アスパルテームで虫は殺せない-甘味料の「噂」を調べてみた

アスパルテームは殺虫剤で化学兵器
少し前にFB上でシェアされていたらしい噂です。Twitterで教えていただきました。

上記がシェアされていた記事ですが、同様の内容の記事はネット上にたくさん存在しますのでこれがオリジナルではないでしょう。あくまで一例として参照願います。

人工甘味料、特にアスパルテームについては様々な噂があり*1、また人体に対する影響については膨大な研究がなされていてちょっと調べきれないので、この記事ではアスパルテームの殺虫効果に絞って調査してみました。

なお、アスパルテームについての基礎知識としては以下のサイトが参考になると思います。「買ってはいけない」で紹介されたフェニルアラニン有毒説についての解説もあります(フェニルアラニンは、先天性のフェニルアラニン代謝障害である「フェニルケトン尿症」の患者では、成人までは摂取量を制限すべきとされています。ただし、フェニルアラニンはタンパク質を構成するアミノ酸の一種であり、アスパルテームの他にもいろいろな(天然の)タンパク質に含まれています)。

アスパルテームは一見ややこしい構造ですが、実はアスパラギン酸フェニルアラニンという2つの天然アミノ酸が結合したものです。これらは前項のグルタミン酸同様タンパク質の構成成分であり、人体にとって絶対必要な化合物です。要するにアスパルテームはたまたま強い甘味を持っているというだけの、ありふれたタンパク質の断片であるに過ぎません。

 アスパルテームは体内に取り込まれるとほぼ瞬時に2つのアミノ酸メタノールとに分解されます。もちろんアミノ酸は無害、メタノールには毒性がないでもありませんが、アスパルテーム分子全体に占める割合いが少ないため、普通に調味料として使う分には何の問題もない量です。コーヒー1杯に入れるアスパルテーム由来のメタノールの量は数mg程度ですが、一部の発酵飲料にはコップ1杯にメタノールを300mgも含むものがあり、この程度では健康に影響を起こすことはありません。

(中略)

さて、「買ってはいけない」では、アスパルテームのもたらす巨額の利益に目がくらんだサール社や味の素が研究者を買収し、FDAアメリカ食品医薬品局、日本の厚生省にあたる)に圧力をかけて認可させ、販売にこぎつけたような記述がなされています。一企業に籍をおく研究者から言わせてもらえば、「そんなアホなことができるか!」です。どうもこの著者たちは、大企業というものは金の力にものを言わせてなんでもしたい放題と思いたがっているようですが、はっきり言って映画かドラマの見過ぎでしょう。残念ながらFDAはそんな甘っちょろい組織ではありません。国家権力がたかが一企業の圧力に屈するはずもなく、厚生省も薬害エイズ事件以降極めて慎重になっています。
アスパルテームをめぐる攻防戦はFDA史上最大と言われ、いまだに語り草になるほどのものです。FDAはやっきになって有害性を実証しようとしたにも関わらず、結局問題点は見いだせず、認可せざるを得なかったというのが本当のところです。

また、アスパルテームの「発見」についてはこちらも参考になります。

アスパルテームの甘味は,1965年にアメリカの製薬会社G.D.サール社(現在のNutra Sweet社)の研究員シュラッターが偶然発見した。彼は,胃液分泌促進ホルモン「ガストリン」の中間体としてアスパルテームを合成し,これを再結晶しているときに,パラフィン紙をとろうとして指をなめ,強い甘味を感じた。つまり,液が吹きこぼれて指に付着する偶然と,研究員の指をなめる癖とがあいまって,企業の研究方針とは無関係に,全く偶然にアスパルテームは発見された。

発見の経緯については、上記の他に「実験ノートについたのをなめたら甘かった」「実験台にこぼしたのをなめたら甘かった」などの異説がありますが、「ガストリンの合成実験中に偶然発見された」というエピソードは共通しています。「ガストリン」は上記にもあるようにホルモンの一種で、化学兵器とは特に関係ありません。



