風疹とワクチンにまつわる流言(2)風疹ワクチンで不妊?ブラジルの風疹ワクチンキャンペーンから学ぶ

の続きです。
 

「著名科学者」が警告?

風疹の大流行により、ワクチン接種が推奨されていますが、早速「風疹ワクチンで不妊」という説も出まわりつつあります。まだ作られてもいないH1N7インフルエンザワクチンとセットで「日本人の断種のための陰謀である」としているサイトまであります(こうなってくるともう証拠もへったくれもない世界ですが…)。とりあえず、いちおう不妊説の根拠とされている文章はこれだと思われます。(リンクは張りませんので頭にhを足してコピペで飛んでください)

ブラジルの大規模予防接種プログラムには、秘密の不妊化計画の疑い


小さな健康問題に大規模な予防接種をする非合理的な事例としてもっと最近のものに、ブラジルでの強制ワクチン計画がある。これは国際的な妊娠中絶反対の活動家から疑念が持ち上がったものだ。彼らは、秘かに不妊剤を混入させたワクチン使った最近の予防接種プログラムと類似性があると指摘している。
「風疹の絶滅」キャンペーンは、今年8月初めに始まった。それは、12歳から49歳の全女性、12歳から39歳の男性に風疹ワクチンを義務つけるものだった。合計で7000万人を対象にしていた。風疹のために出生異常が発生するブラジルの子供は、1年に17人だったにもかかわらずである。
「人命インターナショナル」(Human Life International)のアドルフォ・カスタニェーダ(Adolfo Castaneda)は、ほんの2年前にアルゼンチンで実施された類似のキャンペーンで使われた風疹ワクチンにも、やはりヒト絨毛性ゴナドトロピン(hCG)が混ぜてあったことを研究者が明らかにしたことを述べている。
「そもそも疑念を抱いて(風疹ワクチン)の調査をすることになったのは、アルゼンチンにはこの病気は極めて稀だったことで、大規模なキャンペーンのメリットがないことだった。」そして「女性の年齢層はニカラグアでワクチンを接種した人々と同じであり、ニカラグアでは女性を不妊化するホルモンを混入させていた。また、フィリピンで別の不妊ホルモンを接種した年齢層とも共通していた。」と付け加えている。


著名科学者が警告するHPVワクチンの危険性 (ttp://tamekiyo.com/documents/mercola/hpv.php)より

この文章(以下、「マーコラ文書」とします)はジョージフ・マーコラ(Joseph Mercola)博士という人によって書かれたとされています。前半はHPVワクチン(子宮頸がんワクチン)についてのデマです。これとほぼ同様の内容について検証した記事も当ブログにありますので気になった人は読んでみてください(「HPVワクチン(子宮頸がんワクチン)の嘘」の検証をわかりやすく)。マーコラ博士ってどんな人なんでしょう?PubMed(論文検索サイト)で検索すると12報ヒットしました。そのうち5報は1980年代のもの。2000年代に書かれたものは5報…なんですが、これらはすべて他の人の論文への「コメント」でした。う〜ん、こういう人を「著名科学者」と言うのでしょうか?(ちなみにノーベル賞をとった「Shinya Yamanaka」で検索すると137件ヒットします)。WikipediaのJoseph Mercolaの項を見ますと

Joseph M. Mercola (1954年生まれ)は代替療法家であり、イリノイ州Hoffman Estatesで開業している。「No-Grain Diet(穀類抜きダイエット、Alison Rose Levyと共著)」や「The Great Bird Flu Hoax(鳥インフルエンザの大インチキ)」などの著作がある。代替医療ウィブサイトの設立者および編集者であり、そのサイトにおいて食事やライフスタイルによる健康法を推奨したり、様々な栄養補助食品を販売したりしている。Mercolaは標準的な医療行為を様々な面で批判しており、特に予防接種や処方薬の使用、病気の治療のための外科手術を槍玉に挙げている。彼は、いくつかの代替医療組織のメンバーであると同時に、Association of American Physicians and Surgeonsの一員でもある。



