布ナプキンから広がるディープな世界。エコとダイオキシンと経皮毒
洗って繰り返し使える生理用布ナプキンが売れている。震災後、紙ナプキンが不足して使い始めた人や、「物を大切に使いたい」と思うようになった人の支持を広げているようだ。
生理用布ナプキンの販売好調-大手小町
1990年代からあったと思われる「布ナプキン」ですが、ここへ来てさらなるブームの兆しが見られます。今年に入ってから、布ナプキン関連のつぶやきをtwitterでしていたのですが、かなりの反響というか、「使っている」「周りに使っている人がいる」という方からお話を伺うことができました。
布ナプキンって?
上の記事のリンク先を見ていただけば写真が掲載されていますが、市販されている生理用ナプキン(以下、便宜上紙ナプキンと呼びます)に近い形で、布でできているものです。形は他にもあり、手縫いする人もいるそうです。布ですから、当然洗って再使用します。普通、ナプキンは一日に数度は取り換えますから、結構な手間ですし、経血…血液のついたものを洗って再使用するのには抵抗がある人も多いと思うのですが、じわじわと広がってきているようです。最近では、フェリシモや新宿伊勢丹などの大手でも取り扱われています。使い捨ての紙ナプキンではなく、あえてこの布ナプキンを使う理由は人によりさまざまでしょうけど、布ナプキン普及サイトや販売サイト、実際に利用されている方のお話を伺うと、以下のような理由が多いようです。
- 紙ナプキンの肌触りが気に入らない/かぶれる
- 紙ナプキンよりゴミが出なくてエコだから
これらの理由はなるほどと思えるものです(実際、総合的に見て『エコかどうか』はわかりませんが)。ところが、ナプキン販売、普及サイト(これらを兼ねているところがわりと多いです)を見ると、以下のような理由も挙げられていたりします。
- 生理が重かったが、紙ナプキンが原因と知り布ナプキンに変えた
- 市販の紙ナプキンは経皮毒/ダイオキシンが心配
- 紙ナプキンは身体を冷やすと聞いたから
- 紙ナプキンは石油からできている「ケミカルナプキン」だから
経皮毒?
「経皮毒」ということばにおっと思われた方も入るかも知れません。経皮毒は2005年の竹内久米司、稲津教久共著「経皮毒」により流行した概念で、ニューウエイズなどのネットワークビジネスにおいて市販の製品が危険であるという宣伝に使われました。ニューウエイズは2008年、経皮毒についてのDVDなど「経皮毒の健康被害 について説明するビデオやDVDを見せて、あたかも同社の製品のみが安全であるかのように告げた」ことなどが問題とされ、3ヶ月間の業務停止命令を受けています。(「特定商取引法違反の連鎖販売業者に対する 業務停止命令について」)。経皮毒は、「石油から作られた合成化学物質は分子量が小さいので経皮吸収されやすい。経皮吸収された化学物質は初回通過効果を受けないので分解されず、脂溶性が高いので皮下脂肪にどんどん蓄積する。一回に吸収される量は微量でも、蓄積して少しずつ体内に放出されたり、ある一定量を超えたところで身体の不調を引き起こす」という主張です。「経皮毒」では、一般的な経皮吸収に関する研究で得られた知見と独自の未検証理論を合体させ、「化学物質と経皮毒」の恐怖を余すところなく伝えています。詳しくは以下のエントリをご覧いただければ思います。この理論は特に科学的根拠はないので学術論文等では発表されておらず、一般書籍や講演会で一般人を怯えさせるのにのみ使われています。
Gazing at the Celestial Blue
日本石鹸洗剤工業会
経皮毒界隈で生理用ナプキンについて「警鐘を鳴らしている」のは主に池川明という産婦人科医で、著書の「女性を悩ませる経皮毒」で、生理用品と子宮内膜症の関係について、巧妙に断言を避けつつ言及しています。
生理用タンポンが子宮内膜症の発症原因ではないかという説がある*1ように、生理用品、紙おむつは経皮吸収率がもっとも高い性器に接しているので、経皮毒の影響を受けやすい日用品といえます。
