本語雑誌など)そしてSNSやブログなので自分の専門分野について解説してくれる専門家を見つけるなど、「できるだけ詳しい人(できれば複数)」の解説を読むことが必要になってきます。

*1:田口さん、本当に本当にありがとうございます!!

*2:もっと詳しく知りたい方向けに。オキシトシンと視線との正のループによるヒトとイヌとの絆の形成, 永澤美保・菊水健史, First Author's(論文著者による詳しい解説)

*3:内容もひどいですが

*4:一部、受容体と脂質代謝酵素をごっちゃにしているのかな?と思える記述もあるが…