<原文>
Joseph M. Mercola (born 1954) is an alternative physician practicing in Hoffman Estates, inois.[1] He is the author of several books including The No-Grain Diet (with Alison Rose Levy), and The Great Bird Flu Hoax. Mercola is the founder and editor of an alternative-medicine website, where he advocates dietary and lifestyle approaches to health and markets a variety of dietary supplements. Mercola criticizes many aspects of standard medical practice, particularly vaccination and the use of prescription drugs and surgery to treat diseases. He is a member of the Association of American Physicians and Surgeons, as well as several alternative medicine organizations.[2]


wikipedia より うさじま訳*1

なるほど、代替医療やワクチン批判で「著名な人」であるようです。

 

ブラジルの風疹ワクチン接種プログラム

さて、この文章に出てくるブラジルの風疹ワクチン接種プログラムについて調べてみました。この文章にリンクされていた、元ネタと思われる記事を要約します。

Massive Brazilian Vaccination Raises Suspicions of Covert Sterilization Program LifeSiteNews Aug 14, 2008

  • ブラジルで2008年に風疹ワクチンキャンペーンがある*2。ブラジルの保健相 Jose Gomes Temporaoは、ワクチンキャンペーンは南米大陸諸国の風疹を撲滅することにあると主張している。
  • ブラジルでは毎年17人の子供が風疹のために障害を持って生まれるという事実を問題視しているが、ブラジルの人口は1億8千万人以上である。また風疹の症状は普通軽いものである。
  • 人口あたりの先天性風疹症候群(CRS)に冒される子供の数は、1990年代の英国及びオーストラリアよりも少ないのに、7千万人のブラジル人への強制接種プログラムを行おうとしている。これは史上最大の接種プログラムである。
  • Human Life InternationalのAdoofo Castanedaは、2006年にアルゼンチンのキャンペーンで使われた風疹ワクチンがhCG(ヒト絨毛性ゴナドトロピン、避妊ワクチンの成分*3)で汚染されていることを研究者が発見したと指摘している。
  • 他の不妊薬入りワクチンが使われたことが証明されたキャンペーンと同年代の女性が接種対象となっている。接種対象者は12〜49歳の女性と12〜39歳の男性である。女性の接種対象者の年令は、同じくホルモン入り不妊ワクチンが使われたニカラグアと同一で、フィリピンとも近い。
  • オーストラリア政府は「Communicable Diseases Intellignece」で、風疹は主に小さな子どもたちを通じて広がるため、米国やオーストラリアの予防接種プログラムは子どもを対象としている。ブラジル政府は子どもを無視して、出産年齢の女性を対象としている。
  • すでに風疹ワクチン接種をしたことのある人や、風疹に罹ったことのある人まで、接種することを求められている。
  • ブラジル政府は、子どもにワクチン接種を受けさせなかった女性を起訴し、子どもを取り上げたことを大々的に報道した。

この記事が掲載されたLifeSiteNewsというのは、中絶に反対する立場(Pro-Life)を取るキリスト教の団体によるニュースサイトです。また、途中に出てくるHuman Life Internationalというのも、同じくPro-Lifeのキリスト教系団体のようです。
 
 

なぜ女性に接種するのか…先天性風疹症候群(CRS)について

ここで、なぜ生殖可能な年齢の女性に風疹ワクチンを接種するのか(してきたのか)について説明しておきます。日本でも、かつて中学で女子だけにワクチン接種していたのは前回のエントリで紹介しました。これは、先天性風疹症候群(CRS)を予防するためです。風疹はウイルスによる病気ですが、風疹ウイルスは胎盤を通じて胎児にまで感染します。妊娠初期の、胎児の体が作られている時期にウイルス感染すると、先天性の障害を引き起こす可能性があるのです。

免疫のない女性が妊娠初期に風疹に罹患すると、風疹ウイルスが胎児に感染して、出生児に先天性風疹症候群(CRS)と総称される障害を引き起こすことがある。風疹のサーベイランスやワクチン接種は、先天性風疹症候群の予防を第一の目的に考えている。
(略)