生理用品、紙おむつは、原料の紙パルプを漂白・殺菌することが義務付けられています。ほとんどの場合は、塩素系漂白剤を使用するため、焼却の際にダイオキシンが発生します。生理用タンポンや紙ナプキンが、使用の際にもダイオキシンを発生させているかについては不明ですが、子宮内膜症の発症率と関連があることは、覚えておきましょう。
もうひとつ、これらの製品に有害性が危惧される点として、月経血や尿を吸収するために高分子ポリマーが含まれていることです。高分子ポリマーとは、水分を吸収して漏れないように凝固させるものですが、皮膚障害を起こすことで知られている有害化学物質です。
「女性を悩ませる経皮毒」P185-186 太字は原文ママ
「布ナプキンを広めたい!」ディープな人々
実はこの「紙ナプキン有害説」は、池川氏の本以前からありました。そのパイオニア的存在だったと思われるのが角張光子氏の書籍です。角張氏は1997年から布ナプキン作りに取り組んでいるそうで、その著書「ひろがれひろがれ エコ・ナプキン」(2005年初版ですが、2000年に出版された『魔法のナプキン』の増補改訂版だそうです)ですでに、ダイオキシン、生理用品、子宮内膜症についての記述が見られます。
(略)けれど、これらの化学物質で作られている今のナプキンの安全性は、よく確かめられていないままなのです。
まず、ダイオキシンが含まれているという可能性があります。塩素漂白などの過程でダイオキシンが発生しているのではないかといわれているのです。
「ひろがれひろがれ エコ・ナプキン」p.16
角張氏は、実際に自分たちが作った布ナプキンのダイオキシン濃度を環境総合研究所に委託して測定し、結果を本に載せるなど本気で安全のため、エコのためという善意を持って布ナプキンを作っているようです*2。
また、角張氏の月経に対するある種のロマンというか、神秘主義的な捉え方は、多くの布ナプキン愛用者に影響を与えているようです。
自分の体から出てくる月経血、そして生理自体を何となく汚いものと思ってしまう。そんな女性が多いのではないでしょうか。それは、市販の生理用ナプキンを使い続け、自分の月経血が自分の体から離れたとたんに汚物として処理されてしまう、こうしたシステムの中での結果なのではないかと思うのです。
(略)
自身の経血の色で体調や食とのつながりが見えてきたり、この滋養を含んだ鮮血液を植物の根元に掛けてあげると、その瞬間に女性の体が大地と一体につながっているという幸せな気分が沸き起こったり…と、自分の生理がいとおしくさえ思えてくるのです。
(略)
自分の生理を受け止め自分の中で納得する快感を、あなたにもぜひ味わってほしいと思います。そうすることで、自分の生理と社会との関わり合いというものが、いかに今までできていなかったかということもわかってきます。
「ひろがれひろがれ エコ・ナプキン」 P12-14 より抜粋
なかなかすごいです。前回の、アンネ・ナプキンの論文とあわせて読むとかなり興味深いです。ちなみに角張氏は、アンネ・ナプキン登場以前をご存知のようで、本の冒頭で以下のように書いています。
でも振り返ってみると、私たちはつい四十年くらい前までは、脱脂綿にちり紙(落とし紙)を巻いたり、使い古しの布を縫って使用していました。そうして自分の家で燃えるゴミと一緒に燃やしていたころ、一番最後までくすぶっていたのがその生理用の脱脂綿だった記憶が私の遠い日の風景として残っています。
それが、本当にあっという間に大勢の女性が、お得で便利で手軽な市販の生理用品(ナプキン、タンポン)を手にするようになってしまいました。
「ひろがれひろがれ エコ・ナプキン」 P11
角張氏の布ナプキン普及運動から広まっていったと思われる布ナプキン普及のためのサークル的なものは数多くあるようで、その参加者には布ナプキンを「安全で、エコで、本来女性があるべき姿を取り戻せるもの」と捉えている人が多いようです。ですから、完全に善意で、本気で普及活動をされている場合が多いのではないでしょうか。布ナプキンを調べていてなんとなく違和感を感じた、「なんかものすごく自信を持って勧めてくる」感じはこのあたりに理由があるように思います。
布ナプキンは魔法のナプキン?
