「ダメな科学」を見分けるための大まかな指針」のポスター解説(2)「利益相反」

3. 利益相反(難易度☆☆☆)

多くの企業が、研究や論文発表のために科学者を雇っています。そういった研究が必ずしも無効であるとはいえませんが、そのことを念頭において解釈する必要があります。また、個人的または金銭的な利益のために、研究内容が偽って伝えられることもあります。

対処法の例:利益相反状態が生じること自体は、産学連携の観点から避けられない。お金の出どころ、「利益相反(COI)状態の申告」を確認する。


前回の記事


今回のテーマは「利益相反」です。難しい言葉ですが、「この医師は○○製薬からお金をもらっているから、○○製薬の利益になるように導いているんじゃないか?」といった話に関係しています。

利益相反」とは,公正になされなければならない判断が,金銭的な利害関係や個人的な成功への願望などでゆがめられる可能性のある状況を言います。
(略)
利益相反」は,その影響がどうであったかを問題にするものでなく,第三者からみてどのように映るか(「アピアランス」と言います)を含め,あらかじめ適切に規制することで,重大な影響がもたらされることを防止し,透明性や公正さを担保しようとするものです。

つまり、

利益相反とは、
医師・研究者としての、公正な研究を行って世に出すという使命(公的利益) VS 金銭、個人的な成功などの個人的な見返り(私的利益) の対立が起こる状況
すなわち、
公正になされなければならない判断が、私的利益のために歪められる可能性がある状態

なのです。

国内で起こった問題としては、

  • 2004年の「薬害イレッサ訴訟」に関連して、日本肺癌学会のゲフィチニブ(イレッサの一般的名称)使用ガイドライン作成に当たった研究者が、当該製薬企業から奨学寄附金を受け入れていた
  • タミフル」服用者の異常行動による死亡例を調査した厚生労働省の調査研究班研究者が、タミフルの製造販売元企業からやはり奨学寄附金や寄付金(研究会宛)を受け入れていた
  • 2013年、高血圧利用薬バルサルタンの臨床研究において、論文作成のスポンサー記載等で明らかなCOI開示違反が見られ、さらにデータの不正操作の可能性が指摘されるとともに、統計解析に企業社員がその身分を開示せずに加わるなど、深刻な問題になった。企業社員の男は薬事法の誇大広告違反に抵触するとして逮捕された

などの例があります。これらは、実際に便宜を計ったかどうかは別にしても、社会に大きな疑念を生じることになりました*1

(たまに、セミナーで弁当出してもらったとか、ボールペンをもらったというと言った小さなことでも、「この医師は製薬会社の言いなりだ、信用できない」などと言われることがあります。弁当やボールペンでプロフェッショナルの矜持を売る人がどれほどいるのかと考えると、ちょっと大げさな言い方にも思えますが、上記の「アピアランス」を考えれば、こういった行為は誤解の元になりうると言えるでしょう)。

確かに、製薬会社から資金提供を受けた研究者が、金銭的利益などのために研究結果を捏造して発表するなどは許しがたいことです。しかし、薬の臨床研究などでは、医師や研究者と製薬会社が協力すること(産と学との連携)がどうしても必要になります。利益相反が生じること」自体を「悪」として排除すると、新しい薬を創ったり、薬の効果や副作用の研究が困難になってしまいます*2

日本学術会議臨床医学委員会臨床研究分科会*3は、バルサルタン問題を受けて、2013年に「産学連携を推進する研究者の責務」として、提言を発表しています。要は、「利益相反状態が生じるのはしかたがない。だが、それを公表しろ(透明性の確保)。そして、バイアスを排除して公正な研究をしろ」という内容です。こちらの資料には、日本および海外における利益相反マネージメントの現状についてまとめられていますので、興味のある方は一読することをおすすめします・

ごく簡単にまとめると、現状、

といった取り組みが行われています。

不適切なプロモーションによって薬が不適切に使用されること、誤った研究発表により科学的真実の解明から遠のくこと、また逆にせっかくの有効な薬が社会的信用を失って使えなくなってしまうこと、どちらも我々消費者にとって大きな不利益となります。今後、産学連携は医薬品の研究開発にますます不可欠になっていくと思われるため、利益相反の取り扱いへの取り組みの重要性も増していくでしょう。