疫 学
 風疹の流行年とCRSの発生の多い年度は完全に一致している。また、この流行年に一致して、かつては風疹感染を危惧した人工流産例も多く見られた(図1)。風疹は主に春に流行し、従って妊娠中に感染した胎児のほとんどは秋から冬に出生している。流行期における年毎の10 万出生当たりのCRSの発生頻度は、米国で0.9 〜1.6 、英国で6.4 〜14.4 、日本で1.8 〜7.7 であり、国による差は殆ど見られない。母親が顕性感染した妊娠月別のCRS の発生頻度は、妊娠1 カ月で50%上、2カ月で35%、3カ月で18%、4カ月で8%程度である。成人でも15%程度不顕性感染があるので、母親が無症状であってもCRS は発生し得る。
(略)

図1


臨床症状 CRS の3 大症状は先天性心疾患、難聴、白内障(図3)である。このうち、先天性心疾患と白内障は妊娠初期3 カ月以内の母親の感染で発生するが、難聴は初期3 カ月のみならず、次の3カ月の感染でも出現する。しかも、高度難聴であることが多い。3 大症状以外には、網膜症、肝脾腫、血小板減少、糖尿病、発育遅滞、精神発達遅滞、小眼球など多岐にわたる。
(略)


治療・予防 
CRS それ自体の治療法はない。心疾患は軽度であれば自然治癒することもあるが、手術が可能になった時点で手術する。白内障についても 手術可能になった時点で、濁り部分を摘出して視力を回復する。摘出後、人工水晶体を使用することもある。いずれにしても、遠近調節に困難が伴う。難聴については人工内耳が開発され、乳幼児にも応用されつつあるが、今までは聴覚障害児教育が行われてきた。
 予防で重要なことは、十分高い抗体価を保有することであり、既に自然感染で免疫を獲得していることが明らかな者以外は風疹ワクチンで免疫を付ける必要がある。
(略)


感染症の話 風疹 (国立感染症研究所ウイルス第三部 加藤茂孝)より抜粋。強調はうさじま

上記の文章を書いた加藤氏は、長年にわたりCRSの研究をされてきた方です。加藤氏がまとめた日本国内のCRSの歴史や現状、氏の開発した遺伝子診断法についての総説がありました。とてもわかりやすかったです。


CRSに伴うもう一つの問題について、上記から引用します。

妊娠中に感染した場合には、胎児にCRSが生じる可能性が高いことから、発疹が見られた場合(顕在性感染)や、症状がなくとも風疹患者に接した場合、さらには、症状もなく患者との接触歴もないが妊娠初期に検査した風疹抗体価が高い*4という理由だけで、母親の不顕在性感染による胎児への感染の可能性を恐れて人工流産に至ることが、風疹流行期には多かった。(略)人口動態統計の流産数から、風疹流行期の風疹によると思われる人工および自然流産数は、1973〜1998年の25年間で合計2万5千例と推計された(図6)。ほぼ同時期に出生したCRS患児419人の59倍にも上る。(略)

加藤氏は胎児の風疹ウイルス検査法を開発されました。加藤氏はこの診断法への抗議(障害児への差別ではないか)について、以下のように答えられたそうです。

ワクチンがあるので予防してほしいこと、闇雲に恐れるのでなく科学的データで判断して欲しいこと、万一障害が出たとしても現在では治療法やリハビリ施設はあることなどを伝えた。私はこの方法で、むしろ中絶を回避したいのだ、と。
統計に表れた数字の影には、数字では分からない一人一人の思い人生がある。


同上、p26より

このような背景から、女性のみを対象に、風疹のワクチン接種が行われてきた国があるのです。日本もそうです。女性を不妊にするためではなく、生まれてくる赤ちゃんに障害が生じないようにするため、そして妊娠した人の不安を取り除くためなのです。さらに、CRSを伴って生まれる赤ちゃんの裏に、それより数の多い、障害を忌避しての中絶という現実があります。また、胎児への風疹ウイルス感染による流産もあります。ブラジルでは人工中絶が違法だそうなので、日本とは事情が異なるかもしれません。しかし、CRSの発症数が「年間17例に過ぎな」かったとしても、その裏に多くの葛藤があることは間違いありません。このような事情を知れば、マーコラ文書の言うような「小さな健康問題」でないことが理解できると思います。妊婦は風疹ワクチンを接種できません*5ので、妊娠前にワクチン接種をしておくことが必要なのです。

