トマトから農薬が溶け出して色が変わる?!水酸化カルシウム洗浄を実験

<追記>
本エントリは、野菜の通常の洗浄についてではなく、水酸化カルシウム等でのアルカリによる洗浄についての記事です。


先日、ネット上に出回った写真がありました。ミニトマトを、水酸化カルシウム水溶液につけると、溶液の色が変わる!これは、トマトについた農薬が溶けだしたからだ!というものです。その実験では、水と水酸化カルシウム水溶液にトマトを漬けて比べていましたので、「無農薬栽培のトマトでも色が変わるんちゃうん?」というツッコミが噴出しておりました。で、たまたまうさじまは毎年ミニトマトをベランダ栽培しておりますので、「やったろうやないか…」ということで、早速楽天水酸化カルシウムを取り寄せました*1


水酸化カルシウムが届くまでの間にtwitterで教えていただいたのですが、実は既に水酸化カルシウム水溶液で野菜を洗浄する、という商品が売られているそうです。

こちらは、ホッキ貝の貝殻を焼成して作ったカルシウム粉末、と書かれています。水酸化カルシウムではなく酸化カルシウムのようですが、酸化カルシウムは、水に溶かすと水酸化カルシウムになります*2。この洗浄剤の紹介動画でも、トマトを漬けた様子を映して、「水の色が変わって、表面に汚れが浮いています」と説明しています。


トマトを水酸化カルシウム水溶液に漬けてみる

では、さっそく実験です。ここからは、実験レポート風に書かせていただきます。


[材料と方法]
(材料)

2gを水道水3Lに溶解*3。ただし、溶けきらずに、沈殿ができている*4。小分けにするときは、かき混ぜて、沈殿も入れました。

  • 自家栽培トマト うさじま宅のベランダで愛情込めて育てた完全無農薬のトマト。品種はアイコ。
  • 有機JASトマト 某自然食品専門店で買った「有機JAS」の表示のあるトマト。品種はアイコ。
  • 慣行栽培トマト 某大手スーパーで買った普通のトマト。品種はピッコロトマト。アイコは売ってませんでした。

トマトのサイズ・熟し具合(手で弾力を確認)がなるべく近いものを選びました。


(方法)
陶製の器に50mlの水酸化カルシウム水溶液を入れ、トマトを10分間浸漬する。


[結果]

まずは、溶液のpHを測定。pH試験紙なのでおおざっぱですが、pH12程度の強いアルカリ性です。水酸化カルシウムの飽和水溶液のpHは12.4だそうです。



↑水道水に10分間漬けたミニトマト。左上:自家栽培、左下:有機JAS、右下:慣行栽培。右上は水のみ。

水酸化カルシウム水溶液に10分間漬けたミニトマト。左上:自家栽培、左下:有機JAS、右下:慣行栽培。右上は水溶液のみ。


水酸化カルシウムに漬けた方は色がついています。





それぞれのアップ。色はムラがありますね。



トマトを取り除いて、かき混ぜました。発色具合にはあまり差がありません。実は、予備実験で、トマトの硬さ(熟し具合)と色の出かたが関係ありそうな感じでした。本番では硬さの近いトマトを選んでおります。


実験後、色がついた溶液をしばらく放置すると…

どうも、溶けきってない水酸化カルシウムの粒子に色が付いている、もしくは色の成分が沈殿しているようです。そこで、コーヒーフィルターでろ過してみました。



フィルターペーパーのろ過残渣。黄色い。



ろ液(左)を未ろ過の液(右)と比較。かなり色は薄くなってます。

 

ブロッコリーを漬けてみる

これも教えていただいたんですが、実は、NATROMさんが2009年に既にこの種の実験に関する記事を書かれていました。

こちらで、ブロッコリーをホタテパウダー水溶液につけると、農薬ワックスが浮いた!という例が取り上げられていましたので、ブロッコリーでも試してみました。


[材料と方法]
(材料)


(方法)
ブロッコリー20gを、陶器の器に入れた100mlの水酸化カルシウム水溶液に10分間浸漬。


[結果]

↑左:有機JAS、右:慣行栽培



ブロッコリーを取り除いたところ。どちらにも、特にワックスのようなものはありません。

 

ズッキーニを漬けてみる

「化学農薬・化学肥料不使用」としているズッキーニも購入したので試してみました。


[材料と方法]
(材料)

  • 水酸化カルシウム水溶液 トマトの実験と同じもの。
  • 化学農薬・化学肥料不使用ズッキーニ 有機JASトマトと同じお店で購入。
  • 慣行栽培ズッキーニ 慣行栽培トマトと同じスーパーで購入。


(方法)
ズッキーニを同じくらいの長さに切り、陶器の器に入れた100mlの水酸化カルシウム水溶液に10分間浸漬。


[結果]

↑左:化学農薬・化学肥料不使用ズッキーニ、右:慣行栽培ズッキーニ、上:水酸化カルシウム水溶液のみ



↑ズッキーニを取り除いたところ


ズッキーニでも、特に変化はありませんでした。

 

考察

  • トマトの変色はなんなのか?