一方、一消費者としての情報の受け止め方の問題として見ると、その情報はどこが出しているものか(製薬企業の広告としての『医療情報』ではないか?)を確認する、論文や学術的な発表なら「開示すべきCOI」などの項目を確認してみる、などの対策が必要ということになります。

日本製薬工業協会(製薬協)では「企業活動と医療機関等の透明性ガイドラインに基づく公開情報」として、製薬企業から医療機関へのお金の流れやガイドラインを公開しています。

研究論文等の妥当性検証となると、かなり高度な知識が必要です(研究のデザインが適切か、統計解析が妥当かというレベルでの検討が必要になるでしょう)。前回の繰り返しになりますが、信頼できる専門家(できれば複数)の話に耳を傾けることが大切だと思います。


医薬品の「治験」は大丈夫なの?

医薬品もしくは医療機器の製造販売に関して、医薬品医療機器等法上の承認を得るために、薬機法(旧・薬事法)に基づいて行われる臨床試験を「治験」といいます。「治験」とその他の「臨床試験」がごっちゃにされている記事なんかもたまにありますが、データの信頼性という点において、「治験」とその他の「臨床試験」ではかなり違いがあります

薬機法に基づく「治験」では、ICH-GCP (International Conference of Harmonization-Good Clinical Practice)*4にもとづき、臨床データのモニタリング*5、監査*6等によってデータが信頼できるものであるかどうか(捏造や隠蔽がないか、適切に解析されているか)をチェックされているのです。ですから、承認された薬の有効性・安全性についてのデータは、信頼性が担保されていると考えていいでしょう*7

近年、医師主導臨床研究においても、ICH-GCP準拠の法制化を求める声があるそうです。

前述の日本学術会議の提言でも、「研究者が行う臨床試験においても、各研究機関においてデータの信頼性を保証できる体制(臨床研究支援センターなど)を早急に整備すべきである」としています。


「逆」の利益相反

ここまでは、一般的な医薬品に関する利益相反の話でしたが、「逆」の方向にも利益相反はあります。研究者にとって「利益」を得る先は製薬企業だけではありません。例えば代替医療や、反医療、反ワクチンなども「業界」として存在しているのが実体です。また、医師自身がこれらの業界の牽引役・クリエイターとして重要な役割を果たしていることもあります。こういった医師の手によって書かれた「論文」も、残念ながら存在します。数は少なく、後から取り下げ・撤回になったとしても、代替医療の宣伝としてはずっと使われ続けたりするのでやっかいです。

また、一般的な医療や製薬企業の「利権」を痛烈に批判する一方で、特定の代替医療を勧めたり、サプリメントを紹介していたりする情報もあります。こういった情報発信にも注意が必要です。

この話については、以下の過去記事でも触れています。

*1:臨床研究にかかる利益相反(COI)マネージメントの意義と透明性確保について, 日本学術会議, p4

*2:すべてを公費で賄うとなれば話は別ですが、医薬品の研究開発にかかる莫大な金額を考えると現実的とはいえません。

*3:日本の科学者を代表する機関として科学に関する重要事項を審議したり、科学に関する研究の連絡を図り、その能率を向上させるために活動している

*4:日米欧三極間で治験データの相互受け入れを促進するための基準を提供することを目的としたガイドライン

*5:治験依頼者により指名されたモニターが、治験の進行状況を調査し、治験が治験実施計画書、標準業務手順書、GCP 及び適用される規制要件に従って実施、記録及び報告されていることを確認する活動のこと

*6:治験が、治験実施計画書、標準業務手順書、GCP 及び適用される規制要件に従って実施されデータが記録、解析され、正確に報告されているか否かを、開発部門(モニター部門)とは独立・分離した監査担当者により行われる治験の信頼性を保証する活動のこと

*7:もちろん、治験でチェックしきれない稀な副作用や、治験の対象とならなかった集団(妊婦や他の病気がある人など)への影響は分かっていない部分もありますので、承認された薬=万全というわけではありません