ブラジルの風疹ワクチンキャンペーンの実際

問題の2008年のブラジルの風疹ワクチンキャンペーンについて見てみましょう。


CDCの週報です。このレポートの冒頭には、2003年、Pan American Health Organization(汎米保健機構、PAHO。WHO(世界保健機構)のアメリカ地域事務局であり、南北アメリカ大陸の住民の健康と生活状況の改善を目的に活動を実施している。)が風疹及びCRSの南北アメリカ大陸からの排除を求める決議を採択したとあります。「排除」の定義として、「北米、中米、南米およびカリブ海のすべての国において、12ヶ月以上、風疹ウイルス感染のエンデミック(地域的流行)を阻止すること、及びエンデミックによるCRSの発生をゼロにすること」とあります。感染症の場合、他地域から持ち込まれることがありますが、そのような場合にもその地域に広がって流行を起こさないようにする、ということです。この目標のために、PAHOが打ち出した戦略が以下のものです。

  1. 風疹ワクチンを含むワクチン(RCV)を、南北アメリカ大陸すべての国の生後12ヶ月児のルーチン予防接種に導入し、接種率を全自治体で95%超とする。
  2. 若年・成年者を対象とした単発の集団予防接種キャンペーン及び、5歳未満を対象とした定期的なフォローアップキャンペーンをを行う。
  3. 麻疹サーベイランスに風疹サーベイランスを組み入れ、CRSのサーベイランスを導入する。


Progress Toward Elimination of Rubella and Congenital Rubella Syndrome --- the Americas, 2003--2008 MMWR Weekly, October 31, 2008 / 57(43);1176-1179 より、うさじま訳

資料2によれば、ブラジルでは麻疹・水痘・風疹(MMR)ワクチンが1992年〜2000年の間に州のルーチン予防接種プログラム(乳幼児対象)に組み入れられ、11歳までを対象としたキャッチアップ接種プログラムも行われて、子どもの風疹流行はすぐになくなったとあります。しかし、1998年〜2000年には若年成人での風疹の流行があり、CRSが多く発生、世界的に麻疹・風疹(MRS)ワクチンの供給が不足していたことから、1998〜2002年の間に出産可能年齢の女性のみを対象とした追加の予防接種プログラムを行ったとあります。LifeSiteNewsにあった、「子どもはスルーされている」というのは完全な事実誤認で、子どもへの接種はとっくに始まっていました。風しん・CRS排除への戦略として、子どもへのルーチン接種の他に、女性のみを対象とした集団予防接種を行ったのは南北アメリカ大陸でブラジル、チリ、アルゼンチンの3カ国でした。他の国は、男性も含めて接種しました。資料1によれば、チリは1999年、アルゼンチンでは2006年に生殖可能年齢の女性を対象とした予防接種プログラムが行われています。しかし、結果的に、女性のみへの接種という戦略は失敗であったことが、明らかになります。


風しんおよびCRSの報告数。
WHO統計(Rubella Reported Cases)(Ruvella (CRS) Reported Cases)及び「Progress Toward Elimination of Rubella and Congenital Rubella Syndrome --- the Americas, 2003--2008」 MMWR Weekly, October 31, 2008 / 57(43);1176-1179 より うさじま作成