「紙ナプキンにダイオキシン」説については、次回以降ゆっくり検証したいと思っていますが、現在の紙ナプキンの表面材(肌に当たる部分)の大半がポリエチレン、ポリエステル、ポリプロピレンの不織布(もともと白いので漂白の必要がない)でできていること、吸収剤に使われている可能性がある化学パルプもダイオキシン発生を大幅に抑えたECF漂白が主流となっていること(日衛連HP, wikipedia「化学パルプ」)などから、特に問題となるほどのダイオキシンが市販の紙ナプキンに含まれているとは考えにくいです。また、吸収剤に使われるポリマーは安全性が確かめられたものです(日衛連HP)。
しかし、「紙ナプキン危険説」も、角張氏の本では触れられていなかった「経皮毒」も、布ナプキンを普及しようとしている人たちの間では事実として広く受け止められています。そして、「紙ナプキンから布ナプキンに変えたことで、身体の不調が治った/生理が軽くなった/不妊症が治った」などの「体験談」がまことしやかに語られています*3。もちろん、布ナプキンの愛用者が皆このような話を信じているわけではなく、「ちょっとついていけない部分もあるけど、布ナプキン自体は使い心地がいいから使っている」「まわりに布ナプキン派が多くて、経皮毒のことをいう人もいる。インチキだとは分かっているけど、面と向かっては言えない」という方もおられました。また、実際「生理が軽くなった」と感じる方もおられるようです(不快感が減ったせいで心理的なものという気もする、とおっしゃってました)。けれども、このような「母親向けの布ナプキン講習会」で、気軽に「経皮毒って怖いよね〜」と語られていると思うと、なんだか空恐ろしい気分になります。
さらに、「小学校で布ナプキンを教える」という活動もあるようです。これは、「ひろがれひろがれ エコ・ナプキン」でも紹介されています(p57)し、実際そのような授業を小学校でされている方とも直接twitterでやりとりしました。この方は、「小学校では経皮毒は教えていない」と断言されたので安心しましたが、子供は基本的に学校で習ったことを疑ったりしないものですので、事実に基づいた内容を教えていって頂きたいと切に願います。また、初潮を迎えたばかりの少女の場合、まだよく自分の生理というものを受け止められないかも知れません。そんなときに、経血のついたナプキンを手洗いしなさい、というのはけっこう厳しいものがあるのではないでしょうか?一つの選択肢として布ナプキンが提示されるのが悪いことだとは思いませんが、「布ナプキンは正しく、使い捨ての紙ナプキンは悪い」という扱いでなく、その子の心身の発達にあわせて適切な生理用品を使えるように導いてあげてほしいと思います。
布ナプキンは単なる生理用品ではないのかもしれない
使い捨てのアンネ・ナプキンが女性の生理を開放した1961年から半世紀。布ナプキンにはまっている女性たちは、「使い捨てナプキンのせいで、月経を汚いと思わされていた」、そして、「布ナプキンを自分で縫い、洗うことで、自分の身体と向き合える」と言います*4。生理をなんでもないこととして、なるべく日常生活に支障のないように処理するか、とことん向き合うか、その中間か、選択できるーそれ自体が現代日本の女性が手にしている自由の証なのかも知れません。
「布ナプキン」の世界は、多分ほとんど善意の人たちによって広げられていっているのでしょう。でも、その奥には「経皮毒」や「自然信仰」から始まる、ディープな世界が待っているかもしれません。「布ナプキンなら健康になれる」という考えの裏には、「人間は自然の状態なら健康なはずなのに、化学物質のせいで健康を崩している」という「自然至上主義」的世界観があると考えられます。twitterでお話を伺った方の中にも、布ナプキンへの過剰な期待は、自然出産は神秘的で素晴らしいとする考えに似ていると感じる、とおっしゃった方がいて、なるほどと思いました。もちろん、自然がすべて人間に都合よくできているというのは幻想です。人間は自然のおきてに従って生きても、病んだり死んだりするものです。布ナプキンは魔法のナプキンではありません。過剰な期待を抱かず、単に選択肢の一つとして考えたほうがよいのではないでしょうか。また、不妊や婦人病という女性の悩みに付け込もうとする善意を装った悪意にも惑わされないようにしたいものです。もし子宮内膜症や月経困難症の症状があるなら、それをナプキンの経皮毒のせいかもなんて考えてないで、早めに産婦人科医の診察を受けたほうがよいと思います。
生理用品に選択肢が増えること自体はよいことだと思います。前回、今回と調べてみて、ナプキンは単なる「生理処理用品」ではなく、女性の、または社会の「月経感」と密接に関わっているものなのだなぁと思いました。どのような生理用品を選ぶか、それは「女性としての自分と、そして社会と、どのように関わるか」を選んでいく第一歩なのかも知れません。
<お礼>
本エントリを書くにあたり、twitterで知り合ったいろいろな方のお話を参考にさせて頂きました。大変勉強になりました。ありがとうございました。
*1:同書P59 には以下のような記述があります。「タンポン使用者に子宮内膜症患者が多いということは以前から報告されていました。それはタンポンが月経の出血をせき止めるために、内膜組織を形成しやすいためではないかと考えられていたものです。しかし、タンポンに含まれるダイオキシンがその発症原因だったのではないかという説は、なるほど一理あるように感じます。」
*2:高価な「オーガニック」の布も、普通の無漂白ネルとダイオキシン量が同じだったと言って、「オーガニックでなくてもいい」と言っているのも面白いです
*3:最近では、布ナプキン業者によるこのような主張は薬事法に抵触することが指摘されており、あくまで「体験談」として語られています
*4:アンネ社の創業者、坂井泰子が聞いたらがっかりしそうな話です