「100均のシリコーンゴム製品から発がん性物質」という報道について調べてみた
100均商品から発がん物質 おしゃぶりやゴム製調理具
朝日新聞 2012年8月10日7時51分
100円ショップなどで売られたシリコーンゴム製の調理用品や乳児用おしゃぶりの一部から、化学物質のホルムアルデヒドが溶け出していたことが、東京都豊島区の調査でわかった。ホルムアルデヒドは発がん性が指摘され、調理用品や食器から検出されてはならないと食品衛生法などで定められている。
豊島区生活産業課は「濃度を調べていないので、危険と断定はできないが、問題提起で公表した。しかるべき機関で早急に分析してほしい」と言う。
豊島区消費生活センターが昨年度の商品テスト結果を公表した。昨年5月と9月、区内の100円ショップなどで、電子レンジ用蒸し器やオーブン用ケーキ型、乳児用おしゃぶりなどシリコーンゴム製品24点を購入して調べたところ、調理用品20点と乳児用おしゃぶり2点の計22点で、ホルムアルデヒドの溶出を示す試薬の反応があったという。
22点のうち21点は中国製。日本製おしゃぶり1点からも検出された。いずれも100〜300円という。シリコーンゴム製の調理用品は、レンジやオーブンで使えるのが特徴で、ここ数年、人気となっている。
ホルムアルデヒドは、合成樹脂の原料や農薬などに広く使われ、35〜37%水溶液はホルマリンとして知られている。アレルギーなどを引き起こすシックハウス症候群の原因物質の一つでもある。食品衛生法では、食器やおしゃぶりからの溶出は「陰性」(検出限界未満の値)でなくてはならないと定められている。
(以下略)
お盆前のこのニュース、ご覧になった方も多いと思います。先日、ダイソーに行ったところ、上記の記事について、「今回の記事は朝日新聞記者が詳細確認のせずに掲載したもので、検査をした豊島区消費者センターの見解とはまったく異なるものです。」とする張り紙がされていました。
そこで、豊島区消費者センターの商品テストのページを見に行ってみると、確かに以下のような記載がありました。
なお本調査は、調理器具や乳首等の規格を定めている食品衛生法の規定に基づく検査ではありません。たとえば検査に使用した抽出液の温度条件は、本件ではより抽出しやすい一律90℃ですが、食品衛生法では40℃または60℃と規定されています。またその他検査工程の一部も省いています。このため本試買テストの結果は、あくまで参考であり、結果報告に記載してあるとおり、購入後使用する前に一度5分程度の煮沸をすれば、健康に影響のないレベルと考えられます。
この注意書きが、ダイソーからのクレームで書かれたものかどうかは定かではありませんが、更新日は「平成24年8月13日」となっています。
上記のページには、試験の方法や結果を掲載したpdfファイル「平成23年度 豊島区 試買テスト報告-今、大人気のシリコン製品」がありましたので、内容を確認してみました。
- テストの目的 最近、調理に使用されているシリコンゴム製品などを調べ、区内で販売されているそれらについて実態調査し、区民に情報提供します。
- テスト品目:市販のシリコンゴム調理用製品など
- テスト対象品:区内の販売店より購入
- テスト実施期間:平成23年4月~平成24年2月
- シリコンゴム、およびプラスチック製品の性質について ゴム製品には、プラスチックと同様の添加剤(安定剤、改質剤などのほか、ゴム分子同士の強い結合を作る加硫剤、加硫促進剤が加えられます。 そのためゴムには、プラスチックより化学物質が多量に含まれている可能性があります。これらの溶出を低く抑えるため、無機化合物の溶出総量(蒸発残留物)、加硫剤由来の亜鉛、加硫促進剤由来のホルマリン、酸化防止剤の分解物であるフェノール、添加剤不純物のカドミウムと亜鉛が規制されています。 また、ゴムは、プラスチックに比べて溶出量が多いので、使用前に5分程度煮沸をすると溶出量が減少することが知られている。
- テスト項目及び方法:アセチルアセトン法によるホルムアルデヒドなどの検 出及び煮沸5分後同条件の抽出液の比較、および原産地の調査
1)抽出液の作成:90°Cの湯50ml中で、室温放置、120分後抽出 2 回 行った。(テスト 1,2)
2)テスト 1、2:アセチルアセトン法によるホルムアルデヒドの検出
3)テスト 3:煮沸5分後同条件の抽出液でホルムアルデヒドの検出 <方法> テスト1、2と同様に行う。(p.1)
結果は以下のとおりでした。
確かにシリコーンゴム製品からホルムアルデヒドが溶出している割合は高いです(ただし、新聞記事上の記述からおしゃぶりのことと思われる「乳児用品」については、シリコーンゴム以外のイソプレンゴム、ポリウレタンフォーム性のものでもホルムアルデヒドが溶出しているのは気になります)。