上記の表は、文献1の、南米の風疹ワクチン接種キャンペーンの情報と、WHOの風疹報告数の統計からうさじまが作成したものです。セルに色がついている年に、それぞれ子ども・女性のみ・男性のみ・男女への集団予防接種プログラムを実施しています。乳幼児へのルーチン接種はこれ以外に継続的に行なっています。年齢には幅がありますが「子ども」は概ね10歳以下を指します。南米以外の予防接種の情報はわからないので載せていません。ブラジル、チリ、アルゼンチンの女性への予防接種キャンペーンの接種率(対象者のどレくらいをカバーしたか)は>95%と非常に高かったにも関わらず、2007〜2008年、これらの国で、風疹の流行が起こってしまいました。資料1によれば、ブラジルでの風しん流行は、現在の日本と同様、男性中心のものでした。その後、ブラジルでは男女に、アルゼンチン・チリではそれまでのワクチンプログラムから漏れていた男性に接種を行い、それ以降ピタリと風疹の流行はなくなっています。マーコラ文書に「不妊ワクチンが投与された」と書かれているニカラグアでも、集団予防接種以降、風疹は報告されていません。他の国でも、男女を対象とした予防接種キャンペーン以降、風疹の流行がなくなっているのがわかります。これらの予防接種プログラムの接種率は、大人を対象としたものでは90%超、多くは95%以上で非常に高率です。ブラジルにおける2008年の予防接種キャンペーン(20〜39歳の男女が対象で接種率90%)で、どのようなプロモーションを行い、人々がどう受容したかを調べた論文があります。

これを見ますと、テレビCMで有名人を起用したCMを放映したり、予防接種の対象者にウケるキャッチフレーズを用意したり、特設ウェブサイトを作って予防接種キャンペーンのの進行状況をリアルタイムで分かるようにしたり、同サイト上で人々の疑問に保健省の専門家が直接答えたり、不妊デマを否定したり、仕事を持つ人々が接種しやすい環境を整えたりといった努力により、高い接種率が実現できたことがわかります。「強制」ではなかったのです。


米国は、はじめから男女に風疹ワクチン接種を行なっており、2004年には風疹排除宣言をしたそうです*6。2004年以降も、風疹の報告はありますが、これは外から持ち込まれたなどでその後地域的流行を起こしていないということです南北アメリカ大陸では、2009年以降、風疹の地域的流行はありません*7。英国・オーストリアはLifeSiteNews記事に出ててきたので、表に入れました。英国も女子だけに風疹ワクチンを接種してきた国であり、さらにMMRワクチンのスキャンダルもあって風疹対策が遅れている国のようです*8。さて、最後に日本のデータです。今年は、すでに4000例を超えていますそして、CRSは去年5例、今年は3例がすでに報告されています(4/17現在。国立感染症研究所「風疹」参照)驚きの流行です。ブラジルの例を見れば、本気で予防接種プログラムを行えば、風疹の流行は排除できることがわかります。妊娠すると予防接種できません。妊娠前に予防接種すること、そして、集団免疫で流行を食い止めることが必要なのです。


というわけで、風疹ワクチンで不妊になる!という噂の出処を調べてみたら、逆に、ワクチン接種がいかに有効であるかがわかってしまったというオチでした。

 

2回接種について

LifeSiteNewsの記事に、「過去に風疹ワクチンを接種したり、感染した者もワクチン接種をさせられる」との記載がありますが、「風疹にかかったことがある」というのが記憶違いということが少なくないことや、一回の接種で免疫ができないこともあるので、日本でも「感染の記憶のある人」にも予防接種が推奨されていますし、先進国では現在は2回接種がスタンダードとされています*9

 

繰り返される「不妊デマ」

で、不妊の話です。「風疹ワクチンで不妊になる」という噂や反ワクチン媒体の記事はたくさんあるのですが、ちゃんとした根拠は示されていません。反ワクチン媒体がお互いに参照しあっているばかりで、一次資料が出てこないのです。LifeSiteNewsの記述では「研究者がhCGが混入しているのを見つけた」とも書かれていますが、論文検索サイトで「ruvella vaccine hCG」で検索しても一件もヒットしません。これは逆に、風疹ワクチンがhCGに汚染されていないというデータもないと言えます。しかし、予防接種キャンペーンで南北アメリカ大陸の風疹流行がなくなって以降も、子どもは生まれ続けています。ブラジルでは出生率は減少傾向にありますが*10、2000年台の予防接種プログラム以降、急に生まれるこ子どもの数が1/10になったりはしていません*11。だいたい、普通に考えれば、政府にとっては国民が病気にならず、健康な子どもが生まれてくるほうがずっと得です。ブラジルは人口が増えまくって困っている国ではないのです。


