「HPVワクチンガーダシルに組換えHPV(ヒトパピローマウイルス)が混入している」という噂

前回に引き続き、HPVワクチンまわりのデマです。


最近、国内で出回り始めているのが、「ガーダシルに『組換えHPVウイルス』が混入している」という話。国内での噂の出所はTHINKERというサイトのメルマガのようで、あちこちのブログに、こちらの動画と共に転載されています。この噂(以下、「HPV混入説」とします)について検証しました。

動画について

出回っている動画は、アメリカのTV番組のようです。Alex Jonesという人が、Dr. Sherri Tenpennyという医師にワクチンについての話を聞いているのですが、冒頭からいきなり「人口削減計画が進行しています。今までよりもそのやり方があからさまになっています」と来て、うんざりさせられます(ちなみにこの医師は、米国の統合医学クリニックの設立者です。Alex Jonesはwikipediaによれば有名な右翼陰謀論者(本人は否定している)で、アメリカ政府を9.11テロに関与したとして非難したこともあるそうです)。以下に、HPVワクチンに関する部分の字幕を抜き出しておきます。

(字幕)子宮頸がんワクチンについて


Dr. Sherri Tenpenny「アメリカの不妊率は今後、激増します。膨大な数の男女が不妊の問題に直面するでしょう。しかし、その原因が12歳のとき接種したガーダシル(子宮頸がんワクチン)だと疑う人はいないでしょう。」


Alex Jones「この計画にはロックフェラー財団、ベティ・モア財団、ゲーツ財団や国連がからんでおり、なかでも国連は人口削減のためのワクチンプログラムで過去に摘発されています。これは世界的に行われている計画ですね。政府も協力してメキシコのような国に一人あたり3本で500ドルもするワクチンを無償で提供するために莫大な予算を使っています。そのためメキシコではすべての少女と少年に子宮頸がんワクチンが強制されるようです。さて、子宮頸がんワクチン・ガーダシルが遺伝子組換HPVウイルスで汚染されていた事件についてですが、2、3週間ほど前にセインバックスという会社が調査したところによれば製薬会社は表示成分と違うものを入れていたようですが」


Dr. Sherri Tenpenny「遺伝子組換えヒトパピローマウイルスのことですね。これはCDC(米国疾病管理センター)や、確かFDA(連邦医薬品局)で、バイオハザード(生体有害物質)とされています。ガーダシルの添付文書にはそのような生ワクチンや遺伝子組換えウイルスが入っている表示はありませんから、彼らはウソをついていたことになります」

いろいろな意味で衝撃的な話ですね。


「ガーダシルに混入していた」のは、なに?

実はこの動画、原語と字幕が一部食い違っています。「子宮頸がんワクチン・ガーダシルが遺伝子組換HPVウイルスで汚染されていた事件についてですが」という部分(1:09くらいから)。ここは、実際には "Can you speak (to now) Gardasil HPV vaccine found contaminated with recombinant DNA, I mean …"と言っています。つまり、「組換えヒトパピローマウイルス」ではなく、「組換えDNAに汚染されていた」と言っているのです*1


実際、この動画の中でPCモニタに映されているセイン・バックス(SANE Vax)の記事は以下のようなものです。

(訳:HPVワクチンガーダシルに、ヒト血液中で分解されにくい組換えDNAが混入)


この記事は要約すれば、「ガーダシルに11型、18型HPVの組換えDNAが混入しており、組換えDNAは血液中で比較的速く分解される天然DNAと異なる挙動をするので、どうなるかは予想できないがなにか悪いことをするかもしれない」というものです。他の記事では、この組換えDNAはワクチンの成分であるHPVタンパク質を作らせるために酵母に入れたDNAが精製されずに残っているものであるとしており、「組換えウイルスが混入」というのとはかなり異なる主張になっています。翻訳の段階で、「DNA」というキーワードが抜けてしまい、「組換えHPVが混入」という主張にすりかわったのかも知れません。ただし、動画のあとのほうの「添付文書にはそのような生ワクチン(live virus) や遺伝子組換えウイルス(recombinant virus)が入っている表示はありません」という発言はそのとおりに言っているようなので、この医師自身が「ウイルスが混入している」と考えているのかもしれません。どちらにせよ、現在日本で出回っているデマと、その根拠とされているSANE Vax社の主張とは内容が異なっていのです。「ウイルスが混入している」というのは、当然感染性があるウイルス粒子が入っている、というふうに思えますから、「ウイルスDNAが混入」というのより怖い話になっています。