アスパルテーム殺虫剤説はどこからきたのか

FBでシェアされていたブログ記事にはアリがアスパルテームを食べて死んだという写真が転載されています。写真の出典元として2010年に書かれた海外サイトの記事がリンクされていて、アリがアスパルテームを食べてアリが大量に死んだとあります。また、アスパルテームの危険性を警告するようにゴミで蓋をしていた、昆虫は体に悪いものをわかっている、というようなことも書かれています。リンク先は「キネシオロジー」という代替医療を宣伝するためのもののようです。

日本語の「××は危険」情報の出どころとして非常に影響力が大きい「買ってはいけない」(1999年発行)ですが、「アスパルテーム殺虫剤説」は、「買ってはいけない」では触れられていません。アスパルテーム自体は「買ってはいけない」では執拗にdisられているのですが。

どうも、アスパルテーム殺虫剤説はもともと、英語圏でひろまった噂のようです。Twitterで教えていただいたのですが、英文サイトで以下のようなものがありました。

Snopes comは、噂検証サイトです。2006年に「収集」された噂の例として、アリをアスパルテームで殺したという話が書いてあります。Snopes comではこの「アスパルテームは世界最強のアリ駆除剤」という噂の元ネタを検証し「False」(ウソ)と判定しています。

(うさじま訳)
上にコピペした反アスパルテーム長談義の著者は、アスパルテームが「毒薬として開発され、甘味料としてのほうがずっと大きな収益源となりうることが明らかになった後に、毒性がないとされるようになったにすぎない」という部分を、2006年8月の風刺記事「FDAアスパルテームをアリ駆除剤として認証」というタイトルの記事からそのまま取ったとしています。

(原文)The author of the anti-aspartame screed reproduced above appears to have taken her information about aspartame's being "developed as an ant poison, and only changed to being considered non-poisonous after it was realized that a lot more money could be made on it as a sweetener" directly from a satirical August 2006 article titled "FDA Certifies Aspartame as Ant Poison,"

で、こちらがその「情報源」であるThe Spoof!の記事です。

確かに"developed as an ant poison, and only changed to being considered non-poisonous after it was realized that a lot more money could be made on it as a sweetener" という表現があります。

これについて、Snopes comでは以下の用に解説しています。

(うさじま訳)
「The Spoof!」というサイトに掲載されたこの記事は、免責事項として「上記の記事は風刺もしくはパロディとして書かれています。これはフィクションです。」と記載しています。そもそも、記事の体裁からも、ほとんどの読者が、実際この記事が悪ふざけ/パロディ(Spoof)であることが十分わかるようになっています。残念ながら、このパロディとホンモノの情報の混同は、インターネットで見られる多くの反アスパルテーム情報のクオリティの怪しさを象徴するものです。

The appearance of this article on a site called The Spoof!, along with its disclaimer that "The story as represented above is written as a satire or parody. It is fictitious," should provide most readers with sufficient clues for discerning that the article is, in fact, a spoof. Unfortunately, the mistaking of parody for factual information is representative of the dubious quality of much of the anti-aspartame information to be found on the Internet.

つまり、元ネタは虚構新聞」の記事のようなもんということです。元ネタが虚構新聞(みたいなもの)、という時点で解散、て感じですが、「噂」の投稿者は自分でやってみたら効果があった、と主張しているのです…。「The Spoof(悪ふざけ、パロディ)」というタイトルのサイトの記事をマジに取る、というのは理解不能な気もしますが、日本でも虚構新聞を初め「それをソースにしますか…」「あ、それ真に受けますか」ということは少なくないので、「自分に都合のいいことは信じたい」パワーに国境はないのかもしれません。

そして、Snopes comは、アスパルテームでアリを殺せるか実験までしています。この手の検証サイトで自分で実験してるのはすごいです。

(うさじま訳*2
試しに、簡単な実験を行った。3つの「アント・ファーム」(うさじま注・アリの巣を作らせて観察する教育おもちゃのようです)を用意し、収穫アリを放った。一つには(精製された)砂糖、砂糖水、砂糖を使用した製品を餌として与え、もう一つにはアスパルテーム(ダイエットコーク及びアスパルテームを使用した製品)を餌として与えた。対照群には、通常の水及び「アント・ファーム」の製造業者が推奨する(自然な)食物を与えた。アスパルテームを与えたアリは、生存しただけでなく元気に成長して、トンネルをたくさん掘り、他の2つの群とまったく同様に活発そうだった。

