風疹流行と放射能の話、その2


風疹の流行がちっともおさまりません。今回の風疹の流行に関しては、上のエントリでまとめたように、過去のワクチン政策が原因であり、国がもっと積極的に動いてしかるべきなはずなのですが、「自主性を尊重する」姿勢を貫くようです。


それはそうと、風疹と放射能を結びつける言説も相変わらず続いています。主に2つの流派があるようです。

  1. チェルノブイリ原子力発電所事故の直後にも風疹は流行していた!やはり風疹の流行は放射能汚染のせいだ!
  2. 風疹は実際には流行していないが、流行を強調することで、先天性障害の発生を先天性風疹症候群(CRS)のせいにしようとしている!

 

チェルノブイリ事故後の風疹流行について

Twitterなどで広まっていた「チェルノブイリ事故後に風疹が流行」の図の元はこの文献だと思われます。

確かに、チェルノブイリ原子力発電所の事故があった1986年の翌年、1987年に風疹の流行が起こっています。しかし、風疹の流行は1982年、1977年、1960年代にも見られます。本文から引用します。

欧米に遅れること 7 年日本は英国方式で風疹定 期予防接種を女子中学生を対象に開始した(1977 年).風疹ワクチン前時代,風疹は 5~10 年間隔 で(数年の流行期と数年の流行閑期),流行した. 流行は小学生の風疹抗体保有率が 40~70%に達すると終息し,この流行パターンは 1989 年の小児の MMR ワクチン導入まで続いた.すなわち,小児 の全国的風疹流行は 1975~1977 年,1981~1982 年,1987~1988 年に発生し,CRS は流行発生時 に従来と同様の頻度で発生し,女子中学生の風疹 予防接種の効果は顕著でなかった(図 3).MMR ワクチンの接種開始により,風疹の疫学は大きく 変化すると期待したが,残念なことに無菌性髄膜炎の副反応の問題で中止(1993年),しかし,予防接種法改正により 1994年より単味風疹ワクチン接種開始で,接種率は十分とはいえないが,小児 の流行的発生の防止に有効であった.小児の予防接種が効果を上げてくると流行的発生がなくなり, 散発的発生と年長児若年成人に流行的発生が起こり,2004 年には CRS が 10 例報告された.麻疹 は 2006 年より MR ワクチンで 2 回,さらに,2008 年には 3 期(中学 1 年生),4 期(高校 3 年)が5年計画で実施される.MRワクチンが使われることにより,接種率がさらに向上し,“2012 の風疹・先天性風疹症候群排除”の目標達成の成就が期待される.


同上、p. 256-257より引用。 強調はうさじま

つまり、数年ごとの流行を繰り返していたが、予防接種の導入によりだんだん流行がなくなったことを示している図なのです。(その後、風しん予防接種を受けておらず、抗体を持たない人が蓄積され、今回の流行が起こったことは、「風疹とワクチンにまつわる流言(1) 風疹はなぜ流行しているの?放射能のせい? 」で説明しました)。この文献は2008年のものですから、今回の流行については書かれていませんけれども、この図を引用した人は、本文は読まなかったのですか?と聞きたくなります。


さらに、気象庁気象研究所の「環境における人工放射能の研究2011」の表紙の図の、放射性降下物の量の推移のグラフと上のグラフを比較してみましょう。

2011年以降の値は暫定値であることと、縦軸が対数になっていることに注意してください。さきほどの風疹感染者の推移と放射性降下物量との推移に、特に関連性が見いだせないのが分かります。


また、風疹の流行が放射能のせいだとするならば、当然他の感染症についても激増していてしかるべしだと思うのですが、国立感染症研究所インフルエンザ報告数のここ10年の推移のグラフを見ても、特に震災後増えてはいません。


インフルエンザ 過去10年との比較(定点あたり報告数) 国立感染症研究所


というわけで、総合的に見て、風疹の流行と放射能汚染を結びつけるのにはやはり無理があると言えます。

 
 

CRSは、放射能による先天性障害発生の隠れ蓑?

国立感染症研究所の「先天性風疹症候群とは」を見ますと、以下のように記載されています。

病原診断
 病原体である風疹ウイルスの検出には、ウイルス分離よりもウイルス遺伝子の検出の方が感度も良く、また、時間的にもはるかに短期間でできる。それは、ウイルス遺伝子RNA を逆転写PCR で増幅して検出する方法である(図4)。
 CRS患児からは、出生後6 カ月位までは高頻度にウイルス遺伝子が検出できる。検体として検出率の高い順から述べると、白内障手術により摘出された水晶体、脳脊髄液、咽頭拭い液、末梢血、尿などである。
 CRS の診断としては、症状、ウイルス遺伝子の検出以外に、臍帯血や患児血からの風疹IgM 抗体の検出が確定診断として用いられるIgM 抗体は胎盤通過をしないので、胎児が感染の結果産生したものであり、発症の有無にかかわらず胎内感染の証拠となる。

先天性風疹症候群とは, 国立感染症研究所, 強調はうさじま

また、上に引用した「日本の風疹・先天性風疹症候群の疫学研究―偶然との出会い― 」を書かれた植田氏は1960年代から風疹及びCRSの研究をされている方で、キットのない時代にCRSの血清学的診断に苦労した話が書かれています。


国立感染症研究所には、感染症法に基づいて感染症の報告がなされる際の検査の標準化のために、国立感染症研究所と全国地方衛生研究所の共同作業で作成された病原体検出マニュアルがあり、それの「先天性風しん症候群」の項を見ますと、以下の記述があります。

2-4. 検査の進め方
CRS の診断は、第一義的には出生後における白内障、難聴、先天性心疾患等 の CRS に特徴的な臨床症状に基づく。CRS の検査診断法としては、CRS 患児 の血清診断および病原体検出がある。また、妊娠中に母親が風疹ウイルスの感 染を受けたことの診断が参考となる。

(略)


2-6. 感染症法届け出基準における検査診断の取り扱い
感染症法においては、臨床診断基準および病原体診断基準の両者を満たした 場合、CRS としての届出基準に合致する。病原体診断による基準は、以下の項 目のうち、1つを満たし、かつ出生後の風疹感染を除外できるものである。

  1. 分離・同定による病原体の検出またはウイルス遺伝子の検出
  2. 血清中の抗風疹ウイルス特異的IgM抗体の存在
  3. 血清中の風しんHI 価が移行抗体の推移から予想される値を高く越えて持続 (出生児の風しん HI 価が、月あたり 1/2 の低下率で低下していない。)


病原体検出マニュアル 先天性風しん症候群, 国立感染症研究所 より抜粋

つまり、統計で先天性風しん症候群としてカウントされるものは、風しんウイルスの感染が確認された例のみであり、その他の先天性障害からは区別され得るということがわかります。


風しんの流行により、お子さんがCRSを発症されてしまった保護者の方の心痛は計り知れません。また、CRSを心配して、中絶される方も現実には数多くおられます。そのような状況で、いくら放射能が憎いとしても、こういった根拠のない流言を広めることは、許されることではありません。また、目の前の風しん流行への対策を怠ることにもつながるおそれがあると思います。