ワクチンに「生ウイルス」は混入しうるのか

SANE Vaxのデマの方(ウイルスDNA混入説)については、もうちょっと詳しく調べたいので後日に回すとして*2、ここでは国内で広まっているHPV混入説について、ワクチンの製造工程から、「ありうるのかどうか」を考えてみます*3

上は、ガーダシルの承認審査時に提出された資料の概略です。知的財産保護の観点から、黒塗り部分もありますが、製造工程についてけっこう詳しく開示されてます。以下、ガーダシルの製造方法についてはすべて上記資料を元にします(以下、「申請資料」とします)。


井上正樹; 日産婦誌; 59 (9); 265-271より引用

上記のように、HPVはウイルスゲノムDNAをタンパク質の殻(キャプシド)が包んでいる、という構造をしています。ワクチンに含まれるのは、このキャプシドタンパク質(L1タンパク質)のみです。


申請資料によれば、L1タンパク質をコードするL1遺伝子DNAのみを、ワクチンに含まれる4つのHPVの型ごとに、HPVの標本から取り出すか、取り出したDNAを人為的に改変(遺伝子組換え)することより得ています(表2−1)。L1遺伝子DNAは、プラスミドと呼ばれる、運び屋DNAに乗せられて、酵母の中に入れられます。これで、酵母がL1タンパク質をつくるようになります。この酵母をマスターシードとして、目的のDNAが入っているか、目的のタンパク質が産生されているかかなりしっかり調べた上、保存されます。その後は、このマスターシードから増やした酵母を使ってワクチンを製造していくことになります。この酵母は、HPVのL1遺伝子のみを持っていて、他のウイルス遺伝子DNAやウイルスタンパク質は持っていません。当然、この酵母がウイルスゲノムDNAを持ったウイルスを作ることはありません。


培養した酵母内で作られたL1タンパク質は、自然に集まって中にDNAが入っていない殻だけの構造を作ります。これが、ワクチンに含まれる「ウイルス様粒子」です。酵母を集めて破砕し、ウイルス様粒子を精製した後、アジュバントに吸着させ、4種類(HPVの型ごとのウイルス様粒子)を混ぜてワクチンのできあがりです。


このように、ワクチンを製造するための酵母はもともとL1以外のHPV DNAは持ってないですし、「生HPV」も「遺伝子組換えHPV」もワクチン製造には使用しません。そもそも「組換えHPV」なんて、ガーダシルの製造にはまったく登場しません。つまり、ガーダシルに「遺伝子組換えHPV」や「HPVウイルス」が入り込む余地はまったくないのです。


それでも、HPVを意図的に混入してるかも!という疑いがあるかもしれません。でも、これが実は無理なのです。なぜなら、HPVは培養方法が確立されておらず、人工的に増やすことが困難なのです。「皮膚分化とヒトパピローマウイルス (ウイルス 第 58 巻 第 2 号,pp.165-172,2008)」によれば、HPVは皮膚細胞の分化するのにあわせて複製したり増殖したりするという性質があり、培養細胞や鶏卵で簡単に増やすことはできないのです。このウイルスの培養方法自体が現在、研究テーマとなっている状態なのです。大量に増やすことなしに、世界中のワクチンにウイルスを混入するなんて不可能ですよね。


というわけで、「ガーダシルにHPVが混入してる」という話は根も葉もなさすぎる噂なのです。このような情報を元に、「ガーダシルはやめておこう」という判断をすることがないよう、大切な決断をデマに惑わされてすることのないよう、このエントリを書きました。どうか必要な方に届いてほしいと思います。

*1:カッコ内、自信ないです。すみません

*2:いちおう、後述の申請資料で、アジュバント吸着前のL1タンパク質のDNA残存量は調べていて、検出限界(pg/mlオーダー)未満かあってもpg/mlオーダーであるとしています。この残存DNAは酵母自身のゲノムDNAがほとんどを占めると考えられる上、製品のワクチンはここからさらに希釈されています

*3:ていうか、HPVそのものが検出されたなんて話はそもそもない、ていうのがFAなんですけど、せっかく調べたので(笑)