As a test, we conducted a simple experiment by setting up three Ant Farm brand live ant habitats and stocking them with harvester ants. The ants of one habitat were fed (refined) sugar, sugar water, and products made with sugar; the ants of another habitat were fed aspartame, Diet Coke, and products made with aspartame; and the ants of a control group were fed ordinary water and the types of (natural) foods recommended by the Ant Farm manufacturers. The ants that were fed aspartame not only survived but thrived, digging as many tunnels and appearing just as active as their counterparts from the other two habitats

元サイトには実験結果の写真が掲載されています。

また、テキサスの改良普及員(Extension officer)の組織「Texas A&M's Agrilife Extension Service」のサイトに、昆虫学者が民間の「アリ避け」を試す、という研究が掲載されていてアスパルテームを蟻塚の周りに散布しても効果がなかったという結果も紹介されています*3

(うさじま訳)
「世の中には、多くのヒアリ(fire ant)防除法に関するガセネタがあります。環境に責任を持つことや、益虫まで殺してしまったり、ペットに有害だったり、地下水に混入する可能性がある化学物質の使用を最小限にすることは重要なのですが、それでもなお、昆虫防除用と表示された市販の殺虫剤を思慮深く注意して使用することが、おそらく昆虫に対する最善の防御法なのです」とブラウン(うさじま注・アリ避け研究をした昆虫学者)は述べた。
“There’s a lot of misinformation about home fire ant control out there,” Brown said. “And while it’s important to be environmentally responsible and minimize the use of chemicals that may also kill beneficial insects, harm pets or possibly enter the water table, the thoughtful, careful use of commercial pesticides specifically labeled for control is probably still your best defense against them.”

この記事にあるように、米国では市民にとっても「アリ防除」はけっこう重要な問題のようで、アスパルテームだけでなくいろいろな「民間療法」が存在しているようです。逆に言えば、「他の生物に無害で、アリ防除に使える物質」には実用性があると言えます。もしアスパルテームが本当に有用なら、もっと真剣に研究されていることでしょう。

もちろん、アリ以外の昆虫についても、防除に使える物質は有用です。ハエに対する甘味料の毒性を調べた論文がありました。

タイトル訳:エリスリトール(非栄養性糖アルコール甘味料であり Truvia(うさじま注:甘味料の商標)の主成分)は好んで食べられる殺虫剤である

この論文、昆虫学者を父に持つ小学生の発見ということでも話題になっていました。論文の第一著者は若手昆虫学者の女性になっており、発見者のSimonは第二著者として名前が載っています。そして、責任著者がお父さんですね。掲載されたPLoS Oneというのはオープンアクセスジャーナルで、「研究手法とそこから導かれる結論が,科学的に記録する価値のあるものならが,その重要性は問わずに掲載する」というポリシーの雑誌です。査読では、「科学的な健全性のみを審査する」そうです(PLoS Oneについて詳しく知りたい方はこちらの記事が参考になると思います)。

論文の内容ですが、ごく簡単に要約すると以下のとおりです。

  • エリスリトールはヒトには無害であるが、ショウジョウバエに餌として与えると、寿命が短くなる
  • ショウジョウバエスクロース(砂糖)にアクセス可能な状況でもエリスリトールを摂取する
  • 以上のことから、エリスリトールをヒトに無害な殺虫剤として使える可能性がある

まず、エリスリトールについてですが、非栄養性、つまりヒトにはほとんど消化できないが甘みを感じるもので、天然ではキノコや地衣類などに含まれています。酵母も産生するようで、いろいろなお酒にも入っています。工業的には、ブドウ糖酵母によって発酵させて作るようです。化学的には「糖アルコール」と呼ばれる物質で、アスパルテームアミノ酸ですから、それとはまったく別物と言えます。

さて、論文では、このエリスリトールを主成分とするTruviaという甘味料、スクロース(砂糖)、コーンシロップ、その他の甘味料(アスパルテームスクラロースなど)をショウジョウバエに与えて寿命を調べる、という実験がメインとなっています。その結果がコレ。

