窪寺恒己先生講演会@国立科学博物館「巨大イカ暗黒に舞う」
2013年5月18日、国立科学博物館で催された特別講演「巨大イカ暗黒に舞う-カメラが捉えた深海性大型イカ類」を聴きに行ってきました。今年1月に放送され大好評だったNHKスペシャル「世界初撮影!深海の超巨大イカ」のDr.Kuこと窪寺恒己先生の講演ということで、定員の4倍近い申し込みがあったそうなのですが、追加の会場を用意していただき、参加することができました。結果的に、キャンセルがあったとのことで元々の会場に入れてもらえました。ラッキー♪
講演内容は、NHKスペシャルで放送された世界初のダイオウイカの映像を撮影したプロジェクトの裏話と、貴重な映像で、とても興味深いものでした。当日とったメモを元に、その内容をレポートしたいと思います。
窪寺先生のダイオウイカ撮影
- 2002年から、小笠原父島沖で自動撮影カメラを水中に沈める試みを行なっていた。場所や深度など、30回をこすトライアル。
- 2004年、深度900mで世界初の水中のダイオウイカ静止画像を捉えた!その時の画像がコレ。また、詳細はこちらでも読むことができます。このニュースは、ハリケーン・カトリーナを押さえて、2005年のナショジオニュース1位に選ばれたんだそうです。
- 2006年、生きたダイオウイカを、調査中に偶然吊り上げ、初の動画を撮影!この時、ろうとから吐く水の勢いに驚いたそうです。それまでは、あまり勢い良く泳がないと思われていたとか。
こういった発見があり、2009年、NHKが、深海で泳ぐダイオウイカの姿を撮影する3年間のプロジェクトをDiscoveryと共同で行うことを発表したそうです。
2012年、ダイオウイカに会いに
2012年6月、アメリカの大富豪の船アルシアをレンタルして、窪寺先生を含む研究者、Descovery、NHKのチームは小笠原諸島にダイオウイカ撮影の旅に出ました。NHKのチーフディレクターと窪寺先生の不安そうな表情を収めた一枚の写真。「可能性としては、1%以下」だったそうです。
番組でも触れられていましたが、この時、「餌でおびき寄せる(窪寺先生)」の他に、生物発光でおびき寄せる、フェロモンでおびき寄せるなどの案が採用され、それぞれの専門家がチームに参加。機材としては、研究者、操縦者、カメラマンの3人を乗せる有人潜水艇トライトン、昔からDesicoveryで深海生物の撮影に使われていた2人乗りの潜水艇ディープローバー、無人撮影用のメデュウサ、そしてNHKが「宇宙の渚」のために開発した超高感度カメラなどが用いられました。
窪寺先生がトライトンに乗って潜水していく際に、船内から撮影した動画が印象的でした。小笠原の明るい海に潜り、だんだん薄暗く、そして真っ暗闇に。深海に潜って行く中で出会った、タチウオの仲間やサメなど、色々な生き物たちの映像が記録されていました。うさじまは、潜水中の映像に、ちょっと恐怖感を感じてしまいました。暗闇や未知の世界に感じる根源的な恐怖。窪寺先生は、3人の研究者の中で真っ先に試験潜水に臨まれたそうです。さすが!
ダイオウイカが住んでいるのは、ヒトの眼には闇のように感じられるけど、光は届いている「トワイライトゾーン」と呼ばれる深さだそうです。
メデュウサで捉えたダイオウイカ
低照度での長時間撮影が可能な自動撮影システムメデュウサに、生物発光を模したLEDによる発光を行うE-Jerryを取り付けたものでの撮影で、2012年7月1日、ついに深海で生きているダイオウイカの撮影に成功しました。一度沈めると、何十時間分の撮影データが得られるため、チェックがかなり大変だったそうです。映像はNHKスペシャルで放送されていました。発光しているE-Jerryではなく、メデュウサ本体に襲いかかってきたそうです。
窪寺先生、ついにダイオウイカに遭遇
そして7月10日、窪寺先生を乗せたトライトンが、ついにダイオウイカに遭遇!