ところで、上記のダイソーHPでは、「弊社の販売するシリコーン調理器具は国の定める食品衛生法に基づく検査に合格して、安全性を確認できた商品のみ販売いたしております。」として、この商品テストでホルムアルデヒド陽性となった製品の検査合格証を示しています。そこで、関係法令との関係を見てみたいと思います。
調理器具や哺乳瓶などのホルムアルデヒドについては、食品衛生法で規格基準が定められているようで、日本貿易振興機構(JETRO)のHPで確認することができます。
この資料の、「原材料:ゴム」の規格を見ますと、以下のようになっています。
確かに、溶出条件は60℃30分(器具)または40℃24時間(ほ乳器具)となっています。注7もありますが、ダイソーの製品は、シリコーンラップとシリコーンカップであり、使用温度として100℃を超えることを想定していないのでしょう。抽出後の試験方法は、豊島区消費者センターの試験と同様アセチルアセトン法によります(食品、器具および容器包装、おもちゃ、 洗浄剤の規格基準および試験法 2008 年度版)。ただし、上記に引用した通り、豊島区消費者センターの試験では一部の検査工程が省かれているようです。
新聞記事を読むと、いかにも法的に問題があるような書き方なのですが、食品衛生法に基く試験と豊島区消費者センターの行った試験は条件が異なるのです。食品衛生法上の基準(60℃でホルムアルデヒド不溶出)はクリアしていても、90℃で溶出する製品がある可能性があります。ただし、記事中の「電子レンジ用蒸し器やオーブン用ケーキ型」については、使用温度が100℃を超える状況も考えられます。一つのキーポイントとして、それぞれのシリコーンゴム製品の使用温度を何度と想定しているのか、それは表示されているのか、そしてそれが実態と合っているのか、というのがあると思います。
また、記事では「100均商品」であることを強調し、実際この試験に用いられたシリコーンゴム製品はほとんど100均商品だったようですが*1、100均商品でない高級シリコーンゴム製品についても調べたのかどうかが書かれていません。元の試験報告書でもわかりません。「100均じゃないから大丈夫」とも言えないのではないでしょうか。また、製造原産地についても、「(陽性の)22点のうち21点は中国製」との記述から誤解しそうですが、試験報告書をみると試験したもののほとんどが中国製であり、日本製なら安全とは言えません。
とは言え、試験結果を見ると、「90°Cの湯50ml中で、室温放置、120分後抽出」の操作を1回行った後はホルムアルデヒドはほぼ陰性になっています。その後煮沸しても、陽性だったのは1点のみです。ですから、シリコーンゴム製品を高温で使用する場合には、1度熱湯につけて数時間放置してから使えばホルムアルデヒドの溶出はほぼなくなるということを示す結果とも考えられると思います。
とりあえず、「試験に用いたのはすべて100均製品なのか」「製品に使用温度は記載されていたか」について、豊島区に質問メールを送ってみました。
なお、記事中にもありますが、このアセチルアセトン法は「対照液(蒸留水)との色の比較」による試験で、ホルムアルデヒドの濃度はわかりません。豊島区消費者センターの試験からは「量は不明だけど、90℃でホルムアルデヒドが溶出することがわかったから、もっとくわしく調べないとね」ということしかわからないのです。ホルムアルデヒドの経口毒性について、食品安全委員会化学物質・汚染物質専門調査会の「清涼飲料水評価書 ホルムアルデヒド2008年4月」では「ホルムアルデヒドは、多くの遺伝毒性試験において陽性が示され、実験動物における経口投与試験の一部やヒトの吸入暴露試験において発がん性が認められていることから、遺伝毒性発がん物質と考えられた。しかしながら、実験動物での経口暴露においては、明確な発がん性の証拠は得られていないことや、低用量のホルムアルデヒドは、摂取後、急速に酸化されてギ酸になること、また、摂取後最初に接触する組織における影響は、濃度に大きく依存することなどを総合的に判断し、ホ ルムアルデヒドは高用量の経口投与における発がん性は否定できないが、低用量であれば、閾値を設定することが可能であると考えられた。(p.4)」との記載されており、15μg/kg 体重/日が耐容一日摂取量(TDI)と設定されています。
2012.11.10 追記
このエントリーの続きです。
「100均のシリコーンゴム製品から発がん性物質」豊島区からの返事
「100均のシリコーンゴム製品から発がん性物質」で、どうなった?
*1:24点注22点が陽性となり、それらがいずれも100〜300円との記載から