地道にツッコミをいれるしかない

二つに割れてしまったイチョウの葉−院長の独り言
この記事を読んだが、呆れるしかない。


植物の専門家からツッコミが入るのも当然である。自然界によく見られる現象(日影の植物が徒長するとか、病気に感染するとか、果ては園芸品種まで)を取り上げて、「放射能のせいだ!」などと騒いでいたら、普段から植物をよく見てる人間からすれば「ちょっと待て」と言いたくなるものだろう。


しかしこのサイト、何がすごいって、これの前の「白い彼岸花」といい、今回といい、熊本で見つけた「変異」を例として挙げているところだ。


熊本では、空間放射線量率には原発事故の影響と思われる変動が特になく3月、4月に1か月分の降下物をかき集めてやっとI131が1.1Bq/平方メートル、Cs134とCs137 合わせて0.2Bq/平方メートル検出されたというレベルの「汚染」である。そんな熊本で「変異」が見つかりました!と言っても、それなんてネガコン*1?である。


さらに、自ら引用している資料がすごい。

22412 先祖返りを起こすイチョウの葉 暁 2005/10/28 AM 10:06


(略)


なぜこのようにダメージを受けた葉が先祖がえりを起こすのか。
これを教えてくれた薬学部の先生は「イチョウの葉のもともとの形は、ヘラジカの角のような形が基本であるが、現在は発生途中でアポトーシスなどにより、細胞が壊死を起こしてこの形に変えていくプロセスが新たに作られているのだと思う。
しかし、ダメージを受けて、早急に葉をつけなければならなくなった場合には、このプロセスを排除して葉が形成されるため、先祖がえりが引き起こされると考えられる」
と話してくれましたが、実際のところ、本当の理由というのは解明されていないそうです。


(略)


[こんなところにあるよ!]
・事故に遭った木
・枝を切られた木
・ひこばえの枝
・枝の先の葉

アポトーシス*2とか、なんとなく難しげな言葉がちりばめられたサイトを引用し、「ダメージを受けたら葉に切れ込みが入る」→「放射線によるダメージだ!」という印象を持たせようとしている。


しかし、以下の二つの写真はどう見てもひこばえ(根元から若い枝が出て葉をつける)の例ではないか!(イチョウにはこんなに下の方には普通の枝はない)



二つに割れてしまったイチョウの葉−院長の独り言

こっちのイチョウのひこ生え画像(Plötzlich aber unmerklich langsamer)と比べてみよう(クリックで大きい画像が開く)。
ひこばえは、街路樹のイチョウにもよく出ているので、確認してみてほしい。切れ込みが入った葉が多いのがわかるはずだ。
ひこばえ自体は、別に異常事態でもなんでもなく、普通に健康なイチョウでも見られるし、剪定後や折れた痕などから芽吹いてきたりもする。


それから、こっちの画像(熊本の)。


二つに割れてしまったイチョウの葉−院長の独り言

これ、写真が暗いけどよく見ると切れ込みが入ってるのは「枝の先の葉」じゃないの?根元のほうは「普通の葉」に見える。


とにかく、イチョウの葉は一本の木の中でもいろいろな形になっているのはごく当たり前の現象で、原発事故の前からそうだった。「初めて気づいた」というのなら、これまで単によく見てなかったから気づいてなかっただけだ。


例えば、2009年に書かれたこの日記(多摩ニュータウン植物記Part2)にも「一つとして同じものはない」と書かれている。


それでも、このような現象に関して、「放射能が原因ではない」と断言することはできない。
人間の発がんでもそうだが、一つ一つの事例に対して、「放射能が原因かどうか」を調べることが難しいからだ。だが、熊本で観察された「見たことない植物」が、「福島原発由来の放射能の可能性」であるという可能性は、限りなくゼロに近いと言っていいだろう。関東であってもそれは同じだ。


こちらの文献低線量のガンマ線照射を受けたムラサキツユクサ雄蘂毛における体細胞突然変異率)を見ると、放射線による突然変異を起こしやすいとされるムラサキツユクサで、1R(10mGy)以上のγ線照射で突然変異率が増加しはじめるというデータがある。1R(10mGy)以上から突然変異率は線量の増加に伴って高くなり、10R(100mGy)で1.5倍程度というデータがある。 逆に言えば、積算線量が10mSv程度に達していない地域で、目に見えて「植物の変異が増える」ということはありそうにないということである。


突然変異や、表現型の変化は自然にも起こっている。それは、なにか環境のストレス(気温や乾燥、ある種の化学物質、病原体感染など)のせいかもしれないし、DNAの複製ミス(一定の確率で起こる)、トランスポゾンが飛んだ、ウイルスに感染したetc…。


こういった様々な可能性にまったく目を向けず、ひたすら「放射能の影響の可能性はゼロとは断言できないから心配するんだ!」と、小さすぎてあるかないかすらよくわからない程度の「可能性」だけに着目するという態度では、視野が狭まり、正しい判断力が失われていく。
さらに自分一人で心配しているならまだしも、「ほらこれ怖いでしょ、放射能のせいかもよ、違うって?証明できないでしょう」などと不安の種をばらまいて喜ぶなど、有害な行為だ。


以前のエントリでも述べたが、植物は1つの種でも(ときには個体内でも)様々な多型や表現型が現れ、多彩な表情を見せるものである。そのことが人々を魅了し、さまざまな園芸品種の育種や、植物ゲノムの研究が行われてきた。そのような歴史にまったく目もくれず、ひたすら「変わったもの」を探しては「変異だ!放射能だ!」などと騒いで、いったいなにになるのだろうか?


前回のエントリ
それは奇形じゃなくて病気です


<10/6 23:45追記> ムラサキツユクサへのγ線照射の論文についての記述を若干訂正

*1:陰性対照。実験を行う際に、処理あり・処理なしで比較するために置く。

*2:ちなみに植物では厳密には「プログラム細胞死」という