エリスリトールを含む「Truvia」では寿命が大幅に低下している(生存率が、他の群よりかなり早く低下する。その他の群は生存率低下のパターンがだいたい同じ)のがわかります。比較対象は*4Sucrose(スクロース=砂糖)、Corn syrup(コーンシロップ)、Purevia(ステビアを含む甘味料)、Splenda(スクラロースを含む甘味料)、Sweet'N Low(サッカリンを含む甘味料)、そしてEqual(アスパルテームを含む甘味料)です。このデータから、アスパルテームには少なくともハエに対する毒性はなさそうです。さらに、ハエがエリスリトールを好んで食べたというデータもあり、昆虫にも「毒を見分ける能力」があるなんてことはないのがわかります*5

この論文では、エリスリトールのハエに対する毒性がどのように生じるのかについては検討していません。また、天然のエサとなる植物などにエリスリトールが含まれることもあり、消化できる昆虫もいます。「結論」にはこう書かれています。

(うさじま訳)
もちろん、昆虫に対して毒性があることが知られている甘味料はエリスリトールだけではない。例えば、マンノースはミツバチに対し有害であることが示されている。しかし、マンノースはショウジョウバエやチチュウカイミバエに対しては無害である。エリスリトールが他の昆虫に対して有毒かどうかについては、さらなる研究が必要である。

多くの文献により、エリスリトールがヒトに対する忍容性が高い(うさじま注:たくさん食べても、害になりにくい)ことが示されており、実際エリスリトールもTruviaも、全世界でヒトにより大量に消費されている。これらをまとめると、本論文のデータは、エリスリトールを新規で効果的、かつヒトに対して安全な昆虫防除法として研究するための土台を提供するものであると言える。

Of note, erythritol is not the only sweetener known to be toxic to insects. For example, mannose has been shown to be toxic in honey bees [15], [16]. However, mannose was not toxic to Drosophila melanogaster or to Ceratitis capitata [15]. Further study will be required to determine if erythritol is toxic to other insect species.

A large body of literature has shown that erythritol consumption by humans is very well tolerated [5], [17]–[19], and indeed, large amounts of both erythritol and Truvia are being consumed by humans every day throughout the world. Taken together, our data set the stage for investigating this compound as a novel, effective, and human safe approach for insect pest control.

この部分を見ると、甘味料(として利用されている糖など)が昆虫に毒性を持つことは珍しくないようです(マンノースは果実などに含まれる天然の糖の一種)。しかし、昆虫とヒトでは吸収、消化、代謝、排泄などのしくみがかなり異なりますから、昆虫に毒=ヒトに毒、とは言えません。論文でも、「エリスリトールはヒトに対して無害である」けど、「ハエに対しては有害である」から、昆虫防除に使える(かもしれない)ということを強調しています。

この研究は発見者が子どもであったというニュースバリューもあり、日本でも紹介されたりして、「やっぱり甘味料は危険だった!アスパルテームでなくエリスリトールも!!」と紹介されたりしていますが、そもそも論文の前提を理解せずに騒いでいるようなものです。

人工甘味料」「合成甘味料」はもちろん、時に砂糖(白砂糖)ですら、「危険だ」と言われることがあります。確かに糖の摂り過ぎはよくないでしょうが、「甘いものを食べること」への罪悪感のような潔癖さを感じる気もします。ローカロリーの甘味料については、昔「チクロ」や「サッカリン」などの毒性がかなり取り沙汰されたこともあり、「甘味料=なんか怖い」というイメージが強いという面もありますが、「甘いモノを食べて報いを受けないはずがない。なにか恐ろしいことが起こる」という呪いもあるのかもしれません。

それはともかく、(過程を全部追ったわけではないし、さらに元ネタがあるのかもしれないのですが)海外の「風刺」が日本に「真実」として伝わってくる、という例として今回は興味深かったです。

*1:日本語で「アスパルテーム」とgoogle検索すると、上位にThinkerを始めとした怪しげなサイトがズラズラ…。

*2:アリ飼育関連の用語が不正確な恐れが多々ありますがご容赦くださいませ…

*3:この研究結果のPDFファイルがあったようなのですがすでになくなっていました

*4:甘味料の成分については本論文のSupporting Information1を参照しています。

*5:え、アリとハエじゃ違うって?そうですね、ではアリとヒトではもっと違いますよね。