- 餌(1mくらいのイカ)が自然に沈んでいくのに合わせたスピードに合わせてトライトンも潜っていった。餌を引っ張らないよう、かなり微妙なオペレーションが必要だった。
- 水深630mで、ダイオウイカが餌を捉えた。白色光のライトを消していた(深海生物に見えにくいとかんがえられる近赤外線LEDライトでの撮影を行う予定だった)ので、カメラマンが初めに気づいた。窪寺先生は、どうしてもその眼で見たくて、白色光ライトを付けてもらった。でもダイオウイカは逃げなかった。
- ダイオウイカはトライトンの操作音でも逃げなかった。
- ダイオウイカは、潜りながら、身体の色を変えていった。だんだん、金属のような光沢を放つように…
- 印象的なダイオウイカの大きな眼。実際は、あの映像を撮影した時、白色光ライトを当てていたので、眼が眩んでいてこちらは見えていなかったのではないか。
- トライトンの潜行限界深度に近づき、餌を引っ張ったらダイオウイカは異変を感じて離れていった。
- 23分間、ダイオウイカはいた。「こんなに長くいてくれていいのか」と感じた。
窪寺先生のダイオウイカ解説
- 日中、水深600〜900mにダイオウイカはいる。これは、マッコウクジラが日中いるのと同じ深度。トワイライトゾーン。
- 上から届く微弱な光を背景に、上を見上げ、シルエットを見て餌に襲いかかるのではないか。
- 餌が小さい場合は、触腕を伸ばして餌を捕らえる。餌が大きい場合は、全部のうででしっかり捉える。
- 背側が赤紫、腹側が白のツートンカラー。これは、浅いところの生き物の特徴で、ダイオウイカは、深海域への適応の途上にあるのではないか。
- ダイオウイカを食べた。味は、イカの味。浮力中立のためにアンモニアの袋がたくさんあり、噛んでいると染み出してきて苦い。ダイオウイカを人間の食糧として開発できる可能性はあるが、マッコウクジラの貴重な食糧であり、横取りしたくないものです。
今回の調査で、トライトンによる有人撮影1回、メデュウサによる撮影2回、計3回の生きたダイオウイカの撮影に成功しました。最初不安そうだったNHKディレクターも、窪寺先生も、他の研究者も、撮影スタッフも、長年の苦労が報われ、「Everybody Happy」!な笑顔の写真で、プレゼンテーションは締められていました。
NHKのサイトにも、この調査のレポートが掲載されています。こちらは、NHKスタッフからの視点。
質疑応答
Q: 3回撮影したダイオウイカは同じ個体?
A: 分からない。けど、離れたところなので多分違う。この海域には何百、何千のダイオウイカが住んでいるとかんがえられる。
Q: 獲物に腕から突っ込んでくるときは、どのように推進力を得ているの?
A: ろうと(水を吹き出す器官)の向きが自由に変えられるので、逆向きにする。ヒレとろうとの位置関係でけっこう自由に動ける。
Q: 深海は餌が少ない環境。浅い海じゃなくて、深海で大きくなったのはなぜ?
A: 浅い海はいろんな生き物がいるし、色々な環境がある。深海は、隠れるところのない環境で、大きくなることで他の生き物に食べられなくする戦略をとったのではないか。特に魚は口の大きさで飲み込める生き物が決まるから(大きさが重要になる)。トワイライトゾーンは、生き物が鉛直方向に移動するので、エネルギーの移動が意外とある。そのエネルギーを利用しているのではないか。
Q: ダイオウイカがマッコウクジラに勝つことはある?
A: サイズが、100kgと30tくらいでだいぶ違う。ダイオウイカは一方的に食べられるのではなく、反撃もしていて、逃げられることもあるだろうが…
Q: 今回撮影したダイオウイカはすべて触腕がなかった。触腕は取れやすいの?
A: 一回目に撮影した時、自分の力で触腕を切っていた。小笠原諸島では、漁師による立て縄漁が行われており、それにかかって切れることがけっこうあるのではないか。元の長さまで戻るかは分からないが、再生する。
Q: ダイオウイカはこれからどのように自分の身体を変えていく?知能を持って陸上に上がることはありうる?
A: とてもむずかしい質問だが、ダイオウイカは深海生物といってもせいぜい1000m。これからもっと本格的に深海に適応していくのかもしれない。知能を持つとしたら、むしろタコのほうではないか。
Q: ダイオウイカの視力は?
A: 視力は分からないが、非常に目がいいと考えられる。網膜の幹細胞の密度はヒトと同じで、ヒトと同程度の解像度で見えていると思われる。
会場は、本当に老若男女、生物系の学生っぽい人から、子供、おばちゃんまでたくさんの人々が来ていて、皆興味深そうにお話を聞いていました。実際に深海でダイオウイカを見た、そして長年ダイオウイカを追い求めて来られた窪寺先生のお話を生で聞くことができてとても楽しかった!窪寺先生は、穏やかな話し方で、ユーモアもあり、お話にすごく引きこまれました。もちろん、ダイオウイカの映像も迫力ありました。お客さんからの質問はけっこうとっぴなものもあったのですが、その回答から、窪寺先生のダイオウイカへの深い理解と情熱を感じるとこができました。
国立科学博物館で7月から始まる特別展「深海」にも、期待です!