「ワクチンにhCGが混入されていて、不妊になる」という噂は、定番のデマです。マーコラ文書にも出てくるフィリピンの不妊ワクチンデマについて、当ブログで検証したことがあります。


これは、出産時の不衛生な環境のために新生児が破傷風菌に感染してしまい、多くが命を落としてしまう「新生児破傷風」を防ぐために、出産前の女性に破傷風ワクチン接種を行なったところ、「hCGが混入されている」というデマが流され、接種率が著しく低下し、今なお新生児破傷風は排除されていないという例です。この時も、hCGが検出されたという「証言」がある、というのみで、データは見つかりませんでしたが、不適切な検査方法のためにキットの有効測定範囲外の微量のhCGが検出されたのではないかということでした。また、フィリピン保健省の疫学調査や、マニラの病院の症例対照研究で、破傷風ワクチン接種と自然流産に関連性がないことが検証されました。この時も、今回と同じように、「なぜ子どもでなく出産可能な年齢の女性に接種するのか」など、ちょっと調べればその理由が分かることなのに「怪しい」と曲解し、ワクチンへの信頼性をなくさせようとする情報発信が行われました。実は、この不妊ワクチンのデマを流したのは、今回取り上げたブラジルの例と同様、「中絶に反対する」キリスト教の団体でした。中絶に反対するのに、CRSのために子どもが障害を持つことになったり、流産したり、親がそのことで苦悩したり、生まれた子供が破傷風で死んでしまったりするのはするのは構わないのでしょうか。どのような宗教的な思想の背景があるにせよ、許せないことです。


日本国内に目を向けると、マーコラ文書を持ってきて日本での風しんワクチンへの「警告」をするのはおかしな話で、国内で使われている風しんワクチンやMR(麻しん風しん)ワクチンは、日本の製薬企業が作った国産品ですから、ブラジルやニカラグアで何があろうと、関係ないと言えます。現在の日本のように、感染症が大流行している時期に、このような根拠のない、誤解と曲解に満ち、よく知らずに病気の影響を過小評価するような情報が出回ることは、公衆衛生上のリスクになり得ます。反ワクチン運動が社会に悪影響を与えた例は、前述のフィリピンの新生児破傷風や英国のMMRの他にもあります。

 

PAHOのワクチンにより予防可能な疾患に関する会議では、ワクチン安全性のテーマでリスクコミュニケーションが取り上げられており、予防接種のリスクコミュニケーション戦略を国の年間予防接種プランに含め、「Crisis」(人々がワクチンや予防接種プログラムへの不信を抱く事態)を避ける/コントロールできるよう備えるべきであるとしています*12。日本の厚生労働省は、ワクチンに関するデマに対してなにか対策しているのでしょうか?
 

  

付録

*1:書籍の邦訳があるか等確認してません。他の邦題があるかもしれません。

*2:この記事が書かれた時点では未来の話

*3:hCGは妊娠時に産生されるホルモンであり、hCGに対する中和抗体を産生させることで妊娠を阻止するというしくみの避妊ワクチンは実際に開発中

*4:風疹抗体価については、前回のエントリで紹介したこちらを参照してください。

*5:実際には妊娠に気づかず風疹ワクチンを接種した例がありますが、そのためにCRSが発症した例はないそうです(先天性風疹の根絶を目指して, Togetter)。

*6:先天性風疹の根絶を目指して Togetter

*7:Experts Start Verifying Measles, Rubella Elimination in the Americas, PAHO

*8:女子だけに風疹ワクチンとその周辺 感染症診療の原則

*9:http://www.nih.go.jp/niid/ja/rubellaqa.html:風疹Q and A 国立感染症研究所

*10:PAHO統計

*11:と言うと、統計にわからないくらいの割合でhCGが混入されてるんだ−!という人がいそうですが、それだったら何も全員に徹底して接種する必要もなくなるのであり、何のために大金をつぎ込んでそんなことをするのかわけがわかりません

*12:TECHNICAL ADVISORY GROUP ON VACCINE-PREVENTABLE DISEASESBUENOS AIRES, ARGENTINA, 6-8 JULY 2011 議事録