トマトの変色について、栽培方法による発色の差が見られなかったこと、また農薬を一切用いずに育てた自家栽培トマトでも同程度の変色が見られたことから、トマトを水酸化カルシウム水溶液に漬けた時の変色は、農薬ではなく、トマトそのものの成分によるものであると考えられます。慣行栽培のブロッコリー、ズッキーニでもこのような着色現象は見られなかったことも、これを支持しています。植物の細胞壁成分の一つであるヘミセルロースは、アルカリに可溶*5だそうですが、トマトの赤色はリコピンですが、これは脂溶性で、水には溶けません*6リコピンがカルシウムにくっつく性質があるかどうかはわかりませんが、今回の実験では、水酸化カルシウムの粒子が着色しているようすが観察されました。

ブロッコリーアブラナ科の植物であり、自らワックス状の物質を分泌しています*7。NATROM先生のブログでも、ブロッコリーの天然ワックスについて指摘されています(このワックスを「農薬がかかっている、だから水を弾くのだ」などとして、脅しに使うことがあるようです)。ところが、今回、うさじまの実験では、ブロッコリーでの油浮きは見られませんでした。NATROM先生のブログに引用された資料では、ブロッコリーのワックスは冬場に多くなるそうなので、夏場のブロッコリーでは再現できなかったのかもしれません。


しかし、このNATROM先生のブログに引用されている写真と同じような、「油の膜のようなもの」は、見ることができました。
[:W320]
写真がうまくとれず、申し訳ありません。水酸化カルシウム水溶液を調整してしばらく放置すると、水面に白い膜のような、細かい粒子が浮いているような(池のアオコみたいな感じ)ものが生じました
(この写真は、その膜みたいなものを指でつついて壊した状態です)。この「膜」が、どうもNATROM先生のところに引用されている写真の「農薬ワックス」と言われているものにかなり似ているんです(そちらでは「黄色」とされていますが、トマトが一緒に入っているためかと思います)。また、「安心やさい」の紹介動画で「こんなに汚れが!」と言っている時に写っている映像にも同様のものが見られます。この浮いているものが何なのか、はっきりとはわかりません。水酸化カルシウムの溶け残ったものかもしれません。あるいは、水酸化カルシウムが空気中の二酸化炭素と反応して、不溶性の炭酸カルシウムを生じた可能性もあります*8。また、もしかしたら、容器の汚れである可能性もあります。はっきりとはわからないのですが、この種の実験で「ワックスが浮いている」「野菜の表面の有害物質が浮いている」とされている場合に、もしかすると本当はワックスや汚れ等ではなく、水酸化カルシウム由来のものを見ている可能性があるのではないか…と思いました。

水酸化カルシウムの洗浄剤について調べたことなど

「安心やさい」を販売している会社のサイトには第三者期間による評価を掲載しています。農薬の除去については、ものによって40〜90%の除去効果があるとしています。


水酸化カルシウムは別名消石灰酸化カルシウム生石灰です。実はこれらは、畜産分野で消毒剤として使われているそうです。水酸化カルシウムの飽和水溶液(MAX濃くした水溶液)である石灰乳(飽和する量より多くの水酸化カルシウムが水に懸濁されていて、白く濁っている)も、消毒に使われています。アルカリによる消毒効果があり、特にウイルスには効果が高いようです*9。市販の野菜用の洗浄剤においても、消毒の効果をうたっているものがあります。このような洗浄剤の使用濃度は、石灰乳のような高濃度ではないですが、pHは12くらいありそうなので、それなりの効果は期待できるかもしれません。上記の第三者機関のデータにも消毒効果があると記載されています*10


水酸化カルシウムの飽和水溶液はpH12以上で、強アルカリなのですが、溶解度が低いために、一定以上濃くなることはありません。飽和水溶液でも、濃度としては20mM程度となります。そのため、家庭で適当に調整しても危険性は少ないと思われます。もちろん、目に入ったりしたら危険ですが、うさじまの場合、液を手で触っても特になんともありませんでした。また、最終的に空気中の二酸化炭素と反応して無害な炭酸カルシウムとなるため、環境への負荷も少ないようです。ただ、洗浄剤の使い方として、流しにそのまま液を流すことで下水管を洗える、とありますが、このような使い方が本当に良いかどうかはわかりません。一般的には、強アルカリの液は中和してから流すべきと思われます。また、使用例として肉や魚を洗うというものがあるのですが、「表面が白くなる」とあり、これはどうもアルカリでタンパク質が変性しているのではないかと思います。一般的にタンパク質はアルカリには弱いです。

 

「農薬洗浄」実験の問題点

上記のように、水酸化カルシウム(または貝殻焼成カルシウム)の洗浄剤は、洗浄剤としては、そんなに問題のあるものとは言えないかもしれません。しかし、これらの商品の宣伝に、トマト等を用いた「農薬が落ちて、水の色が変わる/油が浮く」というデモンストレーションが行われていることは不適切だと思います。また、この原理を、慣行栽培によって作られた野菜を「危険なものだ」というのに利用するのも、不適切です。水酸化カルシウムがトマトそのものに作用して起こる現象だからです。そもそも、農作物の残留農薬については、さんざん安全性が確かめられており、わざわざこのように特別に洗浄する科学的な必要性がないのです*11

このアルカリによる「トマト洗浄実験」は、一部の浄水器のプロモーションにも使われているようです。もし、これらの実験を見せられて、「市販の野菜をそのまま食べるなんて危ない、ぜひ<追記>アルカリで特別に<追記>洗浄しなければ」と思ってしまった人が身近にいる場合、本記事を見せてあげてほしいなと思います。


おまけ

実験に使用した野菜はうさじまがおいしくいただきました。


参考資料

有機JAS」など、オーガニック食品や自然食品といわれるものの表示について。

  

やってみたい人のための追記(2013.7.23)

ブコメ等で「子どもの自由研究に良さそう」との感想をいただきました。ありがとうございます。再現してみたい方のためにいくつか情報を。

  • 水酸化カルシウム消石灰、Ca(OH)2)および貝殻焼成カルシウムはどちらも食品添加物グレードのものが楽天等でも販売されています。実験後の野菜を食べたければ、食品添加物グレードのものがよいのではないでしょうか。実験室で使うような試薬グレードのものも売られていますが、量が多く高価で、食べることは想定していないものです。
  • 市販の洗浄剤は「貝殻焼成カルシウム」の方です。
  • アルカリはタンパク質を溶かします。とくに目に溶液や粉が入らないよう、十分注意してください
  • 生石灰酸化カルシウム)は、水に触れると熱を発生します。「生石灰の乾燥剤が水に濡れて火事に」という事例もあります。駅弁などを温めるのにも使われているものです。粉が目に入ったり、口に入ったりするとそこで発熱+アルカリでけっこうヤバそうです。取り扱いには注意が必要です。「貝殻焼成カルシウム」はうさじまは実際に使用していないのでなんとも言えませんが、主原料が酸化カルシウムだという情報が確かであれば、こちらも同様に注意が必要です。水に溶かす際は、大量の水を使用して温度が上がり過ぎないようにするなどしてください。余った粉をその辺に置いといて水に濡れないようにしてください。
  • 貝殻焼成カルシウムについては、実際のところ、酸化カルシウムであると言う説・水酸化カルシウムであると言う説・酸化カルシウムに炭酸カルシウムが混じったものであるという説、色々あり、確かなことがよくわかりません。水を加えて発熱するか調べてみてもおもしろいかも(大人向け)。

 

*1:水酸化カルシウムって、手作りコンニャクを作るのに使うらしいですね。食品添加物グレードのものが売られていました。

*2:酸化カルシウムに水を加えると多量の熱を発生しますので、水の量などに注意が必要だと思われます。

*3:酸化カルシウムである「安心やさい」の使用濃度0.05%とモル濃度を合わせました。動画を見ると、「安心やさい」も溶けきらず沈殿ができているのが分かります。

*4:理論上、水酸化カルシウムは25℃の水1Lに1.6g溶けるはずですが、鍋で溶かして菜箸でかき混ぜる方法では溶けきりませんでした。マグネティックスターラー(撹拌するための装置)等で長時間撹拌したり、ごく少量ずつ溶かしていけば溶けるのかもしれませんが、ちょっとやそっとじゃ溶けない雰囲気だったので諦めました。「安心やさい」の紹介動画等でも、溶けきっていない状態で使用しているのが分かります。

*5:細胞壁, Botany Web

*6:キリヤ化学 Q and A

*7:今日の平針で指摘されたこと, 小島農園ブログ

*8:石灰水, 理科ねっとわーく

*9:消石灰乳剤の踏み込み消毒槽の効果, 香川県

*10:ただし、香川県の資料では石灰水の上澄み液では効果が薄い、とあります。

*11:もちろん、それでも洗いたい!というのは自由です。